ハナミズキはドックウッド アメリカヤマボウシ
辞書は教えてくれる。辞書は伝える。……ハナミズキはドックウッド、そしてアメリカヤマボウシ……。
ハナミズキ
はな‐みずき【花水木】ミズキ科の落葉小高木。北アメリカ原産。近年いくつかの品種を庭木としえ栽植する。春、白色または淡桃色の四枚の総苞に包まれた花をつける。アメリカヤマボウシ。
(新村 出 編 広辞苑 第三版 岩波書店より引用)
豆知識。
花水木の四枚の総苞は最初はくっついており、
これが開くとき、先端がちぎれて四枚の花弁のような形になる。
花水木が日本に来た由来はソメイヨシノ(桜)をワシントンD.Cに寄贈したお礼として。
ドックウッドと呼ばれるのは犬のノミを防いだという俗説からだが別の種の木、セイヨウサンシュユである。花言葉は『返礼』『私の思いを受けて下さい』『公平にする』『華やかな恋』
西暦四月二三日の誕生花。
四月二十三日とは。
(以下 ウィキペディア日本語版より引用)
竜退治の伝承があるキリスト教の聖人、ゲオルギオス(?-303)殉教。後にスペインの書店がこの日とセルバンテスの命日などを結び付け、今日では書物を贈るサン・ジョルディの日となっている
四月二三日は聖ゲオルギオスの日(サン・ジョルディの日、聖ジョージの日)
キリスト教の聖人ゲオルギオスの聖名祝日。
世界図書・著作権デー(世界本の日)( 世界)
子ども読書の日( 日本)
国際マルコーニデー( 世界)
世界で初めて無線による通信を行ったグリエルモ・マルコーニを記念する日。
国民主権と子供の日( トルコ・北キプロス)
1920年のこの日、現在のトルコ大国民議会(国会)の起源となる大国民議会が開催されたことを記念。
地ビールの日( 日本)
日本地ビール協会を中心とする「地ビールの日選考委員会」が1999年に制定し、2000年から実施。1516年のこの日、バイエルン国王ウィルヘルム4世が「ビール純粋令」を発布したことにちなむ。ドイツではこの日が「ビールの日」になっている。
シジミの日( 日本)
日本シジミ研究所が2007年に制定。「し(4)じみ(23)」の語呂合わせ。
そして秘書の日だ。
(引用終わり)
はなみずきはアメリカ・バージニア州の州花。
歌手・一青窈が「ハナミズキ」として歌っている。徳永英明もカバーしている……。
久しぶりに国王に碁に誘われ、ぼくは碁の相手をさせられている。ちなみに、このジジイ。滅茶苦茶強い。面白くもなんともないので辞書の事をずっと考える暇がある。つまり相手にもならないのでよそ事を考えるしかない。早く終われ。
「あの子も面白い事業をはじめたものだ。二百年程前にも作ったがな……これがそうだ」
爺さんはボロボロの分厚い本を出してきた。重たい。なんだこれは。
娘はお前の店からもらってきたものを研究者や学者や魔導士に見せてはうんうん唸っていたとは国王の弁。
「勝手に店のモノ持っていくのは辞めてほしいのだが」
「無理だな。あの子はもともと好奇心旺盛だ」
「いや、日本ではソレドロボーだから……あわわ」
あぶない危ない。お耳に入ったら斬首だ。
この世界では王様のモノは王様のモノ、民のモノは王様のモノなんだっけ。どこのジャイ○ンだよ。そのジャ〇アンがぼくに急にほほえんでみせた。
「そうだ。不届きな巨人を改心させてくれてありがとう。改めて礼をいおう。おかげであの地域の治安は改善した」
げ?! ばれている?!
