花は嘆く
「お花さんが泣いているの~」
「お花さんが苦しいって言ってるの~!」
と、彼らは意味不明の供述をしており。
ぼくが連れ帰った三人の『子供たち』は自転車を勝手に持ち出して遊び倒すだけではなく、以前流行りすぎて在庫薄になっている例の花の苗を探していたらしい。
「この苗か」
店の奥から美貌のエルフが鉢植えをもってやってきた。その身体は燐光を放ち、香りは何とも言えぬよい香り。神といわれるだけはある。
もっともガウルの女房である。ガウルの女房である。残念だから二度いいました。
それをみてぱぁっと顔を輝かせる幼児たち。
「もう、この苗は大丈夫だぞ」
エルフがその鉢植えを渡すと子供たちは嬉しそうにはしゃぐ。
「この花の病は癒した。今はこの花のみだがしかる後に地域全体でこの病のもとが無くなっていくだろう」
ブローキング種。今では品種として認められていない植物をわざと病にかけて模様などを変える手法だったらしい。
「ほんとだっ!」「お花さんが喜んでいるっ!」「わーい!」
店の中ではしゃぐ子供たちをみてお客さんたちが何事かと立ち止まるが、説明できるわけもなく。
確かその苗は『はなみずき』の部下が金貨三十枚で買ってなかったか?
はしゃぐ子供たちと『かんもりのみこ』を交互に眺めながらぼくはため息。
後日、ガウルと『かんもりのみこ』は花々の弁償のためにワイバーン退治に向かう羽目になった。ご愁傷様である。
そして影響はぼくの商売にまで。
「あれ? 金物屋に貸した自転車が返ってきてないな」
ぼくは首をひねった。普段こまめに返しに来てくれているのに。病気にでもなったのだろうか。花じゃあるまいに。『かげゆり』。金物屋さんはどうだった? ナニ? 商品も鋳掛を頼んだ鍋もない?
どうなっているんだ? あれは地味にいい鍋だったんだけど。
ぼくが自転車にのって金物屋に向かうと、お客さんと思しき男女が大声で怒鳴っていた。
「おい。どうなっているんだっ」「あの鍋がないと商売あがったりだよっ」「すまん! 倍にして返すから許してくれ!」
う~ん???!
「あの」
ぼくが声をかけると男女が一斉に振り向いた。みなさん怖いのですけど。
ぼろぼろの金物屋の中に入ると金属の香り。
しかし残り香だけで普段あるはずの工具もなければ商品もない。
もちろん、普段彼が仕事で借りているうちの自転車も。
「あんちゃんには関係ない。どっか行け」
「いや、一応自転車貸しているんだけど」
「俺たちは頼んだ鍋や工具が勝手に売られたことに怒っているんだ」へぇって??!
「『俺』の自転車は??!」
ガクガクと彼をシェイクする『俺』に金物屋は恐怖しながらとんでもないことを言った。
「全部苗代にした。この為替をやるから許してくれ。倍で戻ってくるはずだ」
『ふざけんなぁ!』
ぼくと皆は彼をフルボッコにした。たまたまパトロールで通りかかった『はなみずき』がいなければ彼は死んでいたであろう。
戦い済んで夜が明けては佐藤藍子だが、夢は枯野を駆け巡る。
旅に病んで夢は枯野を駆け巡る。(by松尾芭蕉)
苗が無い。萎えた。おあとがよろしいようで
「苗なんてもらっても嬉しくねぇ!!」
ぼくは叫ぶ。最近石畳が敷き詰められ、ごみを入れるごみ入れ、その間をつなぐ漆喰(ごみの汚水が井戸に入らないようにする対策)ですっかりきれいになった道を『はなみずき』と歩くぼく。
ごみ回収を行う慈愛神殿の神官が時々ぼくたちを眺めるがスルーしてくれた。
「大騒動だな。私もシフトに入れない」
いや、もう入る必要ないだろ。
青銅の鎧を身にまとい、青銅の剣を腰に帯びて盾を持ち、上からスカートを着て、馬に乗って花の香りとともに颯爽と進む女騎士に沿道の民が手を振ってくれる。
「見てくれ。沿道の家々の窓を。花が植えられている。以前では考えられなかった」
「そうだね」
ふわふわと白い花びらが舞う。皇女に民がなけなしのプレゼントをしているのだ。
「人心もこれ以上ないほど良くなった」
「そうだね」
機嫌の良さそうだった皇女はここで『はぁ』とため息をついた。
「どうした?」
憔悴した表情の皇女はつぶやく。『苗が無い』のだと。
「苗が無い。あの為替はほとんど偽物だ。こちらの国とあちらの国の商人が商品もないのに勝手に偽造したものが出回っている。現在必死で苗共々回収しているところだが」
うん。
「以前王国金貨一〇枚、大金貨一枚だったものが今ではその三倍四倍、否、さらに上がりそうだ」
あら。
「しかも、商品もないのに前金だけ、あるいは少額の物品で取引され、買い手と売り手が同じ担っていたりとむちゃくちゃだ」
ああ。それってぼくの世界にもあるぞ。
「『先物取引』など考えた奴は誰だっ?!」
需要と供給って奴だなぁ。
「これでは回収がおぼつかない」
このままでは王国の財政はと頭を抱える彼女にぼくは告げた。
「とりあえず、調査が終わるまであの花の取引は停止にするしかない」
「どういうことだ」
不思議そうにする彼女にぼくは告げた。あの花は今後絶対、綺麗なまだら模様になることはないと。
真相を告げると彼女の頬が赤や土気色、青とまだらに染まっていく。あの花のように。
「あのまだらは病気の一種だと??!」
「ほっておくとこの国の農作物は壊滅する。だから『子供たち』と『かんもりのみこ』が先に手を打って今病気の駆逐をしているよ」
今は暖かいからいいが、このままだと餓死者が続出しかねない。なんてものをあの国は持ってきやがったんだ。
「まぁ、転売でもうけようとした賭け事の好きな連中が破産する程度で済むと思うぜ」
「そうか」
がっくりと肩を落とした彼女は、これから起こる騒乱の対策を必死で考えていた。