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『しんえんなるうみ』
「『はなみずき』」
誰かがつぶやいて、誰かが嘆き。
誰かが拳を地面のない地面に打ち付けている。
そうおもっていたらぼく。『俺』自身だった。
「お前も消える。お前は元の世界に戻る」
易々と捕えられたぼくの眼前に奴の手が伸びる。
幼い彼女はこの手に細い首を折られ、若い彼女はこの腕に頭を。
ぼくは無力だ。『俺』は自分が情けない。
「何をしている」
奴の手が止まる。
ぼくと奴の間に、奴そっくりの奴がいる。
海の爽やかさに澄んだ青い瞳は深海の深さと昏さも持ち合わせている。
「コピー風情が私の寝ている間に勝手をするな」「な? 」
戸惑う『しんえんなるうみ』を『コピー』と呼んだ男は嘲笑してみせる。
「まったく。眠ることすらオチオチできない。神々の夢の世界は快適だが」ノイズが入るとその限りではないなと彼はつぶやく。
「公爵ッ そこをどけっ!!!! 」
驚愕に見開かれる『しんえんなるうみ』の胸から赤い塊が飛び出す。
「私の仇、取ったぞ」
艶やかにほほ笑む美女は、確かに死んだはずの彼女であった。