手に入れたモノと−キャプチャリング・アビリティ−
天使とか悪魔、神や死神っていうのは本当にいるらしい。
つか、今俺の目の前で俺の飯を食らっているのがそのうちの1つ、天使だ。「食べて」いる、ではなく「喰らって」いる。こんなモノが天使だとすれば、昔の絵か何か、ルネサンス、ってやつとかに描かれてるアレって何なんだろうな。
まぁ、こいつらがただ単に「向こう」の人間に天使と呼ばれているだけで、人間が思い描く、優しく微笑んで死者の魂を運んでくれる慈愛に満ちた天国の住人なんかではない。
本当に混じりっけのない、まっさらに白い羽を持っているだけ。その翼も、コチラに来ると消えてしまうらしい。向こうでは肩口についていたそれも、実際今は見えてないしな。
「ひょれへ? ひからのふかひかかひははれは?」
「・・・口にモノを入れたまま喋るな」
食事に集中していた視線を上げ、こちらに解読不能 (とりあえず一回聞いただけではムリ)なメッセージを送った輩にそう告げる。
食い物の詰め込みすぎでリスみたいだぞ?リスって知ってるのかな、コイツ。
「はっへ、ほいひいひゃん、ほほほひょうひんほほはん。ふいふいはひは、ゲホッ!」
「うっわ! きったねー! もー何やってんだよ!」
口にモノを入れて喋ってるうちにそれが喉に逆流したらしい。ベッドの備え付けのテーブルが主に被害を受けた。
唾液で妙に湿り、粉々に噛まれた食物の飛沫がリアルにテーブルの上に散らばっている。
「・・・てへ」
「・・・・・・」
ガン。
目から星をとばす勢いで、エリーの頭を思いっきり殴った。星はでなかったが、涙は出ている。さっさと拭け。
「あぃたたた・・・もう、わざとじゃないのに」
「わざとじゃないなら、もっと悪びれろよ。お前のさっきの行動を鑑みるに、反省の色が全く感じられないね」
ぶぅー、と文句をたれ、頬を膨らましながらもちゃんとテーブルを拭くあたり、根はまじめなんだろう。
彼女の名前はエリー・グラッドストン。実年齢は八十を越えてるらしいが、見た目は俺と一緒、十六才くらい。
なんで実年齢80なのにこんなに若々しいんだとか、天使なのに人間に見えていいのかだとか、そもそもお前は本当に天使なのか、なんて野暮なツッコミはしない。
だってそうだろ?
・・・俺にとっちゃ、自分が生き返ったことそれ自体に一番ツッコミたいんだからな。それにツッコまずにいるのだから、他のことに理由の如何を問うてもそれは野暮と無駄以外のなんでもない。
だから、あえていわない。
話を戻そうか。
特に何もいじっていない銀髪は軽やかに風に揺れ、艶やかに光を発する。茶色っぽい目は、クリクリとしていて、全体的に小さく、童顔なので綺麗、というより可愛い。
愛らしい、という言葉が何より似合いそうだ。
「で、お前さっき何言おうとしてたんだ。まったくききとれなかったんだけど」
「え?」
彼女はいつの間にかテーブルを拭き終わり、備え付けの水道で布巾を洗い終わったらしい。唇を突きだしてこちらに身を乗り出していた。
目的は明らか。出会ってからこんなシチュエーションには何回も出くわしている。
もう馴れた。
「おい。近い」
「だっ・・うにゃ」
何か言い掛けた彼女の頬を押して、体ごと引き剥がした。
「お前、今飯食ったばっかだろが。なんでいつも隙を狙っては俺の精気搾取しようとするんだ。別にお前らの食事は俺ら共闘者じゃなくたっていいんだろ?」
「それはそうなんだけどさぁ・・・やっぱり、質が違うっていうの?普通の食事じゃ、あなたたちでいう、ミネラルやビタミンが足りなくなるのよ」
無茶苦茶なこと言ってくれるじゃないか。
つまりは、普通の食事じゃ取りにくいモノが、精気搾取で得られるってことだな。
「うん、そういうコト。よく分かってるジャン。最近さぁ、口内炎出来ちゃってぇ、それに、肌が乾燥気味なのよね」
肉の食い過ぎで野菜を食ってないからだろ、それは?
肌が乾燥するのは季節の変わり目だからじゃないのか?
