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ファンタジー世界de『貸し自転車屋さん』始めました  作者: 鴉野 兄貴
第十八章 子供たちを責めないで
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『神の刃』(オリハブレード)

 銃もなく密告制度もない世界で子供を大人が怖がる理由が全く理解できないのはさておきだ。大人がアレで子供の見本になれないのはどこの世界でもあり得る。

 基本的にうちのお店ではギルドカードではなく割符を使うことは以前述べた。



 まず、金というのは裏社会でも流通するものだが裏社会の人間だって堅気の仕事をしていないわけではない。堅気に迷惑をあまりかけないなら貸してやろうという考えである。


 だって『俺』、もともと暴走族だもん。文句ある?


「『狂犬』~~! 今日こそ勝負だっ!!」


 鉄の剣を手に店の前で騒ぐ男たち。以前うちに放火を行い、都市内部での放火の罪で縛り首や斬首のところ、鍛冶屋の手伝いで剣を打ち続けることで免れたという連中である。


 最近は剣を打つこととぼくに勝負を挑むこと以外にこれといって悪いことはしなくなった。


 本人たちが言うには街で悪事するほど閑ではなくなったらしい。

 良い傾向としたいが毎週勝負に来るのはお客さんたちが普通にビビるので辞めてほしい。



 昔と比べて大きな通りのぼくのお店の前に、何人もの男たちが剣をもって並ぶ姿はなかなか壮観だ。うちは貸し自転車屋であってヤクザの事務所ではない。やめんか。


「また来たのかお前ら」


 元山賊のエースは酒瓶片手にあきれ顔。


「『罪人の剣』はこの国一番の高品質な鉄剣だっ」


 繰り返すが、この世界の鉄の剣は恐ろしく品質が悪い。はい終了。今日も戦闘描写なしの安定っぷり。


「今日こそ勝てると思ったのに」


 肩を落としてガックリとしている彼らに「余興にもならないな」とエースは冷たい。


 まぁまぁ。お前ら。ぶぶ漬けでも食ってけよ。


 この世界の『お茶』は非常に値が張るものらしいが、何故かアルダスたちが大量に持っていた。


 茶碗に注がれる深く、懐かしい緑の色合い。鼻から喉を突き抜ける故郷の香り。そして苦いうま味。


「お前泣いているの? 『狂犬』」



 海藻と魚の塩漬けで味付けした茶漬けを食いながら問う彼ら。うっさい。


「茶、そしてこの『チャヅケ』はこいつの故郷の味らしいぜ。よくわからんが」

「そうか。緑の変なスープと麦もどきが入っているから毒かと思ったが。……いいもんを貰えたみたいだな。ありがとうよ」


 最高の歓待を受けたかのように多大な誤解を招いたらしいが、ぼくはそれどころじゃない。ああ。お茶漬け旨い。


「おちゃ。おいしいのの」「ねぇ」「むみゅ」


 何故か正座の子供たち。相変わらずうちの店の軒先は変な連中が集いやすい。


「『狂犬』。実は毎度の勝負は二の次で、今日は別の用事で来たんだがちょっとこれを見てくれ」


 なんだろ。彼が差し出すは一輪の可憐な花。


「極悪な容姿の元野党兼放火犯には似合わないな」

「ばか。違う」


 何故かキズだらけの顔を赤くしてみせると彼は鼻を押さえながら告げる。



「絶対匂いは嗅ぐなよ。保障できん」


 やさしい白い花弁に鮮やかな緑。どこからか甘い香りがする。強烈な眠気がしなくもない

 。

「最近流行っている麻薬の原料らしい。お前の顧客名簿を見せろと盗賊ギルドから通達が来ている」


「ほう。つまり、ギルドと関係ないといいたいわけか」

「ああ。どうも他国の連中が関わっているらしい」


 昔取った杵柄なのかエースも身を乗り出してくる。


「しかし三国が事実上の同盟を組んでいる今にか」


 友好国でも暗闘というのは普通にあり得る。それゆえの友好だしなぁ。


「お前の店を張れば、大抵の流通は抑えることができるからな。俺たち。そして盗賊ギルドに協力を要請する。ギルドのメンツ的に、お前の『女房』に先を越されるわけにはいかない」と告げる彼にぼくは呆れる。


