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襲撃−レイド・オン−



「いや、ここには来てないよ。少なくとも私が居たときにはね」


「やー? 見てないな。事務室にいるかも知れないよ? 何かコピーしなくちゃいけない物がある、って言ってた気がするから」


「・・・いや、ここにはいらしてないよ。まだお帰りになってもないみたいだけどね」


 ふん・・・? どうしたものだろう。


 探せばいつも二人のうち一人は見つかるのだけれど。今日に限って二人とも見つからないのはどういうこと?


 せっかく口実の為に、私の学校での学力に見合っているだろうレベルの問題を見繕ったのだけれど。なにぶん、いつも適当に手を抜いているものだから加減のほどが分からない。


 二人が彼を、どういう意味で、かは知らないが、好いている、気に入っているらしいというのは後輩に聞いた。


 好いている、というよりも“深窓の寝太郎”の異名を持つ彼をただ単に心配しているだけなのかも知れないが。真相のほどは分からない。


「研究室にもう一回いってみなよ。それでも居なかったら放送で呼び出したげるから」


「あ、別にそこまでは・・・」


 そんな急用でもないので。


 私は、その事務員さんに礼を言いながら軽く会釈をして、事務室をあとにした。


 とにかく、だ。彼女たちを捕まえないことには始まらない。


 彼女たちをエサにすれば、彼はほぼ確実に釣れる。


 その後輩の話によれば、今日彼は課題を提出することになっているそうだ。居眠りをしていたから課題を課されたらしい。


 普段授業ですら眠っている彼が、数学の授業のない日にわざわざ先生のところに課題を出しに行くとも思えない。だから放課後のこの時まで待っていたのだ。


 −−−と。


「・・・・・・っと、ごめんなさい」


 人にぶつかってしまった。

 考え事をしながら歩いていたからか、前から人が歩いてくるのに気づかなかった。

 それに、詫びの言葉が出るのも遅れた。


「いえ、こちらこそ・・・」


 と。

 倒れかけていた私に手を添えてくれていたその人は。


 千葉利明その人だった。


「大丈夫ですか?」

 私は少し背が低い。反対に、彼はとても背が高い。

 彼は少し腰を屈めてわざわざ私と視線を合わせるようにして言った。


「あ、うん。大丈夫」


 私がそういうと彼はごめんなさい、と軽く会釈をして去っていった。

 

 たっ、たっ、と駆けていく。

 彼−−−千葉利明が、今日課題を出されているというのは間違いがないようだ。今手に持っていた分厚い紙の束がおそらくそれのことだろう。


 間違いない。


 今日、だけだ。


 彼女らが薦んで彼にアプローチするのはいつものことだろう。だが、その逆は普段起こりえまい。


 好機。というか、おそらく最初にして最後の、彼に勝ち目のある戦いを私が挑める機会。


(アイツか、ヴェイキャンシーとかいうのは)


 私の共闘者、カルロスが話しかけてきた。


(多分、ね。彼、この前二週間ほど入院してたらしいわ。そのときの回復力が半端じゃなかった、って)


(なるほどな。統括者や共闘者のチカラか。確かに、闘いに参加するにゃ、ちと遅いからな。是が非でも治しておきたかったんだろうよ)


(・・・勝てる、かな?)


(まァ、アイツのエイブラは強い−−−っつーか応用が利くらしいんだよ。長期戦は逆に不利だ。こっちのチカラは単純だから、な)


(先手を取らないと、ダメだ、ってことね・・・)


(それだけで勝てるかは知らねえが・・・まあいざとなったら俺も助けてやる。もっとも、相手側の共闘者もそこそこヤるやつだったらムリだが)


(期待しないで待っとくわ)


(・・・お前は、溜めた初弾も含めて、撃ち尽くすまで全て当てろ。見たところ奴はそこまでタフなわけじゃなさそうだ。初弾でほぼ確実に、怯む)


(・・・・・・)


(そこに一気に畳みかけろ。一回で何発撃てるようになった?)


