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ファンタジー世界de『貸し自転車屋さん』始めました  作者: 鴉野 兄貴
第二十二章 天使と猫と『はなみずき』
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Small World Machines

 皇族専用の馬車が広場に停まる。

 歓声を上げる民に応える先の戦いの『聖女』。我らが『はなみずき』。


 歌は歌われる、楽器が鳴らされる、剣と盾が打ちあう。子供は騒ぐ老人は拝むとえらい騒ぎだ。その『はなみずき』は王室の皆に指示を飛ばし、大きな布包みを馬車から降ろす。

 皆が慎重にその布を外すと、翼をデザインした大きな鏡が出てきた。


 王族や皇族に代々伝わるその鏡は『大切なもの』『素直な気持ち』を移す力がある。


「こちらは準備完了ですわ」


 タマの声が聞こえる。


 タマは『花咲く都』の聖女の猫だという。そのタマ曰く『花咲く都』でも聖女の呼びかけに応えて民が集まっているとの事。



「何する気なんだよ。アンちゃん」


 オルデールは貴重な魔導士なので今回の企画の補助には回ってもらっている。

 ぼくは彼に簡潔な指示を与える。



「暴れる奴は寝かせろ。以上」

「了解。ってことは誰かが暴れるくらいえらい企みなんだな」うん。


 皇族の秘宝である鏡には人々の大事な人や素直な気持ちが映り、あるものは抱き付き愛を告白し、あるものは家族と肩を寄せ合っている。


 そこに一匹の猫がやってきた。


 黒い猫は何故か人の耳目を集める。アレでも王族だしな。

 猫の対面、鏡越しに白い猫が映る。


 アンジェラがスケッチブックをもって図解のついた『指令書』を民に示す。


『手を合わせよう』


 鏡越しに二匹の猫が手を合わせた。


 とたんに一匹の大きな魚が中空から飛び出し、人々が驚愕する中二匹の猫は美味しそうに鰹節の削り節を食べだす。


「なに? なにが起きた?」


 狼狽する民に『はなみずき』が伝える。



「これから、ここと『花咲く都』の広場の光景とをこの猫……もとい猫族の王たちが中継してくれるらしい」


 戸惑う人々の目の前に異国風の装束をまとった無数の男女や剣士や老人子供たちが映りだした。


「このやろう! とうちゃんのかたき!」「夫を返して!」「死ねッ 戦友の仇っ」


 大声を上げて殴り合う彼ら。だがお互いの像は幻であり、彼らの拳は空を切った。


 その事情は『花咲く都』の人々も同じだったらしく、お互いに罵り合い殴り合うのだが、こちらの言葉は向うには伝わらず、あちらの罵り言葉もこちらに届かない。


 意図してそうしたのだが、民はやがて状況を理解しだしたらしく、こちらは指を二本立てるサインで挑発するのだが、あちらの国では縁起の良いものとされるらしい。


 逆にあちらの国では腕を振るいあげて挑発するらしいのだが、こちらでは主に応援の意味を示す。


 楽器を打ち鳴らしたり、盾を剣でたたいたりして罵り合っているのだか何をしているのかわからない時間が過ぎていく中、ぼくはゆっくりと鏡に近づく。



「鏡よ。我の思いを映せ」


 一瞬涙を浮かべた『はなみずき』が映ったが、ぼくが今望んでいるのはこの映像じゃない。

 見たこともない人々の微笑みを求めてもう一度鏡に言葉をつづける。


「鏡を。海を越えて微笑みを映せ」


 寂しそうな笑みを浮かべた異国風の少女が映る。彼女があちらの国の『聖女』なのだろう。


 アンジェラがぼくらの間にたち、スケッチブックで指示を出す。

 白い猫と黒い猫が躍っている絵だ。ぼくはおどけて鏡の前で踊ってみせる。


 しばらくして『聖女』もエキゾチックな踊りを見せてくれた。


 ぼくの意識と猫の魔法がリンクして、ぼくが望む味が再現されていく。

 手にずっしりとくる1リットル瓶の重み。指先が凍えるような冷たさ。


 シュパッ!