「その麻薬製造現場を抑えられたら困るってか」

「誤解あるようだが、ギルドは麻薬の売買を『現在は』禁止している」


 ほう? 殊勝な心がけだな。



「以前は麻薬を売買したり、子供に配らせていたが、

 魔族娘と犬娘を連れた自称『謎の覆面男』が自転車で乗り込んできて壊滅的被害を受けたからな」


 小声で告げる彼。

 へぇ。ソンナ スゲーヤツ ガ コノ世ニハ イルンダナァ。


 麻薬が莫大な富をもたらすのは流通あってのこと。

 その伝播にぼくの自転車が使われている可能性は否定できない。だから、その『親切な覆面さん』は正義のために頑張ったのかもシレナイネ。タブン……。


「おおかみ」


 店内でぼくに代わり接客していた娘は小声で抗議した。



 王国金貨一枚の補償金で買える代物ではないとされるぼくのお店の自転車だが、元の世界では一万円ごときで買える。

 しかしかつて『はなみずき』が述べたが、この世界では立派な『宝物』である。


 その性能は襤褸自転車ボロとはいえ通常の速度の二倍で人間を走らせ、通常の四倍以上の距離を毎日通行に使うことができる。



 初期投資として店回りの土地を買い占め、道路を石畳にしたのも幸いし、『悠久の風』国内であれば文字通り「あっという間」に人々の交通や流通を可能になった。


 反面、柵の除去により治安は一時悪化。


 学もなく仕事というもののやり方も知らず、奪うことと物乞いして身体を売るしか知らない借金漬けの連中を多く世に放つことになったが、長い活動の成果もあって沈静化し、物品が様々な階層を行きかうことで新たな文化や音楽、食事が誕生した。


 これほどのシステムと道具があれば、せめて道具だけでも奪おうとか売ろうと考えるのは人情である。


 かつてのワイズマンじゃないが。そのワイズマン伯爵だが。



「また自転車の数が合わない」


 ぼくが告げると彼はニヤリと笑って「例の『子供たち』が乗っていったぞ」と告げる。あの三人、最近入りびたりで本を読んでいたりこっそり隠していたDVDを観たりしているのだよな。

 耐久年数が過ぎていたりそもそも電源がないはずなのになぜか動作するのが謎だが。



「妖精の加護だな」


 なにそれ? ぼくが目をぱちくりさせていると彼は苦笑いした。


「それより、聞いたぞ」


 例の花のことを告げる彼。



 子供は生活能力がない。魔物のいる世界において子供は戦力にならない。

 子供は知識がない。子供は技術がない。子供は強いものに従うしか生きるすべがない。

 子供は、大人の都合で捨てられ、売られていく。



「山奥の村。そこに花畑がある。そこで子供たちが生活している」



 その修道院(ぼくの世界の感覚では『修道院』が一番近い)が運営する花園は恵まれない子供たちに楽しい遊びと音楽を提供し、勉学を教え、病気を治してくれるというが。「実態は違う」ワイズマンは真剣につぶやく。

 王国一の資産家の一族である彼は裏社会の稼ぎもある程度通じている。



「貧しい貧農の子供を買い取り、あるいは女衒ぜげんに売られる乙女を買い取って救い、行き場をなくした老人を家族に代わって養うという。しかし、実態は薬物の実験台だ」


 あの花は女性や子供には魔法的な力の都合で効果が薄いらしい。それでもあの花の香りを常に吸い続けることにより子供たちは軽い麻薬中毒にかかり、村から出ることができなくなる。


