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輝きの国

「特別ゲストを用意した」


 ぼくの言葉に出資した大商人たちや王侯貴族、神殿関係者は不満タラタラ。


「我こそが世界初の客になるはずが」

「(ぼそ)安全確認できないけどいいのかい」


 ぼくの指先には高さ5メートルを超える、ぼくの世界でいえば「ジェットコースター」そっくりの乗り物がある。

 故に池に突っ込んだり、空中で回転したりする。


 動力は人力と高低差の位置エネルギー、あとはわずかな魔導力。


「簡単に言うと彼らには安全確認のための実験台になってもらう。そういうことなら納得してもらえるかな」

「明日は貴族貸し切りなら許す」


 ふんぞり返る彼に呟く。


「最初の剣士の理想を具現化するため、貴族でも奴隷でも関係なし」

「それは建前だろう」


 ぼくはつぶやく。「その建前を守るために貴族はいるんだろうが」と。



「開園一日前。とにもかくにも君たちより優先すべき人たちがいるので呼んだ。『最初の剣士』の理想の具現化のためにね」


 そういってぼくが『彼ら』を手招きすると貴族たちは顔色を変えた。



 みすぼらしい乞食の少年。

 首と手に奴隷の枷を付けた老人。

 盲目の老婆。意味のない言葉を喚き散らし、糞尿を垂れ流す青年。

 見世物小屋で自らの身体の異形を売りにする人々。


 その異臭と異形に貴族たちは一斉に抗議を始める。こんな連中の乗った乗物に乗れるかと。


「乗るな。そしてこれに抗議する奴は『最初の剣士』を冒涜するものとみなす」


 ぼくは言い放つとあとは問答無用。


「本当に、ぼくらが先に乗っていいのですか」

「奴隷頭たちには話をつけてある」


 不安そうにつぶやく少年の枷を外してやる。


「だ、だめです。首輪をはずしちゃ鞭で」



 慌てる彼にぼくは告げた。


「ここは『夢の国』だ。夢の国にようこそ」


 ぼくの言葉に貴族や大商人たちも嫌々ながらもそれに続いた。


『夢の国にようこそ』


「こちらのぶしつけなものたちの申した発言は、私めに免じて許してください」


 鼻白む貴族たちを尻目にとっとと子どもたちや盲目の老婆の手を取り、乗物にのせていく。


「足もとにご注意を。今より皆様を空の旅にお誘いします。席に着きましたら固定具を。合図しましたら一斉に足もとの『ペダル』を動かしてください。では快適な空の旅を」


 この世界において、『空を飛ぶ』のは魔導士たちだけだが。


 盲目の老婆はペダルをゆっくりと回す。枷からときはなれた少年は座席から外を見る。


 異形を見世物にして生活していた男女は、不思議な形の建物や池や城や尖塔に目を見開く。



「Go!!」


 ぼくが安全装置を解除し、『鉄鉱石』が親指を立てると乗物は矢のようにレールを走る。


『うわああぁっ?!』


 意味のわからぬうわごとを叫んでいた青年とともに、見守るものも乗った人々も意味のわからぬ歓声を上げた。


 ――その『乗り物』は大地を奔る馬より早く。鳥のように地面から飛び上がる。

 くるくると天を舞い、水しぶきをあげて池に飛び込むがぎりぎりの設計で濡れることはない。――


「すごい」「人間が飛んだ」「人が自分の足の力で空を飛んでいる」「誰よりも早く、何より力強く」


「うわあああっ!」


 うわごとを叫んでいた青年がこちらに空から手を振った。


「うおおぉぉっっ!!」


 それに応える貴族や大商人たち。

 身分もなく格差もなく共に手を振り合う。



「奇跡だ」「神よ。『最初の剣士』よ」


 膝つき、感動の涙を流す貴族たちに「父ちゃんの設計は完ぺきだからなっ」と勝ち誇るドワーフの子供。


「並ぶ! 並ぶぞっ 何時間でもならぶ!!」


 殺到する貴族たちにぼくはウインク。


「即並ぶより、定時の鐘が鳴ったら優先的に座れるチケットもあるんだ。ただし抽選制」

『おおっ? それは助かる!』



「だから、思いっきり『最初の剣士』が夢見た国を堪能してきてくれっ」


 待ち時間も有効に。

 演劇、ショー。オペラにダンス。定時の催し物を網羅した木札をもって大喜びの貴族たち。不審そうに笑っていない貴族がいた。彼曰く。


「ごみ一つ落ちていない」


 あ、それはね。


「ごみ拾いたちを『雇った』からな」

「ゴミ拾いどもを『雇う』だと?!」



 この世界、ゴミ拾いはカネだして雇う職じゃなかったからな。ぼくに手をふる少年はかつて『ゴミ』と呼ばれていた貴族の少年。昔の仲間たちを連れてやってきてくれた。


 大きな声では言えないが、都市部の治安が一気に改善した。やっぱりドロボーするより、まともな仕事があったほうがいい。


「おいしい食べ物はいかがですか~!」


 少し割高だが、喜んで皆買ってくれる。

 ソル爺さんたちが一斉に空に花火を上げた。

 轟音と共に光と花びら、妖精たちの踊りが空にきらめく。


「まぁ派手にやったもんだ」


 ガウルが呆れているが、これくらいはね。


「邪なるものも、これでは復活する気はおきないだろうな」


 その様子を見て『かんもりのみこ』がつぶやく。うちの子どもたちはというと、いつの間にかサボって遊びに繰り出したらしい。便乗にもほどがある。

 ふわふわ動く尻尾とくるくるぱたぱたする長い耳を人ごみの中で見たかもしれない。



 盲目の老婆は後にぼくに語った。


「ジテンシャには興味はありましたが、目の見えない私には乗れないものと思っていました。

 でも、風のように大地をかけたとき、風を追い越し、お花の香りを嗅ぎながら大空に舞い上がり、水しぶきを上げながら子供のように大声をあげて。いいものですね。一生の思い出にします」と。