「そういうんじゃないの、ねぇ〜お願い。ちょっとでいいから、ね?」
「ダメだ」
いすの上で手を合わせて懇願するそいつの願いを鼻の前で手を振ることで無碍に蹴った。
まぁこれはよくある話。
天使っていうのは突き詰めれば人間だが、表面上はやっぱり人間じゃないらしい。機能もそれなりに人間のそれからは逸脱しているらしく(なんか、羽使って飛んだり出来るらしいよ)、その機能の維持のためには、普通の食事ーーー俺たちが普段食べるようなモノだけではいけないらしい。
俺は栄養学とかよく分からないんだが(ていうか、そもそもコイツらの体に人間としての栄養学を当てはめることが出来るのかということ自体謎だが)、炭水化物は基本的にエネルギーになり、タンパク質は体を作るもとになる。
それはコイツらも一緒らしい。もとを正せば人間ということなので、「人間」としての機能はそれで保てるってことなんだろう。
が、「天使」としての機能はこれとはまた事情が違ってくるようで。
もともと人間である天使は、色々なプロセスを経て天使となるらしい。聞いた話だし、その色々なプロセスをコイツが話そうとしないのだ。別に興味ないからいいけど。
その天使としての、証?とでもいうのか。そいつを天使たらしめる理由ーーーなんか臓器みたいなものだろうかーーーは、放っておくと体から出て行ってしまうらしい。
何故か?そんなこと俺に聞くなよ。
で、それを体内に閉じこめておくための精気、らしい。
なんでも、精気は「人間」としての自覚を保つためのもので、正確に言えば「天使」のチカラは出ていってしまうのではなく、一部はその体にまんべんなく浸透するんだそうだ。
そうなると天使、のチカラが強大すぎるからか、内側から溢れるチカラに耐えきれず、たいていのヤツは事切れるようだ。
事切れるだけならいいんだが、精神が壊れても肉体が壊れないヤツ、ってのがたまにいるらしい。
それが、俗に言う堕天使。まさに、心が「堕ちた」天使だ。
心が壊れる、すなわち人格の破壊を意味するのだが、残留思念、っていうの?心の奥底から深く思っていることは変わらない、っていうか壊れないんだそうだ。
理性、恐怖、矜持や信念といったストッパーがぶっ飛んだそいつがどういう行動に出るか。
簡単だ。
自分の思うがまま、その思念を遂行するだけに決まっている。
しかも、体に「天使」が染み込んでいるから、そのチカラが半端じゃないみたいで、過去に何人も巻き込まれただけで死者が出たりしてるらしい(向こうの世界でな)。
みんな、それを恐れてる。怖い、んだと思う。
自分が、いつ「食われ」るのか。
欲望、自分の本能が赴くまま、破壊と殺戮を繰り返すバケモノとなり果てるのか。
正直言って、恐ろしい。
だから、精気が必要なんだとか。
だが、そういう精気は天使を内包する身であっても人間である限り作れるのであって。
単に、生きてる人間からそのまま精気として分けて貰った方がラクなんだそうだ。
天使の機能を維持するのにその精気が必要で、かつ自分が人間であることを自覚するためにさらにそれが必要になる。
天使の人口は1000万人位だと言うから、それならば少しずつ分けて貰った方が効率がいいと考えるのも当たり前だ。
が、問題はその「方法」なのだ。
俺には見えないが、精気ってのは普通体中から漏れ出してるモノらしい。しかし優れた武術家や、悟りを開いちゃったお坊さんなんかからは、漏れてこないという。
武術家は自分の「気」を完全にコントロール出来ているらしいし、お坊さんは気を「鎮める」ことに長けてるからだそうだ。全くわかんねぇけどな。
普通は、そういう気の扱いに長けている人ではなく、一般人から漏れている精気をかすめ取ってかき集めるのが主流らしい。かすめ取る、っていう手に出るならな。
が、それだと何百人もの精気をあつめてやっと一ヶ月を過ごせる程度らしく、とても効率が悪いんだとか。だから、普通これをやる人はいない。
で、まぁ想像ついてる人も居るんだろうが、人の内部と直接繋がっている部分から取るのが一番いいみたいだ。つまりは、粘膜を介する接触ってこと。
キで始まる欧米では普通でも日本では普通じゃないジェスチャーに近い習慣や、カタカナで書いても漢字で書いてもセで始まる生殖の手段とか。そんなとこだ。
特に、男側の子種は凄い精気のカタマリらしい。一回で一年過ごせるんだとか。
だから、天使の皆さんは普通、そのチカラの一部「メタモルフォーゼ」で容姿を変え(変えない人もいるみたいだけど)、色々と誘惑してきては精気を搾取してるらしい。
今蔓延してる性犯罪って、実はコイツらの仕業なんじゃないか?
で、その精気にも万物と同じく良い悪い、クオリティーの高い低いがあるわけで。
何故か、俺の精気は旨いらしい。
なんでも
「なんかね〜甘くて濃くって、冷たいの」
だそうだ。
・・・なんか、シェイクみたいだな。俺の精気。どうでもいいけど。
コイツが味を知っている、すなわち俺の精気はテイスティングされちゃってるわけだが、心配無用、粘膜接触は一切ない。
・・・え?なに?それじゃ物語上つまんないだろ、だと?
誰だそんな口を聞くヤツは。
俺はシスコンであることは多少否めないが(つかぶっちゃけ真実)ロリコンじゃねぇ。こんなヤツには萌えないね。
いかん。なんか物語の指向性が違ってきてるぞ。早く修正しろ、作者。
「何をぶつぶつ言ってるの?」
「あぁいや。なんでもない」
いつの間にか言葉になっていたらしい。
とにかく、今までコイツに精気を取られた際は、俺の漏れてる精気を取っている。
が、弓道やってるからか、普段、俺の体から漏れ出す精気はあんまり多くないらしい。そんなガバガバ取られても困るからいいんだけどな。
だからというか、アイツはああいう行動にでる。
まぁ俺たちで言う食事だから全否定は出来ないんだが、俺はムリ。彼女に我慢して貰うしかないだろう。
今度こそ話を戻す。
「なぁ、お前さっき何言おうとしてたんだ?」
そう、俺の顔を下からのぞき込んでいた彼女に言った。
すると、彼女は思い出すように上を仰ぎながらこう言った。
「んー? あー、なんかね、ヴァルキュリア様が[ヴェイク]の使い方には馴れたか、って」
[ヴェイク]
俺が、授かったチカラ。
彼女、高崎さんの記憶を代償に、エリアVの統括者ヴァルキュリアに与えられた能力。
来るこの戦争で、俺たちのエリアが勝機を掴む鍵となる、チカラ。
それは今、俺の中にある。