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蠱惑と妥協



「ね、トシ・・・」

 見つめ合う二人。女は男の名を呼び、妖艶な笑みを口の端に浮かべたまま、期待を込めた視線を送っていた目を閉じた。

 艶っぽい唇が男の目の前にある。


「う、うぬ・・・うぬぬぬぬぬ・・・」

 一方、男は何かに苛まれるように唸るのみ。

 その額にはイヤな感じの汗がダクダクと。サウナにでも入っているような大粒の汗を流していた。冷や汗と脂汗が混じっているだけなのだが。


「き・て」

 待ちきれない、といった感じで女は閉じていた目を開いて。

 そのとどめともいえる弾頭を男に投下。

 目は潤み、手は男の首にまわされる。

 段々とその距離は近づいていって−−−


「や−−−」

 脇で見守るようにしていたもう一人の女がこれ以上は耐えられない、と近づいていく二人を止めようと口を開いた。

 が、尻すぼみになっていく彼女の言葉に、二人は気づかない。

 その距離、あと10センチほど。

 互いの吐息がふれあう距離になって、ついに−−−



 硬直。

「うがああああああああ! やっぱ無理! ぜっっったいムリ!」

 男が汗を散らし、悲痛そうに叫んだ−−−



 ◆◆◆



「ぜはーっ、ぜはーっ」

 しゅこー、ってな感じで酸素スプレーが欲しい今日この頃です。千葉利明です。

 今苦しげに胸元を押さえております。

 

「もー、意気地なしなとこは全く変わってないのね」

 すいませんね。こちとら青春真っ盛りの15才なもんで。

 こら、誰だ今ヘタレって言ったの。

「ほっ・・・」

 有紀ネエは有紀ネエで何か知らんが安心したように息をついているし。

 まあ、妹弟のキスなんて見てられたもんじゃなかろう。気持ちは分からんでもない。

「昔はお姉ちゃん、お姉ちゃーんって可愛かったのに・・・」

「あ、私もそれは思った。最近ちょっとツレないわよね」

 二人して何を。

 ていうか、有紀ネエにもツレないって言われちゃったよ。本当にそうなのか? ノリが悪い、ってヤツかも。

「「反抗期かしら」」

 そうだとしたらそれは遅すぎるな。

 何かそれをウリにした芸人、居たような・・・最近見ないな。まあどうでもいい。

 しかも今ハモったし。さすが双子だ。雰囲気は似てないけど。

「んーじゃ、交渉は決裂、ってことで・・・」

「ちょっとまってそれはカンベンして」

 即座に反応した。

 もうむしろ、脊髄反射の域。

「今おねーさまに見捨てられてしまうと俺はもしかすると休日を家族のために返上できなくなるんですけど」

「・・・それはマズいわね、花音」

「確かにまあそうだけれどもね。ていうか、なんで? 補習でも食らった? 千葉家長男のクセに」

 え、それなんか関係あんの?

「何よその釈然としない顔」

「・・・別に」

 よかった、ウチの家族にはテレパシーはいないらしい。

「そういうわけじゃないんだけどさ」

「じゃあ何、この課題? アンタ成績良いって言っても寝てばっかだからただ単に先生に目つけられただけじゃないの?」

「うーん・・・花音ネエ黙ってりゃ可愛いのに、言葉遣いが男勝りで俺の心は今ちょっと荒んでるんですけど」

「・・・・・・」

 おい、なんでそこで顔赤らめて俯くんじゃ。

「じゃ、じゃあ可愛く言えば、可愛いって言ってくれる?」

 弟になに言わせようとしてんだ。しかも四歳も年下の。

 それでも一応考えてみる。姉思いの弟だと誉めて欲しい。

「・・・・・・」

 可愛い口調の花音ネエ、か・・・。


 あれ?


 全く想像が出来ないんですけど。

「「・・・・・・」」

 有紀ネエと目があった。

 有紀ネエも同じことを考えていたらしい。お互いに苦笑い。

「ちょっと有紀、今失礼なこと考えてたでしょ。トシも」

「「そんなことない(わ)よ」」

 またハモりました。今度は俺と有紀ネエだけど。




 あれから。

 結局、なんだかんだで(エリアVに遊びに行ったりしていて)課題の提出まで一日となってしまっていた。あと三十枚。明日までに終わらせるなんて絶対にムリだね。うん。

 自分が悪いんじゃねえか、って?

