大切なモノと−サムシング・プレシャス−
「え、そうなの?」
その俺の台詞は、さぞ間抜けに聞こえたことだろう。
というか実際、俺は間抜けな面をしていた。実際に鏡を見ていたわけではないが、顔の形や筋肉の張り具合やなんかで大体分かる。
「ふむ。やっぱり、彼女に関する記憶は一切合切消え去ってるみたいだな」
腕を組んだ鵜方が、難しい顔をして言った。
ところ変わってここはまた俺の病室。なんか、いつのまにかかなり時間が経っていて、鵜方以外の男子は全員帰った。今、ここにいるのは姉貴たち千葉四姉妹、鵜方、宮城さん、そして、高崎という少女。
で、位置関係として。俺のベッドのそばにいるのは鵜方と宮城さん、そして、その後ろに隠れるようにして高崎という少女。四姉妹は部屋の隅、ソファが置いてある一角で、本を読んだり、こちらの話に耳を傾けたり、携帯を眺めたり、思い思いの行動をとっている。
「俺はよく分からないんだが・・・まぁ、お前が女子と話すということ自体、かなり珍しいことだったからな。俺もそういう仲なんだと信じて疑わなかったんだが・・・」
「いやまぁ、確かに俺は女子とは話さないが。理由、なんとなく分かったろ? 別に女が嫌いとかじゃねぇんだよ」
普段、寝ていることが多く、起きても最小限のコミュニケーションをしかもほとんど男子としか交わさない俺は、良くて女嫌い、悪くて人嫌いだと思われているらしい。男好きと思われていないだけまだマシというべきなのか。
クラスメートには悪いと思うが、俺のプライベートな事情を知ったら少しはそのイメージも変わるかも知れない。まぁ、俺から打ち明けることは絶対にないけどな?
「あぁ。お前の一週間に及ぶ連続十人斬り事件。そういう理由があったんだな。ミス候補の先輩にも言い寄られてたのに、勿体ないことだ」
確かに俺が普通に一人っ子だったり普通の姉妹に恵まれていれば、断るのは勿体ないと感じていただろう。が、俺の場合「女は化け物だ」という諦観にも似た先入観が強すぎる。
特に、それが可愛かったりすると、どうにも完璧な超人である姉貴や妹たちに重なってしまう。
だからといって、不細工なヤツにときめくわけでもない。多分、俺は絶対一目惚れとかしない。あくまで多分だが。
「けどさ、んなこと言ったらお前もそうだろ。一週間で何人だったか、俺より絶対多かったろ。 女泣かせの異名は俺よりもむしろお前につけられるべきだと思うんだが」
鵜方京一。
身長は俺と同じ、175くらいで、高1にしては高い方。ハーフの父と日本人の母の間に生まれたクォーター。
イギリス生まれのイギリス育ちで、中学の途中まで向こうにいた。英語はペラペラというより、ベラベラ。それはもう、本当に淀みなく話す。
向こうでサッカーをやっていたらしく、そこそこ上手かったらしい。進学校の割に部活等の成績が優秀なウチの学校のサッカー部で、一年レギュラー。サッカーはよく分からないが、ポジションはMFで、攻撃に参加することが多いようだ。コイツにボールを持たせると、止まらないってのが俺の印象。すいすい間を縫うように敵陣に割って入っていく。
父は大学教授。母は薬剤師。っていう家族に恵まれたからか、成績がめちゃくちゃにいい。俺が当てずっぽにより二位を獲得した実力テストでコイツは余裕で一位。その差は約30点。環境に恵まれたんだ、と本人は言うが、たとえ親がサラリーマンだったとしてもコイツはコイツのような気がする。
やはり西洋系の血が混じっているので鼻が高く、これは遺伝だろうが顔立ちが整っている。特徴的なのは、栗色の髪と、薄い感じの茶色の瞳。セルフレームのメガネ。
かつてジャ○ーズや劇団、その他諸々のスカウトも来たというその容姿はすれ違うすべての人間を振り向かせる。女子だけでなく、男子も振り向くんだ。コイツと街を歩けば分かる。
成績◎
容姿◎
運動◎
となれば、モテないはずがない。
今思い出したが、確か、一週間で24とかだった。ウチの学校は公立なので(ゆとり教育万歳)、一週間を五日とすると、一日で五人。相当のハイペースだな。
