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ファンタジー世界de『貸し自転車屋さん』始めました  作者: 鴉野 兄貴
第十七章 うんこうんこいぇ~い!
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うんこうんこ~! うんこちんこうんこしっこ しっこうんこいぇ~いっ!

 ぼくは十年近く前にこの世界に貸自転車屋の倉庫と店舗共々異世界に転移した。


 朝もやの中、ぼくはまだ幼さを残す美少女。『はなみずき』と出会い、様々な事件に巻き込まれつつ彼女を助け、彼女によってぼくとぼくのお店は王国公認の店舗として順調なスタートを切ることができた。


 なんだかわからないうちに彼女と彼女の父、国王にぼくとぼくの店が公認されてしまい公爵とか呼ばれているのはご愛嬌である。

 この世界の人々の見解を鵜呑みにするならば、魔力保持量が貴族の身分を決めるこの世界においてぼくの魔力保持量は魔法を一切使えないのに魔導王に次ぐレベルらしい。


 そうして『はなみずき』が連れてきた二人の奴隷、

『かげゆり』と『つきかげ』を養女兼従業員として迎えたぼくは元の世界に戻る方法を思索しつつ、『はなみずき』を助けてこの国、『悠久の風』王国の支えとなることとなった。


 軍事、領土共に弱小国である『悠久の風』の通貨が実質三国共通通貨となり、人々、特にモラルの高めの人々の行動半径が広がり、食文化その他に多大な影響が及んだ。

 人々を悩ますトロールを退治し、橋や道路などの公共事業に改革が生まれた。



 成文法が生まれ、狂犬病が駆逐され、犯罪者更生プログラムが発足。

 銀行に近い業務を行い、お金の安全性が確保され、貯蓄という概念が生まれた。


 郵便騎士の発足により、庶民でも遠くに手紙を安価に届けることができるようになった。

 王立図書館が出来、様々な彫像や絵画が保管され、誰でも閲覧ができるようになった。


 度量衡の統一、各神殿の敵対関係の改善、国際連合に似た機構の設立、街コン、遊園地の設立。



 いろいろあったな。そう思う。


 しかし、そろそろ話さなければならない。

 ぼくがこの世界にきてすぐに直面した大問題。うんこの問題を。



 あの日。開店時間を過ぎていることに気づき、慌ててお店のシャッターを開けたぼくは、周囲の異臭に眉をしかめた。

 一言で言うとウ●コ臭い。腐敗臭までする。喉までやられそうな嫌な香りで舌にまでつく。

 しかし、朝独特の清浄な空気と朝霧……って朝霧にしちゃ濃すぎるッ? コレは濃霧だッ?!



 濃霧を吸いながらお店のシャッターを開けると、普段なら列を作って「さっさと開けろ」と叫んでいるお客さんたちがいない。そんな違和感より先にぼくは「ああ。寒い寒い」と震え、ストーブの電気を入れるほうが先だった。


 電気が入らない。壊れているらしい。まさか。停電じゃないだろうな。


 かしゃん かしゃん かしゃん かしゃん


 変な金属音が遠くから聞こえる。ぼくは寒さに耐えかねてストーブを軽く蹴るが意味がない。



 そして鎧姿の美少女がぼくに話しかけてきた。すべてはそこから始まった。



 ぼくとお店はある日、異世界に飛んだ。


 電気も無ければガスもなく、水道もないそんな世界に。


 電気。これは自転車型発電機や水車型発電機を使えば何とかなる。

 まず使わないが、なんとかできる。最近耐用年数過ぎていて調子が悪いが。



 ガス。これはどーにもならない。一応カセットコンロと缶があったがそうそうにネタ切れをおこし、今では後から増設したカマドを利用している。一応電気調理器もあるけどな。


 そしてカマド調理にはぼくらの世界の調理とちがい各段に技術が必要だし食材も貴重だ。趣味でできるものではない。『つきかげ』や『かげゆり』がいないとえらいことになる。調理は昔の世界においては女子の仕事だったというが、ものすごい労働である。労働を趣味にしてしまうコンロは偉大な発明だ。


