誰がために−フォー・フーム−
やっと章が二桁に。
ここらへんから色々戦闘とかに
入っていこうか
と思います。
「・・・まさか、とは思いましたが」
黒い世界の白い輪郭。
西洋系の女性を思わせるそのシルエットは、驚きを隠せない、という表情で俺を見た。
「あなたが、そうでしたか。確かにあなたが持つオーラは他の人とは違いますね。今気づきました」
そう言って、気づけなかった自分を嘲るように彼女は笑った。
それは見ているだけでこちらも悲しくなる笑い方。
何故そんな悲壮な顔をするのか、そう問いたくなる。笑っているが、不自然。まったく、笑えていない。
「そのチカラ、今しがたあなたが獲得した紋様は、出る人間がほとんどいないのです。百年前の戦いでは、それを扱う人間は出なかった」
「・・・そうなんですか」
黒い世界。
そこでは、俺も目の前の女性のように白く縁取られているようだ。手のひらに走るスジや、腕に浮かび上がる血管ですら白く、髪は真っ白。極端すぎて、少し気味が悪い。写真のネガっぽいな。
「・・・・・・」
俺が冷たいリアクションしかしなかったからか、彼女ーーーエリアVの統括者、ヴァルキュリアーーーはバツが悪そうにおし黙ってしまった。
「あの、どうかしましたか?」
おーい、という感じで手を彼女の目の前で振ってみる。当たり前だが、手を通る跡も白い。
「・・・っ! だうじょいびです。なでんも、あまりせん」
「は?」
いや、ぜんぜん大丈夫じゃなさそうなんですけど。
「だじょういぶですらか、気にしないでくららい」
ああ、なんか大丈夫そうに見えるけど良く聞くと大丈夫じゃない。
「らいじょうぶだったら、大丈夫らんれす!」
「・・・ふざけてます?」
「・・・すいません。私としたことが」
よく分からないが、頬のあたりが白っぽくなった。もしかすると、顔を赤らめたと言うことなのかも知れない。
かもしれない、っていうか、絶対そうだな。
「大丈夫ですか? なんか、落ち着きがないというか」
「いえ、その、あの、久しぶりなのでなんと言ったらいいか分からないというか」
「何にです? チカラに対して、ですか?」
「いえ、それを持つあなたに対して、です」
なんか俺と彼女、話し方が似てるような。
声は全く違うんだけどさ。彼女は綺麗なソプラノだ。
「そのチカラ、名前をーーーといっても、私が呼び始めただけですが・・・Vacancy、といいます」
う゛ぇ・・・なんだって?
「Vacancy、です。知りませんか?」
「いや、知ってますよ。いきなり英語を出されたのでよく聞き取れなかっただけです」
ヴェイキャンシー、Vacancyーーー空いている、使用されてない場所とかスペース。あとは、思慮深くないだとかいうニュアンスも含むんだっけか。それとーーー空虚、もしくは虚空。何も無いところを言うんだっけ。
「その年齢でよくそこまでご存じですね。留学の経験でもあるんですか?」
「ああいや、そういうんじゃないんですよ」
感心した、という風に少し嬉しそうに言う彼女の言葉に、俺はそう答えた。
「?」
「ただ単に、俺自身が英語を好きなだけです。あとはーーー親父の影響ですかね」
ウチのハイパーな大黒柱は、海外をあちこち飛び回る技術研究者で、その旅のほとんどに通訳をつけない。自分で大概のことは話せるからだ。
日本語、英語はもちろんのこと、スペイン、フランス、ポルトガル、中国とか、とにかく、話す人口が多そうな言語は何でもござれ、って感じ。
そんな親父の影響を受けて、って言っていいのか分からないが、とにかくその語学の才は俺に受け継がれたっぽい。一つくらいは分けてやろうっていう、神の思し召しかな。お情け、ってやつ。
英語は今向こうに行っても大丈夫だと思う位に話せるつもり。今は、スペインとドイツ語を勉強中。文法がややこしいんだよな。単語混じるし。
英語一点に絞るのならば、他の姉妹にも・・・たぶんだが(自信ないけど)引けを取らない、はず。
「そうでしたか、お父様の」
「まぁ、息子の俺から見ても十二分にカッコイいですからね、あの人」
今、どこにいるんだっけ。
確か北極で掘削機の改良とか言ってたかな。お土産は期待できないな。あっても、中継地の免税店で買ったヤツだろうし。
「ふふ、お父さんのこと、好きなんですね」
「いや、好きっていうか・・・尊敬してはいますよ」
父に恋する息子なんて聞いたことないな。想像するだけで・・・うっぷ、吐きそう。
「なにか、よからぬコトを考えましたね?」
ぎく。
読まれてます。
「いやぁ、そんなことないっすよ」
と濁しておくが、多分「ぎく」の部分も読まれてるだろうな。
「それはいいとして・・・話を戻します。千葉利明」
いきなりだった。
いきなり真剣な表情と声音に戻るので、なんか怒ってるんじゃないかと思ってしまったくらい。
「別に怒ってなどいません」
だから人の思考読まないで下さいって。
「読んでもいないです。あなたの表情がわかりやすすぎるだけですよ」
そうなのか?