(・・・15、6)


(出し惜しみはするな。再動リサージまでに時間が多少かかるだろうが・・・一発も撃ち漏らさなければ、絶対に仕留められる)


(・・・分かった、わ)


(とっととその先公とやらを探しに行こーぜ)


 私の両手は、既に武器。


 願うだけで、祈るだけで、思うだけで、念じるだけで。


 人を、倒せる。殺せる。



 現実味のない、かつ言いようのない緊張。



 それでも、心臓は、空回りするように跳ねる。


 でも、やらなくちゃ・・・。


 私は−−−大事な物を、



 また、失ってしまう。



「・・・やってやるわ」


 事務室の前で止まっていた足をまた動かし始める。次はグラウンドにでも行ってみよう。


 固まった決意。


 今まで、何度も悩んだ。


 だけど、やるしかない。


 大切な物を、守るため。私の生まれ故郷を、戦地にしないように。



 −−−必ず、仕留める。



 心の中で、繰り返し繰り返し、呟いた。


 ◆◆◆

 

 くそっ。


 どこだ? どこにいる?


「これだけさがしてもいないなんて−−−」


 あり得ない。


 そんなに広い場所ではないのだ、この場所は。


 残るは数学の教師の研究室だけ。この学校では職員室というモノがなくて、それぞれの教科毎に部屋が割り振られ、研究室という名前が付いている。名前だけで、そんな大仰なもんではないが。


 普通なら、この時分、そこにいるはず。


 なぜ、いない?


 先ほど入った事務室。


 そこにも居なかった。


 普通出張とかでない限りは、先の研究室か事務室にいるのではないだろうか。確か彼女らは部活の顧問はうけもっていなかったはずだ。


 考え得る場所をピックアップしてみる。


 グラウンド、放送室、AIルーム、視聴覚室ーーー


「きゃっ・・・」


 ドン、と胸の辺りに何かが当たった。


 それが人だとすぐに気づいた。当たり前だ、すこし柔らかかったし。


 上履きのラインの色から二年生だと分かった。しかも女。どこかで見たことがあるような・・・。


 まあ、同じ学校に居りゃどっかでは会うわな、と自己完結し、よろけた彼女を支える。


「大丈夫ですか?」


 と一応聞く。


 確かにぶつかりはしたが、倒したワケじゃないし。


「・・・・・・」


 彼女は俺の顔を眺めながら一瞬呆けた後、


「あ、うん。大丈夫」


 と今度は俯いて言った。


 早く家にかえっていろいろ済ませたい俺は、その女生徒の言葉を信じて、その場を立ち去ることにした。


 ・・・何か様子がおかしかったが、おそらく俺の気のせいだろう。


 最近変なことに巻き込まれすぎて、過敏になっているのかも知れない。


 悪い兆候だ。


 そんなことを、分厚い数学の課題を片手に、そのときの俺は考えていた・・・ような気がする。



 ◆◆◆


 

「だー、くそ!」


 誰もいない教室。

 一人で少し控えめに叫ぶ俺。


「課題だせっつったクセになんで居ねぇんだあの二人は!」


 たまらずバァン! と課題を教卓に投げつける。

 打ち付けたことによる風で上の部分が少しだけ舞い上がったそれはすぐに戻る。なぜかその存在自体が俺に挑発をしかけているように感じ、イライラが増長した。


(なぁーに荒れてんのアンタは)


 ヒョイ、と空間を割るようにして出てきたのはエリー。向こうにいたらしい。


(・・・なんでも、ない)


 カバンを開けてファミリーボトルに入ったガムを三粒、一気に口に放り込む。落ち着いてモノを考えたいとき、俺はいつもこうしている。


(別に早く帰る必要なんてないんじゃない? 今日は確かアンタ何もなかったでしょ?)


 まあ、確かにそうだ。


 人がいないのをいいことに、俺の口は盛大に音を立てながらガムを咀嚼する。入れすぎたな。ミントだから少し辛い。


(でもさ、何かやってることが徒労に終わる、っての、何かムカつかないか?)

