そんなあの人の怖いトコ〜2
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「・・・・・・」
「・・・・・・」
うーむ。
どうしたものかこの状況。
黙々と箸は進む。だが、口は動いても開かない。
早い話、話題がない。
誘ってきたのは彼女だが、それが精一杯だったらしい。
たまに箸を落としそうになりながら懸命に食事を喉に押し込めている、という感じだ。
他のことを考える余裕などとてもないように見える。
ましてや、生産性のある話題を探せなどという課題は、今の彼女には酷というものだろう。
さて、どうしたものか。
ふむ、大抵の女子に話しかけるということに恥じらいを感じてきたことの無かった俺が今なんでこんなことになっているか、自分で一番不思議に思っている。
「ふむ」なんて偉そうに言ってんじゃねえよ、と思っている方々も大勢いらっしゃることだろう。
しかし、だ。
一言言わせて貰うとだな。
俺にどうしろと?
ムリだろ。
忘れたのが彼女のみの記憶だったからあまり周りのヤツは気づいてないが、俺、一応記憶喪失ですヨ?
それも、彼女に関することはまるまるすっぽり。スッカラカン。
病院の一件で打ち解けた(かもしれない)とはいえ、ステップすっ飛ばしすぎだ。2人っきりでお弁当だなんて。
確かに、彼女に梨を餌付けされましたさ。そういうこともあったとも。
それで二人して赤面して、何か嬉し恥ずかしみたいな空気を味わったのも事実ですよ。ええ、そうですとも。
だがな。
だからなに?っていう。
そんなことを経験したからといって、少し甘酸っぱい時間を共有したところで、友好の度合いはそんなに急変するものではないのだ。むしろ、なんか、こう、ギクシャクする。
顔を合わせる度にそのことを思い出して二人して赤面。
ファーストキスから一夜明けた中学生のカップルじゃあるまいに。自分のことながら。
俺って女性を避けてきただけで実は初心なのか?
・・・なんて思ったりするわけで。
それは別にショックでもなんでもないんだが、何か釈然としない。
人よりも女性、それも美しい、可愛い部類に入る女性と過ごす時間は長いはずなのに、今更「実は経験値ゼロ」だなんて発覚するのは如何なものか、と。
ていうか、そうなると俺にノーリアクションで返された人 (かみ砕いていえばフられた人)、可哀想だな。自分のしたことながら、今更に心が痛むぜ。
まぁそれはいいとして。
うーむ、と唸る時間 (といっても唸るのは心の中でだけだが)を長くしたところで状況は変わんなさそうだ。唸ることで解決する問題があるのか、ということ自体が問題でもあるが。
とりあえず、この場の気まずさから逃れるという逃避行の意味も含めて状況整理なぞをしてみようか。
まず、なんでこんなことになったのか、ってとこから回想でも。
◆ ◆ ◆ ◆
扇先生の驚くべき能力 (かどうかは知らないが)が発覚し、それに対して恐怖を覚えた俺だったが。
そんなものは一過性にすぎず、ころっと忘れた。いずれ対策を練れば済むことだ。幸い、花音ネエがそういう分野に詳しかった気がするので、話を聞いてみるのもいいかも知れない。
とりあえず今は課題だ、課題。残り80ページ。ほぼ2時間使って3ページしか終わらなかった。残りをそのペースでやるとすると・・・
26、7時間か。不可能じゃないな。
最初見立てていた予定よりもずっと早く終わるということに、俺は少し安心した。
ま、仮定にすぎないからなんともいえないが、最初の10ページは大体計算問題。因数分解やら導関数やら。残りは文章題で、10ページの佳境をすぎれば大分ペースは上がるんじゃないかと思う。複雑な計算は下手な文章題解くよりも時間かかるからな。
よし、予定通りに今日は寝ることにしよう。
“眠気が勝ってはなんにも出来ない”
↑これ、俺の座右の銘な。
眠いときに無理をしても意味はない。脳が活動することを拒否しているのだから。
そうと決まったらメシ、メシ・・・っと。
そうだな、今日は風が気持ちよかったし、外で食うか。俺の特等席、普段は閉め切られている屋上ででのランチとしゃれ込むぜベイベ。
屋上の鍵、持ってたかな。
そう思って、ポケットに手を突っ込んで鍵を探ろうとしたら−−−
「あ、ああああの、千葉クン! よかたら、いいいっしょに、おおおおおお、昼、たたたたべませんか!?」
すげぇ噛んだね今。大丈夫か?
