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失くしたモノと −フォゲッタブル・メモリー−

最近、読者数がかなり増えました。

理由は分かりませんが、とにかく読んでいただいてありがとうございます。


「君、だれ?」

 俺は、そう答えるのが精いっぱいだった。

 その相手は、俺を執拗に―――と言ってしまうと彼女がストーカーみたいだが、俺が有段者だという噂をどこかから聞きつけてくれば、勧誘もしつこくなるだろう―――弓道部に誘ってきた二年生の女主将、宮城景さん。ではなく。

 その隣、性格は控えめだと空気で読むことができる。言ってしまえば、内気そうな美少女。

 艶がかった髪の毛を後ろで縛り、左に流すという髪形で、前髪は額を適度に出すように開いている。切れ長ではあるが大きな瞳が印象的で、美少女というよりは美人、という表現のほうが相応しいかもしれない。着物が似合いそうな、そんな感じの少女。


「―――っ」

 宮城さんに連れられるようにして病室にはいってきた彼女は、俺のその言葉を聞いて息を呑み、瞳を潤ませた。

 その瞳には、まるで、俺に話しかけるべきではなかった、とでも云うような後悔の念、そしてよく分からないが、自責の念。その二つが、交互に彼女の瞳の上に浮かぶ。


「何言ってんだ、千葉、照れてんのか?高崎さんだろ?メガネはずしててさ、大分印象が違ったから最初は分らなかったけどさ」

 印象?

 メガネ?

 ・・・違う。

 そんな、こと。

 そんな、もの。

 そんなわけ。

「違う。そんなわけ、ないだろう・・・」

「はぁ? 千葉、どうした? この子は高崎さんだよ、なぁ?」

 高崎と呼ばれた少女に、鵜方はうしろから話しかける。

 彼女は、その言葉に全く反応しない。俺のほうに視線を向けているだけだ。

 睨むでもなく、見詰めるでもなく、俺のほうに視線を向けているだけ。その視線の線上に、俺がいるだけ。彼女の瞳に俺ははたして映っているか。きっと、うつってはいない。

 

 違うと言ったのには、理由がある。

 彼女が、俺の中での高崎という少女でない、というわけではない。彼女は周りのやつらから高崎と呼ばれているし、そこを俺が否定する由はない。きっと、彼女は高崎という少女で間違いないのだろう。

 違うといったのは、印象だ。

 印象、とりわけ、一個人に対するものは、そいつと付き合って―――交際という意味ではなく、だ―――ある程度そいつに対して築き上げられるイメージというものを印象というのではないか。俺には、それがない。彼女に対する、イメージがないのだ。

「あいつ、印象が変わったよな」

 なんていうのは、ある程度そいつを知っていないと通じないセリフだ。

 初対面のやつには、その印象が変わった姿が、第一印象、ファースト・インプレッションとして刻み込まれる。


 が、さっきも言ったように、俺には予め築き上げられたイメージというのが存在しない。

 それはなぜか。

 簡単だ。

 彼女とは、これが初対面。


 俺が、彼女を知らないから。

 

 ◆◆◆


「しつれいしまーす・・・」

 そんな感じで、来客をし知らせるドアのノックと、控えめな声が聞こえたのは、先刻の事件から少し経った頃だった。

 どのくらい経ったかというと、心に傷を負った奴らが立ち直り、その哀愁溢れる姿に涙した俺だったが、その涙もすっかり引き、目の赤みも引いてきた頃。

 奴らは、アクシデントをやり過ごし、無傷なままの連中と一緒に、四姉妹のうち好かれる方、花音ネエと弥江との談笑に興じていた。

 彼女たちの持ち味は、ジャンルを問わない持ちネタと(アホなイメージが先行しているかも知れないが、頭はいいのだ。くやしいけど)、高い適応能力。初対面の奴らとでも、10分くらい話せば相手の方もすぐ打ち解ける。

 それに、彼女たちには苦手なタイプがすくなく(極端なアキバ系はパス、だそうだ)、守備範囲が同年代のお年頃の女子に比べて圧倒的に少ないのも、彼女たちが好かれる理由。通訳とかに向いてそうだな。あとは、テレビリポーターとかタレントとか。


 で、あとの二人はどこに行ったかというと。

 主に俺が、談笑している男子たちの射たい(痛い)視線を受けながらだったが、ちゃっかり俺のベッドの両脇にスタンバイ。

 うち、澄香は、男子が持ってきてくれた果物を片手間に剥きながら、俺と話をしている。手元を見ずに、リンゴの皮を剥く様は、すごすぎて逆に滑稽に見える。

 そして有紀ネエはというと。

 俺の腿---こういうのは膝枕ならず、腿枕とでもいうのか?---を、頭に敷き、放っておいたらとろけて落ちてしまうんじゃないかというくらい、無防備にリラックスした顔でうつらうつらと寝起きの間を行き来しているが、すぐに寝てしまいそうだ。


 普段居眠りなどしない有紀ネエが、こんなふうにうつらうつらとしているのは、きっと、かなりの疲労がたまっているからだ。

 俺が病院にかつぎ込まれたとき、一番に血相変えて飛び込んできたのも有紀ネエだったらしいし、俺の輸血のために一番血を抜かれたのも有紀ネエらしい。

 千葉家長女である有紀ネエは、父親を除く(当然、俺も除く)ウチの家族の中で、一番の常識人。まぁ、そうなると俺のカテゴライズでは母親も残りの姉妹ともども変人という扱いになっているわけだが、それは今は置いておくとして。

 有紀ネエは他の姉妹のように理不尽な要求ーーー女馴れしていない高校生には、とてもとても出来ないようなヤツーーーも滅多にしてこないし(たまに連中に唆されてやることもある)、家事をしている俺をよく手伝ってくれる。

