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ファンタジー世界de『貸し自転車屋さん』始めました  作者: 鴉野 兄貴
第二十二章 天使と猫と『はなみずき』
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しっぽの暗殺者

「なんかおかしくないか」


「なにがだ?」


『はなみずき』が不審そうな表情を浮かべたが、即座に愛剣を抜き放つ。『俺』は現代人としては周囲の気配には敏感なほうだ。魔族や獣人には負けるが。


「『つきかげ』ッ 『かげゆり』ッ」


 轟音と共に周囲の自転車が吹き飛び、ぼくらを守る結界が形成された。ああああ。また修理しないと。


「ゆり。あとで修理」

「……」


 がっくりと肩を落とす魔族の少女。叱る気等ないから安心しろ。そこに轟音。今度は鉄筋の入ったお店の壁をぶっ壊してアンジェラが飛び込んできた。


「店主さんッ」

「アンジェラさん」


「よかった。『はなみずき』様たちもご無事だったのですね」

「弁償お願いします」


「あんまりです。店主さん」



 がっくりと肩を落とす彼女は気を取り直して異常にバカでかい剣を構えなおす。物理法則を完璧に無視しているが彼女にとってはよくあることだ。


 アンジェラの隣で「ぐるる」と『つきかげ』が呻き声を上げる。

 殺気はあちこちから放たれているが、その元が解らない。どうなっているんだ?


 巨大な火球がなぎ倒された自転車を掻き分け、こちらに飛来する。

 火球をアンジェラが切り裂き、『かげゆり』が水球を出して爆発を封じる。


「何者だッ」

「名乗るほどの者ではありませんよ」


 返答するが早いか、背後から氷の矢が大量に飛来する。『つきかげ』がその異常な身体能力ですべて叩き落としたが。


「みんな、結界からでちゃだめ。『悪夢』に取りつかれる」


 珍しく長台詞を放つ『かげゆり』。その言葉を証明するかのように魑魅魍魎がぼくらの周囲を蠢く。結界を突き抜けて噛みついてきた悪霊が無垢な少女や少年の姿に変じ、アンジェラと『はなみずき』の剣が揺れる。



「かえして。おとうさんを返して」「死ねッ 死ねッ 戦場の美鬼めッ」「おまえのせいだおまえがわたしをころした」「貴様のせいで貴様の所為できさまの」


「趣味が悪いな」

「ですね」


 罵り声に歯ぎしりをして剣を構えなおす二人の剣士。


「おい」


 『俺』はその気配の持ち主のほうに歩みを進める。「結界をでちゃだめ」と叫ぶ『つきかげ』を無視し外に出ると。


 まぁ今までブチのめした連中の泣き顔だの怒り顔だの呪い顔だの。飽きるわ。こら。


「うちの女子供に舐めた真似しやがって」


 足に氷が絡みつき、炎が『俺』の身体を消し炭にする。激痛が突き抜け、死の悪臭が鼻をもぎ、蛆だの蚤だのゴキブリだのが喉に突っ込まれるが。


 歯を食いしばり、雄たけびを上げて進む『俺』。なんだ。ただの幻じゃないか。


「あん? 出てこなければ殺すぞ」



 怒りに任せて『俺』は叫び、拳を振り上げてその空間を殴りつける。鋼鉄の硬さを持つ『空間』はへしゃげ、中から一匹の黒猫が飛び出してきた。


「バカな。私の結界にして感覚遮断を破る人間がいるとは」

「はぁ? 何言ってるの? 高卒のバカにもわかるように言えよ。クソ猫。三味線にすっぞ!」


 蹴りを放つ『俺』。空間を鉄の硬さにして対応する黒猫。

 小さいだけに俊敏で捕えにくい。そして爪の一撃は鋼鉄も引き裂く鋭さがあるようだ。一撃で両断されたカウンターを抜けて、襲い掛かった猫に。


『がつ』


 『俺』は思いっきり力強く、木切れを投げつけた。

 たまたま倉庫から見つけた鰹節かつおぶしだったのは後で気が付いた事実であった。


 さて、戦い済んでみると壊されたはずの自転車には傷一つない。

 火球で吹き飛ばされ、氷の槍で砕かれ、蟲どもがたかったはずの自転車はもとのままだった。


 代わりに現れた変な光景と言えば小さな木切れに無我夢中でしゃぶりつく黒猫だけ。



「ど、どうなっているのだ?!」


 ぼくらが呆れているのも無視して黒猫は木切れにしゃぶりつく。ものすっごくしっぽを動かしていると思ったら二本ある。どうなっている?


