真実は残酷−ファクト・イズ・クルーエル−
後半部分が読みにくいかもしれません。
少し真相に近づきます。
この世界は、理不尽だ。
人間やれば何でも出来る? そんなはずはない。
どんなに頑張ったところで、人間に可能なことは物理法則や体の構造といった現実的な領域を出ないのだ。
否、出られないというべきか。
この世界に生まれる。
すなわちそれは、幻想をお預けに、追いつくはずもない、届くはずもない理想を追いかけるだけの人生。
なんて、不毛。
なんて、無駄。
私は、自分で手に入れられるものは全て手に入れた。
この世の中、多少の才と最大限の努力、ある程度の金と容姿が整っていれば大抵のことをするのには事足りる。
事足りないのは、この世界にいる限り、人間である限りは出来ないこと。
たとえば、自力で空を飛ぶこと。
たとえば、水の中で暮らすこと。
たとえば、地球を見下ろすこと。
たとえば、100キロで駆け抜ける風と力を感じること。
たとえば、まだ見ぬ深海を垣間見ること。
それはたとえば、人間を辞めてしまえば簡単に出来ることで。
それでも世界は、生きる種の選択を自由にさせてなどくれなくて。
詰まるところ、私は人間であることに飽いていた。
飽きるというのはどんな動物にもあるのだろう。
ただ、三歩歩いて忘れてしまうのは動物だけ。
飽きていた、その事実を忘れてしまうから、彼らは悩まない。
人間も、忘れる。だけど、それはつまらないことだけで、つまらなかったことは忘れないのだ。
つまらなかったことは忘れない。つまりは、それに関しては一生飽いたまま。
神は、どうして人間だけを。
どうして特別扱いするかのように知恵をつけさせたのか。
一部のモノだけを長くすれば、太くすれば、強くすれば、賢くしてしまったら。
世界のバランスが崩れることなど容易に想像できただろうに。
この世界は理不尽だ。
私たちに中途半端な権限だけしか与えず、さらに力は全く与えない。
私たちに、悩むことを強要している。
知恵は、人間の武器。同時に、最大の弱点。
知恵があるから、余計なことを考える。余計なモノにまで手を回す。
知恵という名の諸刃の剣を与え。
せめぎ合う欲望と葛藤させる。
精神があるが故の自制心。故の悩みと苦しみ。板挟み。
この世界は理不尽だ。
それに気づかせること自体、理不尽であるというのに。
◆◆◆
「うおお・・・」
思わず感嘆のため息が漏れた。
感動した。いや、違うか。感銘を覚えた? これも違うな。
なんていうか、心に色々と何かが突き刺さってそこから色々溢れた感じが。何かもにゃっとしたものが体を満たしていく。
自分で言っててなに言ってんのか全く分からないのだが、こうとしか言いようがないんだからしょうがない。
まるで、別世界だった。
実際、別世界に分類されるんだろうが。
現代の日本のようなせせこましさというか、ゴミゴミした感じとはかけ離れ、土地全体が元からそうあるようにデザインされた感がある。
古めかしい感じは全くしないのだが、古き良き時代に戻ったような感覚を覚えるのは俺だけだろうか。
マンション? 何それ? とでもいいたげに平屋がずっと並ぶ。高層なものは全くなく、晴れ渡る空が全開だった。
建物は全て木造。少しだけ森の香りがする。
木造、といっても色々施されているから、木肌が出ていることはないが。
やばい、すっげー清々しい。
人の気分って景観次第で大分変わる。そんなことを実感したうえで納得。思わず笑みがこぼれた。
「ここ、凄い綺麗だな。誰かが設計したりしたのか?」
俺は隣のエリーに聞いたつもりだったんだが。
「気に入っていただけたようで何よりです」
答えた声は、後ろからで、またエリーの物とは別物だった。
声に振り返ると、俺の後ろにいたヴァルキュリアが少し頬をゆるめていた。
ちなみに、彼女が言ったとおりもうここは白黒の世界ではなくなっていた。ちゃんと色彩が施されている世界が見えるわけで。
やっぱり、白黒とカラーじゃ、美しさがだんちだ。
やはり西洋の人だったらしい。透き通るような銀髪、クリクリした碧眼。白黒だった世界では気づかなかったが、細身の割には出ている。
どこが、って?