(あー、まあ、ね)


 そういうコイツはタバコなんぞを吸ってやがる。天使になると、タールやらニコチンやらの影響をあまり体が受けなくなるんだとか。俺は吸ったことないんでよう分からんが、頭がスッキリする感じがするのは本当らしいから、早い話がいいとこどりってとこだろう。


 一応齢80を越えているわけだしな。実質的には法律違反じゃない。見た目的には完全にアウトだけれども。


 今だってすっげー違和感があるが、それをコイツにいったところでどうにもならない。ということで、黙認になるわけだ。


(しかしなぁ・・・)


 やっと落ち着いてきた頭で考えてみる。

 

 今日授業があったからそのときに出しておくべきだった。生憎、俺は例の如く爆睡していた。


 過ぎたことを言っていてもしょうがない、っていうのは分かってるんだが、こんなことになるのならもっと早くに出しておくんだった、と今更ながらに後悔される。


 ていうか、帰ってないのは恐らく事実なんだろう。事務員さんがそんなことで嘘を吐くとは思えないし。教員の出入りはIDカードで管理されているらしいのでーーー規定時間内までにカードを通さないと本人携帯宛てにメールが届く仕組みらしいーーーそこら辺は間違いないはずだ。


 よもや図書室で暇をつぶすなど彼女らがするはずもなし。


 どこかの部活の顧問だったっけか?覚えてない。


 これだけ捜していないというのは、そう例えばーーー


 隠れている、とか。


(あぁーそれ、あるかもね)

(いやいや・・・)


 ないだろ、絶対。


 そんな大人げないことを、彼女らがするとは思えない。


(んー、でもさ・・・)

(なんだよ?)


 タバコを携帯灰皿にぺいっ、と放り込み(やっぱり似合わない)、人差し指を顎の辺りに当ててうーん、と唸るエリー。


(あの二人、多分本気だよ?)

(本気? ・・・何が)

(アンタに買い物につき合わせる、っていうの)

(はぁ?)


 そんなわけーーー


(ないって、言い切れる? まあ、本気で恋をしてるかどうかはしらないけど、さ)

(いや、だって・・・)


 頭を押さえる。考える素振りなんだが、あまりのことに頭がついていけない。


(あの人たち、教師だぞ? 生徒にそんなこと本気でーーー)

(逆に、教師だから、だと私は思うけど。学校に所属している限りは教師は絶対だからね・・・どうとでも、脅せるんじゃない?)

(そんな、バカな話ーーー)


 いや、ないとは、言い切れない、のか?


(よく考えてもみなさいよ。普通ーーーっていうか、私が学校なんかにいた頃とは全然違ってるんでしょうけどーーー普通はさ、課題を出したこと、覚えていたんだったらわざわざ見つからないようなトコに、いないでしょ)

(まぁでも、あの二人は逸脱してるし・・・)

(逸脱してるから、でしょ? さっきも似たようなこと、言ったけどさ)


 逸脱してるから、か。

 なるほど。


 ・・・って感心してる場合じゃねえ。


(それってヤバくない? 世間的に、社会的に、それと・・・倫理的に)


 あれ? 倫理って合ってるか? ・・・まあいいや。


(んー・・・まあアンタはどっちかっていうと被害者だから)

(いやそういう問題でなくて)

(じゃあどういう問題?)


 ・・・と、言われてもな。


(もう埒が明かないわね。いいわ、私も捜す)


 ヒョイ、と今度は現世うつしよに降り立つ。


 その姿は・・・まあ、普通の女子、って感じだった。

 背は普通。少し細め。なるほど、この学校の雰囲気に合っている感じだ。違和感がない。

 形質転換メタモルフォーゼでの変身。ヒトならざる身の、チカラ。


(隠れてるかも知れない、ってのも念頭に入れて、もう一回捜しましょう。さっきはああ言ったけど・・・早く帰った方がいいと思うわ)

(ああ。分かってる)


 二人して、ドアに向かう。


(アンタはそっち。こっちは私が捜す。居たら引き留めておくから、呼んだらすぐ来なさい)