「皇女様。ご無事でしたか」


 どこからか女性の声がする。

 思わず目の前の黒猫に目をやるが。


「♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪」


 ……まさかね。

 夢中で木切れにしゃぶりつき、「美味い!」とか言っている黒猫にそんな威厳はない。


 ゆっくりと空間が歪み、優美な細身の猫の姿となる。黒くつやつやした毛並。しなやかな動き。

 そのしっぽはやはり二つ。


「我が名は『タマ』と申します。『ポチ』の無礼お許しください」

「たま? ぽち?」



 ぼく等が混乱から回復するのを待ってからタマ曰く。



 彼らツーテールキャットは猫族の王であり、その若者であるポチは一族の無念を晴らすべく勝手に海を越えて旅だってしまったという。

 タマ言うところのポチは「皇女様のお人柄も理解せずにまず打倒のみを考えるなど、人間のように未熟」らしい。


 意味が解らん。どう間違ったら猫の王族が海越えて小国の皇女を自ら暗殺しようとするんだ。

 ぼくらの視線を受けて額からダラダラ汗を流す『はなみずき』。


「まさか。あれか」


 心当たりがあるらしい。


「アレでしょうね」


 何故かアンジェラも戸惑っている。


「何をやったんですか。皇女様。アンジェラさん。正直に話しましょう」


 冷や汗をかきながら皇女様はこうのたまった。


「『花咲く都』では猫は聖獣とされるのだ」


 ほう。もしかして。



「試しに盾に吊るしてみたら敵の攻撃がピタリと止まった」


 皇女様。皇女様。

 そりゃ猫の王族の恨み買いますよ。


『誠に申し訳ない』



 全部こいつらの所為です。ぼくらにつるし上げられて『セイザ』する羽目になった『はなみずき』とアンジェラの謝罪に幻影の黒猫は笑ったように見えた。


「盾に可愛い猫を描いたのは私です」


 アンタも関与してたのかアンジェラさん。

 どうりで異様に猫だけ描くのが上手いと思ったが。


「もともと猫が好きなので盾に描いていました」


 普段は大剣を振り回す彼女だが盾を使わないわけではないらしい。ひときわ目立つ大剣をもって弓矢で狙われるよりは盾を皆で構えたほうがいい局面もある。

 彼女の一番得意な武器は大剣だが、周りの兵士と協調して槍を握り、盾を構えることもある。


「猫好きが猫を盾に吊るすとかあり得ない」

「うううう」



 地面に『の』の字を描いて落ち込むアンジェラさん。胸元が見えていますよ。

 ちなみにポチは相変わらず木片(鰹節と判明)にしゃぶりついてしっぽをふわふわふわふわ。


「基本的に派手な装飾を可能とする装備は盾だからな。戦場では盾で家を判別するのだぞ」


 何事もなかったかの如く偉そうに戦場の知識を披露する『はなみずき』だが。


「盾に生きている猫を吊るしたのはアンタだろ」


「……」


 こちらも地面に『の』の字を描き出した。

 アンジェラさんはギリギリ少女だから許されるが、大人の君がやっても許さんぞ。


「いえ、人間の高貴な女性にとっての『ジュンケツ』とやらは命と同等の価値があるそうですよ。ジテンシャ屋の店主さん。彼女にも充分理由があるでしょう。そもそも女子供にそのようなことをしても恥じぬこちらの将たちにも非があります」