焦るぼくにふぉふぉと笑う爺さん。この方はいくつなんだ? 『はなみずき』の歳からして若くないと可笑しいのだが。
年齢を図れずじっと見つめるぼくに彼は「惚れたか?」と歯を輝かせる。……っ。
「一応、異世界の言語を娘なりに解釈しようと昔から奮闘していたようだな」
次々と粘土板やら木簡をだされて呻くぼく。ぼくの妄言の節々まで何人もの研究者たちの筆跡で研究がされていたらしい。
「そしてこの本のおかげで更に止まらなくなったらしいな。事務局の仕事に代行を立ててまでして休み、こちらに専念したいと言ってきた」
「へぇ」
国王の爺さんはぼくが結局彼女に渡す羽目になった辞書を片手にニヤリ。
「でも実際どうなんですか。この辞書編纂って」
ぼくは慎重に言葉を選びながら彼に問う。
「100年はかかるだろうな。あの子は本の完成を見ることはないだろう」
やっぱりそうなるのか。この爺さん、身分を気にさせない軽いノリでいい人っぽいが底がみえない。
余談だが『はなみずき』は花が好きなので、王の休息室であるこの部屋にも花の香りがしている。
爺さんが言うには今は居ない彼の妻の趣味らしい。
……うん? 違和感。
「あの。『はなみずき』が無いと思うのですが」
「あれは異世界の花だからな。この世界で見たことはない。
そして、この歳になると色々知るものだが、あの子の世界はまだまだ狭い。
あの子の言葉の世界。私も見てみたいものだな」
この爺さんの言動は時々わかりにくい。
「あの子が、あの子の心で見たお前はどんな色の花なのだろうな」
爺さんのやさしい瞳を見ながら、ぼくはなにも返すことができなかった。
「魔法語でもないのに言葉が世界を規定することがそんなに不思議か」
後にエルフ、『かんもりのみこ』が辞書を見た感想について『はなみずき』の意見である。
編纂作業は順調に進んでいるが、全体で考えるとやはり遅れ気味なのは否めない。
「『ぽぷら』」
「やっぱり英雄の名前として残しましょう」「何もしていません」
「『そる』」
「太陽ですよね」「ひとつという意味もありますよ」「偉大な大魔導士のワシの名前なのじゃが」「はいはい」
騎士たちが少ないページに刻む定義に花を咲かせる。
彼らが席をはずした時を見計らい、疑問に思っていたことを聞いてみる。
「皇女様。あなたのお名前はなんと言うのでしょうか」
耳を澄まして。改めて聞く。
「? ……照れくさいな。『はなみずき』だが」
「……一音ずつ、丁寧に。お願いします」
翻訳魔法に邪魔されないように。
そこまで聞くと彼女は軽く眉をしかめてつぶやく。
「何かのおまじないか」
こんどはゆっくり、彼女の美しい桜色の唇の動きを瞳で追う。
「照れくさい。じろじろ見るな」
彼女の言葉の続きを待つ。
軽く唇が開き、花の香りを嗅いだような気分になる。
「は(HA)」
赤い舌が軽く口蓋に触れる。
「な(NA)」
ぼくの視線に気が付いたのか、軽く伏せ、照れたように再び唇が開く。
「み(MI)……「好きだ」
そこまで言って彼女は去って行った。
最後のはぼくの聞き間違えだったのだろうか。
ぼうぜんと午後の店に一人佇む。どこかで子供たちのはしゃぐ声が聞こえる。
今、確実に彼女は日本語を喋っていた。はずだ。
十年近くも暮らせば翻訳魔法なしで意志疎通くらい出来るようになる。というよりなった。
以前『はなみずき』は『お前には強力な翻訳魔法が初めからかかっている』と以前から述べたが、その魔法をぼくにかけたのは誰だ? 彼女の小さなティアラに、強力な魔力が掛かっていることは間違いないらしいが……神? まさかね。
はじめてみた時から、彼女は毅然とした印象の見た目に反しちょっと生意気そうで愛らしくて、寂しそうで。泣き出しそうな顔をしていた。
「花の名前は……」
ぼくは辞書を作りだしているソル爺さんの元に走った。
「『はなみずき』ってなんだろう」
ぼくは辞書を編纂する魔導士たちに質問をぶつけた。彼らの言葉の定義では、彼女の名前はどうなっているのかを知りたくて。
翻訳魔法が彼女の名前の違和感をなくさせていたらしい。毎日のように呼んでいたのに。いつもそばにいたのに。
「皇女様のお名前のことか。
異世界の花らしいがよくわからぬ」
その名前を付けたのは国王さまだろうがあの爺さんいくつだ? 何者だ?
その質問をぶつけると彼らは一様に恐ろしいことをのたまった。
「知らん」「俺も知らんな」「この国の歴代王は揃って気さくな人物だが、ある日突然容姿が変わって代が変わったとか言い出すからなぁ」「他国では数百年同一人物という根も葉もない噂が流れている。悪魔の化身とか不遜な事を言うものもいるな」
自分たちの王の素性を数百年にわたって知らないだとっ?!