BとHに決まってんだろうが。
彼女は、凄い。
絶世といってもいいほど美人。傾国とも言えるか。
「お褒めに与り、光栄です。そこまで褒めて下さった方はあなたが初めてですね」
うわーお。
ここにもいたぜテレパシー。
ん。
・・・ってことは。
今の俺の破廉恥に近い(っていうかそのもの)言葉も聞かれてしまったという。
・・・・・・。
穴があったら入りたいdeath。
今俺がいるのは、SL−−−セパレート・ラインと呼ばれる場所。天使と悪魔の居住区で、この一帯にエリアAやらVやらが存在するらしい。
基本的にエリア間の移動は出来ないらしく、一定の広さでエリア区分が定められているそうな。一つのエリアで大体北アメリカ大陸くらいの広さがあるとかないとか。
そんな広い区画を23個も、どこに落ち着けるんだ、世界は思っているよりも狭いんだぞ、なんて野暮なツッコミは毎度の如くしないで欲しい。
俺が一番ツッコみたいんだよ!
だけどさ!
「んー、言ってもいいけど多分アンタじゃ理解できないよ? 大学かなんかで物理学を専攻してたりしたら分かるんじゃないかな。少なくとも、高校生には理解できないわよ」
「私も、失礼ながら・・・そう思います」
なんてさ!
俺のことなど歯牙にもかけないとでも言いたげにズケズケと歯に物着せぬ言い方で言うエリーと、それでも申し訳なさげに少し目を反らしながらヴァルキュリアにまでそんなこと言われたら、ツッコむ気も失せるってもんさ!
・・・まあ一時的に爆発してしまったが。
簡単に言ってしまえば、ここはいわゆる天国ってやつなんだと思う。
さっきからチラホラ羽を持った人間っぽいのが低空飛行しているし。
何となくではあるけれど、空が近い気がする。本当に何となくだが、そんな感じがする。月でも出てくれりゃ分かるんだけどな。何か知らないけど太陽出てないし。明るいんだけどさ。
「なあ、黒い羽のヤツと白い羽のヤツって何が違うんだ?」
けど、俺がもっと気になったのは、行き交うヤツの羽の色が人それぞれってことだ。
黒の方がいくらか多い気がする。整数比7:3ってとこか。
「ええ、ここは私が設計し、私の指示のもと皆さんに協力して貰って作った場所です。ここにはあなたのような日本人を呼ぶことが多いので、それを意識して作ってみました」
・・・ん?
なんか、質問と答えが全くかみ合ってないぞ?
もしかして、上↑の質問に答えてんのか? 大分前ですね。タイムラグ激しすぎ。
「あ、いや、そうじゃなくて俺が聞いてるのは−−−」
「まあ、生前日本に興味があった人でここを見て喜ぶ人もいるけどねー。外国人の持つ日本のイメージにぴったりだもの」
「ああ、それはそうだろうな。で、俺が聞き−−−」
「日本の方も自分の住んでいたところとはいえ、狭いと感じているようですからねぇ」
「そうだな、俺も都心の狭さには驚いたよ。で、あの羽の色が違うのは−−−」
「ホントよね。狭すぎるわ、東京。なんでアンタ都に住んでるわけでもないのに東京の病院に入院してたのよ」
「学校が限りなく東京に近いんだよ。それに、あの近辺にあんまりデカい病院がない、ってのも理由の一つ。それよりも、あの羽−−−」
「だめね。引っ越しなさいよそんなとこ」
「そうですねぇ。近くに大きな病院がないっていうのは困りますよね。せめて車で10分くらいのところにはあって欲しいところですね」
「家の近くにはあるよ。歩いて7分のところにな。それよ−−−」
「ていうか、アンタの家、大きいわよね。お父さん何やってる人?」
「電子工学系の技術士だよ。あのさ、お前らこれもしかしてわざと−−−」
「へえ、そうなんですか。外国語が出来るお父さんという話でしたが、海外を飛び回っている、ということですか?」
「はあ、そうですけど・・・」
人の話を聞けよ。
よっぽど聞かれたくない話らしい。
そういや、前もエリーに天使のこと聞いたら話を濁したな。
・・・なんかあるのか?
