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未来は花咲く

「店主さん。この花をご存知ですか」


 アンジェラが持ってきた白い花は微妙に見覚えがあるが名前を思い出せない。異世界暮らし長いしなぁ。


 頭がしびれるほど甘くてやさしい香り。

 たおやかな白い花弁。中央は黄色く暖かい色合い。


「きれいな花だね」

「最近、流行っているのです」


「へぇ。君みたいにきれいだからね」


 軽くほめると彼女は恥らいをみせた。でもこの娘、恐ろしく強いからな。


「最近、値段が跳ね上がってきているらしい。遠くの国で育てられてこちらに輸入されるらしい」


 となりでぼくらのやり取りを聞いていた『はなみずき』がコホンと咳払い。彼女に軽くにらまれる。なお当のアンジェラ嬢はニコニコ笑っている。そういえば前に初めて会った時もアンジェラさんってこういう態度だったっけ。


「これは。美しいな」


 堅物に見えて『はなみずき』は花が好きだ。



 ただ、今までは戦乱の時代における小国の皇女であるためで花どころではなかっただけで。


「最近は『花咲く都』から船で輸入しているそうです。株の値段も徐々に上がっているそうですよ」


 へぇ。そうなのか。


 作業の手を止めた『はなみずき』はアンジェラの持つ小さな鉢植えに手を添えた。きゅっとへの字に引き締まった口元が少し緩み、微笑みの形になる。

 桜色の唇をすこし尖らせ、香りを喉と鼻で楽しみ、いとおしそうに右左から覗き込む。


おそれながら皇女様。はしたないですよ」


 部下の女性騎士に指摘されるも。


「いいではないか」


 こうしてみると、お姫様というより子供だな。


「美しいな。一株欲しいところだ」

「皇女様が購入したとなると拍がついてしまって庶民には手が届かなくなります」


 ほのかに頬を染めて花に見惚れる『はなみずき』に女性騎士がちくり。あ、余計なことを。



「あ。でも私も買いましたよ。現物はまだですけど」

「あ。私も。各神殿の為替というもので先に買えるですよね」


 ふうん。そういえば為替のおかげでぼくのお店の部品類も調達しやすくなったな。花の香りに嬌声をあげる娘たちをみると、やっぱり皆も女の子だな。


 というか、仕事をバイトがサボるなというべきところだが、『はなみずき』はバイト名目の別目的でこの店にいるし、騎士団はぼくとぼくの店の護衛兼監視のためにいるしな。あと郵便騎士業務の円滑化のために。


「この花は、増やせないのか」『はなみずき』の瞳が輝くが。

「無理ですね。気候的にも土的にも水も合わないようで」


「そうか」


 残念そうな『はなみずき』。しゅんと子供のようにわかりやすい様子がギャップ萌えでかわいい。


「今一番の人気はまだら模様の苗ですね。本当に美しいのですよ」へえ。

「私はなけなしの金貨十枚払いました!」すげ。

「でも私は金貨十二枚で売ってしまいました」「後で見たら金貨十三枚で買うという人がいて」深刻だな。



「増やす方法はないか」


 真剣にぼくに問いかける『はなみずき』だが。

 ……あのね。ぼくは高卒のしがない貸自転車屋であって農家じゃないんだぞ。


「それより、放置自転車回収誰かいってくれ! 『つきかげ』や『かげゆり』はどこだよっ?!」


 このときぼくはもう少し早く気が付けばよかった。

 花で滅んだ国もあるという事実を。



「最近、自転車泥棒が増えているな」


 花騒動はまだまだ続いているが、くだらない投機に興味がないぼくは石板に墨で印をつけていた。仕事というものは堅実に。ぼくのモットーである。


 うん。おかしい。

 貸出台数+修理中台数+在庫の数が合わないのだ。


「『かげゆり』。記録魔法を」

「……」


 樹の年輪に記憶を刻むというエルフの魔法を彼女は使える。彼女しか参照できないのが弱点といえば弱点だが『額を合わせ』たりするとぼくにも全容がわかる。



 以前、『唇』や『性器』のほうが効果は大きいと聞いたときぼくは無言で『かげゆり』をジャイアントスイングした。耳が長いからか耳年増だよな。この子。まじめで大人しく見えるが。


「今日の貸出台数を計上します。鐘五つ開店。朝の鐘8つまでに延べ100。鐘9つまでに延べ150。鐘九つからお昼の鐘までに延べ100。鐘三つの閉店までに延べ200.計延べ550台です」