 最後に水。

 浄水の杖なるものを『はなみずき』から贈られたのは以前述べた。これを使えば尿やウンコでもきれいな水に化けるし、黄ばんだシャツすらピカピカになる。


 しかしぼくは当初は気にしなかった。

 水は水でも下水、なによりライフラインの問題に。


 目に見える危機は早々に気が付いた。

 電話がかけられない。資材の注文ができない。ゴミを出しても収集車が来ない。インターネットにつながらない。水が出ない。ガスが出ない。電気がない。

 暖房も冷房も使えない。料理ができない。かくも重大なる危機には。


 しかし下水を使えない危機に気づくのは遅れたのだ。



 ――ライフライン (lifeline) とは、元は英語で「命綱」の意味だが、日本ではおもにエネルギー施設、水供給施設、交通施設、情報施設などを指す言葉で、生活に必須なインフラ設備を示す。

 現代社会においては、電気・ガス・水道等の公共公益設備や電話やインターネット等の通信設備、圏内外に各種物品を搬出入する運送や人の移動に用いる鉄道等の物流機関など、都市機能を維持し人々が日常生活を送る上で必須の諸設備のことを指す。(ウィキペディア日本語版より)――



 転移したのはぼくとお店、居住エリアを含むお店の倉庫だけであり、異世界に行っても電線やガスは使えるならばよかったがそんな都合よくいかない。

 後で穴をほって確認してみたが、水道のパイプもガス管もバターを暖かいナイフで切るよりもきれいな切り口によってある一定のエリアを境にスッパリと切れていた。


 だが、アレ。

 簡単に言うと水洗トイレというやつは水を上から流せば一応流れてくれたので気づかなかった。

 簡潔に述べる。下水は店の地下の汚水槽にいったん入る。そして下水のパイプは途中で切れ、地面の途中にくっついている。

 この状態で水を流し続けていれば。どうなるか。

 その日は雨の日だった。この世界では珍しい。



「ごしゅじんさま~~!!」


 幼い声が響く。まだここに来て間もない犬娘の「おおかみっ!」『つきかげ』である。

 当時はまだ幼女だった。


「……! !」


 無口な彼女には珍しく表情に出るほど慌てふためく『かげゆり』。深夜まで仕事やら泥棒対策に追われていたぼくはもう少し寝ていたかったのだが。


「……」「……」「……」


 三人そろって絶句。

 お店は逆流した下水でウンコまみれになっていた。

 ぼくたちがこの下水問題を完全に解決するまで、数年の時を必要とする。



 下水問題をある程度解決できたある年の事。

 ぼくは公爵とか呼ばれる地位と儲けた金を利用し、郊外に小さな畑を作っていたのだが。


 棄てられる汚水に過ぎないウンコやシッコで農作物を育てる! 大豊作! 大儲け!


 の、はずだったのだ。



「あれ? おかしいな」

「だから壊滅するといったでしょう。公爵様や」


 なろうファンタジーでは大豊作! のはずなのに。おかしい。……見事に僕の畑は冷害とウンコの『毒』(※農家のおっちゃん曰く)により壊滅していた。


 農家のおっちゃんにめっちゃ叱られるぼく。


 この世界では人間のウンコは凍る。発酵して初めて肥料になることを経験で知るのは当面先であった。ぼくは人糞とか犬の糞などなどは食事内容も異なれば消化器官の構造も異なり、結果的に成分や酸性値なども異なるなどといった知識もない。適当に石灰撒けば大豊作という素人知識も壊滅の基となった。石灰は肥料ではない。これも知らなかった。


 日本は高温多湿だもんな。肥溜めに入れておけば勝手に発酵しヘタすれば発火する。しかし寒冷なこの国においてそういった事象はおこらない。うんこはウンコのままだ。汚水として河川を汚すだけだ。


 そもそもこの世界。


 肥料ならば豚の糞や鶏糞で事足りる。人糞、犬などの屎尿しにょうは塩分過多でそのまま植物にかけると有害なのである。通りでガキの頃立ち木に立小便していると叱られたわけだ。



 そうして現代人であるぼくは、否応なしにウンコを回収させる習慣を普及させ、ビジネスとして成立させるシステムを貸自転車業の傍ら試行錯誤することになったのである。



 理由? 臭いんだよ。この世界。

 しかも現代日本人であるぼくはあっさり病気になる。

 毎回魔法で治しているわけにもいかない。死活問題として衛生条件を改善せねばならない。



 そしてこの概念を異世界人に説明せねばならない。幸い翻訳魔法は細かなニュアンスの違いを直接相手の脳に再現できるようだ。つまりぼくとのかかわりが強く実際に権力者である『はなみずき』に説明を丸投げになる。

