獣人と魔族の美少女奴隷を買うのはなろうのテンプレらしい。(フェミスト:『解せぬ』)
さて。唐突だがぼくらは新たな従業員を皇女様以外に雇った。
「『はなみずき』様」
「なんだ」
ぴょこん。
耳の先が動く小さな少女と戯れる『はなみずき』を見てぼくはため息。
ふわふわ。ふわふわ。
大きい尻尾が揺れている。
「ええい。落ち着きが無いぞ。『つきかげ』」
「うっ」
ぼくの目の前には犬の尻尾と耳をもつ少女。はぁ。
驚きだが、この世界には人間とは違う進化を行った種族がいるらしい。
いろいろ興味深い。
「何故人間の姿で尻尾と耳だけ犬なのか。激しく疑問だけどどうなっているのだろう」
「狼ですっ!!?」
ぼくに彼女は文字通り噛み付いた。いでで。叫ぶぼく。しかし情け容赦なく子供をうつ皇女に驚いた。
ひとしきり揉めた後彼女たちを宥める。
「……」
その様子を泣き出しそうな瞳で見守る黒い肌の少女にまたげんなり。
さっきはかみついて今度は一緒に泣き出した『つきかげ』にもまたげんなり。
何でも公爵待遇のぼくを奴隷の癖に噛んだので手打ち確定らしい。誰がするか。
「『はなみずき』。とんだバイト連れてきたな」
「奴隷だ」
「うっさい」
解説するのが面倒なのだが、ぼくのお店は『自転車』に乗れる人間が増えるにつれて商売の手を伸ばした。
いまやぼくのお店の周りは綺麗な石畳と『急に儲かりだした』飲食店や両替商連中の店が軒を構えだすようになっている。前は露店やっていたヤツが店もっているのはあたりまえ。コレは予想の範囲だったが保証金取っているのに自転車盗んで行くヤツが後を絶たない。
「だからギルドカードを推奨した」
「必要と感じた怪しいやつ以外は見せてもらう必要がない」
ぼくは『はなみずき』を突っぱねレジ作業。このレジ、電気が通らずいまや金庫の代わり。
それだってこの世界の連中、無駄に手先が器用でカギをこじ開けたり出来る。
「で。『奴隷』を連れてきたのだが。まさか主人に噛み付く欠陥品だったとはな」
あの奴隷商めと悪態をつく『はなみずき』に薄ら寒いものを感じながらぼくは呟く。
「『奴隷』じゃない。今日から『従業員』だ」
よくわからない忠誠心でタダにて働かせるより、目的を持ってカネのために働いてもらう。それがぼくのポリシーだからな。
「いらっしゃいませ」
「ありがとうございました」
自転車を揺らして走るカップル。なんて牧歌的……って。
「『二人乗り禁止』だぁああっ?!」
怒って追いかけるぼくの様子に笑う『はなみずき』とボーっとしている『元奴隷』二人。
おさかな咥えたドラ猫相手よろしく走るぼく。
「恋人のやることに水を差すな」
そういってケタケタ笑う『はなみずき』に「あえて荷台をつけていない」と返すぼく。
「荷台? ですか」
「モノを乗せる台のことだ。この場合二人で乗れる座席だな」
補足説明するぼくに『元奴隷』の二人は「あったほうがいいと思います」と口をそろえる。
「銀貨一枚二枚ケチるな」
そういって微笑む皇女さまに告げる。
「車輪の上……『泥除け』って工夫なのだが。アレが壊れる」
「荷台をつければ解決するぞ」
「一人乗りなことに意義があるんだって」
「いらっしゃいませ」
「ありがとうございました」
ぼくと『はなみずき』がやっている様子をみて、幼い二人の『元奴隷』も真似している。
前に説明したことを繰り返すのは好まないが。
ぼくは『奴隷』ふたりの前で解説する。
この子たちはきいていないし。
「『銀貨二枚と銀貨一枚』は銀貨一枚しか違わない」
「うん」「ですね」「……」
この黒くて耳の尖った子、素直なのだけど扱いにくい。
というか、ぼくの性格的に素直すぎる従業員は扱いにくい。そういう意味でこの子は困る。良い子ゆえに更に。
「『あずかり金』はこのお店で『銅貨百枚、銀貨十枚』」
「だな」「うん!」「……」
黒くて耳の尖った子、『かげゆり』の瞳が不安そうに揺れる。あと、尖った長い耳も。
ぴょんぴょん飛び跳ねて尻尾をぱったぱったさせている『つきかげ』とは大違いだ。
「あ、そうそう。貴様のおかげで何故か儲かるようになったと両替商ギルドから感謝状が」
あの連中、散々人に暗殺者送ってきて凄い態度の変わりようだな。まぁいいか。
「借金は資産でな」
「?」「?」「金貸し……怖い」
あ、この世界にない概念を話したらしい。
