英雄の軌跡
「ジテンシャを貸してくれ! 」
けたたましい鎧の擦れる音に花の香り。
息急き駆けこんでくる乙女は鎧姿。いい年なんだから落ち着いて。
「ナニか言ったか」真剣を喉元に突きつけられてぼくはつぶやいた。「ナンデモナイ」「宜しい」
しゃこ。油をよく引いた青銅の剣を鞘に納め、艶やかにほほ笑む娘はこの国の皇女である。
「実は国宝が他国に流出していることが判明したのだ」「管理不足ですね」
違いますよぉ。
ぽーっとした喋り方でアンジェラさんが入ってきた。
「皇女様は『最初の剣士のタペストリ』を手に入れたいのです」はぁ。
ふらふらと歩き、彼女はガツンという音と共に逆送禁止のでっぱりで転んだ。あああああ。
「いたいです……」しっかりしてください。傷薬はありますから。
あの事件以降、『はなみずき』以外皆焦点が合わない。ぼーっとしている。
『かげゆり』は寝込んでいるし、ソル爺は若い魔導士見習いの娘を秘書に雇って世話を焼かせているし、
『はなみずき』直下の騎士団は事実上全滅状態である。
アンジェラさんはまだ動けるほうなのだ。
死んだと思っていたので生きている実感がない。とはオルデールの言葉だ。
難を逃れたガウルと『かんもりのみこ』以外は皆こんな感じである。
かくも『神』と呼ばれる種族は強い。
『はなみずき』に関してだが、短いながら五人分の記憶があるらしく時々吐き気を訴えたり情緒不安定な処を見せる。気丈な彼女らしからぬ表情も見せる。具体的に言わせるな。恥ずかしい。
『つきかげ』?
……相変わらず時々屋根に上っては月に向かって吠えている。
「最初の剣士のタペストリは古くは私の先祖、もしくはエルフの乙女が織ったとされている」はぁ。
「最初の剣士の業績を絵物語で記しているのだが」ふむふむ。
「盗難に遭い、散逸してしまっている。しかも複数枚に散逸し、現在三十六枚しかない」はぁ。
あと一〇か所を補填しないとダメらしい。
「構成は『文』と各章の『絵』を組み合わせたものだ。市場に出ることはないが、出るならば王国金貨二万枚は」はぁ?! 二億円ッ?!
「そのお金って国庫にあるのですか」「ない。あるわけがない」首を振る『はなみずき』。
この時代、経済規模低いもんなぁ。
「なので、強奪……もとい取り返して自転車で逃げ……もとい早く帰る」「お前は韓国の仏像窃盗犯かッ?! この泥棒皇女ッ?! 」
誰が泥棒だと叫ぶ彼女と言い返すぼく。不毛な争いがまた始まった。