【コラム】鴉野家の最初の夫婦喧嘩
「うちの両親にとって、最初の夫婦喧嘩は生命保険に入ることを決めた時だったらしい」
鴉野がつぶやくと彼は大笑いをはじめた。
「俺を殺して金をとる気だなと本気で言われたそうですね」
「まじわらいばなし」
二人が歩く道は何処か薄暗くて汚い。
相変わらず彼、仮想人格の背中には少女が抱き付ついており、安心と惰眠をむさぼりつづけている。
「でも、同僚が事故を起こして保障がなかったとき、やっぱりいるんだなと父は考え直したそうだ」
妻子を残して死んだりしたら洒落にならないからね。
実際、産業革命が起きたイギリスでは労働者の1/3が生命保険に加入したらしいよ。
「画期的というか、すごいですね」
「産業革命と保険は切っても切れない関係らしい」
あと、アメリカで保険や裁判が流行ったのは隣人が必ず他人である環境及びアメリカ人の自由と平等を愛する気風がピッタリ合っていたそうだ。それより。
「しかし、ひどい空気ですよね」
二人は二重のマスクを少女につけて進む。
「まぁ公害の概念がない時代だろうし……二つしかマスク持ってなかったわ。お互いがまんな」
「鴉野さん、やっぱり親切ですねぇ」
照れ隠しに話をそらす鴉野。
「そーいえば以前の『濃霧』(※2013年頃は中国大陸の大気汚染及びその余波による深刻な『謎の』粉塵被害が日本全国を覆っていました。当時の日本政府はあくまで『濃霧』と主張)騒動時に東京に遊びにいったけど、大阪のほうがマスクつけている人が多かったな。大阪のほうが『濃霧』に過敏に反応していたみたい」
「意外っすね」
「アレ、国と気象庁は『濃霧』って言ってたけど、誰も訴えなかったのかなぁ」
「さぁ」
神奈川の親戚曰く、当日はマスクの裏すら砂だらけだったらしい。
「『濃霧』保険って売れそうじゃないですか」
「想像もつかないな」
「家族の誰かが花粉症になったら保険が下りる!」
「本編の騎士団みたいにマスク代が安くなるとかか?」
(※2020年に改稿すると『マスク保険』はシャレになっていない)
「そういえば保険って『はなみずき』さんのいうように基本負けに払うギャンブルですよね。負けを予防するのにかける保険ってないんですか」
「それを開発した奴が朝日新聞のBeeに載ってたよ」
震災などは被害を受けるより軽減したほうがいいし。
「ぼくが生まれたころの神戸の震災では日本スピンドル社の社員が活躍している動画がありましたよ」
「何か間違えてないか? あれはJR福知山線の事故だ。あの日の活躍であの会社は一気に株を上げた」
どっちにせよ震災の戦訓が生きている。
尼崎の中央卸売市場や平尾自動車工業さん。尼崎タクシーさんの社員たちや近隣住民たちも活躍している。
本来トラックでは人間を搬送してはいけないが、それを許して白バイで護衛した警察もいい仕事した。
「でも、JRさんの」
「旧国鉄に限らず日本の企業体質全部に言えるかもなぁ」
ダイヤを守らないと懲罰あったらしいけど。
そもそもあそこはいつか事故が起きると周辺住民はおもっていたらしいし。
「なんで日本の鉄道だけはあんなにダイヤ正確なんですか」
「ぶっちゃけ皇室あるかららしいよ」
御用列車が通る時、御用列車を追い越してもダメだし御用列車が遅れてもダメ。
いつ御用列車が通っても良いよう針の目を通るようなダイヤ構築が求められ、その実行を必須とし、結果的に我々は正確な時間に到着することが可能になり、現在の日本人の時間にうるさい文化の構築に一役買った。
「王室のあるイギリスとは大違い」
「謎だな。もっと昔の日本人はやっぱり他の途上国と同じくルーズだったらしいってソース不明の記事は読んだことがあるが」
余談だが知人の知り合いは京都駅の皇室専用の一室に降嫁した皇族の方と間違えて招待されたことがあるらしい。今では笑い話だな。
「そんな部屋あるんですか!?」
「有名だぞ。実態を目にした者は少ないが」
ぶっちゃけ本人が一番ビビる案件。
「私鉄の阪急なんかJRとガチで路線かち合ってる上到着時間がクソ遅い(沿線が回り道)けどダイヤはJRより狂いにくいぞ。事故に強い」