 エリーは西側の校舎を、俺は北側の校舎を、ということになった。


 隠れん坊は隠れるのが専門だった俺は、探す側のことなど考えたこともなかった。どこに隠れてそうだな、とか検討もつかない。


 ・・・どうしようか。


 まあいい、動かないと始まらない。


 俺は、さっきも覗いた教室を今度は一応中に入って捜してみてから外に出る、ということを繰り返しながら、北側の校舎へと向かった。




 北校舎はいわばーーーなんというのだろう、普通の教室、HRとかがまったくなくて、家庭科で使う調理室と調衣室ミシンとかたくさんおいてある、保健室や、情報室パソコンがおいてあると予備情報室(同上)、また、授業を行う教室から一番離れているということもあるのだろう、防音を施した音楽室や軽音楽部の部室などがある。


 授業さえ終わってしまえばここを訪れるのは音楽部の連中のみ。ここの学校は文化系は脆弱で、あまり人気がないらしい。他の学校がどうか知らないが、人数比でいったらかなり少ない部類だと思う。


 そんなわけで放課後も訪れるヤツが少ないこの校舎。なるほど、確かに盲点ではあった。


 しかし、音楽部の部室でもある音楽室には若干入りづらい。


 それに、廊下などは普段生徒が使わないだけあってあまり掃除も行き届いておらず、隠れようとするにはもってこいの場所といえばそうなるのだろうがーーー


「さすがに、ねえだろ」

 如何せん、埃っぽすぎる。


 女性が座り込んだりするにはちょっと・・・という感じに。


 それでも、廊下の奥まで行ってみたりする殊勝な俺を誰か誉めて欲しい。


「・・・あ」


 ぴーん、と俺の頭に電球が光った・・・気がした。


 もしかしたらあの場所かも、と。

 まぁ、それだったら隠れているとは言えないかも知れないが。


 来た道を戻って窓を覗く。

 上の方を仰ぐが・・・ここからはさすがに見えないか。二階だし。殆どが死角みたいなものだ。


 確信があるわけじゃないが、あそこにいる・・・気がする。


 可能性のありそうな、まだ捜していない場所ーーー一円と十円ばっかりの財布の中に百円を見つけたような、そんな感じの、うれしいとも何ともつかない感情。自然と脚は速まる。


 北校舎を戻り、中央の校舎に戻る。


 連絡通路を出たところにある階段からも行けたはずだ。

 二段ずつ階段をすっ飛ばし、三階も通り過ぎてーーー


 少しだけ広い、踊り場に出る。


 そう、屋上。


 普通の生徒の出入りは禁じられている。教師の引率がない限り、ここには立ち入ることは出来ない・・・ある集団に所属する生徒を除いては。


 屋上に部室がある、天文部。


 鍵は部員全員に配られる。大抵ロッカーの鍵と一緒にしてある、つまりは、常に持っている。


 鍵穴に鍵を差し込んで、回す。


 やけに掴んだノブが冷たい気がしたが、こんなもんだとノブを回して戸を引いた。


「・・・・・・」


 両端に転落防止用のフェンス。

 訪れる生徒もないクセになぜかおいてあるベンチ数脚。

 真ん中辺りにやたらと存在感を示す、天井の円い、それなりに高い天文塔。


 そして、何故か(・・・)ーーー


 橙とは言い難い、自然にはこんな色ができあがらないだろうという、紅い紅い、空。


「・・・っ」


 赤は情熱。逆に、紅は冷血。


 そこは、寒かった。悪寒が、背中をゆっくりと、ぞろり、ぞろりと。虫のように這い回る感覚。


 感じる気温が、ではない。冷たい。何もないーーーまるで、全てが死に絶えてしまったようなーーー


 どうなってる?


 ココにくる前はこんな色じゃなかった。確かに夕焼けではあった気がするがこんな毒々しい、禍々しい色ではなかった。


 と、そこで。


 一つ、思い当たる。


 思い当たった刹那。


「・・・・・・!」


 何かが聞こえた。


 それが何だったかを、知る間もなく。



 脚が、地面を。


 体が宙を。


 離れて舞った。

 弾けて飛んだ。


 

 


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