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誰が為に

【前書き】

 スクウェア・エニックス社のMMO、ファイナルファンタジー11(※略称FF11)ではカニに酷似したモンスターをその形状から日本人ユーザーは『為』と呼ぶ。

(具体例)

 だが我々は愛の為 戦い忘れた人の為


 だが我々は愛の     い忘れた人の為

 為 Σ戦



 だが我々は愛の     い忘れた人の為

 三為  三戦


 為三   為三      為三

 為三  為三   為為三

 為三    為三  為三

 為三 為為為三

 為三    戦三           為三  為為三為三  為三

 為三   為三 為三   為為三

 為三  為為三 為三

 為三       為三 為為三

 為三  為三


 ※ 戦士とカニが出会い、周囲を巻き込みながらデスチェイスを行う様子を描いた秀逸な図 作者不明



 仮想人格:「成田賢の12枚目、並びにこおろぎ'73のシングルでアニメ『サイボーグ009』のメインテーマではないのですか。

 鴉野:かもしれない。



【本文】


「またか」


 騎士団の一人が差し出した小さな手紙を見た『はなみずき』は悲しそうな表情を浮かべた。


「どうしたの?」

「……どうした」


 ふわふわのしっぽを不安そうに左右に揺らしながら犬娘が問いかけ「おおかみ」、魔族の娘が聞き耳を立てる。


「いや、毎年のことだ。気にしないでくれ」


 震える『はなみずき』の指先は珈琲を入れたカップに伸びるが軽く空振りする。

 ふわふわと優しい香りを放つ湯気の主であるカップはぼくの左手に収まっている。


「なにをする。無礼だぞ」



「どったの? あれなら相談に乗るけど」

「どうしようもない案件だ。お前は気に病むな」


 三時の閉店を迎え、いつもの珈琲休憩だが昨今は夜中に出歩く人間が増えてしまい、夜まで営業を続けることが増えてきている。


「今年も村が滅んだ。毎年のことだ。洪水による崖崩れ。餓鬼族の襲撃。冬の襲来。地震や津波。例を挙げればきりがない」


 まぁ魔物がいて科学の発展していない世界だしなぁ。というか、それだと税収が見込めなくなるから小国の『悠久の風』には痛い話だろう。


「都市でも今年は二度ほど危険な火事が起きている」


 そういえばこの間豪快に燃えていたな。


「いつぞやのように研究を禁止したはずの糞尿爆弾を爆裂させたバカもいる」


 ……ソ、ソンナコトモアッタカナ。


 硝石は何かと便利だと思うぞ。


 ドイツじゃ空気からパンと火薬を作るとか言われたらしいじゃないか。



「思い思いに自らの家を勝手に道路に建てるので徴税もままならん。公園とやらの設置もうまくいかんな」


 計画的に区画整理する邪魔にもなるそうだ。


「何かいい手はないものか」


『はなみずき』はぼやきつつ、ぼくから大昔に取り上げたはずの古ぼけた冊子を眺めていた。

 何人かで回し読みしてさらに読み込んだと思しき冊子はボロボロになっていて、いつ破れてもおかしくないほどだ。目があった。あ、しまった。引っかかった。



「ところで、この『商品』についての解説をしてほしくて今日は来たのだが。なんだこれは」


 彼女が差し出してきたのは『生命保険』『地震保険』と書かれた書類だった。

 今までの一連のやりとりは完全なブラフだったらしい。


「『相談に乗る』。確かに言質をとったぞ?」


 珈琲を片手に艶やかに。勝ち誇るように笑う彼女にぼくは肩を落として見せた。

 ところで『俺』は暴走族で『ぼく』は貸し自転車屋だ。そういった話題は専門外だ。



「何度でも言うが、ぼくは貸し自転車屋であって、保険屋や政治家や銀行主じゃないぞ」

「え? 銀行業務辞めていいの? やった」


 隣でぴょこんと長くて尖った耳を立ててガッツポーズをとってみせる魔族娘に冷や汗タラり。


「お前が貸し自転車屋だろうが夫だろうが公爵だろうが別段私には『今更』大したことではないが、私の知り合いに異世界から来た珍奇な存在はお前しかいない」


 そして王国のためになることなら異世界の危険な知識でもなんでも使うと『はなみずき』。

 その雑談だか国家の命運を図る話だか分からぬ会話の合間にも自転車に乗ったお客さんはガンガン入ってくる。


「いらっしゃいませっ!?」

