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保険制度の年齢寿命の分布図『生命表』を作ったのはハレー彗星で有名なハレーさん

「騎士団の給与制度に似たシステムを『商品』として導入したいと思うのだがどうだろう」


『はなみずき』は取り敢えず部下に忌憚ない意見を求めてみたが。


「反対」「反対」「誰が買うんですか」「そもそもモノがない商品なんて何時ぞやの苗じゃないですかッ」


 例の騒ぎで懲りたんだな。理解できる。

 あれか。豊田商事事件後の金融商品やレンタル業が受けた偏見的なものかな。


 機械油代わりの盗賊ギルド特製油の臭いを確かめるぼくの視線の先には『給与をもとに戻せ』と皇女相手でも怯まず抗議の意思を表に出す騎士たち。


 幹部二割カット、一般騎士一割カットの影響は相変わらず大きいらしい。


 賛成しているのは以前の街コンで結婚した少女騎士だけだ。


「たっぷり保険をかけてサクッと弓でも誤射すれば」

「……」


 黒い! 黒いよっ?!

 黙り込む旦那さんの気持ちは理解できる。



「そういった懸念があるから導入を見送ったのだが」


 彼女の夫であるウインド氏は隣でずずーんと落ち込んでおり『はなみずき』は苦笑い。


「汚れを知らぬ一四の乙女の身体をあれやこれやと弄んで」

「してないっ?! 指一本触れていないからなッ?!」


 ここで夫婦漫才するな。


「でもキスはしました。舌入りでッ」

「お前が奪ったんだッ?!」


 身長でも30センチくらい違いがあるので親子にしか見えないが、意外と仲良しらしい。

 相争う夫婦に騎士団のメンバーがぼやく。


「でも先日、奥さんが『あーん』ってやってるの食べてたじゃないですか」「もげろ三三歳」

「旦那さんと腕組んでいるのを見たわよ」「あれは寒かったからです」


 ツンと唇を膨らませて夫に照れてみせる『むらくも』嬢の様子は到底既婚者には見えない。


「だいたい、毎晩毎晩強精効果のある薬湯を混ぜた飯を食わせるなッ! 家では服を崩して着るな!」



「いつ襲ってくれるのかを期待しているのです!」


 めっちゃラブラブじゃないか。これ、ツンデレ?


「悶々として胃に悪いわッ」

「いい加減夫婦になったのですからあきらめてくださいッ」


 ……。あ、『はなみずき』が笑いながらこっちを見た。きっと苛立っている。とばっちりを受けそうだ。


「『はなみずき』。あいつらは無視。続き続き」


 ぼくの言葉を聞いて彼女は苦笑いして頷く。


 以下、ナニが不満なのか騎士団の皆様に聞き取り調査してみました。


 騎士Aさん(一四歳 男性)。

「毎月の少ないお給金の一割固定は辛いです」


 騎士Bさん(一七歳 女性)

「そもそも我が騎士団の『つみたてきん』の総額がわかりません」


 その言葉を聞いた『はなみずき』は冷や汗を垂らしだした。まさか『はなみずき』は国庫にブチ込んだまま謎の収入扱いにしていないだろうな。



 騎士Cさん(三〇歳 男性)

「地方詰めの騎士も最前線の騎士も同じ一割は辛いですね。地方詰めの騎士からすれば危険な目に遭う確率は低いのに多額の負担を強いられますし、最前線の騎士からすれば早死にのリスクを抱えながら地方詰めの騎士の為の治療費を払わされるようなものです」


 騎士Dさん(三四歳 男性 幹部)

「二割は純粋に痛い。この年になると危険な任務も減る。何とか減額できないか」


 騎士Eさん(三〇歳 女性 上級騎士 既婚者)

「減額をしろとは申しませんが、死亡保障を手厚くしてほしいのですが。一人でも生きられるであろう夫にはびた一文やらなくて結構ですが、子供を遺して死ぬのは不安です」


 騎士Fさん(18歳 女性)

「そもそも治癒額は一定なのに死亡や負傷での引退が普通である騎士団において加入時期から換算した負担額に大きな違いが出るのは如何なものでしょうか。父は幸運にも長生きしました。