  花で飾られた小さな木製観覧車を子供たちが手押しして回している。


 歓声をあげて空から地面から「もっと早く回せ」と叫ぶ大人や子供たち。


 あちらでは先日まで娼婦だった年配の婦人が楽器をかき鳴らし、少年少女たちが思い思いのダンスを踊って歌っている。


 警備に当たる各国騎士団「車輪の騎士団」は大忙しだがまぁ許容範囲だろう。


 むしろ彼らこそ楽しそうだし。



「すべての人に夢を」


「『最初の剣士』のご加護あれ」



 そして後日談。


「おーい。『はなみずき』」


「……」


 ぷい。

 最近『はなみずき』の機嫌が最悪である。まぁ理解できなくもないが。


「シフト、入らないほうがいいんじゃないか? お前普通に皇女の仕事も事務局の仕事も忙しいだろ」


「……」


 はぁ。まったく。

 ぼくはコーヒーではなく、とっておきの紅茶の封を切る。

 何年も前の紅茶なのでどうかと思ったが真空パックをして氷の精霊の力で封じていた紅茶は予想通りの香りを放つが。


「……」


 ぼくを一瞥してプイと視線を逸らす。これは本気だ。

 真空パックという異世界の技術の結晶を見ても彼女は必死で視線を逸らす。いつもなら瞳を輝かせて食いついてくるのだが。むう。



「今回のあれで無茶苦茶三国は儲かったみたいだぞ」


 入場料だけで施設維持費は取っていないし。


「飯代で結構収入が」む。相手してくれない。

「ショーで芸人たちの地位が向上して、より素晴らしい芸が見れるように」これなら。


「……」

「今まで乞食のように扱われていた芸人たちが一躍脚光を浴びて。ほら見ろよ。絵画にも描かれるように」


「……」



 ダメだ。撤退するしかない。

 事務局に秘密でやってきた隣国の王妃、つまり彼女の上の姉は図星をついてきた。


「『はなみずき』が相手してくれないのでしょう?」

「ものすごくご機嫌斜めでして。本当に困っています」


 この人、中の姉さんよりマシだけどかなり掴みどころがなくて苦手だ。


「あの子はああいうところが可愛いのですが」


 なぜいるのか。中の姉君。というか砂漠王までいる。



「いやぁ。堪能した堪能した。ところで例の一輪車はもう少し貸してくれないか」


 おい。いい加減返してください。


「一日金貨二枚」

「一回返すから」


 こら。王様だろあんた。


「すぐ借りていったら意味ないでしょう。あくまで相互で乗れるのに価値があるからその値段なのに」


 この砂漠王、剛毅に見えて少々茶目っ気がある。



 せっかくだからと封を切った紅茶の味を堪能しつつ、ぼくらは『はなみずき』の話題をする。彼女の幼少時代のエピソードの数々はなかなか興味深かったが、彼女の名誉のために伏せておこう。


「例の話、あの子にしていないでしょう」


 うん。技術的にすぐは無理だったし。


「じゃ、あとでサプライズですね」


 中の姉君はニコニコ笑う。



 この人この笑みが怖い。何を考えているのやら。


「『滅びの町』の営業を停止する夜間、封印に異常がないか調査が必要。事務局長立会の必要あり。そう姉上たちに聞いたのだが」


 姉上たちはどこだと尋ねる彼女にぼくは苦笑い。「まぁ。座りなよ」小高い丘から町を見下ろす。異形のビルが大量に立ち、どこぞのSFアニメのよう。

 夕日がゆっくりとしずみ、町に闇が訪れるまで、ぼくらは待つ。


「姉上たちが来ないなら、私は帰るぞ。これでも忙しいからな」


 立ち上がる彼女の手を引く。


「っ?! 放せっ!」


 暴れる彼女にささやく。もう少し待たないと後悔するぞと。


「邪神がよみがえるのか?! 騎士団をっ」

「ちがう」


 闇に包まれた街に、小さな蛍がゆっくりと集まっていく。もちろん、この世界に蛍がたくさんいるわけではない。魔法による演出だ。



 その蛍の光はゆっくりと雪が舞い落ちるように街に降り注ぎ、渦を巻いて星の輝きと一体化していく。


 ぽつぽつとビルが輝きだし、鮮やかな光を放ちだす。

 赤、青、緑、白。ピンクに黄色。そのさまに茫然としている彼女。町の下を着飾った騎士たちや芸人たちが楽しそうに歌い踊りながら通り過ぎていく。


「ナイトパレードイベント。やっぱり夜は封印が弱まるらしいからな。なんとか実現までこぎつけた」


 ぽかんとする彼女はやっと正気を取り戻してつぶやく。


「聞いていないぞ姉上!?」


 ぼくは彼女の手を軽くとる。


「なにをする」

「『夢の国』には皇女も貸自転車屋の店主も奴隷もないだろ」


 微笑みあい、ぼくらは光の中に歩みだす。


「さぁ。姫。

 今宵、ぼくらも夢の国へ」


 光が舞い音楽が流れ夜に花と食べ物の香り。



 貴族の青年と恋を語らう奴隷の少女。

 異形の大道芸人と肩を組んで歌い踊る司祭、山賊たちとジョッキを交わす貧農。

 彼らは今、身分も立場も忘れ、ただ夢の国を楽しんでいる。

 この夢、覚めませんように。


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