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『バルトロメ・デ・ラス・カサス』

「なんか最近きな臭いよな」


 武器を持った騎士が出入りしたり、鎧姿の騎士がそのまま自転車に乗ってサドル破いたり。


「ぬの、手に入れるの難しいの?」

「ううん。『つきかげ』。最近はとある村で布を作る試験をやっているよ。おかげで助かっている」


「戦争が始まるかも」


「『花咲く都』か」


『かげゆり』がつぶやく。


 色々姑息な方法で三国の力を削ぎに来ていたし、確かにそうなるかも知れない。


「『咲花の艦隊』が向かってきているんだって」


『つきかげ』はサンカク耳をパタンとさせて脅えている。


 咲花の艦隊か。

 各地を荒らしまくっていた海賊を金で買収して飼いならし、海軍化したという『花咲く都』が誇る最強の戦力と聞くが正規軍の練度も少数ながら元々高く、非常に強かったので手が付けられない強さらしい。



 ひっきりなしに三国のお客さんが来るのはいいが、ちょっと手が付けられにくい。


 個人的意見だがたとえ儲かったとしても戦争景気は嬉しくないものだ。


「三国が花や布を買わなくなったからだ」


『はなみずき』はそう述べるが、お前事務局長だろ。貸し自転車屋ごときでバイトしていていいわけがない。


「木綿という不思議な植物があってな」

「へぇ」


「小さな草で、羊を実につけると言われている」


 なる。ってそれ違うぞ。翻訳魔法の調子が狂ったのか。


「木綿ほど高価ではないが、絹という布はエルフが風と蜘蛛の糸から織る」

「それ、絹じゃない」


「知っている。エルフの装甲繊維のほうが遥かに品質は高い。そして人間に作れるものではない……ではあの国から我らが大量の黄金と引き換えに得ているあの布はなんだということになる。神獣の体毛とも言われているな」



 また翻訳魔法の調子がおかしいのだが。


「の、だが」

 ぼそっと彼女はつぶやく。

「貴様の辞書での見解は違うようだな」


 パラパラと辞書を取り出し、そのページを見せる『はなみずき』。「パロメッツ」「木綿」「絹」と書かれた項目には遠い国の国家機密が堂々と書かれていた。


「木綿は輸入が必要だが、ありもしない花や神獣を得るために諜報員を散らす必要は今後なくなったようだ」


『はなみずき』はそうつぶやくと苦笑いしてみせる。


 翻訳魔法でぼくが理解しているかどうかを調べ、同一の存在であると確認できたと断言する彼女。


 時々奇妙な冴えを見せる。侮れない娘だ。


「絹……。まさか特定の樹木の葉しか食さない蛾の繭とはな」


『はなみずき』が絹の製法の項目を見ながらギリギリと歯を食いしばるのを見てぼくは背中からダラダラ汗を流していた。

 異世界の人間に余計なものをやるものではない。マジで。



「特定の植物の葉しか食さないという時点で信じられないが、人の手無しで生きられない蛾。自ら枝にとまることすらできない弱い生き物が存在するなど……」


 彼女は怒気孕む顔でつぶやく。


 その様子に『つきかげ』が両足にふわふわのしっぽ挟んでサンカクの耳をペタン。同じく長くて尖った耳をペタンとさせた『かげゆり』と抱き合って脅えている。この皇女様、魔族や獣人よりキレると迫力がある。

『俺』まで血の流れが変わって肌が泡立つ迫力だ。


 ぼくらの視線に気づいた彼女はふとやわらかい表情を見せて落ち着きを取り戻した。


「エルフの絹は『風』と呼ばれる。吸血性のある蜘蛛に自らの血を与え、風で織り込んで作るからだが」


 へぇ。ファンタジーだな。


「柔らかく肌触りがよく、透けるほど薄く、鉄より強靭とされる。人間にはまず作れないな」


 そっか。まきの一件と言い、神と呼ばれるだけあるな。


「『かんもりのみこ』で思い出しましたがポプラの綿毛と羊毛から糸を作っていませんでしたか。彼女」



 騎士団の女性騎士たちが大喜びで着ていたぞ。


「アレを再現できればと研究はしているのだがまだまだだな」


 それでも『花咲く都』から輸入する木綿の量は激減していると皇女様。


「花や農作物も輸入せずに済むように、三国は研究を重ねている」


 三国の人間はジテンシャが使えるのが大きいと彼女は苦笑い。最近ぼくの自転車にはは追跡魔法が掛かっているらしい。他国に盗まれると厄介だからだそうだ。どうりで最近回収しやすいわけだ。