「そして、麻薬となって三国を覆うということか」

「その通り」


 嫌な汗が背中から流れる。喰いしばった歯からは苦い血の味がした。


「ジテンシャを貸してくれるか? 少々荒事に使うができたらたくさん欲しい」

「何なりと」



 ぼくは子供たち三人と『はなみずき』、『かげゆり』と『つきかげ』、そしてぼくが昼夜問わずに整備しきった自転車を出して見せた。


「黒幕はわかるか」

「おそらく。しかし決定的な証拠が足りない。尻尾をつかむためには攻め込むしかない」



「緊急時と災害時はタダで貸すことにしている。存分に頼む」



 ぼくが頭を下げると彼は微笑んでくれた。


『店主不在』


 朝もやのかかるお店の先に木でできた札を下げると、ぼくたちは静かに自転車を走らせて旅立った。



 山地を自転車により強襲をかけ、一気に殲滅をする。その後、麻薬になる花は全て焼き払う。少数精鋭による作戦は想像以上にうまく行った。いや、うまく行きすぎた。


 気が付けば囲まれていた。

 そしてぼくらは孤立しつつある。


「生きているかッ ワイズマンッ?!」


『俺』はガスマスク越しに叫ぶ。


「なんとかな」


 ワイズマンは震える指を振るい光の矢を幾重も生み出し血の花を咲かせる。



「この野郎ッ」


 鉄木の木刀で兜ごと新手を吹き飛ばした『俺』はワイズマンの詠唱を妨害しようとする剣士に突きを、薙ぎ払いをかまして蹴りを放つ。


 悲鳴と自らの血の味。疲労は極限で自分の舌も麻痺しつつある。何より匂い対策を行っていたはずなのに。


「新型の麻薬とか聞いていないぞ!」

「情報不足は申し訳ない。そしてもはやここまでのようだな」


 ネタでむかし買っていた『ガスマスク』がない奴はばたばたと倒れていた。特に鼻の利く『つきかげ』には覿面に効いた。

 奇襲は成功したかに見えたが『花』の効果は高く、匂いだけでも『つきかげ』は倒れてしまった。更に敵は。


 女がいる。半裸のあばらの浮いた胸の前に無骨な剣。子供たちがいる。小さな棒に刃物を付けた粗末な槍には汚物が塗ってあり。


 ぼくらは徐々に追い込まれていく。ワイズマンは『眠りの雲』を再度放つが、全く利かないらしい。


「女子供には手を出せないな」



「あの麻薬を吸うやつには魔法の『雲』すら無効だなんて聞いていないぞ」

「このままでは『花咲く都』の陰謀を『はなみずき』に伝えられずに死ぬぞ」


 折角強襲の折に証拠を掴んだのにそれは避けたい。


 殺るしかないか。


 ぼくは鉄木の木刀を握りしめ、自らの手のひらのぬめりを握りしめる。血豆の潰れた手は汗か血だかわからない感触を返してくる。


 短剣を、剣を手にゆっくりと迫る女子供を盾にして勝ち誇る敵に一矢報いるためには。


 ぼくは鉄木の木刀を構え、ワイズマンは最強の雷の呪文を唱えだす。


 こんな手で『はなみずき』に会えるのだろうか。あの少女の涙を瞳のうちに隠す娘に。剣を握りしめて殺到する子供や乙女に向けて木刀を振り上げたその時。



『そっと耳を澄ませて 瞳閉じて ♪』


 木刀の動きが少女の頭蓋を叩き割る直前で止まった。ぼくの心臓をえぐろうとした少女や子供たちの短剣も。



『胸の鼓動に手を当てて 思い出すは冬の歌♪』


 澄み渡る笛の音と優しい竪琴の音色、そして甘いギターラが爪弾く調べ。


『雪の寒さに震え 眠れぬ夜は 祖母の歌う昔語りに、心ときめき胸熱く♪』

『春の兆しを前に 空の彼方に消えた君 夏の喜びの前に 秋の風になった貴女♪』


『女衒の手にひかれ、かつて未来誓った君の瞳 ぼくは思い出す あの暑き夏の日を♪』



 『子供の歌声』に虚ろだった乙女や子供の瞳にみるみる生気が宿っていき、ひとすじのしずくとなって流れ落ちた。

 血のぬめりに滑って、ぼくの手からゆっくりと木刀が落ち、ワイズマンの詠唱は彼自身の嗚咽に防がれる。



 甘く切ない音楽と共に、三人の幼児が姿を現す。


「アルダス??!」


 笛を吹く口をそのまま下に。頷いて見せる彼。

 三人の『子供たち』は一様に楽器を放り投げると、一斉に思い思いのポーズをとって叫んだ。



「返信ッ」「変人ッ」「二人とも違うわ。変身っ なのっ!!!」


 容姿は変わらず、相変わらずの小さな子供の姿のまま、彼らはマントを羽織り、小さな短剣や盾、槍やおもちゃの弓を取り出して告げた。


「『子供』を敵に回すと。死ぬよ」


 彼らは艶然と微笑む。


 アルダスは普段の眠そうな顔から一変。

 凛々しくマントを翻すと、白く、白く輝く短剣を抜き放つ。


「リュウェインーーッッ!!!」



 短剣は白い輝きを更に強め、天まで届く刃を形成する。


「ゆっくりお休みいとしい子供たち。

 神の剣を振るう妖精の少年の微笑みを背にして。

 エルフの手に導かれ、神々と精霊の園に旅立て」


 朗々と響く『子供たち』の声にぼくは意識を失った。


 目が覚めると、いつものお店のいつもの休憩室。



 散らかった部屋にはどこから忍び込んだのか『かげゆり』と『つきかげ』。 この二人を見るに、元の世界ではない。今ぼくが住む世界だ。



 頭を振り、何かを思い出そうとする。

 あと三人ほどやかましいのがいたようないなかったような。



 しばし考え、電子時計を見る。衛星修正機能は使えないが太陽電池は生きている。


「起きろ。二人とも。お店開けるぞ」


「今日はいい天気だな」


 お店のシャッターを開けながら久しぶりの陽光に微笑むぼくに『かげゆり』はつぶやいた。


「妖精の加護かも」

「なにそれ。超ウケる」


 『かげゆり』はどこかで聞いた歌を朗々と歌う。



『ゆっくりお休みいとしい子供たち。

 神の剣を振るう妖精の少年の微笑みを背にして♪』



 どこで聴いたのかな。懐かしくて優しい歌。


『 エルフの手に導かれ、優しき夢の神々と精霊の園に旅立て♪

 悪夢は因果律の彼方に散り、君の記憶は夢露となろうとも♪

 ぼくらは忘れぬ君への愛を 永遠の別れとなろうとも♪ 子供たちよ幸せな夢を見よ♪」


 誰かから聞いたような。

 小さな子供たちと遊びながら歌ったような。



「開店します」



 ふわふわのしっぽを振りながら美しく成長した犬娘は「おおかみ」狼娘はシャッターを開く。


 ぼくらの瞳を美しい光が焼き、爽やかな風が憂いを運ぶ。

 燦然と輝く陽光は『かげゆり』が後に教えてくれた伝説にある希望の光を振るうという妖精の少年を想わせた。


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