 HAHAHA・・・なに言いやがりますか。

 そもそもこんな無茶な課題だしたのが悪い・・・ってそれも俺が寝てたからだっけか。

 ・・・・・・。

 いやいや、そもそもいつもは寝ててもこんな課題出されることないのに、なぜ今回だけ出されるんだ。そうだきっとこれは先生の陰謀だそうに違いないそうに決まってる・・・はぁ。


 いいわけって、ちょっと悲しいね(←今更)。


 しかし、この後の安穏な生活のためにも、課題は終わらせるのが吉。ていうか、終わらせないと死。学校で寝れなくなったら俺はどこで寝ろと?

 

 というわけで、急遽応援を要請した。

 模試に於いてほぼ伝説となった、千葉連名を打ち立てた二人の双子に。

 

 ちなみに、千葉連名とは。

 ある模試に於いて全ての科目、全ての順位に於いて一位と二位を千葉という名前で埋めたこと。二位と三位の差は20点ほどで、模試史上、まれにみる現象だとか何とか。

 勝ったのは勿論有紀ネエだったが、花音ネエはその一週間前までインターハイに出場していたのだ。普段からも一応学習は欠かさなかったとはいえ、一週間であのレベルまで持って行く姉を俺は人間業とはとても思えなかった。スーパーウーマンさながらだ。

 で。

 その失礼ながらも人間とは思えない頭脳の力をお借りするべく協力を要請したら、


「熱くとろけるようなキス」


 が交換条件だとか言いだした(もちろん花音のほう)。

 それで冒頭に至る、ってわけだ。

 