「腐った落ち葉が肥料になるのはエルフの恵みとして知っているが」


 毎回こんな感じだから彼女がぼやくのは仕方がない。


「糞尿を肥料にしようとするキチガイは時々現れるんだ。まぁ結果は見ての通りだが」


 当時は知り合ったばかりのガウルもぼやく。


「おっかしいなぁ」



 首をひねって悩むぼく以上に異世界人二人の悩みは大きい。ぼくは二人に投げっぱなしだし。


「下水の普及が伝染病を防ぐという貴様の妄言についてはさておきだ」


『はなみずき』が苦笑した。


「素人が農業に口を出すべきではない。私も領内のワインの作り方、毎年の味の批評には口を出さないことにしている」

「うーん」


 この時のどうしようもない試行錯誤や研究失敗の数々の記録が数百年後ある学者の手に渡り、失敗談を参考として実を結ぶこととなることをぼくたちは知らない。


「じゃ、じゃ、『はなみずき』! 例のウンコで豚を育てる案及び彼らに街の衛生を担ってもらう案だが」


「豚が病気になったじゃないかっ?!」


 うーん。困ったなぁ。あと豚もうんこをするし新鮮なウンコでないと豚も食べない。そういえば野良犬が人糞を喜んで食べるのを見たが、新鮮なものでなくば彼らも食べない。元の世界では信じられないが『犬も食わない』の真の意味をここにきて理解した。



 繰り返すが、ぼくにとって農業は専門外である。カネとコネと知識があり、異世界の知識をどん欲に取り入れ、書籍や物品を泥棒してでも手に入れる皇女が協力してくれる環境でもうまくいかないこともあるのだ。


 逆に協力を仰ぎ、概念を伝えることができても理解されることがない時もある。


 しかもぼくにとっては重要だが彼らにとって重要でない場合は特に。



 このファンタジー世界には便器というものがない。



 マジか。マジらしい。


 ぼくのお店に来たばかりの『つきかげ』と『かげゆり』は和式便座の使い方に頭をひねっていたし本当にわからなかったのだろう。


 皇女さま……『はなみずき』に至っては『これは石か? 最高級の陶器の筈はないが』と叩き割って持って帰ろうとしたくらいだし。「それはウンコを流すための設備だ!?」と伝えるとぼくが逆に正気を疑われる羽目になったくらいだ。幼女とはいえ、和式便座の使い方を説明するのは死ぬほど恥ずかしい。



 その後説明を幼女から聞かざるを得なかった『はなみずき』は和式便座の金隠しに腰かけて致した結果、見事に体重と鎧の影響で便器を叩き割った。


 ああ。『修復』の魔法がなくば貴重な便座を失うことになるところだった。



『貴様の半端な解説の所為で私が便器に落下したことは大したことではないのか?!』

『どうしろというのですか! 皇女さまともあろう方が身体張りすぎですよ!』



 そうして皇女さまの多大なる犠牲によって便器と汚水槽の構造、使い方を理解した『かげゆり』は定期的に汚水槽に『浄水』の魔法を使ってくれるようになった。魔法というやつはかくも便利だ。便器に尻から落下した皇女さまを『浄水』を用いて一瞬できれいにして『乾燥』で元通りにしてくれる。


 しかし、汚水槽の水の逃げ場を作っていなかったのが先の悲惨な事故の原因となる。

 下水管ないもん。汲み取りサービスとかこの世界ないし。

 この世界には下水がないのは述べたが、そういった数々の過失によってウンコまみれになった我が店の処遇についても語る。



 トイレットペーパー? この世界では紙は千金の価値がある。パピルスや羊皮紙はあるが紙の大量生産技術は失われて久しいらしい。古書には紙を使ったものがあるが、主流は木簡や粘土板、羊皮紙、皮の本だ。


 割符を導入する前は相当な量のレシート用紙を浪費してしまった。今考えるともったいない。

 使いつぶしたメモで真っ黒なレシート用紙を『はなみずき』が鼻歌を歌いながら持ち帰っていたのは今考えれば腹だたしい。


 そんな貴重な紙を浪費するわけにはいかず、モップで拭いてモップを入れたバケツと汚水ごと『浄水』して対応した。

 このモップとモップバケツがまた曲者だった。この世界ではない代物だったのだ。


 これをみた『つきかげ』と『はなみずき』は即座にこれのコピー品を販売開始した。


 バカ売れしたらしい。商機を逃した。


 便器についてだが、この世界の便器はおまるのような椅子と棚を合わせたもの。庶民はそこいらの壺に便を垂らす。あるいは路上で糞する。マジで壺からケツに跳ねる。臭い。


 糞壺をちょっとしたはずみで蹴ると大変だ。



 部屋中がウンコまみれになるが、この世界では布巾のような布は貴重だ。庶民は襤褸だか雑巾だかわからないものをまとい、さらに魔法を使える人間は少ない。


 そりゃ、時々伝染病が流行る。流行って当然である。


 紙がないということは当然ながらウンコは出しっぱなしだ。慣れるとウンコを出しても紙なしで尻穴が綺麗な状態になるらしいが、現代人にはつらい環境である。そういうわけでしばらく便に行くたびに『かげゆり』に頭を下げていた。