俺、学校では無表情で無関心、無気力がウリ(とは言わないだろうが)なんだけどな。
「聞いていますか?」
「はい、ダイジョウブです」
やっぱり怖いです。
が、今回は読まれなかったのか、ツッコまれたりはしなかった。
ツッコむ気が出なかっただけかも知れないけど。
「あなたが今体に秘めるそのチカラーーーVacancyですが、さっきも言ったとおり、発現する人間が少ない。
エリアVに来る人間のほとんどはこれに対応できません。持つことすら出来ない。現に、前回の戦いではこれが出ず、常時東アジア一帯を取り仕切ってきた我々の管轄エリアを大幅に削られました。その戦いで丁度運悪く欧州をエリアM、米国をエリアAが勝ち取ってしまい、戦争が起きてしまった。
それまではわれわれ穏健派のみが、エリアで徒党を組み、力を合わせながら過激派と戦ってきたのですがーーー前回の戦いで初めて、彼らも徐々に協力し始めた。それが誤算でした。
強いだけで協力という言葉を知らないうちは良かったのかも知れません。誰に知恵を付けられたかは知りませんが、とにかく彼らは協力によって我々に敵対し始めた。
もともと過激派な上、強力なチカラをもつ輩でした。協力によって戦いのバリエーションが増えれば、そういったチカラの差を協力によって埋めてきた我々がそう簡単に打ち砕けるはずもなく、あえなく敗退してしまいました。
東アジアのほぼ全域を支配していた我々のテリトリーは今や日本と韓国の一部のみ。我々のテリトリーからはずれた場所は、我々穏健派の支配下に置かれていたときよりも明らかにきな臭いです。それを煽ることだけは、絶対にしてはいけない」
そう言う彼女の表情は真剣と怒りが入り交じったような表情をしていた。よっぽどそいつらを許せないんだろう。
「しかし今回は、我々に運が傾いたようです」
その強ばったとも言える表情を崩し、彼女はさっき見せた少し嬉しそうな表情よりも、数段嬉しそうな顔で言った。
「エリアVのメインアタッカーとも言うべきチカラーーー他のエリアの人間にはトライ・ヴァンガードと呼ばれているようですがーーーのうち、あなたで既に二つが揃った。前回は、一つも出なかったのです。それら三つに適合する人間が、一人も。まったく、出なかったのです」
Tri-Vanguardねぇ。三つの尖兵、ってか。
なるほど、エリアVのエリア名、Vにもかけてあるわけだ。
それは別にいいんだけど。
「え、もう一人出たんですか」
ってことはもうそいつは戦うことを承認したってコトか。
「はい。それはもう快く。日本の平和を自分の手で守れるなど、それ以上の役目はない、と」
誰だそいつ。
ぜっったい、偽善者だな。いや、偏見と言われたらそれで終わりなんだけど。そんなことを恥ずかしげもなく言える人間など、このご時世、どこの国にもいないだろう。
・・・いたらごめんね? いやまぁ、現にいるんだけどさ。
「ですから、我々としてもあなたには是非参戦していただきたいと考えているのです。トライ・ヴァンガードが全員揃った場合、このエリアに負けはない。たとえ彼らが協力してきたとしても、勝算は十分にあります」
俺の余計な思考をよそに、彼女はしゃべり続けている。
が、ぶっちゃけ、そうやすやすと返事するわけにはいかないんだよな。
正直な話、これが夢ってことも否定できない。
夢だったらどちらを選択しても問題ないだろうが、夢じゃなかった場合、俺はそのエリア同士の管轄区域争奪戦なる仮想世界で繰り広げられる戦争に参加しなきゃいけないわけだ。
正直、残してきた姉妹や親には申し訳ないけれども、このまま死んでしまってもいいんじゃないか、なんて思ってるわけで。
なんか俺、誰かを守って死んだみたいだし。助けられた人は俺に対して申し訳なく思いながら生きていくんだろうが、俺は別に気にしてない、ってことだけ伝えられればいいかな、って思う。
「参加して、いただけますか?」
うっ、そんな目でみないで下さいよ。
断りづらいじゃないですか。
「あの、それ勝った後はどうなるんですか?」
これ、重要だよな。
彼女の潤んだ瞳に少し心が揺らいだ俺だったが(姉妹ので慣れてると思ったんだけどな)、
「勝った後は自由です。あとで紹介しますが、天使若しくは悪魔と呼ばれる存在となるか、生き返るか、自由です」
天使? 悪魔?
