狼だって犬の仲間だ
「はしれはしれ~!」
ま た 子 供 た ち が 自 転 車 で 遊 ん で い る 。
サドルに座らずに器用に自転車を操縦する『かげゆり』。
そもそも自転車に乗らず、その小さなカゴに猫のように身をすくめて入っている『つきかげ』。
ぴんッ と立った耳。ぱたぱたと揺れるふわふわの尻尾。
「こらっ?! まてっ?! かげゆりっ!」
『つきかげ』ほどじゃないが、『かげゆり』も身体能力が高い。パワーはないが俊敏さとか反応速度そのものが人間と違うらしい。
必死で自転車のペダルを踏み、店から飛び出して二人を追いかけるも、百メートルを10秒台で駆ける娘が相手だ。
サドルに座らない(座れないだけかも)事と、犬娘を乗せていることを差し引いても可也早い。
「おおかみっ!」
いつも思うが、あの子、ぼくの考えが読めるのだろうか。
「またんかああああああああっ」
「……」
くるりと、追いかけるぼくのほうに振り向く『かげゆり』。
にこり。
可憐な笑みに思わず思考停止。
そのままぼくは道の上の馬糞を踏んでしまい、思いっきりスリップして倒れた。
というか、この国の道路は汚すぎる。馬糞だの人糞だらけになってしまう。
「『かげゆり』~~?! あとで折檻するからなぁ?!」
「……すれば?」
ホントにするぞっ?
悔しがるぼくを尻目に、二人を乗せた自転車は凄い勢いで……。
ふわふわ。ふわふわ。
状況はぼくのほうから見えていなかったので子供たち二人の証言に基づく。
ぱたぱた。ぱたぱた。
『つきかげ』の動き回る尻尾に、ぼくに一瞥をくれたあとの『かげゆり』の顔があたったらしい。
「……」
「あはははっ! 面白いッ はやいはやいっ!」
あの体型に何故尻尾が必要なのか激しく疑問だが、狼といえど犬の仲間だ。
機嫌が良けりゃ尻尾は揺れる。めっさ揺れる。ぱったぱったと。
「へっきゅ」
可愛いくしゃみをした『かげゆり』はハンドル操作を誤り、二人揃って派手にスッ転んだ。
「……まぁ。お前等は怪我しなかったのはいいが」
この二人、事故が起きてもその優れた身体能力でひとりは篭から飛び降り、もう一人はクルクルっと空中回転して傷一つ負っていない。
自転車は完全破壊。どうしてくれよう。
「とりあえず、二人とも、今夜の珈琲は抜き」
「♪」
「……」
尻尾を振って「この程度で済んだ」と喜ぶ犬娘に、明らかに泣きそうな顔で長い耳をがっくりさせている魔族の娘。
これは……。
「あ。そうそう。肉屋から肉貰ったけど」
「うんっ!」
「骨は残飯屋の女将にくれてやったから」
ふんわり膨らみ、『ぱたぱた』と動いていた大きな尻尾が『しゅん』としぼんだ。
こぽこぽ。
珈琲を入れる音と香りを楽しみつつ、今日の営業も無事? 終了。
「不思議だな。魔法でもないのに支えも無く倒れず、こんな早く走れるなんて」
抜本的な質問を『はなみずき』は行う。
「うん。すっごくはやいよね!」
こちら、『骨なし』で子一時間ほど泣いていた犬娘は本調子を取り戻したらしい。
「……」
長い耳をペタンと垂れて、無表情のまま地面に「の」の字を書き続ける魔族の少女を見ると何故か良心の呵責に囚われそうになるが。
すっ。
入れたての珈琲を彼女の風上からかざす。
ぴんっ
耳が立つ。
掌で仰いでやる。
ぱたぱた。ぱたぱた。
長くて尖った黒い耳が動いている。
めっちゃ動いている。
ずずっ。
音を立てて珈琲を啜ってやる。
「……」
すたたっ! とダッシュしたかと思うと、犬娘に抱きついて耳を地獄の底に届けとばかり垂れてみせる魔族の少女。
首を絞められ、バタバタと暴れ、耳を左右にクルクルまわしている犬娘。うーん。これは可愛い。
「からかうな。馬鹿者」
『はなみずき』は「『かげゆり』。私の飲みさしでよければやろう」との慈悲深い措置にピンッと『かげゆり』の耳が立った。おお。兎のように左右に回っている。
さらに皇女さまは慈悲深いセリフを放つ。
「『つきかげ』骨の代わりに魚の切れを貰った。泣き止め」