 ぼくらはまだ『浄水』が使えるので汚水槽の水を真水に変えて捨てることができるのだが、一般的な人々はそうならない。

 雨が降れば実に悲惨な光景になる。この世界はあまり雨が降らないとはいえ降る時はふる。


 側溝どぶもないこの世界、ぼくの店の周囲に掘った側溝が無ければひどいことになる。

 それだって側溝があふれれば店にウンコが侵入してくる。


「ファンタジー世界なんて大嫌いだっ?!」


 この世界に来たばかりのぼくは事あるごとに叫び周囲の反感を買ったものだ。幻想世界というが、実際に来てみると全然幻想の世界ではない。



 ……しかしだ。昨今数々の実験と自らへの被害と対応、そして実践によってこれらの解決の糸口が見いだせるようになったのである。


 ウンコは肥料になる。ただし発酵がネックだった。

 研究の結果、発酵して肥料にすることには成功したが予算的にあり得ない。また、肥料だけできても開墾能力的にあまり意味がないことが判明した。


 凍ってしまうなら乾かしてしまえばいいじゃないか。燃料にしてしまえ。どうにも糞便の始末に困ったぼくはソル爺さんに泣きついた。エロ本一冊で買収できる魔導士だがこれでも王国一の魔導士(※つまり実質最高位の貴族)なのだというから恐れ入る。


 仕事の合間に研究室に足繁く通い、ウンコを魔法で乾かしたり、焼いたりするぼくらに対して「本当に『火球爆裂ファイアボール』を再現できるのか」『軍事予算』から費用を捻出した『はなみずき』が疑わしげにぼくとソル爺さんを睨む光景が何年も続いた。


「可能じゃな」

「メタンガスは燃える。まぁ細かいことはさておき、オナラするとき、尻に火をつけると悲惨なことになる」


「確かに魔導の力を使わず、『火球爆裂』を再現できるならば予算を出すためにやぶさかではないが、この臭いは何とかならんのか」と『はなみずき』。



 ちなみに『つきかげ』はすでにダウン。『かげゆり』にいたっては無言で鼻をつまみ、ぼくに近づいてくれない。魔導士たちは鼻をつまみながらウンコを煮たり焼いたり。

 そうこうしているうちにぼくの浄水自転車大活躍。その模倣研究により『浄水』の魔法に依存しない濾過技術が発展したのはご愛嬌。


 そんなある日のことだった。

 その日はこの世界にしては妙に暑い日でありどこかのバカが火気厳禁の研究室にライターを持ち込んだらしい。


『どっかん』


 幸い死者は出なかったがあふれる糞便は周囲を汚し、びちゃびちゃと異臭を放ち、吹っ飛んだウンコにぶつかったお爺さんは身体をぶん回し、黄色い小便をかけられたお姉さんはブチ切れ、ゲロのにおいにまたゲロを吐く子供たち。


「……」


 ウンコまみれになった『はなみずき』は真っ黒に汚れた身体と顔でぼくとソル爺さんを睨んでいる。

 彼女は冷淡に告げた。


「予算停止」



 こうして。

 汚染された旧市街の一部は焼き払いと王家保障の元での街路整備。『悠久の風』は下水管を経由する途中の各所での簡単な浄水処理施設と、下水管と側溝を開発しある程度の衛生を行うというこの世界の技術水準や知識水準に合わせた形での妥協に至るしかなかった。



 特に悪臭ならぬ悪習として『焼き払い』の概念ができたのは後への世代に申し訳ない。末尾になるが謝罪の言葉としたい。


 うん。こまったこまった。


 この手記を見た心ある研究者はぼくらの試行錯誤を見て笑ってくれ。そしてぼくらの志を少しでも引継ぎ、公衆衛生によって国家を護る事業の重要性について少しでも心を寄せてくれることを期待する。



 ――とある男爵家所蔵の文書より。作者不明――


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