失われし絆
「各国の歴史とエルフの証言をすり合わせる作業で死にそうだ」
お店の椅子に座ってウンザリとする彼女。
ちなみに何をやっているかというと修理票に記帳している。
あとで『かげゆり』が記録魔法で『年輪に刻む』べきところなのだが彼女はぶっ倒れて寝込んでいる。
そういえば彼女、ほとんど休みらしい休みをあげてなかったな。休日にしても結局店で遊んでいたからな。
貯まる一方の粘土板に苦笑いするぼくたち。
「『かげゆり』はまだ動けないのか」「死んでいるのに元気なのは皇女様だけです」
別に元気ではない。
彼女は苦しそうにつぶやくと近くのノートを取り出す。
幼い筆跡で今後の展望を描いたノート。少女の筆跡で今後の課題を記したノート。
一歩引いた大人の意見で三国の行方を占うノート。
無言で彼女は一端を示す。
「『愛するものの為に』」
五人分の筆跡が今だ残るノートを彼女は愛しそうに抱きしめた。
閑話休題。
エルフたちからすれば嘘をあえて残す人間の態度は理解不能らしい。
そもそも時間感覚が一〇倍くらい違う。下手したら一〇〇倍かもしれない。
「彼らは物語を作る習慣がないからな」創作物語、小説という概念がないらしい。
物語は「あるもの」を「守る」ものであって作るものではないとのこと。
「数学の本を渡したら喜ばれたが」そういえば定規を使う習慣もないんだよな。エルフって。
エースや『かんもりのみこ』の知り合いの『まぼろしのもり』はエルフの古老らしい。
「『最初の剣士』と『”シャメール”をとった』らしいが意味が解らん」すげえ長生きなんだな。真実なら凄い。でもシャメールってまさか写メールじゃないだろうな。
「最初から理解しているのと、未知に恋い焦がれ、理解しようと常に心がけるのでは違う」とは彼の弁だが。
「ゆえに、人間は『物語を作る生き物だ』そうだ」『はなみずき』はつぶやく。
エルフの古老は失われたはずのタペストリを持っていた。
内容を見てぼくらは苦笑する。
「これは、封印されたり偽造されても致し方ない」「英雄も所詮人の子なんですねぇ」
英雄視される過程で彼の人間味あふれるエピソードを描いた絵巻物は封印、廃棄されるところをエルフの彼が回収、保管していたらしい。
「じゃ、我々は偽物を奪い合っていたと」「とんだ笑い話だな」
残り九枚の幻のタペストリを眺めながら、ぼく等は大笑いをしていた。
「最後の一畳はどうなっているのですか。皇女様」「『未完』の一畳。らしい」
エルフの古老曰く、「人間は物語を紡ぐ。故に『未完』にして最初から存在しない」そうである。
「しかし、女遊びがバレて伝説の皇に追い回される『最初の剣士』など痛快きわまる」
けらけらと笑う彼女。彼女は自らの祖先の話なので寛容だが、他の王族が見たら卒倒ものの内容である。
「こっちは鎧下を汚して伝説の皇に呆れられている絵ですね」「結構あるのだぞ。騎士団の新人には多い」
ぼくらはニコニコ笑い、貴重なタペストリを見ながら思いを古に寄せる。
「ところで、この絵、何でしょう」「滅びに立ち向かう『最初の剣士』と伝説の皇である乙女だな」
「じゃ、こっちのタペストリは? 」「『未来は君たちが切り開け』という題らしい」
仲良く手を繋ぎ、滅びに向けて微笑む剣士と帝である少女の絵を僕らは飽きずに眺めていた。