お分かりかとは思うが今声を掛けてきたのは高崎さんだ。
「え、いいけど別に」
特に断る理由もないので。
「ホ、ホントっすか?」
今また噛んだな。
「ホントっす」
ふざけ半分にオウム返ししたのだが、彼女はそんなことは気にも留めてないようで、物凄い嬉しそうな顔をしている。
うーん、やっぱ可愛いな。見てるこっちも嬉しくなりそうな笑い方。好きだぜ高崎さん。とりあえず今はLikeだけど。
Loveに変わるかって?
・・・知らん。
「どこで食う? お弁当でしょ?」
「あ、はい。私は何処でも」
何処でもいい、と。じゃあ丁度いいな。
「じゃあついてきてくれる?」
今思えば、高崎さんはあまり席を立たない。お弁当を食べる際も、友達のところへ行ったりせず、自分の席で黙々と食べる。
かく言う俺もメシは一人で食べたい人なので(特に移動する気も起きないだけだが)、その意味でいえば今まで俺たちは隣同士で弁当を食らった仲なのだ。
・・・まあ会話もなにも無かったので仲というのには少し語弊があるかも知らんが。
教室じゃいつもと変わらんだろうという建前と、他の奴らの視線が気になるという本音。高崎さんが緊張のお陰で大きな声を出したので、気づいたヤツは絶えず野次馬が発するような視線をこちらに向けていたのだ。
というわけで、レッツ屋上!
◆ ◆ ◆ ◆
ってなわけで今に至るわけだが。
俺たちは屋上に何故かある−−−普段閉め切られているのに、だ−−−ベンチに二人並んで腰掛けている。いわゆる肩が触れそうな距離、ではないが、少なくとも教室で隣同士の距離よか近い。
少し汗をかいた体に吹き抜ける風が心地いい・・・のはいいんだが、空気の気まずさは全く変わらない。
かつ。
しまった。弁当が底をついたか。なるべくゆっくり食べてたつもりなんだが。回想している間に箸がついつい進んでしまったらしい。
なるべく挙動を小さく、弁当を包み直す。
さて、どうしようかな。
一息ついて横を見ると、彼女もこちらを見上げていた。意外と小さいな、高崎さん。空の弁当は抱えてても意味はないと思うぞ。
じー・・・
「・・・?」
じーー・・・
「・・・・・・」
じーーー・・・
「えっと、なに?」
見つめ合○とー、素直にー、お喋りー、出来ー○ーいー♪っていうメロディが頭の中を旋回する。ええい、やかましい。
「千葉クン・・・」
「はぁ、何でございましょ」
そんなうらやむような目で見られてもね。
「なんで・・・」
「なんで?」
なんで・・・なんでしょう。わかりにくいな。
「なんで、そんなに肌が綺麗なの・・・? 男の子なのに・・・私よりもツルツル・・・ずるい」
「いや、ずるいって言われてもね」
何を言い出すかと思ったら。
まあでも確かに化粧品のCMがやたら多いように、女性はそういうことをかなり気にするんだろう。
こう言っちゃなんだが、俺の肌は−−−多分彼女が言ってるのは顔のことだろうが、確かに綺麗らしい。入院した際、先生に褒められたし。
強いて言うなら姉妹全員が女だからかな。スキンケアグッズとやらが洗面所を埋め尽くすように並んでいるのは男の俺にとっては結構圧巻だ。
特に使っても怒られないので、遠慮なく使わせて貰っている。理由を挙げるとすればそれくらいか。
「ていうか・・・」
そう言いながら彼女の頬に手を伸ばす。
「高崎さんも十分スベスベしてるじゃん」
手のひらを頬にあてがって、親指で軽くなぞってみる。
冷たい感じの地肌が指に心地いい。
ニキビ一つ無い肌は例えるなら・・・なんだろうな。柔らかさは固めの餅、なめらかさは肌独特のきめ細かい感じの、としか言いようがない。
すなわち、彼女も十分美肌だ。男の肌に対して美肌という呼称が当てはめられるのかは疑問であるところだけれども。
俺が彼女の言うとおりツルツルなら、彼女はスベスベだな。俺はスベスベの方が好きだから、どっちかっていうと彼女のほうが羨ましかったりするのだが。
しばらく彼女はくすぐったそうに目を細めていたが、突然、
「っ!」
と息を呑むと共に、ボンッ、という擬音がしっくりくるような早さで赤くなった。冷たかった地肌は一気に温かくなりました。
相変わらずリアクションが可愛いな。癖になりそう。
空気にはなれていなくとも、女性に触れるのにあまり抵抗を覚えないのに変わりはなかった。
・・・なんかスケベみたいだな。
(なにやってんのアンタ・・・痴漢?)
