束の間の休息−アイドル・トーク−
最初に投稿したのを読み返したらあまりにも酷かったんで書き直しました。すみません。
「ふぅん・・・そう。俺、そんな話までしたんだ。よっぽど気ィ許してたんだな」
「う・・ん。私はよく分からないけど」
時刻は現在午後一時半。とちょっと過ぎ。
驚異的な回復力で(手術中の蘇りの際の傷の回復はヴァルキュリア、ここ最近の傷の回復はエリーによるもの。さすがは統括者と天使だ)、もう普通に腕も折り曲げられるようになったし、足のギプスも外れた。
医者連中は、もうツッコむことをやめた、というより諦めたようだ。前回の一週間に渡る怒濤のーーー俺にとってはーーー検査の嵐で何も分かんなかったみたいだし。分かっても困るんだけど。
この調子でいけば、明日の検査と検診で問題がない限り、明後日には退院できるそうだ。担当医の萩原さんは
「もっかい腹かっさばいて見れば原因分かるかも知れないよ?」
と冗談か本気かよく分からない表情で言ってのけて、花音ネエにまで睨まれていた。
俺は原因分かってるし。分かってなかったとしてもわざわざ知ろうとも思わない。世の中は不思議なことだらけだからな(遠い目)。
で、今。
俺の目の前には、いすに座った、大人しそうだという印象を受ける、和服が似合いそうな可愛いというよりも綺麗と言う言葉の方が相応しいクラスメート。
学校をわざわざ抜けてきたという彼女、高崎さんと、彼女にとっては久々の、俺にとっては二回目の会談中。
連絡も何もなかったから、ドアをノックされたときかなり驚いた。
最初の方は、彼女があまり喋ろうとせず、会話は難航を極めた。
宮城さんの話によると、彼女は俺の事故に関してかなり責任を感じているということだった。多分、そのことが気になって話すことが難しくなっていたんだろうと思う。
俺が一言、「気にしてない。高崎さんには全く責任ないし」というと、少し楽になったようで、表情も柔らかくなった。
それからは、打ち解けるのは早かった。
もともと彼女は俺のことを知っていたわけだし、俺も学校で寝てばかりいるが友人は少なくない。家の事情で多少なりとも社交的である自信はあったし、その自負もあながち外れてなかったようだ。
最近の学校の様子、授業の進度 (俺はどうせ聞かないが)、そのほか、男子高校生と女子高校生が交わすような、本当に、くだらない、記憶の片隅にも残せない話。
そのどれほどが実のある話だったかというと、一割にも満ていないだろう。
それでも、色々、話した。
話した内容はあまり重要じゃない。
彼女と話した、その記憶の共有の方が大事だと俺は思う。
会話の内容は覚えていなくても、彼女と話したという事実は俺の中にきっと残る。それで十分だ。
二度と、無くさないようにすればいいんだから。
◆◆◆
俺が通う学校は一応進学校なので、授業は他の学校に比べると比較的長いようだ。八時半に始まって、四時に終わるのが普通。
それでも、金にモノを言わせた私立特有の施設の豊富さゆえ、部活の時間を削られるということもない。七時くらいまでは、試合前の部活じゃなくても残れることになっている。
・・・俺は部活入ってないから関係ないけどな?
道場に行けば九時くらいまで射に打ち込むことも可能だ。長年 (っていっても弓道を始められるのは最低でも小学校の高学年。俺は中一から)通っているということもあって、師匠がそれくらいは融通してくれる。
俺が学校の部活に入らなかったのは、ゲンキンな話で申し訳ないが、施設面での話。特に学校で弓道をやる理由がなかったからだ。
でまあ話が反れたんで戻すと、現在時刻は一時半を回ったところ。まだ学校は授業中のはずだ。
俺たちはまだ高校一年生であるとはいえ、私立の進学校の授業はそれなりにレベルが高い。彼女の成績を詳しく把握してないのでよく分からないが、大丈夫なんだろうか。
ていうか、授業をサボりそうにない彼女が、わざわざ抜け出してまでこんなところまで来た、というのが俺にとっては意外。
正直に言えば嬉しいが、俺のために (かどうかは知らないけど)授業を抜けるのは如何なものかと思う。俺はそんなにされるほど価値のある人間じゃない。卑下しているわけじゃなく、マジで。
しかし、彼女は
「うーん・・・普段はまじめに授業受けてるから、大丈夫。一応、先生には言っておいたから。それに、私、また千葉クンの隣なの。鵜方君がそうしたのかも知れないけど。だから、隣がいなくてつまんなくって」
抜けて来ちゃった、と後ろで束ねた髪を揺らしながら微笑んで言った。えくぼが可愛い。
ふむ?