あくまでこれは生徒会の警戒度MAXであるパソコン部と新聞部のコラボにより調査され、広められた情報 (どっからそんな情報聞きつけてくるんだ、と思うが)なので、悪しからず。が、本人も否定はしないので、それくらいの数値で間違いはないんだと思う。
「お前は・・・まぁしょうがないっちゃあ、しょうがないんだろうな。近くにあるモノほどその存在に気づきにくいって言うし」
鵜方は、俺の顔を見ながらそんなことを言った。
「・・・なんかお前、失礼なこと考えてないか?」
「いや、別に? ただ、お前も難儀な人生を送るんだろうなと思うと、ちょっとね。くれぐれも、痴情のもつれなんかで刺されたりしないようにな」
ぐっ、と親指を立ててそんなことを言う鵜方の頭を叩いた。いい気味。
「でさ、結局どうだったん? トシ兄とそこの女の子、付き合ってたの?」
脱線しまくっていた話の筋を半ば強制的に引き戻したのは弥江のその言葉だった。
弥江は花音ネエと共に立ち上がり、互いに目配せしてからこちらにやってきた。
「いやだから、俺は知らないんだよ。覚えてないんだからーーーおい、花音ネエ、その手をやめろ、ワキワキさせるな、じりじり近づくな。うわ、弥江、そんなとこまで花音ネエに似なくていい、そいつは真似しちゃ・・・ィィヤヤヤヤやめろ、止めてくれって、俺は何もーーーキィーヤアアアーーー!!?」
俺の弱点が露見した瞬間。
俺は、くすぐりに全く耐性がない。
背中に指を優しく這わされ、首筋と耳の裏にかけて息を吹きかけられようものなら、そのときは絶叫した後に卒倒しそうになるくらい。
だかーーーやめろっつーてるのに、うひゃひゃひゃは、ダメだ、わき腹はダメだって、いひひひ、首筋を撫でるな、あ、イテっ、ちょっ、今ドサクサに紛れて傷口に触れた、っていうかあひゃひゃはははははひー・・・・・・
「全員、ヤメロー!!! そこに居直れ馬鹿共が!!!」
そこで全員ーーーくすぐりに参加していた花音ネエ、弥江、鵜方 (コイツは絶対後でコロス)、宮城さんーーーの動きが、ひきつった笑みを浮かべて止まった。
腹の傷が痛まない程度に怒鳴ったつもりだったが、かなり痛い。この凄く鈍い痛みに俺はいつまで耐えなくちゃいけないんだろうか。
「いてて・・・」
とっさに、わき腹を押さえる。押さえたところで何も変わらない。むしろ痛くなるが、どうしても手が伸びる。なんなんだろうな、この心理。
「利明!? 大丈夫、平気?」
嗚呼有紀ネエやっぱりウチで頼れるのあんただけだよ。
花音ネエたちをベッドから引き剥がすようにしてどかし、俺の顔を真剣な表情で有紀ネエはのぞき込む。
こくこく、と冷や汗を浮かべながらではあるが首肯で有紀ネエに無事を示す。さすがに傷口が開いたりはしなかったようだ。
「花音、弥江、ちょっとこっちいらっしゃい」
にぃっこり、という擬音がしっくりくる、そんな目が笑っていない笑い方で、有紀ネエは花音ネエと弥江の方を向いた。その額には、微妙に青筋が浮いていたのを俺は見逃さなかった。
「あ、や、やだなァ姉さんたら。弟と戯れてただけじゃない」
「そうよ、有紀姉さん。ボヤボヤしてると、私たちでトシ兄貰っちゃうって言ったでしょ?」
花音ネエはそれなりに後悔しているみたいだが、弥江は全くそんな素振りを見せない。ある意味開き直り以上だな。今のことを悪いことだと認識していないようだ。これぞまさに確信犯。
「ふふふ・・・大丈夫よ痛くしないからーーー一瞬で終わらせるわ。鵜方クン、宮城サン?あたなたちも、反省して頂戴ね?澄香、手伝って」
「え、俺もっすか?」
「お、お姉さん何をするつもりで・・・?」
「すいません鵜方さん、宮城さん。これからは、気をつけてくださいね?」
澄香も、結構怒っていたようで。
その気迫にやられたらしい鵜方と宮城さんは、青い顔をしながらもやたら素直に有紀ネエと澄香に連れられていった。
「・・・あーえっと、高崎、さん?」
「え、あ、うん、何?」
いや、そんな嬉しそうな顔されてもね。別に何かがでる訳じゃねっすよ。
高崎と言う少女はそれまで俺と一定の距離を置いていたように見えたが、このたびそれは一気に縮まった。ベッドに走るようにして寄ってきた彼女の顔はそうとう嬉しそうである。何かうやむやになってしまったが、俺たち本当に付き合ってたのかな?