「JRさんは犠牲になったのだ……」
安易な皇室批判は辞めろ。個人的には尊敬している。
「フルあーま枝野ッ!」
ご自身が病に苦しんでいるのに丸裸同然で突っ込む陛下(※2013年当時。2020年現在上皇陛下)が凄いわ。
「あれも事前の準備でかなり防げたんじゃないっすか」「どっちにせよ東電は日本の台頭を防ぐために潰されると思うよ」
というか、原発更新がうまくいかなかったのもあるからなぁ。
「各話タイトルで生命表の開発者のハレーさんが保険を作ったように誤解する人がいそうだし補足。
実際に今の保険の礎を作ったのはイギリスのジェームス・ドジソンさん。
彼自身は保険に加入しようとしてすげなく断られ、ブチ切れついでに理論を作ったみたい」
「怒りってすごいパワーですよね」
実際、彼自身は保険の完成を見ることなく寿命でこの世を去ったが、以後二百年間彼の作った保険システムは多くの人々を助けた。
「しかし、こいつが寝ていると話が進むな。いらないキャラクターナンバーワンだな」
むにゅむにゅと安眠する彼女を抱き上げ、彼は嘆息。
「鴉野さんひどいっすよ……で、話は戻りますが戦争災害保険ってないんですか」
「文明開化した日本の保険黎明期にあったよ。災害じゃなくて徴兵そのものだけど」
「軍国主義や共産主義、全体主義が台頭していた第二次世界大戦時では残っていたらボコられそうな商品ですね」
ちなみに、日本に近代的な生命保険制度を紹介したのは一万円札の人。
「福沢さんマルチすぎます」
「幕末の連中のチートっぷりは半端じゃないぜ」
少女を抱えた青年は肩をすくめて彼女を抱き上げる。
「そもそも一般的な保険では『はなみずき』たちの世界の保険と違って戦争災害はカバーしていない」
「へ?!」
免責事項になってるよ。マジで。通常の保険証券とは別の証券になっている。
「戦争反対! 九条改正反対ッ」
「お前が残念な子なのは知っていたが」
さりげなく『改正』とか言うな。俺まで粉かかる。ほかにも。国際条約で禁止されている生物、化学、核兵器による損額は免責事項だね。
「きわめて人に優しくないですね」
「保険は助け合いの精神で産まれた商品だが、あくまで『商品』だからね」
アメリカだと2002年にテロ・リスク保険法が施行されている。
「ソマリア海賊による被害はテロ扱いになるとか、色々変わるみたい」
また、この記事を書いた当時では予想していなかったが所謂オバマケアが廃止に向かっていくのは『あくまで商品』を象徴していると愚考します。
「日本だとシーシェパード保険が欲しいですよね」
「あいつら、マジで容赦しないからな」
「謎の中国漁船保険とか」
「政治発言やめんか?!」
「『はなみずき』さんは損害そのものより、損害を減らすことに恩賞をつけるシステムを作ったんですよね」
本編のグローガンの言動からすると三〇〇年後の世界には建築基準が出来ているみたいだね。『はなみずき』の思想は各所に受け継がれているようだ。
「もともと軍人だし、戦争後の事後処理の大変さを痛感しているからね。彼女は有能だよ。保険金詐欺や保険金目当ての殺人や事件の予知を行うとかマジで連載中にキャラクターが放った一言に作者自身が悩まされた案件だからな」
「母上に『お前には構想力が足りない』とか言われたんでしたっけ」
二人はてくてくと歩いていく。
「でもさ。主人公も言っているけど、不幸はないほうが良いんだ。不幸が無いなら軍隊も保険も警察も要らない」
「でも、幸せもなくなる気がします。自分を襲う最大の不幸からせめて大切な人を守りたい。そう思わない人は保険に入らないでしょう? アメリカ人は保険好きですが日本人も人のことが言えません」
それでも、初期は人の生死を弄ぶのかと反論が多く、結局元本保証の貯蓄の一種として受け入れられたそうだよ。
(※今では信じられないでしょうが、少し前の保険は基本元本保証です)
「人間ってどうして争うのでしょう」
彼は少女を抱きながらさみしそうな笑みを浮かべる。
「人間はどうして愛し合うのでしょう」
鴉野はそういって肩をすくめた。
ふたりの脚は怪しげな海の男たちの酒場に。