「経済的に追い詰めてきた、あるいは麻薬を蔓延させようとはかってきた『花咲く都』が逆に三国の反撃を受け、実力行使に出てきた。そういうことだな」


 拳を握りながらつぶやく彼女。


 勝てるかどうか怪しい応戦のために準備する騎士団たち。


 ぼくたち人間の意図とは離れ、異国からやってきた小さな花はお店の軒先で花弁を揺らし、柔らかな香りを放ちながら、ただ。咲いている。



 戦争は剣を交わすだけではない。ぼくの身の回りでもそういったことが起こりだした。



「お前の店の設備を借りるぞ」


『はなみずき』はそう述べると、魔法を使える部下を呼び、使用済みのトナーに『修理』の魔法をかけさせ、ある程度コピー機が使えるようにすると、ワケのわからない絵をガッシャンガッシャン。


 奥でひいひぃ文句を言いながら『つきかげ』と『かげゆり』が発電機を回している。


 こちらはがっちゃんがっちゃん。ピーピー。ピッカピカとわけわからない。


「必要なことだ」


 彼女が突き出してきた書類をもとにカーボン紙でコピーをしている騎士団たち。 インク切れしたトナーなのでかなり薄いが、それはビラのようだった。


「『私は自国の悪事を告発し、三国の皆様への謝罪と賠償を本国に求めるものである』……なにこれ」


「何時ぞやの『ユウエンチ』に嵌りすぎて本国に帰るのを嫌がる外国の人間は一定数存在する」



「これを原紙に、銅版画を作れ」

「承知いたしました。皇女様」


 え、何をしているのさ。


「ジテンシャを借りていいか? 民を『ユウエンチ』の町に逃がしたい」

「……こういう時はお金を取りません。皇女様」


 なんでも貴族たちはこっちに残るらしい。


「財産を持って逃げるバカより、財産のない人間の命を優先してくれるなら」


「……貴様らしいな。わかった」


 苦笑いして人いきれの中、汗をぬぐう彼女。


「見るか? 傑作だぞ」


 彼女の出したチラシを見て首をひねるぼく。


「なになに。『花咲く都』は三国の子供たちを拉致監禁洗脳し、麻薬を作り、性奴隷にして軍でこき使い……海賊を恥知らずにも雇って三国を襲い、50万の人々を虐殺って?! 三国の女子供全部合わせても50万もいませんよっ?!」なにこれ? 超ウケる。俺がこっちに来る前の日本の教育みたい。



「後半はある程度あってはいるものの数に関しては嘘八百じゃないですか」


「うむ。この世界の人間は文字が使えぬものが多い。詩人たちを買収してあちらに向かわせている。ほかにも奴らの海軍が成した非道の数々、あることないことこの『告発者』は見聞きしただけで書いているからな。『使える』ぞ」


 ……何する気なの? この皇女さま。


「自国に自信が無いものは自国に非協力的になるのは当然だろう?

 善意の『告発者』を抱えて利用する。こちらには『ジテンシャ』も『カーボンシ』もある。『ディーブイディーぷれいやー』という魔道具もな」

「つまり、皇女様は外から布や花を育てて資金源を断ち、敵の内からバルトロメ・デ・ラス・カサス(Bartolomé de las Casas, 1484年8月24日 - 1566年7月17日)を増やして連中を崩壊に追い込むおつもりなんですね。スペインみたいに」


「スペインだかなんだか知らぬが、非常に参考になる書籍だったからな」


 そういえば、日本で物証もなしに揉めまくっていた問題って解決したんだろうか。『俺』が飛んだ時は、日本だけが性犯罪者国家みたいに非難されていたけど。



「『戦う前に勝つ』我らの存続はこの『戦い』にある」


 空恐ろしい笑顔を浮かべ、鎧姿の皇女様はつぶやいてみせた。


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