「そう呼ばれているだけです。あなたたち人間とほぼ変わりありません。この世界に住む人間か、あなたがたの世界に住む人間か。それだけの違いです」
ふうん?
そこにあまりメリット・デメリットはなさそうだな。
要は生きる世界を変えるかどうか、ってことだろう。
「負けた場合は?」
「この戦いに明確な「負け」の定義はありません。そのエリアの参戦者が戦おうと思えば、十年でも二十年でも戦えます。ですが、敢えて定義するのであれば・・・エリアにおいての兵力の損壊、でしょうか。人間の魂を呼び込む作業はそれなりに準備が必要です。戦いの間は、我々統括者も色々な指揮や作業に当たらなければいけませんから、そんな暇はないのです。
兵士の全滅、これがこの戦いにおけるエリアの敗北の定義です」
だそうだ。
・・・ってことはだ。
「それって、戦いが終わるまで生き残ってさえいれば個人レベルでは生き返れるのでは?」
そういうことにならないか?
「理屈だけ聞けばそうなりますが、普通はそうなりません。参戦者はその魂を統括者、我々に掌握されていますから」
なるほど、つまりはーーー
「我々が戦いに於ける勝利の見返りとしてあなた方参戦者を蘇らせる、ということです。当然、無様な結果しか残さず、我々統括者の怒りを買えば、魂はなかったことにされる。すなわち、存在の抹消です」
つまり、戦いに参加しなくても。
参加したとして、負けてしまっても。
俺の存在は、抹消。
それは別にいい。未練があるわけでもないし、生に異様な執着があるわけでもない。
遅かれ早かれ、人は死ぬ。別に人生の達観を気取るつもりはないが、そういうものだと俺は思っている。師匠の受け売りだが、そういうものだと思う。
だから、俺がそのまま死んだことになるのはいっこうに構わない。死にたいわけじゃないが、生き返りたいとも思わない。微妙なところだが、今はそんな感じだ。
が、そのあとは。
彼女、ヴァルキュリアは、今までの日本の平和はエリアVの統治下にあったお陰だといった。日本も色々抱えているが、確かに他の国に比べたら荒事はめっぽう少ない。戦死者なんて、最近自衛隊がアメリカに協力を要請されてやっと出てきたようなものだ。
もし、もしもだ。
その言葉が本当だとして。
そして、戦いに負けてしまったら。
過激派と呼ばれるエリアの統治下に入ってしまったら、日本は戦争を普通にする国になってしまうのか。
「いえ、すぐにはならないでしょう。事象の管理、といっても我々は戒律ではありません。人を、世の流れを徐々に自分たちが良しと思う方向へ運んでいくのが我々の仕事。日本が本格的に戦争を始めるのは、早くても五年後ぐらいでしょう」
五年。
そうすると俺たちは二十二才。普通に徴兵されるだろう。俺は敗北によって彼女に存在を消されているだろうが、俺の友人はそうもいくまい。
日本が負けるとは限らないが、今までのように安寧の日々を過ごすことはもう叶うこともなくなってしまうかも知れない。
それはーーーダメだ。
「侵攻状況にもよりますが、仮に日本を奪われたとして、周りも過激派のエリアに統治されてしまうと、おそらく火がつくまでのリミットは速まります。これを我々は波及、インフェクトと呼ぶのですが・・・せめて日本海全域、日本の排他的経済水域はカバーしておきたい。それさえあれば、なんとか百年持つと思います」
Infect、ね。やっかいだ。
あーあ。生きるのが面倒だったわけじゃないけど、このまま楽になれるのもいいかと思ってたんだけどなぁ。
俺は今回の戦いでの勝利の鍵で。
しかも負けたら俺の故郷や友人、家族が危ないと来た。
これはもうーーー
「もう一度聞きます。参加の、可否を」
俺の答えは決まっている。
愛する者の為に戦う、なんて身の毛がよだつような(使い方違う)セリフを吐くつもりはない。
ただ、死後の世界ーーー天使や悪魔、なんてものがいるんだからそれもきっとあるんだろうと思うーーーで、日本が荒廃していくのを見たくないだけ。
俺の大切な家族や友人が死んでしまうのを見て、後悔したくないだけだ。
「ああ、あのとき参加しておけば良かった」
などと。
後悔するくらいなら、当たって砕けよう、そう思っただけだ。
何もしないで後悔するのはバカのすること。あいにく俺はバカじゃあない。
俺の答えはもちろんーーー
「参加、します」
だってもう、そこまで言われたらやるしかないだろ?