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グッバイ・マイセルフ−罪の代償−

 ・・・どうしよう。緊張する。

 未だに信じられない。絶対、生きてはいまいと思っていたのに。

 彼が奇跡的に息を吹き返した、という連絡を病院で知り合った彼の母親が涙ながらに電話してきたとき、私の心は、変に跳ね上がった。

 奇跡に対する喜びと、彼に合わせる顔がない、という背徳感。

 その両方を受けたからか、私の心臓は、跳ね上がったと言うよりも、その場に強く叩きつけられたように鳴動した。

 彼が生き返ったというのは素直に嬉しい。嬉しいはずなのに、心は躍らなかった。

 もちろん、私が殺した訳ではない。

 だけど。

 だけど、何も出来なかった。

 否、何もしようとしなかった。


 私が、殺したも同然だ。


 彼が死ぬのはイヤだった。人付き合いが苦手で、引っ込み思案で、自分でも嫌になるくらい、根暗だった私に出来た、初めての男友達。

 知り合って半年も経たないが、私は彼と一生とまではいかなくても、出来るだけ長く関わりを持ちたい、そう思っていた。

 あの笑顔を、普段誰にも見せないようなあの表情を、また見たいと思っていた。


 私は、理由もなく、彼が好きだった。


 でも。心ではそう思っていても。痛いくらい、自分の心がそう自覚していても。

 体は、動かなかった。

 彼を、自分の身を挺してまで、守ろうとすることは出来なかった。

 彼を好きだ、守りたい、という気持ちよりも、自分の身が可愛いという念の方が勝っていた。

 彼を死なせたくはなかった。

 だけど、それ以上に、私は自分が死ぬのが嫌だったのだ。


 私は。


 私は、本当にどうしようもない、大馬鹿だと思う。

 自分でも思う。コイツは救えない、と。


 私のことを自分を犠牲にしてまで守ろうとしてくれた彼は、きっとそんなこと、気にしてはいないだろう。

 だからこそ、合わせる顔がない。


 思い出す。あのときの、彼。


 頭に突如降ってきた温かい、粘性を帯びた液体。


彼の、血。


 私を強く握っていた彼の腕が悲鳴を上げ、私の右側で氷が床に打ち付けられて砕け散るような音がした。


骨が、砕ける音。


 強い衝撃が、彼を襲った。私にもその衝撃の余波が伝わってきたが、その衝撃は微々たるものだった。が、押し出すように彼が息を苦しげに吐く。


肺が、潰れた。


 横にあった電信柱は、折れてトラックの助手席と荷台に寄りかかるようにゆっくりと倒れた。その音で、周辺の住人が窓から顔を出したり、家を出てこちらをのぞき込んでいる。


 こちらの様子に気づいたらしい一人が、「救急車を!!」と叫ぶ。


「かッ・・・、た、、か崎、さん?」

「千葉君!? ダメ、喋っちゃ! 今、救急車がくるから・・・」

 体を支えることが出来ず、私に寄りかかっていた彼が、私の耳元で呟く。その吐息は、驚くほどに熱かった。彼の生気という生気を、すべて含んでいるかのように。


「ぶ・・・じ? みたいだね・・・よかった」

 ホッとつくそのため息も、火傷するくらいに、熱い。

「喋っちゃダメだったら! すいません!手伝っていただけますか!」


 集まり始め、こちらを遠巻きに眺めていただけの野次馬に私はほとんど怒鳴りつけるように呼びかけた。

 ハッとしたような表情でこちらに駆け寄ってくる人たち。出遅れた人は、傍観に徹するか、周りの人と憶測を並べ立てて喋っているだけだった。ふざけるな。

 思えば、このときの私にはいつも人に話しかけるときに感じる、妙な恥ずかしさはなく。迷うことなく言葉を紡げた。それほど、必死だった。

 駆け寄ってきてくれた人たちの手を借り、彼をとりあえず道路に横たえさせる。さっきまで荒かった呼吸は、もうすっかり大人しくなってしまっていた。


 終わりが近いのだ、と無駄に聡い私は、悟った。