 結局条件 (という名の公開処刑)は施行されなかったが・・・ヘタレとか言うな。しつこいぞ。


「まあ、可愛い弟の為だし」と花音ネエ。

「見せてみなさい」と有紀ネエ。

 嗚呼すばらしき姉弟愛。

 素で泣きそうになりました。

「「そのかわり」」

「そのかわり?」

「「今週末、買い物に付き合いなさい」」

「うぃ・・・」

 結局、買い物に連れてかれるのには、変わらないんだなぁ、と。

 まあ姉貴たちの方が幾分かマシだ。慣れているというのもあるし、そこまで年が離れてないので。

「・・・いいけどさ。何買うの?」

 下着とかはカンベンして欲しい。

 妹たちと・・・っと、やっぱやめよう。これはあんまり話すべきでもないし回想すると俺が自己嫌悪に陥りそうだからやめておく。各人、ご想像にお任せいたします。

「行った先での気分で」

「決めるわ」

 ふうん。

 まあ、そういう店にふざけ半分にでも入ろうとしたら、全力でBダッシュ(逃走)することにしよう。

 姉たちの協力が得られたので、俺は一旦課題を取りに部屋に戻った。



 ◆◆◆



「ねぇアレル」

「なぁにサレル」

「お母様が」

「お母様が?」

「早く決めなさい、って」

「何を? 私たちの将来?」

「冗談じゃなくてさ。分かってるでしょ?」

「うん、まあ」

「うんまあ、って・・・何やってんの?」

 先ほどから素っ気ない返事しか返さない片割れに、少年−−−まだ幼く、女の子と間違われてしまうかもしれない容姿をしている−−−は、振り返った。

 二人は背中を合わせるようにして座っていて、互いの声は聞こえていたものの、何をしているかまでは把握できていなかった。

「・・・ねぇアレル」

「何よサレル」

「女の子なんだからさ、一応」

 いいながら、サレル−−−少年の方は、ため息をついた。

 なぜなら−−−

「いいじゃない、痒いんだから」

 とか言いながら、小指を耳に突っ込んで、耳の穴をほじっているのだから。

「まあ僕しかここにいないからいいんだけどさ」

 それでも、なあ・・・と思ってしまう少年、サレルだった。

 せっかく可愛い容姿が台無しだ、とも思う。

 彼女は、自分の分身のようなもの。生まれた順番が違うだけで、誕生日は・・・正確に把握しているわけではないが、違わないのではないかと思う。


 彼らは、気づいた頃からここにいる。


 知覚を記憶として認知できるようになってから、とも言える。


 物心つくまえから居たのかもしれないし、物心ついた後の記憶がないだけなのかもしれない。どちらかは分からない。分かるはずもない。

 ここは、閉ざされている。

 どこにも繋がっていないし、空間に限りはない。行けども行けども同じ世界が広がっているだけ。

 とは言っても、子供の体力。疲れ果てるまで歩き通したところで精々、5キロというところなのだが。

 最低でもそれだけ、しかも自分たちがいた場所を中心に広がっているらしい、というのは子供ながらに知っていた。


 分かっていた、ではなく。


 知って、いた。


 何故か。

 その理由。


 声、だった。


 たまに聞こえてくる。頭の中で響くように。

 それは耳元でささやかれているようで、大変くすぐったくもあったのだが、何もない世界での少年たちの安らぎでもあった。


 声は、自分を母親だと言った。


 母親とは何か、と少年は問うた。


 生みの親、と声は言った。


 親とは何か、生むとは何か、と少年は問うた。


 何もない世界。

 すなわち、情報媒体がいっさい存在しない。


 彼らの知識は声からのものだった。


 何故声の言うことを理解できたのか。

 そもそも、その声は何語をしゃべっているのか。

 外の世界はあるのか。そこにあるのは何か。


 彼らは、教えられていない。


 声が、教える必要なし、と判断したからだ。


 余計な知識は余計な疑問を生み余計な行動を引き起こす。


 声にとって、彼らの余計な行動はあまり好ましくないものであり、閉ざされた空間という異常な環境下での絶対者という形をとっている。


 ただ、彼らはそんなことを知る由もない。


 知れるはずもないのだ。


 絶対者がいうことは絶対であり。

 逆らうことを知らないが故の絶対。


 彼らは声を母と呼び、母と思う。


 声が自分はそういう存在であると、明言するから。


 疑問などない。


 ある意味で徹底された管理生活を送らされている彼らに、そんなものありはしない。


「で、なんだっけ」

 小指についた耳垢をふっ、と息をかけてとばしつつ、少女−−−アレルはサレルに向き直る。

「なんだっけ、じゃないよ。決めなきゃ、いつにするか」

 いつ、という言葉にアレルも反応した。思い出したようだ。

「あぁー、何か言ってたね。よく覚えてないけど」

「・・・まあそんなことだろうと思ってたけどさ」

 自分よりもズボラな感が否めない少女を見て、少年はため息をつく。

 声によれば、こういう時にしっかりしているのはオンナ−−−女であると聞いた少年は、首を傾げていた。

 目の前で盛大にあくびを放つ少女を見据えながら。

(やっぱり、違う気がする・・・)

 そんな彼の疑問などつゆ知らず、彼女は二度目の大あくび。

 見てられない、という感じで少年は首を振った。

 と、あくびをし終えた彼女は。

 ごろん、と彼の横に寝そべった。

「ちょっとアレル、まだ話は終わってないんだけど?」

「ふわゎ・・・もう私眠い。サレルも寝ましょ? 眠いでしょ?」

 おのれ人を自分の眠気に巻き込むな、と思いつつも、アレルに腕を引っ張られたサレルは渋々と横になる。

「お休み・・・」

 自分が上にした方の脇と首とに手を回され、がっちりとアレルにホールドされたサレルは、起きあがるに起きあがれない。

 まだ少し考え事をしたいのに、このままでは眠ってしまう。

 彼女の吐息が鼻にかかる。

「はあ・・・」

 しょうがないな、とも思う。

 こんな安心しきった顔で眠られては、起こすこちらに罪悪感がわき上がりそうだ。

 悪いのはどちらかというと考え事もせず寝てしまった彼女なのだが。

「じゃあ、14回、目が覚めたらでいいかな?」

 と独り言のように漏らす。

 アレルに聞いたところで、サレルの好きにしなよ、と言われるだけだ。それでも一応、夢に旅立つか旅立たないかのところにいるだろう彼女に話しかけてみる。

「、ぅ・・ん」

 うん、と聞こえた。

 ということにした。

 全く適当ではあるが、彼らは普段からこうなのでサレルのほうもそれで納得して目を閉じる。彼女を少し自分の方に寄せるのも忘れない。

 サレルの今日の課題はこれでこなされたことになる。



 しかし、彼らは知らない。

 生体としては人間と変わらない彼ら。おおよそ23〜24時間を一回のサークルとして活動する。

 それを外の世界では「一日」と呼び。

 またそれを14回繰り返すことは「二週間」であるということ。

 無論、サレルが14という数字を出したのは偶々だ。自分とアレルの年齢を足しただけで。


 そして、彼らがたとい外の世界でそれを「一日」と呼び、それを14回繰り返すということは「二週間」という事象であるということを知っていたとして、まだ知り得ないことがある。

 


 それがたった一ずれるだけで。

 多くの人間の命運、果ては「元人間」のそれも左右するということを。

 彼らは知る由もなく。


 安らかに寝息をたてながら。


 夢へと旅立っていく。




 



 無知は罪である、と人は言う。


 しかしそれが。


 人為的に作られたものなのであれば。


 無知は無垢であることに変わりない。

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