 深夜12時までやっていたこの世界に来る前は延べ1000台以上借りていたからなぁ。少ないなぁ。


「くたくたなの」


 ぺたんとじめんにふわふわのしっぽをのせてへたり込む『つきかげ』。下着見えているぞ。


「ごしゅじんさますけべ」

「胸も見えている。立て」


「みせているんだもーん!」


 口は達者だな。


「だいたい、『つきかげ』と『かげゆり』の監視を潜り抜けて、なおかつ騎士団と荒事を起こしかねないものを盗むか? 普通」



 ぼくは首をひねる。

 一応、自転車はぼくの個人所有物だが、ここは王国、その気になれば王が全部没収も可能だ。

 魔導帝国が滅んだ今、王は絶対権力を持つ。三権分立もないし、神権もある程度王は代行できるしな。


「研究目的で盗むなら理解できますが」


 前は可愛い系だったポプラは最近キリリとした顔の美男子になってきた。奥さんがいると知って落胆する新米女性騎士も多い。


「遊ぶだけ遊んでそこらに乗り捨てていくから逆にそれを『拾った』住民とトラブルになるんだよなぁ」


 ポプラの言葉を繋いでオルデールが頭を抱える。

 この世界、拾ったものはその人のものだからな。


「普通に考えて人間の仕業とは思えないが」『はなみずき』は腕を組む。


 珈琲のたなびく湯気を彼女がかるく息で吹く。


「私ではないぞ」湯気の先にいるのは美貌のエルフ。


 即座に『かげゆり』が首を横に振る。彼女ではないというサインだ。『かげゆり』は本能的にこのエルフを恐れるだけで、悪意は持っていない。



 そして『かんもりのみこ』はほかのエルフと違い魔族を憎む気持ちが薄いらしい。本人曰く『興味はあるが、それ以上の気持ちはない』だそうだ。


「あれか。やっぱりあいつらか」

「あいつらしかあり得んな」


 ソル爺さんとガウルが嫌そうにため息をついた。


「悪い連中じゃないんだよな。迷惑だけど」


 ん?


「なぁ。兄ちゃん」


「ん? どうした? オルデール」

「兄ちゃんって子供好きだろ。泥棒捕まえても大目に見た挙句バツ代わりに勉強を教えてしまうくらいだし」


「あ、ああ」

「それだな」「どうりでこの男が暗殺者に殺されないわけだ」「うむ。『子供たち』に愛されるものは死なないからな」


 ???????


「グラスランナーだのケンダーだのハーフリングだの小さきひとだの子供たちだのを知っているか」



 突如『はなみずき』が妙なことを聞く。知るわけない。


 ぼくが首を軽く左右に振るのをみて意味不明の言葉を思い思いに放つ彼ら。


「あ~ガチだわ」「兄ちゃんそりゃ好かれる」「あいつら媚びる奴は敏感に感じ取るからな」「悪人でも善人でも裏表のない奴が好かれるはずなんだが」「なんでこんな奴に」「あいつらはマジでやることなすことわからんから」「恥ずかしながらこの世界で産まれた同胞に関しては弁護の余地もない」


「まぁ簡単に言うと、この世界では『子供、特に幼児をいじめる奴は死ぬ』。これだけ覚えておけばいい」『はなみずき』が怖いほど真剣な顔でぼくに告げる。

「それ以上は聞くな。私でも連中に聞かれているかどうかわからぬ」


 はぁ? 子供が怖い?


 子供が怖いかどうかよりわかりやすい案件がぼくを悩ませているのだが。幽霊騒ぎだ。モンスターがいるのに幽霊?! 異世界人の感覚はよくわからない。

 闇の中を誰ものっていないうちの自転車が走り、ライトを照らしつつちりんちりんと音を立てる。

 そんなはた迷惑な話は『つきかげ』と『かげゆり』がもってきた。



「『おばけ』怖い」


 この魔族の少女、おばけが嫌いである。

 ソファ代わりの大きな抱き枕を頭に抱えて震えている。

 これでも世界中の人々が恐れ憎む魔族なのだが。この子。

 はがれかかったプリントの美少女の絵がすごくシュールだ。

 黒い耳が抱き枕に圧迫されつつぷるぷると震えている。怖いらしい。


「誰も乗っていないのに走るなんてすごいね!」


 しっぽをぱたぱたさせ、サンカクでふわふわの耳を揺らして『つきかげ』が笑う。

 まぁ根拠のない中傷をいうやつはいうしなぁ。


「ううん。私たちみたよ?」


 は???