 確かに感謝すべきことですが、せめて危険な任務を少しは減らしてください」



 ……お前ら、ホントに皇女様相手に忌憚なしに話すな。ある意味凄いぞ。



「まとめると。貴様らの意見はこうだな!? 『負担額を減らせ。保障は増やせ』……通るかッ?!」


 ははは……確かに。こうして考えると保険屋は大変だな。マジで。


「そもそも積立金総額を教えてくださいませ。『はなみずき』様ッ」

「義務ではなく、希望制にならないでしょうかッ」


 どこまで不敬なんだよ。というか、不満たまってたんだなぁ。


「せめて危険な任務が多く、お給金も安い若いうちは負担額を減らしてください」

「バカを言うなッ その分我々の給金が恐ろしく下がるじゃないかっ」


『はなみずき』の頬がピクピク動いている。相当怒っている。


「そもそも負担額を減らすのはどうでしょうか」

「そうなると支払額が減るぞ」


 そーなるね。


「じゃ、年ごとに固定額を全員から徴収して、その年の負傷者や死亡者に分担で」



 お前らさすが『はなみずき』直属の騎士だけあって賢いな。『俺』考え付かんわ。


「戦乱とまではいかないが災害が起きたらものすごく受取額が減るぞ」


 こういう物事に等価交換な考え、できる人は意外とすくないものだ。


「身分や出身を問わず、優秀な人材を各層や各職業から引き抜いたからな」


 少し誇らしげな『はなみずき』。なんでも『ジテンシャ』に乗れるならば馬に乗る必要が無いので訓練は他国よりずっと簡易で済むらしい。


 だが。といいつつ『はなみずき』は肩を落とした。


「そもそもこの世界では名も知れぬ完全な他人同士の相互補助制度である保険を確立できる素地が無いのだ」


 家族同然の『はなみずき』の騎士たちでさえこの始末だ。民は絶対納得しない。

 どっかな世界にいる頭がハッピーな人間の真似をして相互補助を謳いながら全裸でスラムに入ってみればどういう目に遭うか考えればすぐにわかる。

 そもそも乞食か泥棒か強盗か身体を売る以外の生活手段を知らない人間もまだまだ多くいる。



「それでも、なんとかしたいのだが」

 ああだこうだと文句を言い合う騎士団を眺めながら『はなみずき』は小さく肩を落として見せた。


 最近盗まれにくくなったことと、暴落したおかげで見向きもされなくなった白い花がお店の軒先でふわりと揺れていた。



 興奮のあまり怒りの矛先が『はなみずき』からそれてしまい、相争う騎士団を他所にぼくと『はなみずき』、子供たちは店の軒先で花を弄る。


「花いじりをお前がやるなど考えられないな」

「子供たちのほうが詳しい……あと、何故かこの花は大事だった気がするんだ」


 なぜだろう。『花咲く都』が流行らせた花なのに。まぁ花には関係ないし、花はただ咲くのみだからかな。


 それとも、きっと大事だった子供たちが託してくれたから……何を考えているのだろう。我ながら妄想激しいな。


「私は皇女らしからぬ蓮っ葉だからな」


『はなみずき』は自分の手が泥で汚れるのを気にかけず、素手でナメクジをすくって花を手入れする。



「皇女様。みみず」「食べるのか。『つきかげ』」「たべませんっ!」


 いつもなんでも食べようとするからだ。


「花、喜んでいる」


 わかるのか『かげゆり』。


「あの子たちのほうがよくわかるけど、少しは」


 うん? あれ? なんか……。喉元まで……。


「いい香りだ」


 ふわりと喉までやさしくなる香りは魔毒を含んでいたとは思え……魔毒? 何それ。


「しかし、コストのかかる騎士団の給与カットの口実が真面目に議論されるとは」


 元はと言えば君が悪い。『はなみずき』。


「このままでは膨大な給金額を再計算せねばならない」


 そういえばこの世界、書類作成が三〇〇年遅れることもあるのだったっけ。紙がないから口頭や個人の記憶力が重要だし。



「騎士団とは何のためにあるのだろうか」


 あなた団長だろ。お姫様。くだけた笑みを浮かべながら土弄りする姿からはお姫様とは確かに欠片も思えないが。


「魔法が使えない。姉上たちが使える魔法が使えない。私だけが使えない」

「……」


 自嘲する言葉に反して表情は明るく、それでいて固い。


「剣を納め、学問を納め、馬術に励み、騎士の道を進んだがこの世から戦乱がなくなることはない。この世から災害が消えることもない」


 うん。災害や戦乱は皇女さまといえ個人の力だけでは如何ともしがたい。


「私は魔法が使えないから無力だと思っていた。

 しかし大きな間違いだとすぐに理解できた。私より無力で貧しく浅ましく悲しい者はいくらでもいる。

 魔法が使えて、剣に優れていても悲しい人間はいくらでもいる」


 ぽんぽんと鉢を植え替える皇女様は本当に高貴な方には見えない。



「もし、戦乱も災害もない世界があったなら、騎士はいらないかもとあなたは感じますか」


 ぼくの疑問に彼女は苦笑い。


「思わないな。夢物語や理想は持つべきだが、夢に溺れるほど子供ではない……できた」


 彼女は花を植え替えて微笑む。


「軍とは、国家とは『保険』だ。人は必ず過ちを犯す。自然は自然故に奔放だ。故に備えねばならない」


 微力でも誰かを守り守れる喜びを捨てる気はない。そうつぶやくと彼女は小さな花を抱えて微笑んだ。


 軍隊や警察は国家を守り治安を守る『保険』か。言い得て妙で確かに慧眼だ。

 それは夫婦のように共に砕けるその日まで。なのかもしれない。



 後日。


「旦那が帰ってこない。浮気に違いない」


 彼女の夫であるウインド氏は郵便騎士業務に旅立って今だ帰ってこない。



 もげろ三三歳とぼやく少女騎士『むらくも』。もげろの意味わかっているのかなぁ。街道が整備された今ならば自転車で走って行ってそれほど時間がかかるわけでもないのにウインド氏が帰還しない。


