焼き付く視線−ジェラシー・ストームー
ベッドの後ろから差し込む陽光が、俺の汗の滴りをせかすように首筋を照りつける。
「・・・・・・」
無意味な沈黙が、続く。
ベッドから上半身だけを起こしている俺を、殺伐とした雰囲気が包む。ベッドを囲む八人は、目に明らかな殺意を浮かべていて、目を合わせただけで殺されそうだったので、俺の頭はうつむいたままだった。
「なぁ・・・」
不意に八人のうちの一人、俺の悪友、鵜方が口を開いた。
「あのさ、千葉。おれは今、ものすごい後悔をしている。なんだか分るか?」
「・・・・・・いや」
俺はゆっくりとかぶりを振った。もちろん、顔はうつむいたままだ。
「そうだよな、分らないよな。 人間ってさ、自分にあるもののありがたみには気づかないけど、自分にないものに異様に憧れるんだよ」
「・・・・・・そうだな」
汗をこれでもか、というほどにかき、乾いた唇と喉を懸命に動かして俺は答える。こいつが、何を言わんとしているかは大体分かる。
「おれが何を言いたいか、分るよな?」
視線という名のレーザーが俺の首筋を焦がすように睨みつけた。
「あ、あのさ。 言いたいことは分るんだけど、あいつらが勝手にやってるだけで―――居たら居たでうざいとおも―――」
うぞ、と最後まで言い切ることは出来なかった。
「千ィ葉ァあああああああ!!」
「わっ!?」
鵜方ではないまた別の奴が、発狂したように叫びだしたからだ。
俺が入院している部屋が、家族−−−主に姉と妹だが−−−のお陰で個室に泊まらせてもらっている。ので、相部屋の人が居なかっただけ良かったといえば良かったのかもしれない。
その叫びは、かなり悲痛な感情に彩られていた。
そいつは、俺がほぼ回復したとはいえ一応病人であることを完全に忘れ、入院着の胸ぐらをつかんで揺さぶった。その頬にはうっすらと涙が一筋。
「お前、お前なぁ!」
「うぁうあう」
胸ぐらを掴まれ、首がガクガク揺れている状態なので、まともに口が利けない。口を開いても意味を為さない言葉が口を衝いてでるだけだ。
「あんな美人の姉妹がいるだなんて、一言も言ってなかったじゃないかぁ!」
何で一言も言ってくれなかったんだよ、とそいつは続ける。
「いや、言うのはちょっと・・・」
俺にとってはトラウマを若干含んでいるし。
それに、あいつらは外面がいいだけで、家では我が儘を尽くしている。勝手に俺の布団に潜り込んできては子守歌を歌えだの、成績が良かったから褒めろだの、頼みごとをすればキスしてくれればとかほざき始める。家事とかは分担してやってくれるし、仲が悪いわけではない、という点では幾分かマシなのかも知れないが、とりあえず、年頃の青春真っ盛りな少年にそういう赤面するようなことを要求するのはやめてほしい。
兄弟の話をするときは、皆たいてい彼らを褒めたりはしないだろう。特に、男はそいつが姉であろうが兄であろうが、弟であろうが妹であろうが、プラスのイメージの言葉は出てこないことが多い。
そんなわけで、俺が姉妹の話をしようものなら、そういうことを話さないわけにはいかず、家の恥をさらしたくない俺は、誰にもーーー相談所なんかにもーーー打ち明けることができず、一人でトラウマを抱えているわけだ。
そんな努力をこいつらはちっとも分かっちゃいない。代わりたいなら代わってやるよ。・・・どうせ、アイツ等が許しはしないだろうがな。
「今からでも遅くはない、誰か、一人でもいいから紹介してくれ!」
「あ、テメエ、抜け駆けを!」
「うっせぇ!お前はメス付きだろうが!」
「彼女たちにお近づきになれるならば、俺はーーー」
などと、すごい話にまでなっている。
別に紹介するのは構わないんだが、どうせ結果は見えている。
「それでもいい、俺にチャンスを!可能性を!慈悲を!カノジョを〜〜〜!」
ください、と最後まで言い切ったところで、そいつはリノリウムの床に土下座までし始めた。ぬぅ、どうやら、本気らしい。
そこまで言われては、今更断ることはできない。というか、断ったら八人の集中砲火を受けてしまいそうだ。
「当方は千葉家四姉妹の紹介の仲介のみをするものであり、その後の損害、被害、傷害、生涯、障害について、いっさい責任を負いかねます。それでもいいという人、身命をなげうつ覚悟があるという人は、前へ」
俺が不吉なことを言ったからか、前に出てきたのは三人だけだった。