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ファンタジー世界de『貸し自転車屋さん』始めました  作者: 鴉野 兄貴
第二十二章 天使と猫と『はなみずき』
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BOOM!

 華やかな美貌を持つ女性は、絵筆を握り店の軒先で昼寝を楽しむ猫を写生していた。

 そろそろ完成間近。彼女が絵筆を定規代わりに視界にうつったものをながめ尺を決めていく頻度が増していく。しかし。


「にゃ」


 急に猫は目覚めて毛づくろい開始。


「ああっ? 動かないでッ? 猫ちゃんッ」


 猫に言ってもねぇ。

 結果驚いたわけでもないだろうが猫は逃げてしまった。


「『女男爵』(※バロネス)さま、何をやっているんですかい?」


 オルデールがニヤニヤ。

 胸元を見ながらの発言だが温厚な彼女は笑顔で流した。この娘が先の戦いで『はなみずき』を守って大活躍したなんて仏でも解らない。


「絵も描けるんだ。凄いですね」

「インクを水で溶いて濃淡を変えるだけの絵よ」


 絵具はこの世界ではもうメッチャクチャに高い。



 よって金持ち以外に職業絵描きというものは存在しない。


 絵を交えて楽しそうに会話する二人。意外と仲が良い。


 以前ぼくが戯れに珈琲の濃淡で絵を描いているのを見てはまったらしい。珈琲は口に合わなかったらしいが。


「にゃぁ」「みゃぁ」「みゅ~」


 すりすりとぼくに頭をすりつける猫ども。何故か子供のころからネコだの犬だのに好かれるのはなぜだろう。


「おおかみっ!」


 ……遠くでノーパンク式のタイヤの試作品を試していた狼娘が抗議の声を上げる。


「みゅ~」「みゅみゅみゅ」「にゅ?」

「にゃ」「みゅうみゅう」


 何処からか『子供たち』が沸いてきてぼくに抱き付く。この子供たちも何処から出てきた。


「あ。店主さんそのままそのまま。動かないで」



 猫も子供も苦手なんだけどなぁ。


 とはいえ、カンバスと絵筆を握りしめ、絵に集中しすぎで胸元の防御が疎かなアンジェラを見ると。


 色々な意味で動けぬ。

 固まる。どこがとか聞くな。


 いい匂いだなぁ。猫の臭さはアレだが。


「あ。店主さん。この絵具もらっていいかしら」

「いいんじゃね? 大昔お客さんが忘れたもので異世界では今更捨てるに捨てられないし」


「やったぁ!」


 飛び上がって喜ぶアンジェラの豊かな胸が揺れる。


「眼福じゃあ。眼福じゃぁ」


 同じく先の戦いで大活躍した大魔導士がいるが、相変わらず残念な爺だ。そこに。


「ガウルと『かんもりのみこ』は何処にいった」


 急にワイズマンが駆けこんできた。

 なんでも叙勲を待たずに旅立ったらしい。あいつららしいと言えばあいつららしいが。



「『銀の弓』を返せと『はなみずき』が言ってたと伝えておけ」


 アレ、もともとウチにお客さんが残していったコンパウンドボウだし。ちなみに安物で五万円。高価なものは二十万円を超える。


「……まぁ、『はなみずき』に渡すよりガウルに渡しておいたほうが平和だがな」


ガウルがいないと知り、「うちの身代が大きく傾いたが結果的によかったのかも」とぼやくワイズマン。なんでも素材のミスリル銀は家を傾けて買い占めたものらしい。よくやるよ。それをパクッて逃げるガウルたちもどうかだが今あの弓があると折角連帯した三国は確実に揉める。


「お客さん、戻ってきた」

 普段無口な魔族娘が生き生きとしている。珍しい。

「それは良いけどお店に何故こんなに猫がいるのだろ」


 みゃあみゃぁみゃあみゃあ煩い。


「きゃ?!」


 ゴキブリを咥えて『狩りもロクにできないお前らニンゲンどもの為に捕ってきてやったぞ』と威張る猫に悲鳴を上げるアンジェラ。



 衛生条件の悪いこの世界でもゴキブリを生理的に受け付けない人間は一定数存在する。というかこの寒い世界になぜゴキブリがいるのか疑問だが。


 店の軒先でゴロゴロゴロゴロする猫をあやして餌をやりながら『つきかげ』がぼやいた。



「皇女様。最近来ないね」

「……」



 そういえばなぜ彼女……『はなみずき』から距離を置いたのか、彼女を首にしてしまったことなどを娘たちに話しそびれていた。それは戦争や戦後処理のどさくさだけが原因ではない。