俺は記憶を失う前も失った後もあまり好色ではないという自覚と自信だけはある。自分で言うのもなんだが、まだ誰とも付き合ったことがない。そういうことをする気になれないし、別れてしまうとその後が面倒そうだから。
そういうことを極力避けていた俺が、彼女とそういう間柄だったというのはなんか変に思える。彼女は俺に声をかけてきたミス候補の三年の先輩よりも可愛い(完全に俺目線で申し訳ないが)。可愛い故に、前の俺でも接触を避けていたはずなんだが。
しかし、今はそんなことを言っている場合じゃあない。
来るべき時に備えて、少し準備をする必要がある。
「うーんとね、どこやったかな・・・あぁ、あったあった」
ベッドの脇に置いてあった鞄から、耳栓を2セット取り出す。こういう時の為に、常に用意してある。
「?」
彼女は俺が何をしたいか分からないみたいだ。それが当たり前。
「これ、つけて。もうそろそろだと思う」
「・・・何で?」
「いいから早く」
いぶかしげに俺の顔を見、首を傾げながらも彼女は耳栓をつけ始めた。両方をつけ終わる前に、俺は
「ねぇ、俺たちって付き合ってたの?」
と聞いた。
丁度二人っきりだったので、少し大胆に言ってみようと思ったのだ。
彼女も俺が彼女自身のことを覚えていないことを先の医者による宣告でしっているだろうし・・・と踏んだ。
「・・・・・・」
彼女は、何か思い出に思いを馳せるように目を上げて遠くを見た。
・・・両耳から少しでている耳栓の突起がなんとも間抜けに見えて仕方がない(台無し)。
「私は・・・」
と、彼女が言い掛けたところで
外の方で、窓越しに悲鳴が聞こえた。4名ほど。
刑が執行されたのだ。
俺は旅だった者に対し、十字を胸で切って、こう願った。
(もう帰ってくるな)
と。
で、彼女、高崎さんはというと。
「・・・・・・?」
起こった事態を飲み込めないらしい。まぁ確かに、耳栓してても聞こえる悲鳴なんて、そうそうない。
俺が右手だけで耳栓をはずし、手元にあった袋に入れ、彼女に袋を差し出すと、彼女もそれに倣って耳栓を外した。
そして、時計を見る。
「あ、もうこんな時間・・・お稽古に間に合わなくなっちゃう」
と、ベッドから離れて、ソファにおいてあった荷物の山から、彼女のモノと思われるハンドバッグと、宮城さんのモノと思われる帽子とショルダーバッグを取った。
「ごめんなさい、千葉クン。お大事に」
そそくさと部屋を出ていこうとする彼女。
さっきと違って、どこかよそよそしい。
「高崎さん」
ドアを開けようとしていた彼女の背中に呼びかけると、彼女の背中が飛び上がった気がした。こちらに顔を向けようとしなかったが、止まってくれただけよしとしよう。
「今日は、ありがとう。それと・・・ごめん」
その謝罪は、彼女の忘却に対して。
彼女に謝るのも筋違いだと思うのだが、忘れられていい気のする人間なんていないだろう。そのことに対して、俺は謝った。
「なるべく早く君のこと、思い出せるように頑張るから・・・また来てくれるかな? 君との話を聞かせてほしい」
そう言うのが精一杯だった。
彼女なんて居たことがない俺は、こんなこっぱずかしい台詞、吐いたことないから。
「私で、よければ・・・」
そう言う彼女の耳は、見事に真っ赤だった。正面から見れば、トマトみたいになってるかも。
「千葉クン」
意を決したような声で、彼女はこちらに語りかけてきた。顔は、相変わらず向こうを向いたままだが。
「私と千葉クンは、付き合って、なかったよ。席がずっと隣で、普段話すことが珍しかったあなたが、私と話していることは多かっただけ。でも、私にとって、千葉クン、あなたは、最初に出来た友達で、なによりーーー」
私の、大切な人です。
そう言って、彼女は出て行った。
言葉の意味を理解するまで少し時間がかかったが、理解してからは顔が熱くなった気がする。
顔の赤みを隠すために、フェイシャルペーパーで顔を拭いながら冷やそうと試みたが、赤みは増し、熱は上がっていくだけだった。
躍起になって押さえようとした結果、俺の顔は拭きすぎでもっと赤くなってしまった。
ヒリヒリする肌が熱く、霜焼けみたいだった。
◆◆◆
夏の夜に、虫は鳴かない。
たなびくカーテン以外、音を立てるものがなく、驚くほど静かなこの空間。
ベッドの周りで、四つの寝息が聞こえる。
俺は、四人を起こさないよう、至極小さな声で、喋っていた。
「うん、多分間違いない。俺のこの能力の代償は、彼女の記憶だ」
そう、あのエリアに行ったヤツにしか見えない、位相の異なる並行世界の住人、俺の付き人ととして派遣された「天使」と呼ばれるモノーーーエリーに向かって、そう告げた。
利明の学校の設定が矛盾してたので変更しました。
申し訳ありませんでした。