 普段男に対して冷たい態度を取る彼女を知っているからかも知れないが、俺が一番優しいと思うのも有紀ネエ。家事を手伝ってくれるのももちろんそうだし、勉強も見てくれる。

 また、夜遅くまで勉強していると、よく夜食を作ってくれたりもする。有紀ネエお手製のホットチョコは、甘い物が苦手な俺の、唯一の甘味。あれ飲むと、すごい落ち着くんだ。ついでに、勉強も見てもらう。

 俺が学校で寝ている割には好成績をキープしているのは、ひとえに有紀ネエのお陰。本人はそう思っていないかも知れないが、少なくとも俺はそう思っている。

 一週間面会謝絶に一番反対したのも有紀ネエだったらしいし、学校でも家でも一番そわそわして落ち着かなかったのも有紀ネエだったそうだ(花音ネエと有紀ネエは同じ大学に通っている。栄えあるT大だ)。

 多分、俺のことを本当に一番に考えてくれているのは有紀ネエ。

 他の奴らは、何に対する気持ちが先走るのか、鵜方たちが来る前と似たような状況を作り出す。有紀ネエは、それが俺のためにならないことが分かっているから、参加しない。・・・まぁ、止めもしないんだけど。

 最近は、将来の相談にも乗ってもらっている。その話を聞くときの有紀ネエはとても嬉しそうな顔をする。やはり、下の兄弟が語る夢というのは可愛いのかも知れない。俺も、澄香や弥江の話を聞いていてそう思うしな。シスコンじゃねーぞ。

 そんな、姉としての優しさが、俺にとってはくすぐったく、とても温かい。

 ついに、有紀ネエが寝息を立て始めたーーー涎が垂れそうだったので、拭ってやる。こうして見てると、有紀ネエも普通の女の子だし、十分可愛いんだけどな。物言いと態度をどうにかしないと。

 心配をかけた、という詫びを込めて、腿の上で気持ちよさそうに寝息を立て始めた彼女の頬と髪を折っていない右手で撫でてやる。

 俺の手元を見てはすぐに戻すという行為を残りの三人は繰り返していた。俺の左腕、そんなに痛々しいかな? すこしショック。

「しつれいしまーす・・・」

 そんな控えめな声と、ドアのノックがしたのは、平穏な空気が充満しきってからだった。そのあと、事態が思わぬ方向へ転がっていくなんて、その平和な空気に酔っていたそのときの俺は、知る由もなかった。


 ◆◆◆


「おそらく、記憶喪失でしょうね」

 俺の目の前の、白衣を着た女性は言った。

 俺の担当医、萩原麻貴那さん(年齢不詳)。27才らしいが、花音ネエの予測によると、三十前半くらいではないか、ということだった。27でも十分通じると思うけどな。

 けだるそうにポケットに手を突っ込み、レントゲンの写真を何枚か片手でもって、それを眺めながら彼女は言った。

「脳に特に異常はないけれど、あなたたちの話を総合するにそう言うことになるんでしょう。というか千葉クン、あなたは生き返ったこと自体が奇跡だからねぇ。記憶喪失だなんてベタな症状を引き起こされてもこっちは驚かないのよ」

 ・・・なんだ、今の医者とは思えない台詞。

 別に俺はあんたら医者を驚かせるために事故にあったわけでもないし生き返ったわけでもないんだが。

 俺の肩を握る有紀ネエの力が強くなった気がする。上を仰いで、目で必死に止めた。

「そういってもねぇ。この前の奇跡の回復に比べたら、どうってことないわよ」

「どうってことないって・・・」

 あまりにもいけしゃあしゃあと言うからか、宮城さんも怒れないようだった。

「とにかく、脳に支障は全くない。あんな事故にあって、何でこんなに綺麗なままなのかが不思議なくらいにね。傷も、異常も一つもないわ」

「じゃあ、原因はなんなんですか?」

 鵜方が聞いた。

 後ろにいるのでどんな表情をしているか分からない。だが、多分声音と口調からして難しい顔をしているんじゃないかと思う。

「うーん、と。まぁ、原因は色々考えられるんだけど・・・まあ一番ありそうなのは、千葉クンの脳が一時的に麻痺しているんじゃないか、ってとこかな」

「麻痺、ですか・・・」

「でも、その割には記憶を失った部分がピンポイントすぎるのよねー。さっきの簡単なテストなんだけどさ、あれ、あなた満点で脳の考える部分には全く異常がないのよ。

 失った部分が他にあるかどうかは知らないけど・・・この調子だと、多分、あの子一人だけの記憶がないんでしょうね」

 うしろで、少し息を呑む音が聞こえた。

 大丈夫、あなたのせいじゃない、と萩原さんも宮城さんも高崎という少女に言った。

 うーん、と難しい顔をして萩原さんは何かを考えている。

「お姉さんたちの話だと、あなたは全く女っ気がないっていうことだったんだけど・・・」

「よけいなお世話です」

 俺はてっきり彼女が冗談で言ったのかと思って、すこし笑いながら言ったのだが、彼女の真剣な表情は崩れなかった。

 ていうか、姉さんたちそんなこと医者に話すなよ。上を見上げると、有紀ネエは全く悪びれた風もなく、俺を見返してきた。その隣の花音ネエは、にやにや笑いを止められないでいる。・・・帰ったら一発殴ることにしよう。

「ねぇ・・・」

 彼女は、真剣な表情を崩さないまま、また俺に問いかけてきた。

 俺は、さっきの笑みが顔から完全に消え去っておらず、

 

「あなたたち、付き合ってたりしてなかった?」 


 その問いで、完全に消え去った。

メインの話になかなか入れず。

もう少し待っててください。


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