「お疲れ様ですッ!!」


「この自転車、スタンド上がらないぞッ」

「ああ。スタンドがつがつ地面にたたきつけたらヘタれるんだよなぁ……直しておきます」


「ブレーキ切れた」

「うわっ?! 鉄のワイヤーとかこの世界じゃ魔法でもないと治せないぞッ!? なんてことしてくれたんだよ!」



 あわふたと接客を行うぼくらを尻目に、彼女、『はなみずき』の視線はむかーし保険屋が持ち込んだ『地震保険』や『生命保険』『がん保険』などの契約内容にくぎ付け。


「実は長年この制度を研究していたのだ」


 していたのか。侮れん娘だ。あと手伝ってほしい。皇女様にはいえんが。


「様々な事情により導入を何度も検討したものの父との相談により廃案にせざるを得なかった。やはりお前の知見が必要だ」


 『はなみずき』曰く。


「私の切実な願いは民が笑って過ごせる夢の国だ。子供じみた理想でどうしようもないがな」


 まぁ事務局長を嫌がりながらもやっているしな。

 彼女に付き合う暇もないぼくは機械油(※スプレー缶がないので塗るのに一苦労)代用品である盗賊ギルド特製油を刺すために油瓶を手に取って作業をする。


「この『保険』をそのまま適用すれば、保険金目当てに親族を殺し、地震や火災、戦乱時に放火や破壊、略奪を行う愚か者を止める手立てがなくなると思うのだが貴様の世界ではどうなのだ」



 ぼくの手が止まった。実に彼女はまっとうな考えをする。異世界の人間は『知らない』ことはあっても生存に必要な『知恵がない』ことは絶対にない。いや全ての生き物に適用できる考えであろう。


 少なからず彼女が予想することは起こりうる。

 ヤクザじみた奴らとその手の話は時々ネタになるし。


 直接は関係ないが阪神大震災前の火災保険だと地震などの天災による火災はカバーしていなかったから後から揉めたとか大いにある。


「この実態がないのに『商品』と名付けられた契約……品物といっていいものか悩む存在だが。

 要するに毎月分割しているとはいえ定期的に少額を必要として結果多額の金を毎月自分の負けにつぎ込む賭け事に似ているな」

 あながち間違っていないな。

「確かに、そういうやつらはいるね。そのために保険会社は調査機関を持っている……いらっしゃいませッ」


 どんどん修羅場になっていく。なんで閉店時間になってこんなに忙しいのだ。


「おみせ。閉められない」


『つきかげ』が休憩が終わっても押し寄せるお客さんたちにふわふわのサンカクの耳を揺らして涙目。



「なぜって。三国でジテンシャは需要拡大している」


 珍しくはっきりしゃべる『かげゆり』。


「もともとは保険は長期輸送する奴隷の損失補てんに作られた制度らしいけど……いらっしゃい!」


「お疲れ様です。お気をつけて……そうなのか。確かに奴隷商どもにはいい制度だな」


 ここで重要なのはあくまで奴隷は『商品』であって『人間』ではないということなのだが。海上貨物保険に近い存在だったといえると思う。


「将来的には整備されて、国民の1/3は加入している状態になったそうだぞ」


「ほう……ところでこのチェーンはダメだ。本当の整備を見せてやろう」

「アンタはどこの料理評論家だ。お姫様」



 閉店時間を大幅にオーバーし、なんとか最後のお客様を追い出すように送り出したのは日もとっぷり沈んでからだった。

 ふわふわのしっぽと耳をパタンと垂らして女の子座りする『つきかげ』。真っ黒な耳を垂らして背中で寄り添う『かげゆり』。本当にお前ら仲がいいな。



「仲良くない」

「ゆり。ひどい」


 くたくたと『つきかげ』がぼやき、『かげゆり』に至っては返事もしない。


「よくがんばったな。今日はこれで上がろう」


 ぼくはとっておきの珈琲を淹れながら、泡を食うように城に戻っていったこの場にいない乙女につぶやく。


「大切な人のために自分の負けにつぎ込むなんて、美しいじゃないか。皇女さま」


 ふわふわと湯気が立ち込めて、香りが喉と舌をほぐしていく。


「みゅ」「もみゅ」


 物思いにふけるぼくを尻目に子供たちは相変わらずだらしない。


「お前ら。下着見えているぞ」

「みせているも~ん!」

「襲っていい……」


 銀の輝きを放つ星々がお店を照らして、今日の営業はおしまい。


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