腹見せて地面で悶えるな。犬娘。
人類の偉大な発明、車輪について如何に説明すべきか。自分もあまり詳しくないからなぁ。うーむ。
しばし考えて解説を始める。『はなみずき』の質問は初歩的だが非常に重要なことだからだ。
「ここに一本の棒がある」
ぼくは棒から手を放す。
からん。
支えを失った棒は転がる。
「こんな風にやがてバランスを失い転がるけど、必ず前に倒す方法はなんでしょう」
ぼくの質問に頭をひねる三人娘。今のうちに蜜菓子ゲット。
しかしこの世界の小麦のお菓子。作ってもらったのは良いけど砂が混じる。何とかして砂を混ぜない方法ないかな。小麦粉も荒いし。
「む~! 前に倒れろ! むーむ!」
「……魔法」
店の床にしゃがみこんで、ぴんッ と三角の耳と尻尾を立てている犬娘……「おおかみッ」……と、本末転倒ならぬ杖転倒な魔法を使おうと試みる魔族の少女にぼくは苦笑。
「解ったぞ」
スタスタと近づいた『はなみずき』は棒を前に倒してみせた。
からん。
前に倒れた棒はその衝撃を受けきれず、右に転がって行く。
「正解だ。『はなみずき』。前に倒したければ前に倒せばいい」
ぼくは笑って手を叩いてやる。
また真っ赤になってる。この子、また風邪か。
「ずっる~いッ!」
「……騎士にあるまじき卑怯さ」
子供たちの批難を軽く受け流した皇女様。
「で、このようなつまらない話をするのか? 貴様は」
とぼくに呟く。もちろんさ。話の続きだ。
「力っていうのは」よっと。
「複数個所から力を与えられると、平均した強さが三角形の形に」
前に倒しながら、軽く蹴ると棒はクルクルと回って。
コン。
犬の少女の頭に当たった。
「犬じゃないもん。犬じゃないもん……」
柔らかい三角の耳をクルクルと巻いていじける娘を無視。
「つまり、自転車でいえば左右に倒れる力に、前に進む力が勝れば前に『倒れ続ける』」
「倒れないではないか」
まあ車輪があるからね。
適当に大きめの石を支えにして、短めの棒の先に錘を載せる。
長めの棒を軽く指先で押えると梃子の原理で動く。始点となる石の位置を調整しながら、どれくらい重さが違って感じられるか、実際の力が変わっていないかの原理を解説。
「長くて頑丈な棒があれば、指先一つでダウンさ……。もとい指先一つで世界を動かせると言った学者がいる」「ほう」
「『つきかげ』がうごかない」
指先はいいから犬娘を何とかして欲しいと瞳で訴える魔族の少女をなんとか無視。
ぼくは資材から車輪を一つ持ち出す。
「これが、自転車の車輪」
「この細い棒の一本一本で人間の身体を支えられるのは不思議だ」
それはスポークって言う。
「真ん中に軸があるけど、上、した、左右、右左から、引き合い支えあって軸を支えつつ、引いているからだね」
一本一本は脆弱だが、まとまれば強い強い力となる。だから大幅に軽量化できるし、衝撃も防げる。
そして、この一本一本は全て垂直から左右前後ずれている。少しでも力を一本のスポークに与えにくくする工夫だ。
垂直に力を与えたほうが一本一本は強いが、全体で引き合い、支えあうことで衝撃を吸収する。
タイヤやチューブだけで衝撃を受けているわけではない。
「この前輪を支える棒の湾曲で重心をずらすことで、スムーズに方向転換を行う」
「ほう」
原理としては先ほども述べた力のあり方で、左右に重心を移せば左右に倒れる力と前に進む力が働き、カーブを助ける。
「このチェーンは、脚とサドルを用いたクランクの動きを力強く後輪に伝えてね」
「ふむ」
「ほら、輪が大きいと、小さな力で大きく回る。その代わり輪の回転速度は減るんだけどこの辺はこの世界にも滑車があるからわかると思う。詳しい計算式までは資料を出してこないと自分にも説明できないけれど」
「なるほど」
効率よく、小さな力を大きく回す。
「人類が発明した最初の車輪は丸太を用いたコロ、もしくは丸めの石と思われるけど、前者は摩擦が大きく、後者は何処に転がるか非効率だ」