おかしいな。
下半身にかけてる布団が暑いのか? それにしちゃ関係ないとこが熱くなるな。顔がいつもより火照ってるような気がするのはそういう気がするだけか。
なんか耳のあたりがピクピクするし、背中をなんか寒気のようなモノが駆け抜けた。
・・・風邪か?
やだなァこの期に及んで風邪だなんて。そんなものひいたら先生になんて言われるか分かんないぞ。
「どうしたの千葉クン? 顔、赤いよ?」
心配していってくれてるんだろうが、ちょっと顔が笑ってますよお姉サン。ごめんにありがたみが感じられないというか。
「いや、多分大丈夫。なんでもない」
うー。
なんか恥ずかしいときに感じる暑さと似てるな、これ。
心拍数の方は腐っても(最近サボりがちです、ハイ)弓道家であるので、ある程度は抑えることは可能だーーーていうか武術やってりゃたいていの人は出来る芸当だと思う。
特に弓道は集中を要する競技だからな。心頭滅却とまでは言わないが、雑念を振り払い頭をクリアにする能力がそこそこ必要だ。そこから的に当てるイメージを描いていく。
・・・ま、興味のない人にはどうでもいい話だ。最近アーチェリーの方が流行ってるみたいだし。流してくれて構わない。
「♪〜」
なんか今日の彼女は機嫌がよろしいようだ。鼻歌がその証拠。リンゴ・・・じゃなかった今日は梨。それを剥く手つきも軽い。料理上手いんだろうな。澄香のように目を離してはいないが、十分手慣れている。
学校でいいことでもあったんだろうか。先生に褒められたとか。今日びの高校生はそんなことじゃ喜ばないか。
じゃあなんだと理由を自問してみるが、女心など俺に分かるはずがない。分かってたらあの姉妹を手玉に取ってるだろうからな。
女心って分からん。っていうか、苦手だ。
彼女の話によると、俺はあまり人に話すことのない自分の生い立ちや境遇、果ては将来の夢までベラベラと喋っていたらしい。
境遇 (すなわち、姉妹がいるということ)に関しては、鵜方にも話してなかったのだが、その話からすると、彼女はココに来る前からアイツらを知っていた、ということになる。
「俺、どんな話してた?」
と問うと
「うーんと、なんか、有紀ってヒトーーーあのスタイルがいいモデルさんみたいなヒトがそうよね?ーーー以外は、全員 (ピー)だ、って」
おっと、アイツらを俺がどう評価しているかに関してはトップシークレットだ。そんなにひどい言葉ではないが、万一知られるとまずい。
ホント、今日この時この場所にアイツらがいなくて良かったと思う。
聞かれてたら何されるか分かったもんじゃないからな。今のところ大事に至ったことはないが、一番行動力があり(馬鹿力)、思い切りのいい(考えなしの)花音ネエが今のところ要注意人物。
最初になんかやらかすとしたらコイツしかいねぇ。
「はい、剥けたよ」
おお、なんとまあ綺麗に。山盛りなのは気にしないことにしよう。明らかにあのバスケットの中に入ってた量じゃないが、どっから持ってきたんだ、彼女。
おや?
しかも、皿渡してくれないんですね。自分で食べるつもりなのかな?
