五人の『はなみずき』
「『はなみずき』っ 『はなみずき』っ 」
虚ろな瞳をぼくに向ける金髪の女性。ぼくの指先は青い光に包まれた彼女を素通りする。
「だから、それはバックアップだと言ったはずだ」『しんえんなるうみ』の声が聞こえる。
「『本物』と貴様が呼ぶ存在……否、『本物』という概念があの存在にあるかは疑問だが……彼女はこうなった」
映像が動く。
小さな視点だ。人の膝が見える。
「『はなみずき』ちゃん。こっち~! 」
『つきかげ』の声だ。調子に乗っているな。あとで折檻だ。
『彼女』は脅えて首を振る。頭が揺れる感触や首が頭の重さに揺られる感覚まで再現される。
『脅える』ことによる身体の委縮、発汗や涙。それらがすべて解る。
「あ~! 可愛いッ 超可愛いッ 」「……私も」『かげゆり』。貴様もか。
「やめろッ 離せッ 」「次、私です! 」「私ですよ! 」「『はなみずき』様! こっちに! 」遊ばれているな。普段の虐待の報いであろう。
そんな『彼女』を見つめる瞳。
肩を竦め、少しこわばった肩や首の筋肉の感覚に複雑な思いを抱きつつ、その幼女を摘み上げる。
「『私』を苛めるな」二人の『彼女』が触れ合い、お互いの体温を感じ合うのが解る。
「『はなみずき』様ッ?! 」「私は二〇歳や十五歳の私より寛容だが」彼女は苦笑。
「うむ。我ながら超可愛い」お前もかっ?!
片方は脅えているし、片方は大喜びだし、一人の人間が受け取る感情にしては情報量が多すぎてぼくの頭がパンクしそうだ。
「……神事は面倒だ」
一〇歳の彼女は悪態をつく。
神を信じる者のいくばくかは神の声を聴き、『使徒』として神の力の代行者になるが。
「私には縁のない話だな」
苦笑いする。それでも国政と神聖は密接だ。
「まだ儀式があるのか」子供の身体には辛い。その精神にはもっと辛い。それでも彼女の使命感が彼女を突き動かす。
「安心しろ。貴様は消去する」「は? 」
如何にして警備のものの目を抜けて入り込んだのか。
長身の男は彼女の倍近くの背丈を持ち、ほのかに発光している。
瞬間的に敵わないと悟った彼女はきっと彼を睨む。
「……ほう。気丈だな」「私を手にかけても、私はまだいる」
ぼきり。首に激痛。消えていく。「でも、私は。『私』は一人だ」
その言葉は、首を失い、発声器官を潰された少女は放つ術がない。
「この想い。喜び。無念も悲しさも。誰にもやらん。私だけのものだ」
一五歳の『彼女』は剣を手に果敢に男に立ち向かう。
身体から汗が噴き出る。青銅の鎧は熱を外に出さない。活動限界を超えて剣を振る。
喉から呪いと怒りの悲鳴を上げてひたすら剣を振るうが、『神』を名乗る男の拳に易々と刃をはじかれる。
「逃げろッ 」男の後ろに回り込み、男を羽交い絞めにせんと二〇歳の彼女が叫ぶ。
恐怖に動けない五歳の彼女を連れて逃げようとする。彼女。
「だめっ! みんなだめなのっ?! 」「子供を守るのは大人の仕事だッ 」
「やだっ! やだっ! 『わたし』ッ?! やだよっ!! 」
「幸せな国にするって、誓ったじゃないッ 」
軽く肘をいれられ、二〇歳の彼女の頭が潰れた。
『自分』ごと敵を貫く覚悟の『彼女』の剣先がぶれる。その隙を男は逃さない。
黒く見える世界。水と思ったものは血だ。
「結婚するってッ 負けないってッ 」その少女は別のところで息絶えている。
「お前だけでも逃げろッ 」剣を持って挑んでいた三人の中の最後の『彼女』に幼い『彼女』は叫ぶ。
「あなたは、『ほんもの』でしょ?! 私のすきなのも、かなしいのも、うれしいのも。あなたのものでしょ!!! 」
「残念だが、私は皇女だ。本物があるというなら。
『私たち』の思い『すべて』が、『わたし』と言える」
重い青銅の剣を振り上げ、男に斬りかかる構えを見せ。
『彼女』は幼い『自分』を守るように立つとつぶやく。
「愛も夢も希望も」
暗転。