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プロローグ:エリアV

「ようこそ、我らが“エリアV”へ」

 その白く細い線が描くシルエットはあまりにも細かったが、確かにそこに女性と思われる造形は存在していた。その色は白と黒の二色のみで、およそ色という概念が彼女の姿の上には反映されていなかった。

 腰まで届く長い髪は風もないのに横に揺れる。色は分からないが顔立ちからしておそらく西洋系。髪の色は薄く、肌も白いはずだ。まつげは長く、二重の瞼が瞬きをするたびにそれは揺れる。

 美しい、の一言に尽きる。

 その人型は続ける。

「私はこのエリアの統括者(ルーラー)。周りの者たちには“ヴァルキュリア”と呼ばれています」

 その女性―――ヴァルキュリアは腕を両側に広げ、何かを説くようにこちらに話しかける。

「あなたは、選ばれました」

 周りには、眼を開けていれば果てしなく続く白い開闢。そこには何もない。地平ですらも白く塗りつぶされ、空との境界が分からない。ただの白い空間。

 眼をつぶれば、終わりのない黒い深淵。しかし、そこにはある。白い世界では存在しなかった地平線、雲のような靄が空と思しき空間に漂っている。黒き世界の土台。すこし向こうには建物のようなものも見える。

 彼女が見えているのも、当然黒の世界だ。

 俺が立っているのは、草はらのような場所。眼を開ければ感触すらないそれは、眼をつぶると風になびく姿、互いがこすれ合う音も映し出される。

 彼女は少し浮いている。存在が浮き立っているという現代語のそれではなくて、本当に浮いているのだ。

俺が立っているのが地面だとするのなら、そこから一メートル弱上のところに。しかし踵と爪先は水平でなく、つま先の方が若干垂れ下っているのを見ると、彼女が重力に逆らっているのだろう―――こんなところに重力という観念があるのかどうかは知らないが。

「何にとお思いでしょう。突然の召喚の無礼はお許しください」

 申し訳なさそうに目を閉じる彼女。

 その顔に、どことなく懐かしさを感じる。

「あなたに、戦っていただきたいのです」

 再び開いた彼女の眼には、真剣さが表れていた。

「百年に一度の戦争、どうしても勝たなければいけない戦いがあります。我々にとっても、あなたにとっても」


「現世での、支配権を争う戦いです」


「三百年来、あなた方の国のほとんどを我々が勝ち取ってきました」


「あなた方の平和と発展はあなた方の努力の賜物であることには間違いありませんが、同時に、あなた方の国が我々の統治下に置かれていたからでもあるのです」


「我々が行う統治とは、あなた方が行うような政治的なものではありません。もっと、本質的なものです」


「本質的?」

「本質的な支配―――いわば事象の管理です。運命や因果律―――簡単に言ってしまえば何がどんな風にどこで起こるかを決めるのが我々の仕事です」

「仕事?あなた達にそこまでの力があると?」

「左様。現に死んだあなたの魂をここに呼び寄せたのも我々に許された能力(チカラ)です」

「死んだ―――?」

 眼の裏に神経が行く。


 蘇るヴィジョン。


 ノイズがかかった映像。


 引き攣った誰かの顔。


 後ろから爆発のような衝撃。


 (あか)に染まる視界。


 一筋の涙を眼の縁から流す少女。


 重力に逆らえなくなる体。


 耳に飛び込む怒号。


 心配そうにのぞきこむ何人もの顔、顔、顔。


 下側から。


 ノイズのかかった視界すらも、浸食されて―――


「・・・・・・」

「思い出したようですね」

「俺は―――死んだのか?」

「えぇ。残念ながら。六月十九日午後五時十五分三十七秒五〇。あなたの正式な死亡時間です」

「や―――」

 っぱり。

 明確に“死”という感覚すらなかったが、何となく「ああ、これは死ぬな」という感じはした。

 それが、現実になっているとは、思いもしなかったが。

「話を戻しましょうか。

 あなたが、この戦いに参加するのか、否か、ということを」


「参加もしくは不参加は自由です。あなたの意思に委ねられます」


「不参加の場合は―――」

「不参加の場合は―――?」

「そのままこのことは無かったことになります。同時に、あなたの魂が復活したこともなかったことになります」

 つまり。

 戦いに参加しないのなら、死ねと。

「そういうことになりますが、一回復活した魂というのは扱いが難しいのです。

 もしかすると、ただ死ぬ方が幸せと思うような方向へ進んでしまうかもしれません」

 彼女の言葉は、いいようのない不安を募らせる。

「参加の場合、一先ず現世に帰っていただくことになります。戦いは現世での“裏世界(アナザー・ワールド)”で行われますので」

 現世に、帰る―――?

 それはつまり。

「俗に言う蘇りです。が―――」

「が?」

「・・・いえ。いいです。いずれ分かることでしょう」

「・・・?」

 そういう含みのある言い方はやめてほしい。

 けれど、それを聞くのを恐ろしいと思ってしまっている自分がいる。

「そして、“裏世界(アナザー・ワールド)”というのはあなたが今見ている世界。眼を閉じて見ている世界のことです」


「眼を閉じて見えるものと見えないものがありますね?現実世界は人間、あなたたちが作ったものですが“裏世界(アナザー・ワールド)”は我々が作った疑似の世界です。特定の人間が眼を閉じればそこにリンクするように設定されています」

「そこで戦うと?」

「そうです」

「誰と?」

「他のエリア―――特に注意すべきはエリアAやМです。彼らは、過激派の上に、有用な能力を持っている」

 その言葉に、俺は耳を疑った。

「過激派とか穏健派があるんですか?」

「えぇ。言ったとおり、我々がつかさどるのは因果律や運命。

 それを争いにもっていきたがろうとする連中のことを我々は過激派と呼んでいます」

 彼女の眼には。

 怒りが表面に浮かんでいて。

 その奥には

 どことなく悲しみが浮かんでいるように思えた―――。


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