 音がしてあふれ出る酸味の香り。これがぼくの記憶から生み出された幻だなんてねぇ。



 ……ぼくは一気に懐かしい故郷の味。コーラをあおってみせた。


 甘くて爽やかでシュワシュワした舌触り、喉を突き抜ける爽快な感触。聖女は自らの手にある不思議な瓶に戸惑っていたようだが、ぼくの真似をしてコーラの蓋をあけて口に含む。


 彼女の憂いを込めた瞳がまんまるに見開かれ、ぼくと目があう。


 ぼくは鏡越しに彼女とコーラの瓶を打ち合わせ、またコーラをあおった。


「美味いッ!!」


 ぼくは叫ぶ。声の聞こえない向うでも聖女様が喜びの声を上げているらしい。

 コーラの瓶を片手に自らの民に振り返って、その未知なる美味をアピールする聖女様。


『歌いましょう』


 猫二匹が歌っている絵を見せてアンジェラが微笑む。


 先ほどまで杖を敵国の幻影に虚しく振るっていた両国の老人達がお互いの国に伝わる歌を歌う。勿論声は聞こえないが様子は伝わる。



 音を立てて鏡と鏡を通して水しぶきが飛び散り、お互い水浸しになって驚く老人たち。

 勿論幻影術だが、心臓が止まるくらいには驚いたかも。申し訳ない。じっちゃんたち。


 鏡から出てきた炭酸飲料のプルタブにおそるおそる手を伸ばす異国の人々。


 ぼくが開け方を鏡越しに解説すると、あちらの老人たちがまず缶をあけ、美味そうにその液体を呑んで見せた。

 歳を忘れて飛び上がって喜ぶ老人に負けずとこちらの老人たちもスプライトの缶を開けて一気に飲み干す。


「美味いッ?!」

「なんだこれはッ?!」



『楽器を鳴らそう』


 アンジェラが楽器を鳴らし合う猫の絵を見せる。

 お互いの国の民族楽器を持ち出した吟遊詩人たちが歌を歌い、楽器を鳴らすが。


 ……残念なことに肝心の演奏はお互いには届かない。猫たちは共有しているが。

 それでも楽器の扱いの巧みさはお互い解るらしく、時々彼らは苦笑いや微笑みを浮かべ合わせている。



「俺も!」「私も!」


 鏡の前に殺到する若者二人。そこに。


『恋人とキスしよう』


 アンジェラはキスしあう猫を描いたとんでもない絵を出してきた。

 飛び出した二人の男女は一気に顔を赤らめる。

 鏡越しに映る異国風の男女。こちらは主従といった装束である。


「な、なんであんたとこんな人前でキスしないといけないのよ?!」

「お前が俺が好きなのは鏡で確認済み」


「そんな卑怯な方法で告白したって続かないわよ! あんたはどうなのよ!」

「一目逢った時からマジ惚れに決まってるだろうがッ」


 言い争う男女の両手が絡み合う。


 歓声を上げる人々。


 照れた様子の彼らの両手にはまた不思議な異世界の食べ物が。気になって鏡を見てみると、突如の口づけをうけてうれし泣きに崩れ落ちる少女を主人である青年が支えている。



『友人と手を繋いで踊ろう』


 アンジェラがスケッチブックのページをめくる。

 こちらが自転車を持ち出し、かごと泥除けとで三人乗りで戯れればあちらはシーソーのようなジャンプ台のおもちゃを持ち出してくる。


 歓声と喜びの声が、夜が暮れるまで続いた。


 後日、正式に『女男爵バロネス』の地位を手に入れたアンジェラが嬉しそうにその紋章を持ってきた。


「私の家紋が決まったのです」


 それは天使の翼をもつ鏡越しに手を繋き、二本のしっぽ同士でハートを描く白と黒の二匹の猫又。

 そして異世界の花の『はなみずき』を描いた美しくも愛らしい紋章であった。


【後書き】

 Small World Machinesは2013年のコカ・コーラカンパニーのCM。紛争地であるパキスタン・ラホールとインド・ニューデリー間を画像中継する『自販機』を設置し、両国民が身振り手振りで交流し指示に従うゲームをクリアして共にコカ・コーラ社の商品を呑みあう。


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