皇女様は珈琲をすすりながら、油で汚れた床が気になるのか色々思案しているようだ。
「ふむ」
「で、ふたつをあわせて軸と輪が発明された」
「ほうほう。しかし貴殿は学者もかくやの博識さだな」
高卒のバカなんだがまあいいや。
「さらに時代が下ると、軽量化が考えられ、このようなスポークのようなものが生まれる」
「我が国の馬車もこれほど細くはないが存在するな」
垂直にうけた力を、上、下、右左に斜めで分散する構造だが、それだってそのままただの輪を使うより軽い。
「人間の『食料』は極めてエネルギー効率がよい。ガソリンとかよりね」
「えねるぎー? がそりん?」
あ。この会話はダメか。
「ま、まぁ、小さな力自体は変わっていないが、それを効率よく前に無駄なく走ること、言い換えれば『前に常に倒れ続ける』ことで自転車は動く。だから倒れない」
「ほう」
すん。くすん。すん……。まだ泣いてる。
『つきかげ』は悪い子じゃないのだけど、犬の仲間だから下手に可愛がると序列をつけようとするんだよなぁ。
「この細い、葦の一本のような金属を生み出す技術も素晴らしいが」
『はなみずき』はこう告げた。
「小さな棒が集いて、大きな人を支えて、前に前に進むか」
うん。故に『運命の車輪』と比喩される。
「だから、そろそろ泣き止めよ。ぼくの、この国の『小さな棒』たち」
丸まったふわふわの耳がピンッと立った。
やっぱり子供だな。かわいい。
だが、子供でもこの世界では貴重な働き手だ。
「……」
キラキラした瞳で三角形の耳をくるくる、ふるふる動かし、しっぽをぱったぱったさせている娘。
遠慮がちに瞳をふせ、長い耳を垂れて、しっぽ娘の襟を掴む黒い肌の娘を見ながらぼくはニコリと笑う。
「今月も皆様のおかげで売り上げ○○を達成しました。誠にありがとうございます」
ぺこりと頭を下げると、二人の娘は嬉しそうに抱き合った。
「少ないけれども。お疲れさまです」
お給金を渡す。いつも思うがこの二人、凄く喜ぶんだよな。王国大金貨たった六枚だし。住み込みでは少ないと思うが。
キラキラと輝く魔導強化を施された純金の貨幣を手にニコニコ笑う二人に微笑む。
「……」
隣で鎧姿のままぶーたれる皇女様に苦笑い。
そりゃ、この子は王国大金貨十枚ですらはした金か。
「私は?」
「もちろん感謝している」
さっきも言ったぞ。
「社交辞令より態度で示せ」
「なんのことですか」
舌打ちする『はなみずき』は告げる。
「たまには城に顔を出せ。国王陛下が碁の相手をしろとうるさい」
そういえば碁を教えたっけ。じゃ、来週は将棋でも教えようかな。
「チェスも楽しいと仰っていたぞ。戦場に通じると」
物騒な理由だな。
まぁそれでも。
「この国っていい国だな」
臭いけど。電気もガスもないけど。
「そうだろう。私も愛している」
皇女様はそう仰って胸をはる。
「だから、ニホンより。この国を選んでくれないか。いい妻を捜していい。いや、こちらから手配する」
皇女様の小さな声にぼくはかぶりをふる。
「そうか。強制はあえてしない」
「ごめん」
店の軒先に座り、冬の精霊の贈り物に蜜と茶をかけたもの。所謂カキ氷を食べるぼくたち。
ふわふわの尻尾がぱったぱった。
それを追いかける黒い肌の少女もぱたぱた走る。
その微笑ましい様子にぼくと『はなみずき』は見守るばかり。
年頃の子はすぐ背が伸びる。
「私も魅力的になったと思わないか」
「うん。前から思ってたけど凄く美人だし、魅力的だと思うぞ」
そう呟くと彼女は押し黙った。
「……なら」
「ぼくは消える男だからね」
子供たちの歌声と遊ぶ声が絶えないこの世界。
姿かたちは異形でも、奴隷貴族の身分差はあっても助け合って生きていけるこの世界。
もし、ぼくの世界で。
手話を操り、豊かな感情をタイプライターで打ち、お金を使いこなす猿が現れたら。
その猿が人間と同等の権利を主張したら。
彼は人間の世界で、『人間』を名乗れるのだろうか。
ぼく等は彼を『人間』と認めるのだろうか。