そういえば『俺』もあの爺さんの名前を知らない。
「爺さん。もとい国王様の名前を知っているか?!」
ソル爺さんは自分が爺さんと呼ばれたと解釈したらしい。翻訳魔法ではなくて普通に喋っていてよかった。
「我らは単に『王』と呼ぶ」
「何者だ?」
「国王様は国王様だが」
埒があかない。
「この国は何年前からあるのかわかるか」
この国は魔導帝国が滅びて一〇〇年程の統廃合の過程で生まれた弱小国らしいが。
「国史で見ればどの国も魔導王国が滅びた直後に魔導皇帝の血を引く皇族である『剣の乙女』と地方を納める蛮族の王や貴族、流浪の剣士によって興されたとなっているな」
う~ん。エルフに聞いたほうが良いのか? 人間の歴史は修正が多すぎる。『かんもりのみこ』なら詳しい話が返ってくるだろうと思ったら、彼女の興味のほとんどはガウルとその生まれ故郷の小島の村に注がれていた。当然ながらこの国の歴史は知らない。
カビ臭い編纂室に次々と知識人や魔導士や神学者、精霊使いや異国の吟遊詩人、占い師(この世界ではチャネリングの類いも占いだ)が出入りし、あーだこーだと言葉の定義を議論する中、ぼくは頭を抱えていた。
あの花は北海道の街路樹にもなっていると思うが、寒国であるこの世界に最初から植生しているはずはない。アメリカ産のはずだし。確かワシントンの桜のお礼でもらった花のはずだ。
自分の名前の由来となった世界の花を知らない。
少しだけ、彼女の異常な異世界への興味の原点を理解した気がした。
そんな間でも彼らは自らの国語の定義を議論し続けている。
当たり前だったことを当たり前として再共有するために。
「『夢』は『願望』の項目へ誘導すべきでしょうか」
「眠りの砂の精霊の導きで眠りについたものが見る幻覚では」「夢の精霊がいることは事実ですぞ」「夢魔もいるな」「妖精の導きで子供たちはエルフたちの住まう夢の国を訪れると」
「『勇気』は」
「騎士の基本だ」「人のもっとも尊い心だ」「抽象的すぎます」「恐怖しないことでは」「いえ。恐怖を直視して知ることでは」
「『正義』は」
「それこそ最も大事なものだ」「どれが一番大事なんですか。卿は」「奥さんですね」「確かに卿は恐妻家で通っていますからね」「正義は奥さん」「愛は正義」「話が脱線していますよ。うちの夫婦仲は確かに悪くはないと思いますが」
あーだこーだと激論を交わす人々のそばを離れ、彼女の姿を探して王城を巡り、街角を自転車で駆け、商店のおっちゃんからおごってもらった焼き串を口に入れ、夕日の中に自転車のベルを鳴らして走る。
ペダルがキコキコなって、足に血が溜まったかのようにだるい。
小高い丘の上に、彼女はいた。
夕日を眺め、町を眺めながら。
「どうした?」
そっとみせる寂し気な表情と気高い魂。美しい笑みを持つ女性にぼくは知らずに跪いていた。
「……なぜだろう。貴様にそうされるととても変な気分だ。面を上げてくれ」
日が暮れて暗くなり、町のあちこちに灯がともるまでぼくらは『悠久の風』の都をじっと見つめていた。
「前に名前を教えてくれたことがあったが、改めて名乗りたい」
彼女は照れくさそうに横でつぶやき、立ち上がるとぼくの手を取ってみせた。彼女の瞳に星が映る。
「『あなたを愛している。もしくは殺す』というとき、貴様の一族は名前を名乗りあうというが」
その言葉を辞書に入れたい。
彼女はぼくにそう告げた。
「ぼくも辞書に載る『はなみずき』という言葉に、皇女様の名前としてのみではなく、私の世界の花言葉というものを、この世界の言葉とその意味で当てて欲しいのですが、編纂者として採用していただけませんでしょうか」
「良い話だな。貴様の世界ではどう呼ぶのだ」
ぼくは彼女に伝える。
伝えるわけには行けない想いをせめて書物に残すために。
「『私の思いを受けて下さい』と言います。皇女様」