「整備不良だ。途中でパンクしたに違いない。謝罪と賠償を要求する」


 実際、自転車というものは修理より整備、整備より点検が重要だ。最近疎かになっているのは否めない。『前は妙に楽だった』気がするんだが、なぜだろう。


 御年十四歳の彼女は恐ろしく毒舌で『はなみずき』相手でも物おじしない。「いつ首を跳ねられても問題ない」というのが彼女の口癖なので致し方ないが。


「本当に首を跳ねられてもいいのか。彼に会えないぞ」


 彼女の悪態をまるで友達か可愛い年下の妹相手に聞き流す『はなみずき』が意地悪く少女騎士に向けて笑うと彼女はツンと顔を反らした。


「しかし、お姫様。アンタ事務局長やったり皇女やったり、騎士団長やったり多忙なのに今だここのシフトに入っているけど」


 外れてもいいのに。

 そう指摘すると半眼でにらまれた。



「珍しく今日はお客様が来ないな」


 あんた皇女だろ。えらいのに。

 花を二人で飾りなおしながら軒先に座ってお客さんを待つ少女たち。


 ぼくは粘土板に日報を刻む。別の日報には破損した自転車の情報などなど。あとで『かげゆり』がまとめてくれる。


 その『かげゆり』と『つきかげ』だが、耳をぱたぱたさせながら街に遊びにいってしまった。


 見た目が魔族と半分犬「おおかみ」なので恐れられたりするし、悪い時は迫害する者も少なからずいる二人だが、少なくとも知り合いでそういうやつはいない。



「……あ、以前の保険の話ですが皇女様」


「なんだ『むらくも』」

 花の香りを楽しみながら伸びをする『はなみずき』に苛々とした仕草の彼女。

「サクッと彼を殺して多額の保険金を受け取り、再婚するプランを立ててみたのですが」


「ああ。その懸念があるから販売は見送った話だな。以前の花騒動もある」



 その言葉を聞いて彼女は文句を垂れる。


「あれは酷かったですよ。少ないお給金をつぎ込んだのに」


「賭け事は良くないとその歳で学べたではないか」


 ほんと。気さくな皇女様だな。

 あ。スタンドがタイヤに当たっている。ヘタレると直すのが面倒だよな。ちょっと外してたたくか。


 パンパンとハンマーでスタンドをたたくぼく。

 スタンドを付け直す際、チェーンが緩んでいるのに気が付いたのでそちらも治す。

 あと後ろブレーキのワイヤも緩んでいたっけ。ワイヤってなんとかならないかなぁ。ならんだろうなぁ。


 あ。喉乾いた。珈琲もいいけどたまには緑茶が飲みたい。……こう、ほどほどに熱くて、口の中に苦みと甘みが広がって、喉と鼻にあの香りが。


 ……あれ? 前飲んだ気がする。


 パンクを直すゴムパッチはもうない。

 シンナーが混じったゴムノリなどこの世界では手に入る余地はないしな。

 というか、『つきかげ』が嗅いで昏倒していた。刺激が強いらしい。



「正直な話ですが」


「なんでも言え。お前を拾った時から私はお前の姉のようなものだ」

「首を跳ねられるのは怖いです。皇女さま」


「そうか。それでいい。それでもいい。『むらくも』」


 魔道具でゆっくりとゴムをくっつけていく。

 エアコンプレッサーもいい加減古い。子供たちが時々発電機を動かしてくれるがこちらも耐用年数を過ぎている。

 面倒だが予備の空気入れでシャコシャコと膨らませていく。

 いくら街道整備されているとはいえ、ファンタジーの悪路ではタイヤの損傷がひどい。