ああーもう、余計気になるじゃんか。
「それで、ヴァルキュリア様、陣形のことなのですが・・・」
「様はつけなくてもよいと何度もいっているでしょう。・・・それに関しては・・・」
何かまた別の話してるし。
やだなぁもう。
女って身勝手だ。ホント。
◆◆◆
「ふふっ・・・」
「何を笑っている?」
「いーえ。なんでもないわ」
「そういう言い方は余計に気になるとずっと前から言っているだろう」
「じゃあ答えなければいいのかしら?」
「そういうことを言っているのではなくてだな、私が言いたいのは−−−」
「しゃべりが過ぎるぞ。マクロ、ミュート」
「はーい」
「・・・申し訳ございません」
「とっととこっちに来い。・・・ったく、エリアSやらVやら、今回は穏健派にやたらいいのが集まったな。どう見る?」
「どうもこうも、ただの偶然にしか私には見えませんが?」
「まぁ、お前の言うとおり偶然もあるだろうが・・・」
「やだ、ミュート。忘れたの? 私たちみたいなエリアの眷属の近くで命を落とすと、そのエリアに招かれやすくなる、って」
「ああ、それくらいは覚えているさ。魂が我々の発する波長のようなものに感化されてそうなる、と。しかし、それは関係ないのではないか?」
「どうして?」
「どうして、って。
相手は穏健派筆頭、エリアSとエリアV。筆頭を務めるだけに有用な力を備えているし、統括者、闘いに於いて指揮を取る人物も有能だと聞く。
我々のように過激を名乗るのならまだしも、穏健を語るのであれば、今お前が考えているようなことをするようには思えない」
「甘いわねー。ミュート」
「何がだ」
「ねー、モロク様もそう思うよねー」
「ああ、まあな」
「・・・何故です?」
「そんなに眉をひそめるな。別にお前をバカにしてるわけじゃあない。・・・ホントだぞ?疑わしい目で見るな。怖いから」
「では、甘いとは如何な理由で?」
「ふむ・・・・・・天使も、悪魔も、我々のような死神や神も元々は人間だという話はしたよな?」
「はい。確か、死んで魂だけになって霊子としてバラバラにならず、魂としての形を保っていた場合のみ、ここに招かれる、と」
「そうだ。お前はたまたまこの戦いの準備期間のうちに死んだ。その場合はな、魂としての形を保っているかどうかは関係ない」
「それも聞きました。霊子としてバラバラになる前に無理矢理にという形にはなるが任意にエリアに召喚できる、と」
「そう。でだ。
ちょっち話がずれたが、俺も元々は人間だ。本名を明かすつもりはないがな。死神なんて大層な呼ばれ方してるが、何のこたねぇ、悪魔の成り上がりだ。
神の奴らも、当然そう。まあ例外は何人かいるみたいだが、大体がもとは人間だ。たしか、エリアSの−−−なんだったっけアイツ。セバスティアヌスだったか。セバスチャンっていうと怒るんだよな。何かの映画に出てくるヤドカリの執事を彷彿させる、ってワケ分かんねえコト言ってさ」
「・・・それはなんとなく分かる気がするね」
「・・・まあ、な」
「何だお前ら、分かるのか。
・・・まあそれはいいとして、だ。俺らももともとは人間だ。確かに俺らの死活問題でもあるとは言え、かつて同志だったヤツをこっちの個人的な理由で殺すようなアレはねえ。
大体、魂見るまでそいつがどんなエイブラに当てはまっか分かんねえしな。そんなことしてたら一国滅ぼさねえと希望のエイブラに当てはまるヤツなんか出てきやしねえ。要は運なんだよな、エイブラに関しては。
エイブラは最弱でも、そこを頭使って何とかすんのが統括者の役目だ。もとは人間だったヤツはそこら辺を分かってる。
・・・が、だ。
それを全く理解してない奴らがいます。誰でしょーか?」