 悟ったところで、何の意味もない。分かったところで、彼は助からない。


「千葉君!千葉君!しっかりして!」

 彼に呼びかける。

 私の声は、きっと悲痛に彩られていたはずだ。

 彼は、弱々しくもきちんと頷き、私が握った手を、同じく弱々しくではあるがきちんと握り返した。


「うっ・・・」

 そううめいた声が後ろで聞こえた。

 例の、トラックの運転手だった。

 壁にぶつかった際、割れた窓から吹っ飛ばされていたようで、道路の隅っこ、トラックの陰に隠れていて、野次馬もその存在に気づかなかったようだ。

 やはりというか、無事ではなかったらしく、右腕をだらりと垂れ下げるようにして、左腕だけで体を起こす。

 それを助けようとする人間は、その場には誰一人としていなかった。そいつの周りには直前まで飲んでいたのだろう、ひしゃげたビールの缶が2本転がっていた。飲酒運転の何よりの証拠。

 そいつは、何の言葉も発しない。

 一度こちらを見、目を丸くしたが、すぐに反らした。

 一応けが人だからか、誰もそいつに対してあからさまに怒鳴りつけたりはしなかった。が、その周りの人間の視線は語っている。


「お前がやった。お前の愚考のせいで」


 と。

 私にはそんなことはそのときはどうでも良かった。

 次第に薄くなっていく彼の呼吸と、弱くなっていく手の力を必死に止めようとしていた。

「千葉君! 千葉君! しっかりして! もうすぐ救急車が来るから、それまで頑張って!」

 それでも、衰弱は止められない。呼吸は薄く細く短くなり、焦点の定まらない目が閉じかけ、私が持ち上げるようにして握る手も、私が離せば落ちてしまいそうだった。

「イヤ、嫌だよ・・・」

 居なくなっちゃ、やだ・・・と言い掛けたとき、私の目はいきなり曇った。

 あまりにも久しぶりだったので、最初自分に何が起こったのか分からなかった。

 涙が、出た。

 何時頃からか、涙を流さなくなったのは。それすら覚えていないほど、最後に泣いた記憶は古い。

 彼が死ぬのは、やはり嫌だった。

 でも、もう遅いというのも自分で分かっていた。

 この結果を招いたのは、自分なのだから。

 多分、それが悔しくて、涙を流した。

 握った手は離さなかったが、もう一方の手で目を拭いながら、メガネを外して私は泣いた。彼の額と頬に数滴、流れ落ちたが止めどなく流れる血で、すぐに紅色に染まっていった。

「た、かさ、き、さん・・・」

 まだかろうじて息を保っていた彼が、私の方に顔を向けて、言った。

「メガネ、外したほうが、ぜ、ったい、カワイい・・・」

 よ、と最後まで彼は言い切らなかった。そこで、意識が途絶えた。

 手は、離さなかった。離して落ちてしまったら怖いから。

 力を失って首を横たえる彼の顔は、寝ているときよりもずっと、安らかだった。





 あれから、すぐに救急車はやってきた。

 病院に運び込まれ、手術室の前で30分ほど待っていると、彼の父と思しき男性と、母親らしき女性、そして、二人ずつ雰囲気の似た四人の少女、とずいぶん多かった。親戚だろうか。

 私は、彼らが来てから状況説明をしてすぐに帰った。

 彼の死に、立ち会いたくなかったから。多分、そんなことを考えていた。


 だからだと思う。

 私は、自分の身のかわいさに、彼を見捨てたようなものだ。私は、このような仕打ちを受けて当然とも言える。

 彼に

「君、だれ?」

 と心底いぶかしげな表情で問われても、おかしくない。


 彼に言われたとおり、メガネを外したのは原因ではない。

 それだけ、私の行動は罪深かったのだ。

 彼が忘れたくなるような行動をとった人間が、私なのだから。


 

  

お読みいただき、ありがとうございます。

ご感想等、お待ちしています。

しばらく、シリアスが続きます。ご容赦ください。

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