 変な噂があること。それが気になってしまって、いや、本当は彼女と話したいのにそちらを優先すれば彼女と距離を置き続けることができるぼく自身の弱さだ。


 その噂曰く、妖精の食べ物を売りに来たり資材を売りに来た謎の商人がいる。おかげで戦災からの復興が一気に捗った。曰く、ミスリル銀を大量に持ち込んだ謎の人々がいる。お蔭で人の店の忘れ物を勝手に持ち出したガウルが『熊を一撃で倒せた』と喜んでいた弓を参考に戦艦を一撃で沈めるワケのわからないチート弓ができた。



 ひょっとしたらぼくが知らないだけで、元の世界とこの世界の接点や、この世界における不思議なこと、不可解なことは想像以上に多いのかも知れない。


 例えば隣で絵筆をとる娘自身が素性の解らない人物だ。異常な身体能力含めちょっとおかしい。

 視線に気づかれたらしく、アンジェラがこちらに艶然と微笑んできた。


「店主さん。私に何か」


「い、いや、あまりにもアンジェラさんが美人なので見惚れていました」

「あらお上手」


 楽しそうに猫を模写する女性は鉛筆(※まだたくさん在庫がある)を片手にデッサンを楽しんでいる。


「この濃淡の出し方が面白いですよね」


 剣を取れば容赦のない戦場の美鬼と呼ばれる彼女だが、絵を描いているときは年頃の女性に過ぎない。


「アンジェラさん」

「なに? 店主さん」


 ぼくはいつもこの世界の人々に口だけ出して、それ以外はおろそかにしてきた。



「人を手にかけるのって、俺できないんですが、この世界では当たり前ですよね」


 ぼくも、彼女と戦えばよかったのかもしれない。『はなみずき』はきっと一緒に戦ってほしい。支えてほしいと願っていたはずだ。それなのにぼくは傍観者に徹した。そういった気おくれはぼくが彼女にあわない、会えない言い訳に力を与えている。


「嫌なことを聞くわね。私だって嫌よ」


 彼女の鉛筆が止まる。しばらくして彼女の指先が動きを再開する。水をつけた彼女の指先が鉛筆で描いた絵をこすって濃淡を出していく。


「私は、一〇〇〇〇〇〇の悪党より一人の大事な子を優先するだけ」

「そうっすか。強いですね。剣ではなく内面が」


 彼女は指先で鉛筆画を仕上げていく。見る見るうちに可愛らしい黒猫が整っていく。


「確かにこの世界は命の値段は店主さんの元の世界より安いと思うわ。人の気持ちも、店主さんの持っている本から見る限りずっとずっと荒んでいると思うし」


 黒猫の毛並みは鉛筆ゆえの柔らかさを持ち、写実を是としつつ目の周りはデフォルメされていて愛らしい。



「それだからこそ、弱く醜くて浅ましいからこそ……私は人間が愛おしい」


 だからといって殺していては世話が無いけどね。彼女は自戒するようにつぶやくと画材を仕舞いだした。


「同じことを『彼女』も言っていました」

「あのお方は話していて楽しいわ。どこか遠く、未来や希望のあるところに私たちを連れて行ってくれる。そんな気がするの」


 そうですね。そう思います。


 日の光が陰りだし、お客さんが増えてきた。

 ぼくはアンジェラさんに挨拶をすると、お店の接客に戻る。

 資材を抱えた人々がひっきりなしに行き来してかなり忙しい。最近は暗くなっても営業している。



「おい。忙しいようだがアルバイトは要らないのか」

「今、募集を出そうかなと思っているところですが」


 ぼくは後ろで腕を組み、ぼくを冷たく睨む女性に微笑んだ。


「ふむ。そうか」

「既にいますので、困っているところです」



 豪快な平手打ちを食らったぼくはヘラヘラと彼女に笑ってみせた。彼女は更に機嫌を悪くしていた。


「ところで、猫を飼いだしたのか」

「いや、増えました。皇女様」


 みゃあみゃあと鳴く猫どもに辟易しながら、ぼく等は今日も仕事をする。


 猫に辟易するぼく、猫と同レベルにまで落ちている『つきかげ』と『かげゆり』及び『子供たち』。そして意外にも猫が好きらしくあえて抱き上げたりせずその様子を注視していた彼女が切り出す。



「猫が歌っているのを聞いたと言ったら信じるか?」「なんすかそれ。皇女様。『つきかげ』や『かげゆり』なら理解できますが」



「みゅみゅみゅみゅ~~」


 これでも二人とも年頃の娘なのだが。

 特に犬「おおかみ」と猫って仲がわるくないのか。


「これがないと色々と難儀なのだ」


 その様子を見ているのかいないのか。



 彼女、『はなみずき』は娘たちのアレな姿にはコメントせず、お店の大きな鏡を用いて身だしなみを整えだした。


 そういえばこの世界、このサイズのガラス鏡は貴重というか、ぼくの店にしかないな。


 当初は速攻盗もうとするバカが現れたり、物珍しさに店から出ようとしない人間が続出した鏡だが、今ではお客さんが出入りの際にすこし使っているのを散見する程度である。


 あと、ポリエステルコートした銀紙製のシールミラーもあって、こちらを主に使用していたから今更盗もうとする奴がいないのもある。盗まれなくなったのを確認して元の姿身に戻した。