 捕虜の手足を切り取って船の盾に吊るしたのは『花咲く都』の軍ですからね。皇女様の行った行動はまだ寛大と言えますとタマ。



 ファンタジーの連中エゲツネェ。


「いや、ポチ殿の怒りもごもっともだ。国民を守る気持ちは猫も人も変わらぬということだな」

「ポチはその前に食欲が来ますよ?」


 やっぱり猫だな。三味線にしてやりたい。

 タマは白い輝きを放つ。黒猫から白猫に姿を変えていく。

 凛とした白猫の姿。確かに王族の威厳がある。それに反して。


「ふー!」


 おい、畜生。

 めっちゃ旨そうに鰹節にかじりついている。


「みゅみゅ~~!」


 子供たちと戯れている。いい加減にしろこの畜生。


「ポチ。ポチ。いい加減皇女様のお話を聞きなさい」


 こちらの謝罪もガン無視で鰹節に夢中のポチ。それとも『はなみずき』の言葉など耳に入れるに値しないという考えなのかもしれない。

 畜生とは言えどコヤツ、海を越えて仲間の敵討ちにくる立派な男だからな。



「削り節なら残っているよ。ポチさん」


『つきかげ』がボソっとつぶやいた。


 びゅー!

 『つきかげ』にダッシュするポチ。しかし彼女が半分犬『おおかみっ?!』……であることに気が付き、急ストップしてみせた。


「にゃぁ! ……に、人間め、我が一族の無念をはらさでおくべきか」


 動揺している動揺している。


「ふた袋、ある」


 さらに『かげゆり』がつぶやく。


「みゅう!」


 ぼくが持った削り節を入れたパックに片手(?)で猫パンチを連打して奪い取ろうとするポチ。



 猫族の王は、あっさり削り節で買収されてしまった。いいのかそれで。

 さて、話を聞くとタマは現在『花咲く都』にいて、今ここにいるのは幻影らしい。



「私たちは感覚を共有していますので、お互いの見たもの聞いたもの感じたものがわかるのですが」


 ここでタマは人間ならため息をついたのだろう。ウンザリした仕草をみせた。


「猫はニンゲンとちがって特定の相手を持たないものなのですが、私の……は少々」


 タマとポチはお互い罵り合っている。仲は良いらしがどうにも夫婦と呼ぶより兄弟とか幼馴染や親友といった間柄に近いようだ。

 しかしツーテールキャットは繁殖力が低く、他の相手がいないらしい。


「あの歌は君か。タマ」


『はなみずき』がつぶやくとタマも楽しそうに返答した。


「素敵な歌ですね。あなたが『でーぶいでー』とやらで聞いているのを拝聴しましたよ」


「そんなに前から我が城に」

「猫ですからね。私たちは」


 ポチがその気になったら彼女の命は危なかったという。魔法を自在に操る猫は真の意味で暗殺者だ。



 なぜ暗殺をやらなかったのかと問われてポチはあっさりこう答えた。


「メイド長殿が”『はなみずき』様の為にたくさんネズミを捕ってくれ”と魚を毎日くれるからだ」


「……今度彼女の給与を上げることにする」


 自分の命は魚一匹で支えられていた事実に『はなみずき』はがっくりと肩を落として見せた。



「そうですね……その。店主さんをはじめ『三味線』と言う単語を連打することを辞めること。そして……『カツオブシ』で手を打ちましょう」


 タマさん。アンタもか。


 こうして猫と人はお互い手を伸ばし、握手をして別れることになったのだが。


「ちょっとまった!!」

「なんだ? 三味線にするというならば断わる」


 ポチは尊大な口調でつぶやいたが、口の周りに鰹節が残っている。


「あんた、食ったものの味を再現できるのか」



 ぼくの問いに黒猫は返事をしてくれる。


「うむ。貴様もゴキブリやネズミの味を」


 その話するな。


「で、お前ら、感覚を共有していて、幻覚魔法が得意なんだな」

「まぁある程度空間に干渉したりも可能だが」


 ぼくはその閃きを二匹の猫に説明した。


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