「・・・天使からの神、ですか?」
「人間から天使になった奴もいるんだぞ?ていうか、神は天使からしか成れねっつの。神は天使の昇華したカタチだからな」
「そうですよね・・・」
「マクロ、分かるか?」
「んー・・・」
「純粋な天使、じゃないっすかね?」
「当たり」
「純粋な天使・・・?」
「まあ、世の中にはそういうヤツもいるってこった。
で、こいつらが厄介なのは人間を何とも思っていないこと、よくて下僕ぐらいだろうな。
そして、特定のエイブラに当てはまる人間を見抜くことが出来るらしい、ってこと」
「らしい?」
「詳しくは分かってねえ、ってことだよ。自分の能力をわざわざ口に出すヤツなんているか?」
「まあ、確かにそうだよね」
「・・・なるほど、分かりました」
「お、分かったか。さすが聡明なミュート君」
「からかわないで下さい。
・・・しかし、そうだとするならあちらの方がどちらかといえば過激派なのでは?」
「まあなー。
まあでも向こうは標的が分かってるからピンポイントに人を殺す。こっちはそんなもん分かりゃしないから手当たり次第に数を殺るしかない。
どっちに殺意がこもってるかって言うと明らかに向こうだが、数殺してるのはこっちだかんな。どちらにも非はある。どっちにも相手を責める理由あるんだ。
難しいとこだよなー。
向こうにしてみりゃ、人間の平和を掲げてるわけだからさ。戦争なんてのは以ての他なわけ。それでも、平和な中での健全な国民を自らの目的のために平和という大義名分を以てして殺しちまうわけだ。
平和、ってヤツをはき違えてやがる。
さながら、俺らは発展途上国、奴らは先進国ってとこだな。自らの利益と保守に一生懸命になりすぎだ、アイツらは」
「まあしょうがないじゃないですかね、そこは。こんなとこに来たって人間は争うだけ、ってことでしょう」
「それも悲しいところではあるが。まあ、私は生き返れれば何でもいい。勝てば生き返られる、そういう話だったな、モロク殿」
「ああ。勝った見返りとして俺が出来る範囲のことはしてやる、っていうのが本当なんだけどな。大体みんな生き返りたがるからな」
「そうか。私もその大多数のウチの一人だ。安心しろ」
「ははっ、何に安心しろと?」
「ねーねー、これ、何の写真?」
「ん? ああ、新しく入った敵のエイブラ。と、本人の写真」
「へー。あ、エリアVって日本がテリトリーだっけ」
「ああ、そうだ。エリアSはどこだったか・・・ロシアの方だったか」
「へー、みんなカッコいいー、きれー」
「お前はそういう感想しか漏らせないのか。まあ、たしかにそのスラッシュの女は上玉だと思うが」
「このショックって人も中々の好青年だねー。笑顔が素敵。ねー、ミュートはどんなのが好み−−−ってあれ?」
「・・・興味ない。とっとと終わらせろ」
「あやや〜」
「まあ、確かにそういうのは苦手そうだな、お前」
「・・・余計なお世話です!」
「およ?」
「どうした?」
「・・・いや、ちょっと知り合いがいたもんで」
「へえ、数奇な運命だこと。どいつ?」
「これです」
「知り合いをこれ呼ばわりするなよ・・・エリアV。ヴェイキャンシーか。ああ、コイツ、能力は強いぞ。気をつけとけよ。まあ、本人が強いかは知らんが。
・・・ていうか、やたら男前だな。ムカつく」
「ははーそうですね。変わんないや。目の感じとか。背ェ高くなったなー、オイ」
「なんだ、幼なじみか?」
「そんなんじゃないですよ」
「そうなのか、やたら親しげだが?」
「勿論ですよ。当たり前じゃないですか」
「じゃあなんだ、許嫁かなんかか?」
「いえいえ。そんなんでもありません−−−愛しい愛しい、我が弟。愚弟でございますよ」