「チリンチリンと音を立ててこっちに。ゆり、逃げちゃったけど」


 いっくらファンタジーな世界といえど幽霊なんているわけないけど、この間ポプラとブッ倒した鎧騎士の例もあるしなぁ。



「じゃ、ぼくがとっ捕まえるか」


「むり」「ごしゅじんさま。魔族と私が無理なのに人間では無理だから」


 人間なめんな。


 はたして。最近改善された町の異臭に口元をゆがめ、

 ぼろをかぶって待機するぼくの前にその『幽霊』は現れた。


 しゃこん。しゃこん。


 油が入っていない手入れの行き届いていない音。


 ぎゅぎゅぎゅ~。時々後輪ブレーキが異音を放つ。油が入っていないのだろう。


 しゃか。しゃか。


 その誰も乗っていない自転車はぼくの目の前を走っている。


「とまれっ! こらっ!」


 ぼくは身を乗り出す。


「ぎゅこ」



 自転車はあっさり転んだ。


「いたいよ~! ころんだ~!」


 三人の子供が泣いている。意味わからん。


「ちぇーんはずれた」


 涙目の少年。籠に乗っていた少女は股間を強打したらしくお尻を押さえている。


 解説。少女がハンドルにつかまり、両手で操作。

 少年Aが片方のペダルに乗り、サドルをもってこぐ。

 少年Bも反対のペダルに乗り、サドルをもってこぐ。

 前に障害物があると転ぶ。

 むちゃしやがって……。


「君たち。自転車泥棒かい」


 荒縄片手にニコニコ笑うぼく。


「う、うーんと」「えっと」


 視線を交し合う子供たち。子供というより幼児のそれだが。リーダーっぽい小さな子はひくつく笑みを浮かべてつぶやいた。


「黙って借りただけ」



 それを泥棒という! じりじりと荒縄片手に歩み寄るぼくに踵を返す子供たち。


「まてぇええぇぇっっ!!」


 ぼくの怒声に対してぴゅーと恐ろしい速度で駆け出す子供たち。その足の速さは『つきかげ』や『かげゆり』以上。これでは人間に追いつけるはずもないが。


 これは幽霊じゃなくておばけである。


「あはは。おいついてみろ~~!!」


 調子に乗って叫ぶ子供たち。だが。


「ふんふんふんふん♪」


 ぼくは小脇に隠したそれに飛び乗り、彼らに迫る。


「ちょ?!」「え?!」「どうなっているの?!」


 風をひゅうひゅう耳で切り、振動をリズムに。

 ぼくはバランスをとりながら、その車体に乗り、華麗にターンを決める。


「な、なにあれ?!」「じてんしゃ?」


 戸惑う彼らに投げ縄を放つが、見事に避けられた。



「ジテンシャは悪路によわい!」


 ゴミだらけのわき道を走る子供たち。小さな路地に飛び込む。


「あいあいあい♪ ぼくは蝶♪」


 ゴミを踏み越え軽くジャンプし、難なく路地をクリアし、子供たちを追うぼく。


「えええっ??!」「なにそれっ?!」「怖いっ きもい!」


 キモイいうな。親戚の『大地』じゃあるまいし。


「なにあれ??!」


 戸惑う子供たちの声が響く。


「知らないよっ?! 人間がぼくらに脚で勝てるはずないしっ?!」

「ジテンシャでも勝てないはずだろっ!? どうなってるの?!」


 解説しよう。これぞ原動機付『一輪車』だ。

 砂漠王に貸し付けて長いこと返してもらえなかったが、オートバランサを内臓し、通常の自転車以上に悪路に強く、小回りが利き。



「こっちこっち。せまいところの直線で振り切ろう!」


 甘い。『俺』は微笑む。

 最高時速は100キロ。もう一度いう。最高時速100キロ。大事なことだから二度言いました。


 びゅうううっ!! 軽く彼らを追い越した時点で彼らは戦意を喪失した。


「ふえええん」「こわいよ」「こあかったよ」


 みごと泥棒を捕まえたぼくに皆は冷淡だった。


「ナニキモイことしているんだ」


 無実だ。


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