 ゴミも落ちているしトゲもある。路上に放置すればタイヤにイタズラなんてぬるいほうだ。


「でも、騎士団に入って変わったんです」


「ほう」

「家族ってなんだろうとか思うようになりました。別れの辛さも知りました」


 ああ。この自転車、ハンドルゆがんでいるな。

 魔道具でなんとかならんのだろうか。『構造解析』っと……。



「死んで持っていなかった財産を残すより、私は生きて誰かを守りたいです」


「皆そう思う。騎士団に入る時に誓っただろう」



 ……おし。治った。

 次はベルっと。これ治すのは簡単だけど資材が無いんだよな。

 ライトに至ってはお手上げに近い。豆電球を盗まれたりしたらたまらん。

 確か発熱させると光るダンビュライト製の魔道具があったな。あれをなんとかできんかな。


「エルフのお姉さんが言っていました。皆死ぬのにくだらないと」


 ……「『かんもりのみこ』らしいな」



 おおっ いい感じで回るぞ。

 これをタイヤに設置して……いかん。このままだとタイヤが劣化する。なんとかできんかな。


「『保険の話』って絵本面白かったです」


「文字が読めるといろいろ解るな。異世界の学者もより良き世にしようと苦労しているようだ」



「年輩騎士は病気。若者は怪我で保険の種類を分けようとかいろいろ決めて」


「あのエルフの提案は痛快だった」

「『保険』、売れているみたいですよ」


「ワイズマンの奴、『貧民窟が宝の山に見える』と抜かしていたな」

「保険のあの追加項目、よかったですよね」


「未然に防げば騎士としての恩賞とは別枠の褒美のアレか。あれは合理的だ。死亡保障を安くできた」



 おっし。あと調子の悪くなりそうな自転車はないかなぁ。

 これ、タイヤの横が割れだしているわ。ちょっとハネておくか。



 ちりん。ちりん。



「あ。彼が返ってきた」

「ちゃんと帰ってくるとヤツは言っていただろう」


「あ。心配していたとか言っちゃだめですよ。皇女様。いっぱい苛めてやるんだから」



 不機嫌そうな顔を遠くのウインド氏に向け、それでいてこちらには微笑みに見える微妙な顔芸を見せる皇女さまは若妻の背を夫に悟られぬように軽く叩いて激励をした。


「理解している。仲良くやれ」



 ……おっと、この自転車はライトが暗めだな。

 新型の『ライト』と交換しておこう。


「遅い! 何処をほっついていたッ!」

「冬に備えて人手が少し欲しいと村長が言うのでな。いい子にしてたか」


「お土産はどうしたのッ」

「ない。『鉄鉱石』に教わった水車を作ってやったら喜ばれた。引退したら妻と来いとは言われたが」



 キーキー夫婦喧嘩する二人に『はなみずき』は急にくぎを刺した。


「まだ引退はさせんぞ」

「理解しております」


「お花咲いたよ! すごいでしょ!」

「お前、その花見たくもないとか言ってなかったか」



 おお。資材倉庫を漁っていたらラーメンが出てきた。コレ食えるかな……。


 後日。ぼくは腹痛に苦しんでいた。

 いやまじこれはらいたいどうしようはきけするやばいやばいしぬかもだめこれ。


「お前にも『保険』が必要だな。手厚く」

「騎士団の皆様と君だけで充分です」


 十年物のインスタントラーメンを異世界で食うには、ちょっと内包の液体スープが古すぎた。正直反省している。


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