『はなみずき』のギルドカード
「まったく。こういう時のためにギルドカードがあるのだ」
二〇歳……過ぎの『はなみずき』がつぶやくと他の『はなみずき』たちが同調した。
魔道処理された金で出来た薄いカードは遺伝子情報を血液から得ることで完璧な個人認証を可能にする。
加えて、高級なギルドカードならば貨幣の代替物として使用できる。取引の約束などの膨大な情報を記録できるからだ。
すっと青銅の剣が僕の喉元に。
「まだ……二五歳にはなっていない」彼女はそうつぶやいた。二三歳にもなっていないと。
「王族を騙るものは死刑」
この場合五人中四人が死刑になるはずなのだが。
〇五歳の『はなみずき』曰く、貫頭衣しか身に着けていなかった。
一〇歳の『はなみずき』曰く、裸同然の服装で森に倒れていた。
一五歳の『はなみずき』曰く、新調したての鎧を纏い、城の庭でぼうっとしている自分に気づいた。
二〇歳の『はなみずき』曰く、ギルドカードを手放したことは今まで一度だってなかった。
二五歳前『はなみずき』が艶然と微笑み、懐からギルドカードを取り出す。
「ならば私が本物だな」……四人の『はなみずき』が反発しだした。
「そういえば肌身手放すなって言われたけど、なんで? 」
名刺サイズの薄い薄いしなやかな板だが、純金にしては異常に頑丈にできている。魔導強化されている印だ。
どちらかというとぼくからすればカード投げで使う武器や野菜包丁代わりだ。
〇五歳の『はなみずき』が鼻を鳴らし……これ以上は文章が長くなるので避けたい。
『はなみずき』達曰く、ギルドカードは体調や精神の成長に合わせ、現状をリアルタイムに記録するらしい。そして情報は常時更新。基本トコロテンであるらしい。
「たとえば、ほとんどの双子は忌み子と呼ばれる。ギルドカードで認証できないからだが」ああ。遺伝子同じだもんな。
「だが、歳を隔てることで、認証が可能になっていく。もっとも双子が生き残ることはあまりない。貧民は不吉と呼んで人買いに預け、高貴なものは」座敷牢で飼い殺しですか……。大変だ。
二五歳前『はなみずき』はウンザリとした御尊顔を自分のコピー四名に向ける。
「四人とも『生命の樹』は同じ、マテリアルコードに若干の違いあり、ソウルコードはほぼ変わらず……だ」
つまり、全員私らしいと彼女は、彼女たちは頭を抱えた。
命の樹は遺伝子だろうけど、まてりあるこーど? そうるこーど?
「簡単に述べると、双子でもホクロの位置が違ったり、片方だけが運動や勉学が得意だったりするようなかんじ? 」頷く五人の『はなみずき』。
運動能力、体調、体そのものの現状はマテリアルコードにリアルタイムに記録される。
対して精神的な成長、記憶、知識や経験などはソウルコードに記録されるらしい。
「ひょっとして裏のこのホログラムがついたスクリーントーンみたいなものふたつ? 」ぼくが指摘すると『はなみずき』達や娘たち、騎士団の皆が首肯する。
「バックアップの為に五年ごとに更新手続きが行われます」ポプラが補足説明してくれる。
五年以上昔のデータは保存しきれないらしい。それにしても膨大な情報量だろうに。この金色の板、持って帰りたいくらいだ。
「〇五しゃい」自身を指さして〇五歳の『はなみずき』が青ざめる。
「一〇歳だな」居心地悪そうに一〇歳の『はなみずき』。
「一五歳だ」肩をすくめ苦笑の一五歳の『はなみずき』。
「二〇歳。理解できた」合点の二〇歳の『はなみずき』。
「二〇……何を言わせる気だ」二五歳前『はなみずき』。歳を考えずに子供のように膨れて見せる。
「どうやら、ギルドカード更新時の私が何故か誕生し、
すべての私が現在の私の記憶を受け継いでいるらしい。
……報告された事のない事例だ」なんと。
『俺』、わかるぜ。本物。
そう告げると「流石だ! 」と理解者を見つけた表情の五人に抱き付かれた。
「おまえならわかってくれるとおもってましゅた」「公爵。お前が頼りだ」「離れろ私。それは私が殺す男だ」「まぁ私は大人だからな。多少の無礼は許してやろう」「貴様ら。私が大人しくしているだけではないと教えてやろうか? 」
ボロボロになった『皇女様 ふぁいと』と書かれたタペストリをもって感涙にひたる引退女性騎士たちと現役の見習い女性騎士たちを尻目に思い思いに訴える彼女たち。
ぼくは告げた。
「本物の『はなみずき』には、右の太ももの根元に小さなホクロが」
「「「「「誤解を招くことを抜かすなッ!!!!!!! 私はまだ……いまだ処女だッ!!!!!!! 」」」」」
五人のパンチがぼくに炸裂し、怯んだぼくは蹴飛ばされる。
五歳の『はなみずき』が何処からかラグビーボールを見つけてきて駆け、
一〇歳の『はなみずき』が受け取って地面に立てる。
一五歳の『はなみずき』が僕の頭に投げつけ、
二〇歳の『はなみずき』が跳ね返ったボールを僕にふたたびぶち当てる。
二五歳前『はなみずき』。大きく綺麗な足を上げて、ぼくの胴めがけてシュート。吹き飛ぶぼく。
その白い白い脚の根元には、間違いなく小さなほくろがあった。