素直な子というけど細かくタイプがあります
さて。『有能で素直』といわれる従業員も細かく分けることができる。
例えば『はなみずき』のように何でも出来る子は育てた部下を褒めてあげたほうがいい。
褒められるのに慣れているからだ。
とはいえ、彼女は『魔法が使えない』ことから『無能』とされている。
だから、更に厄介だ。彼女は有能な子だ。出来ないことより出来る事を褒めてあげないと。
そんな思案は彼女らにはわからない。
ぽぷっ。なにか柔らかいものが、ぼくの踵に当たる。
「でへへ」じゃれるな。抱きつくな。君は女の子だ。『つきかげ』
この子のように周囲を気遣う子(犬だからってのもあるが)は素直に褒めてあげたほうがいい。
失敗をこっちでフォローし、自分のミスを自分で気付くように誘導している。
「犬じゃないッ」
「狼なんだったっけ」
このやり取りは定番になってきたな。
「……」
厄介なのは。この子だよな。『かげゆり』。
なんでも魔族だかダークエルフだか言う種族らしいが、この子は周囲に脅えているから素直で従順なのだ。決して元からではない。
こんな幼い子にどんな非道なことをしたのか、そいつらに説教してやりたいところだ。
「……迷惑かけた。ごめん……なさい」
「大丈夫大丈夫。君はよくやっているし、凄く助かっている。後で料理また教えてくれよ」
「うん……」
こくん。
小さな身体だが、妙に手足が長い。それゆえの小さな頭を縦にふる。垂れ下がった長く尖った耳を見て軽く慰めてあげる。
この子は既に何をしても誰かに叱られている。叱るのはもう充分だろう。叱られない方法を慰めながら一緒に歩んであげればいい。
女の子でしかも皆子供。うちの従業員どもは本当に扱いにくい。まぁ。可愛いんだが、それは恋とは別物だ。
「珈琲。淹れたぞ」
『はなみずき』の手元から優しい香り。
「すまん。助かる」
ぼくはその器を手に取る。この世界では珍しい磁気の器だ。
故にぼくは貴族と同じように思われているらしい。店にはいくらでも置いてあるのだが。
特に強化ガラスや強化磁器はこの世界にはないものらしい。隠しておかないといけない。
「いい香りだ」
彼女はその香りを楽しむ。
「ぼくもそう思う」
その苦さと旨みを堪能するぼくらの目の前で二人の子供たちがまた自転車ではしゃいでいた。
「おーい! あんまりはしゃぐなッ?!」
「今日は光曜日だもんっ!」
「わーい!」
闇曜日が自己研磨の日、光曜日はお休みらしい。この世界の一週間は地水火風光闇の六日。一年はたった三六〇日。一か月は三〇日。
「もうちょっと、光曜日でも仕事する店があったらいいのに」
「無理言うな。貴様だけだ」
ぼくと『はなみずき』は店の軒先に腰掛け、いつの間にか増えた子供たちの遊ぶ姿を……。
「こら~!! カネ払わずに自転車持っていこうとするな~~?!」
ケタケタと笑う『はなみずき』を尻目に、ぼくは自転車にのって子供たちを追いまわす。
珍しく顔をだした貴重な陽光が、ぼく等たちを照らしてくれていた。
日は巡る。地曜日は水曜日へ。火曜日が風曜日に。この世界の人間は過酷な自然環境に反してあまり働かない。例外はぼくくらい。
「はい。割符は符合しますね。預かり金を返金します」
商売は順調、本日も黒字なりっと。
ぼくは自作した黒板に一日の売り上げを記帳。
ノートは封印した。便利だがこの世界にはない。
木簡やらなんやらの記帳記録をつけることの素晴らしさを痛感する。
この記帳記録がぼくのお店の歴史だし。
「エルフの術に樹木に記憶を保存するものがあるらしい」
ふぅん。長命種って大変だろうな。そう呟くと『はなみずき』は「かもな」と笑った。
かぁん かぁん かぁん かぁん かぁん かぁん かぁん ころーん。
……八の鐘か。
「はい。閉店します」
「まった~! 返却! 返却!」「かしてッ! 貸してくれ御主人ッ?!」
はいはい。まだまだやりますよっと。この世界の人って時間にルーズなんだよな。鐘だけしか時間ないし。
「ごしゅじんさま。探してきたけどなかったよっ!」
あいよ。
「……」
つきかげは壊れて放棄された自転車を持って帰って来てくれた。言えば取りに行ったのに。
子供たちは街中を駆け巡るほど身体能力が高い。素直でいい子たちだし、ぼくと違って暗闇でも目が見える能力があるらしい。
さてと。珈琲の時間だな。ふふふ~ん♪豆になる実を転移前から持っていた用具を使って手で炒る。
火は『着火の指輪』。火加減は犬の少女。「おおかみっ!」はいはい。
「『浄水』」
そうそう。『かげゆり』は生まれながらに魔法が使える。なんでもこのお店の周りにいる精霊が見えるらしいけど、ぼくにはさっぱり。
洗濯が不要だし、身体を洗う必要もない。それでも。日本人には風呂が必要である。
珈琲が入ると、ぼく、子供たち、『はなみずき』とその部下たちは一息。
一応、護衛役の人間が何人か残っているが、彼ら用の珈琲は後で暖める。
「にがい」
涙目の『つきかげ』。苦いなら付き合わずに飲まなければいいのに。
「……」
最近、『かげゆり』は表情には出さないものの、いつも珈琲を二杯飲むようになった。慣れたらしい。
最近は豆の仕入れに首を振ったり縦に振ったりしている。どうも旨い不味いはぼくよりわかるようだ。
「ねね。ごしゅじんさま」
ぱたぱた。ぱたぱた。
尻尾を揺らしながら小柄な娘がぼくを見上げている。
「なんだ? 『つきかげ』」
「今夜もいっしょに寝てくれるよね」
だめ。言いかけたが、彼女の耳がきゅっと不安を帯びてしぼむ。むう。まだ甘え盛りか。
「……私も」
ぼくの服のすそを握る手を感じる。『かげゆり』かわええっ?!!
はっ。
何故だろう。背後から冷気を感じる。
「(お風呂)、気持ちいい(ぼそ)」
そこに『かげゆり』が誤解を招く発言を行う。
「……」
皇女様は昨今使っていらっしゃらない剣をニコニコと笑いながら抜刀した。
「三人一緒(棒読み)」
耳をピコピコ動かしながら狼の少女が呟く。火に油を注ぐなッ?!
「まて。『はなみずき』。誤解だ。風呂の話だ」
ぼくが手を振り、必死で弁解すると二人の小悪魔はぼくに抱きつく。
「あんなに身体を(洗わされるなんて)」
「ノミついてたじゃないか『つきかげ』」
「私、(年齢的に)、嫁にいけない……」
意図的に小声になるなっ?! 『かげゆり』?!
抱きつく二人の子供の所為で逃げ場のないぼくを皇女様がギロリと睨んでいる。
どうしてこうなる。どうしてこうなる。