あ、フォーク出して自分で刺しちゃいましたよ。そのまま口に持って行く・・・と思ったら
「あ、あーん?」
シンプルな銀のフォークとともに突き出されたのは、彼女の胸あたりで急に進路を変え接近した梨。
なんで疑問形なんですか? 自分でやってることだろうに。
それに、顔トマトみたいになってますよ。恥ずかしいならそんなことしなくてもいいのに。
いやまぁ、嬉しくなくはないが、これくらい昔から姉にやられてる。彼女たちは俺の四つ上。彼女たちが七歳の時、俺は三歳だ。さすがに小学校に入学したら止めたが(つか、母親に止められたようだ)、風邪引いたりすると絶対に食物は俺の手で食べさせてくれない。
つまり、慣れてしまっているのだ。
しかし、彼女の行為を無碍にするわけにもいかない。
ので、ありがたく頂いておくことにする。
「あーん」
ぱくっ、とな。
ふむ、旨い。リンゴにはない、このシャキシャキ感がまたーーー
目の前には、また白い果物。
いやいや、まだ食い終わってねーですよ。
つか、まだ顔真っ赤だし。恥ずかしいならやんなくてもいいのに。
言った方がいいんだろうか、これ。
「あの、美味しい、ですか?」
「ふん、うひゃい。ふぁりふぁと」
小さめに切った梨といったって、食ったまま喋れば口から出そうになる。手で口押さえながら喋ったらこんなしゃべり方になった。
なんで敬語なんだとかは気にするまい。彼女の頭は今そんなことを考える余裕などないだろうから。
「っ、あ〜。高崎さんも食べたら?結構美味しいよ、この梨」
噛み損ねた大きなカタマリを無理矢理喉に押し込んだら、ちょっと喉が痛かった。実は二個目。間髪入れず出された梨は既に喉を通った。
「え、あ、うん」
膝の上の皿から一個梨を刺して、口に持って行く。
そこで、青春まっただ中の俺たちには結構重要な問題に俺は気づく。
俺は気にしないからいい。
あー、彼女も気にしないのかな。ならいいんだけど。
フォーク同じの使ったべ?
「っ・・・」
フォークを口にツッコんだところで彼女は漸く気づいたようだ。
白く通常の顔色に戻りかけていた彼女の顔が、また首もとから真っ赤になっていく。
「ご、ごめんなさい」
「え? いやいや、謝ることないけど。俺そういうの慣れてるし。気にしなくても」
「そう、ですか? 良かった・・・」
彼女の顔が途端に安堵の表情に変わる。
ふん?
安堵の際、彼女が見せた笑顔。
それはいい。可愛いから許す。オヤジっぽい発言かも知れないが、これ事実。
問題は、俺の方。俺の体。
なーんか、心臓が跳ね上がったまま元に戻んないんだよな。顔もさっきみたいに熱いし。やっぱ、風邪か?
「千葉クン、本当に風邪じゃない? ・・・私といたから、疲れちゃったのかな?」
申し訳なさそうに彼女は言う。今度は、本当に心配してくれてるようだ。
実際、そんなことは全くない。彼女と話せて楽しかったと思う。
原因不明の動悸と熱っぽさは、急激な回復の副作用のせいにすることにする。なんなんだろうな、コレ。
心配そうにこちらを見る彼女に、
「いや、今日は楽しかった。ホント」
本当に簡単ではあるが、謝礼を兼ねて彼女に本心を告げる。
こういうとお別れみたいだが、実際今日はお別れだ。もうすぐ面会時間が切れる。
姉貴たちには今日友達がくるから面会時間切れるまで帰ってくんな、と言ってある。かなり不満そうだったが、今日は彼女とゆっくり話したかったのだ。
その時間ももう終わる。
「うん、私も、楽しかった。明後日、退院だよね? また、明日来ても、いい?」
「もちろん。高崎さんなら大歓迎」
照れ隠しで、大げさに腕を広げる。
彼女は嬉しそうにはにかんで、部屋を出る際、小さくコチラに手を振ってドアの外に消えた。
途端、静かになって、少し寂しい感じがしなくもない。
名残惜しい気はするが、別にこれが今生の別れだとか、そういうものでは全くないし。
病院の玄関までまっすぐ延びていく道を行く彼女の背を見ながら。
俺は
(退院したらどっか遊びに誘おうかしら?)
などと、今まで考えたこともないことを考えていた。
自分がすでに戦いに参加するという意思表示をした後だということを、すっかり忘れて。