 くるりと身体を回転させて全身の服装をチェックする皇女様。


 その隣では『かんもりのみこ』が織ったと思しき布の服を身にまとった魔族と獣人の少女たちがはしゃいでいる。


「おかげで城の鏡を見る羽目になってしまった」

「うん? そんなもんあったんだ」


 ぼくの視線に気づくと何故か真っ赤な顔になる彼女。



「王族が鏡を持っていて悪いか。姿見になる鏡の一つくらいならある」

「あるんだ。知らなかった」


 何故かぼくのほかに二人の娘の視線まで受けて彼女の赤い顔が更に赤くなる。


「『素直な気持ち』や『大事に思うもの』が映りこむ厄介な力があるから使わないだけだ」


 膨れる二人の娘をあやしながらぼくらは珈琲を淹れる。


 何処まで話したかと続けながら彼女。


「一人城の自室にいると、猫の声が聞こえた」



 彼女曰く、猫の声を聞きつけて歩を進める『はなみずき』はいつしか鏡の前にいたらしい。

 鏡には、彼女の素直な気持ちが、人々の微笑みがうつっていた。


「そこで、私はバルコニーに座る猫が小さな小さな声で歌っているのに気が付いた。幻視かと考えたが」


 事実だとつぶやくと彼女は続ける。あの歌を聴いているといてもたってもいられなくなったと。



『貴方の場所にいたい』


 歌声にせかされるように彼女は鎧を纏い、自室を飛び出した。臣下のものたちが、避難して帰ってきたばかりの侍女たちが驚いた顔を見せる。

 狭い城だけに生活道具も皇族である彼女の目に入ってしまう。洗濯桶を蹴飛ばして年輩の侍女に謝りつつ彼女は走ったそうだ。


『そんなに寒くなくて そんなに遠くでもない 帰りたい あの空に あのときに あの夢に』


 その時、ぼくらは仕事をしたり、復興に歩む街の人々に自転車を貸していた。ぼくだって故郷である日本を忘れたわけではない。


『世界はどんどん小さくなっていく 私はあなたの場所にいたい でも心がさけんでる』


 彼女は古びた自転車に乗り、思わず破いたサドルに悪態をついたらしい。守衛の忠告を無視し、自転車で城を飛び出し、ぼくの店に一直線。


『私が歌いたいのはこの曲じゃないし これからも歌うことはないわ』


 廃墟から復興しようとする街に戻ってきた子供たちが手を振る中、彼女は必死で手を振り消す。



『心臓の鼓動が響くかぎりショーは続く』


 壊れかけたプラスティックのペダルをギコギコとならし、ちぎれ掛けたブレーキワイヤーに悪態をつき。

 それでも戦勝祝いと自らをたたえる民に手放し運転で手を振り回して答えて転び、周りに爆笑される。


『鼓動が響く ときめき止まらぬ 胸がざわめく 夢が動く』


 民がなけなしの果物や酒を彼女にぶっかけたりぶつけて大笑いする中、彼女も笑いながら反撃を行う。


『あなたもどう? 私はそんなに強くないから いっしょに来てほしい』


 荒くれたちに強烈なパンチを返し、笑いながらまた自転車に乗る彼女を鶏や猫とともに女子供が追い、そこいらの鍋や薬缶をたたいて人々が歓声を上げるなか、彼女は駆け出す。


『鼓動が響く みんなと同じ あなたもいっしょに来てみない』

『鼓動が響く この感覚 止められない 鼓動は響き続ける 止まることなく』


 復興の進む坂道を駆けのぼり、あるいは一気に下りながら、彼女は風となって走る。



 ボロボロの兵士たちが剣や盾を打ち鳴らし、戦歌を歌う中を突き抜けて。


「気が付いたらお前をぶん殴っていた」

「さっきのビンタは効きました」


 すまんと頭を下げる彼女はとても可愛らしく。


『鼓動が響く 鼓動が歌う 鼓動が叫ぶ♪』


 え? ぼくら四人は振り返る。


 軒先でみゃぁという猫の声が聞こえた。

 ふわふわしっぽをゆらす黒猫のしっぽは何故か二本に見えた。



【後書き】

『Boom』は日系スウェーデン人のシンガーソングライターMaia Hirasawaの歌。九州新幹線開通のCMで知られる。このCMは放送直後に東日本大震災の影響で放映期間は自粛されたが、Youtubeやテレビ番組などでCM内容共に紹介され多くの人々を勇気づけた。


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