まぁこの世界では金貸しは評判最悪なのは理解したけどな。
「『返すまでは』二人貸せばぼくの手元に銀貨が二十枚あるのと同じだ」
「だが、返さなければならない」
「当然だろ。でも銀貨十枚と二十枚じゃ大違いだ」
「ぼくは、返すまではこの二十枚を様々なことに使える。そしてお客さんはこの二十枚を持っていることを前提に行動できる。いや、むしろ二十枚を治安の悪いところに向かう時に何処かに隠す必要がない」
「う~ん」
「わかんないです。ご主人様」
「すこしだがわたしにはわかった」
はしたなくも頭を掻き毟る皇女様に尻尾をふりふりさせる幼女に、尖った耳を揺らす黒い肌の娘。
「『銀行』と同じ理屈だけど、わかるか」
「銀行というものが私には良くわからぬ。低俗な金貸し共とどう違うのだ」
この世界の感覚で話す『はなみずき』の言葉にぼくは苦笑した。
「大違いさ。金貸しってのは、金持ちが自分の財産からカネを貸すが、銀行ってのは貧乏人様の財産を預かりつつ、金持ちに貸しているからな」
この世界の人間に銀行の概念を教えるのは少々苦労するらしい。まぁぼくも学校で少し習った程度だ。
従業員の教育はゆっくり確実に行うことにしよう。
さてさて。光陰矢の如し。日々子供は成長し大人になる。子供と言うモノは安心すると急に活動的になるものである。
最初はビクビクオドオドしていた子供たちだがぼくや『はなみずき』、周辺の騎士たちが危害を加えないと理解するにつれて大胆な行動をとるようになって。
今ではこうなった。
どうしてこうなった。
「お~い! 『つきかげ』ッ?! 『かげゆり』?! 待ってくれッ?!」
「あははっ! ごしゅじんさまッ! これ面白いよ」
「きゃははっ♪」
「わーいわーい! 『かげゆり』ちゃんまて~~!」
近所の子供たちとともに走る子供たち。
必死で自転車に乗って追いかけるぼくを見ながら『はなみずき』は嘆息した。
「お前たち。手伝えッ」
百メートルをストップウォッチ計測タイム一〇秒にて駆け抜ける子供たちにオンボロ自転車を渡してはいけない。壊れる。騎士団たちも必死で追う。
自転車に乗って駆けまわる子供たちを何とか確保。
長い耳ととがった耳とふわふわの尻尾がしゅんと垂れ下がっている。
「怒っていない。怪我はなかったかい『かげゆり』」
そう呟くと少しだけ彼女の口元が微笑みの形になった。「……」何を言っているのかは聞き取れないが。
「まったく。困った連中だ」
そうおっしゃる皇女様。
今アルバイト従業員(※仮身分)。
ぼくは嘆息。お前、前に奴隷商の首を跳ねようとしただろうが。
「この二人は護衛としては最高だ。子供だし、人当たりもいい。身体能力に優れ夜目が効き頭の回転も速く記憶力に優れる」
はぁ……確かにぼくは命狙われすぎだけどね。
なぜ『はなみずき』が自ら従業員になったかと言うと、ぼくが死ぬと色々困るかららしい。いつのまにぼくは重要人物になった。
「これだけこの街を活性化させてよく言う」
あきれる彼女の鼻先には、またも店の前に勝手に露店を立てようとして騎士団ともめる商人。
手売りで財を成そうとする商人見習い。
気持ちは大いに解るが、流石に店の前の道が狭いのは困るのである。早速彼女の部下の騎士たちに連れて行かれる商人たち。ごめんよ。
閑話休題。
ほら、はしゃぐな。『つきかげ』
抱き寄せてやると反省と共に倒れていた犬耳がピョンッ。跳ねてパタパタ。尻尾もパタパタ。
……萌えてやらんぞ。ぼくは。
うしろからぼくの裾を引っ張る者がいる。
「……さん」
恥ずかしげにうつむく『かげゆり』。黒い肌なのでよくわからないが心なしか頬が赤く見える。
うおおっっ?! 萌えッ?!
……いかん。俺はロリではない。
「……」
凄い勢いで睨む『はなみずき』に子供二人を抱えたぼくは職場復帰。
「さ、さて、仕事仕事」
「……ほう」
最近、『はなみずき』が怖い。
「でも、助かっているよ。『はなみずき』の目は確かだし、二人の指導もやってくれて助かっている」
そう呟くと彼女の頬が緩む。
「私の指導は完璧だからな」
ちょっとチョロすぎる。
もう少し人を疑おうよ。皇女様。
「君たちに言っておくべきことがある」
ぼくは『従業員』たちに告げた。「お金がたまったら何をしたいか」と。目的を持ってお金を稼ぐ。ぼくの従業員はそんな子であってほしい。