「どぅわっ!?」
びっくりした。
マンガじゃないが、本当に喉から心臓が飛び出るかと思った。
(・・・なんだ、エリーか)
俺がいきなり大きな声を出してびっくりしている理由が分からず、目をぱちくりさせてこちらを見る高崎さんの後ろに、そいつはいつの間にか立っていた。いつの間にいたんだお前。
(なんだとはなによ。失礼ね)
(失礼なのはどっちだ。人を痴漢呼ばわりするな)
(だってアンタその子と付き合ってるわけじゃないんでしょ)
(まあ、そうだけれども)
(だったら痴漢じゃない? あ、ナンパともいうか)
その二つのワードは意味もニュアンスも全く違うけどな。
(お前、どこ行ってたんだよ)
(ちょっと、ね)
何か歯切れが悪いな。彼女は顔をさりげなく反らした。
(戦争関連?)
(まあ、それはそうね。ちょっと、気になることがあったから)
(気になること?)
(ええ。まぁ、家に帰ってからでも話すわ。それより・・・)
(それより?)
彼女は、顔を反らした方向にさらに顎をしゃくった。
(あれ、アンタの友達? なんか、10人くらいこっち見てるんだけど)
は・・・?
屋上にある二つの出入り口のうち、俺たちが使わなかった方、もう一つの出口のほうに目をやる。
それはちょうどベンチの背中側で。
俺たちからはちょうど死角になっていてまったく気がつかなかった。まあそれをいいことにあいつらはあんなところにいたんだろうが。
開け放たれたドアより少しこちらよりにフェンスがあって、そこに隠れるようにしてそいつらはいた。
・・・大体が見舞いにきたメンバーだな。
たぶん、高崎さんが大声を出したのを聞いて、俺が高崎さんを連れ出すのを見て、アイツらがここまで来たんだろう。俺が昼休みにここを訪れるのを知っている人間はごく少数で、あのメンバーの中では鵜方しか知らなかったはず。
・・・鵜方め。
「どうしたの、千葉クン?」
少し顔は赤いままだが、彼女は俺の顔が少し歪んでいるのに気がついたんだろう。恐怖からか、単純な疑問からかは知らないが、彼女は俺にそう言った。
「うん? あぁいや、おバカな連中にはお灸を据えてやんないと、と思って」
「?」
彼女は不思議そうに首を傾げた。どうやらアイツらが見えていないようだ。
それは至って好都合。
どちらにせよ、あんなシーン(彼女の頬に手をあてがっている場面)を見られたのだ。よりにもよって、あのままキスに移行するんじゃないか、というような迷場面 (誤字にあらず)。
出歯亀に対する制裁+口止めってところか。
俺が実は穏便じゃねえってところをそろそろ何人かに刷り込んでおいた方がいいだろう。下手につけあがらせると手が回せなくなるしな。
「高崎さん、そろそろ帰る? なんやかんやであと5分で授業だし」
「あ、うん」
ぱぱっ、と手慣れた感じの手つきで弁当を包み直し、それを手に持って彼女は立ち上がった。弁当は、たぶん彼女が自分で作っているんだろう。
「あの・・・」
「うん?」
座った状態のままの俺に、彼女はうつむき加減で言った。
「明日から、私も、ここで食べても、いい、かな?」
ここ、風が気持ちいいし・・・とほとんど消え入るような声で。
それは、まあ。
俺にとっても都合のいい話で。
「ああ、もちろん」
多分、このときは笑顔で返せた。
「じゃ、じゃあ、先、教室戻ってるね」
ぱたぱたと駆けていく彼女。
(アンタ、あの子にほの字?)
(言い方が古いな・・・)
さすが80才。年季が違うな。
(で、アンタは戻らなくてもいいわけ?)
(ん)
後ろの方を指でさした。アイツら、暇にもほどがあるな。部活の昼練とかないのか?
(ああ、なる)
(そういうわけなんで。メシ、食ったか?)
(あ。まだ)
今気づいた、という感じで腹を撫でながら呟く彼女。
(うぅー、言われたら急におなか減ってきたぁ)
(あとで買ってきてやるから、ちょいと待っててな)
唇をつきだしてこちらに飛びついてくる彼女をひらりとかわして、後ろを向く。
鵜方と目があった。無論、向こうには見えていないだろうが。
大方、俺が後ろを向いたのもただの偶然としか考えていないだろう。まぁ、普通はそれ以外に考えられないのだが。
さあ、はじめようかね。
音なき闘い。
一方的な、圧倒的な差というものを。
アイツらの目に、脳髄に、底の底まで、染み渡らせる。
感銘、刻印。
・・・つってもまあ、ただのガキの喧嘩だけどな?
カッコつけてみただけだ。
◆◆◆
「−−−ぇぇえん!」
ぱあん、という何かが割れたような音。
竹刀特有の、鞭を打ったときの音とよく似た音。
この音を気持ちいいと思えるようになったのはいつだったか。いつからだったか。
私の家は、代々続く名家だったらしい。それも、政治関連ではなく軍事関連。お代官様ではなく、将軍様。それも結構高位の。
高崎何某なんて武将、聞いたこともないが、武家屋敷のような一戸建ての家や、敷地内にある剣道場のほか、宮城さんの家とほぼ共有状態にあるさまざまな施設を見ると、そうだったのかも、と思わなくもない。
少なくとも、一般の家庭ではないことは確かだし、金持ちの道楽にしたって、建てるとすればもっと別のモノを建てるだろう、と思う。私がお金を持っていても、こんなモノはまず建てないだろうから。
私の家は、親戚、血縁ぐるみで近所の人たちに武術を教える教室のようなものを開いている。
学校で弓道部の主将をつとめる宮城さんは、一応私の遠い親戚ということになるらしいが、詳しいことは知らない。少なくとも、関係としては再従兄弟よりも離れているみたいだけれど、そんなこと私たちは気にしていない。本人たちの仲が良ければ、それでいいと私たちは思っている。
普通、私たちの家の子供は最初の武術を剣道、柔道の2つから選ぶ。弓道は小学生には純粋な力の問題があり、難しいので、アーチェリーから入る。早い人は中学生で弓道に移るが、高校から、というのが一般的なようだ。
私は、迷わず剣を選んだ。
何故かはよく覚えていない。ほぼ生身の人を投げる、押さえつけるということに抵抗があったのかも知れないし、体つきをあまりたくましくしたくない、と子供ながらに思ったのかも知れない。立派に成長していく柔道を選択した女の子 (この子も親戚)を見て、今では本当に良かったと思っているけれど。失礼ながら。
「一本、だな。お疲れ、茅佳」
そう言って近づいてくるのは兄の聡。高崎家長男。いずれ、この剣道場の師範になる人だ。
インターハイの覇者でもある彼は、推薦で入学した大学に行くことは行っているが、通っているだけで、勉強などほとんどしていないんじゃないかと思う。
まあ、剣道がバケモノじみて強いからそれだけで食べていけるだろう。大学に通っているのもただの見栄だと本人は言っていた。高卒は格好悪い、と。
今、私は兄の審判のもと、大人の人たちに稽古をつけている。年上の人に稽古をつける、だなんて生意気も甚だしいところだと最初は思っていたのだが。
「お前は強いからいいんだ。年功序列はもう古いだろ? これからは実力至上、だ」
なんていう兄の台詞に、私の彼らに対する申し訳なさや罪悪感といった感情は一蹴されてしまった。
実際、自分でいうのもおこがましいところではあるが、剣道の腕には多少の自信がある。
段などは持っていないが、兄曰く
「まー、お前なら3、4段くらいぱぱっと取れると思うぜ?」
とのことだ。
私が段を持たないのはただ資格のようなものに興味がないだけで、自分が自分の強さに確固たる自信を持っていればいいと思っているから。
「でも、一応取れるモンは取っといた方がいいんじゃねえの? ほら、受験とか就職のとき特筆事項にかけるじゃん。就職で有利に・・・なるかどうかはしらねーけど」
という兄。
だけど、もう受験は大学受験のあと一回しかないし。一発で受かったら、だけれども。
段、か。
そういえば千葉クンは段所有者だっていってたような。
高校に入ってすぐに3段をとったとかなんとか。
聞けば、弓道で有段者になるのは、初段と二段に限り、難しくはないらしい。というよりも、高校生は二段が普通なのだとか。
良く中る人が三段、四段をとっていくのだそうだ。景さんも高一の冬辺りに三段に昇段していた気がする。
・・・なんだろう。
なんか悔しくなってきた。
周りの人はみんな段持ちで、私だけ段無し。何か、私だけ弱いみたいじゃないか。
お父さんは別にどっちでもいいといっているけれど。
こういうのは自分の心の持ちようだ、なんて自分でも思っていたけれど。
「茅佳、お疲れ。あとは俺がやるから今日は上がっていいぞ」
よし、決めた。
段、取ろう。
そういって防具を脱ぐ彼女。
汗を、一つもかいていなかった。
「なんでなんだろうなー。不思議」
妹より強くても汗だくな兄の言葉。
「少し怖いよな。あそこまで極端だと」
高崎茅佳。
剣道着を着ても、汗をかかない少女。
・・・いろんな意味で、怖い。
十月二十五日午後12:45づけで11位です(現代FTシリアス部門)。
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