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会議は踊る

 会議は踊る。


「だからあの街は魔導帝国が滅びたときから俺たちが管理していただろうが」


 エースたちは三国より自分たちが支配していた歴史の証拠として代々の帳簿と、何より自分たちがあの街を守る正当性の根拠として魔導帝国時代の魔導皇帝直筆の書類を持ち出してきた。


「領土的には『悠久の風』だ」


 この台詞は他の二国に突っ込まれる。


「山賊ごときに遅れを取ってまったく管理できていなかった癖に」「あれほどの魔導力、貴国だけに管理させるわけにはいかぬ」


「というか、俺たちの街だ」


 エースも黙っていられないらしい。


「矢張り最も力のあるわが国が管理すべきだ。邪神が復活しても対処できる」

「ほざくな。貴様の国は魔導技術に劣るだろうが。剣で神に勝つつもりか」


 イライラ。



「おい。『はなみずき』」


 場の皆の視線がぼくに集中した。


「静粛に」


 議長を務める女性は澄まして応えた。


 さて。ぼくは『特別ゲスト』と書かれた席に荒縄でふんじばられてここにいるのだが。


「ぼくはただの貸し自転車屋だ。なんでこんなところにいる。さっさと店の様子を見に行きたいのだが」


 需要は増すし、自転車は足りなくなってきたし、ドワーフどもがひっきりなしに来るのは相変わらず。


 着飾った王侯貴族のど真ん中、場違いな制服姿のぼく。とはいえ、化学繊維の無いこの世界、ある意味ぼくの服は最も『豪華な』衣装だったりする。

 江戸切子の首飾りを見たかつての『はなみずき』は目をキラキラさせながら「私にくれるのか」とか抜かし……お戯れを申しておられ、チタン製の六連パズルリングを見た連中は発狂する勢いだった。なんでもミスリル銀と呼ばれて珍重されているらしい。


「『最初の剣士』のご意思に則り、その意思を具現化するためにはわが国の軍事力が」



 その言葉に過剰反応が起きた。


「わが国の魔導力なくして邪神に対抗できると思うのか」「『謳う石』のあるわが国こそが『最初の剣士』の意思を継ぐ国にふさわしい」


「相変わらずまとまらんな」


 はぁ。ため息をついた『はなみずき』。殴り合いになりそうな代表たちに休憩を告げる。


「そもそも正当なる『最初の剣士』の血筋はわが国のほうが」「いやわが国だ」「彼の理想を最も体現しているのは『謳う石』のあるわが国だ」「なにを言うか、それくらい来年にはわが国でも纏まる」「何を」「わが国も『ゆうたまぐさ』の定規が普及しつつあるぞ」


「さっさと休憩に入れ~~!」


 あ。久しぶりに『はなみずき』がキレた。


 最初の剣士最初の剣士と、この世界の連中はやかましい。そんなに需要かよ。


「我らが奴隷だった時代に自由と平和を謳い、剣のみで時代を切り開いた英雄だからな」


 白熱する人々は一時珈琲タイムに入った。



 初めての苦味と香りに戸惑う人々を他所にぼくらは席を外して珈琲を愉しむ。


「……で。この縄は何とかならんのか」


「ダメ♪」

 はぁ。もう。ひどい扱いだな。逃げないってばさ。

「なぁ『はなみずき』」


「なんだ?」

 荒縄に縛られたぼくは『はなみずき』が差し出すカップに口を近づけては離されている。

 人で遊ぶな。マジで。


「皆『最初の剣士』の理想がどうとか言うが」


 疑問を口にすると彼女は答えてくれた。


「あれは『夢の国』だ」


 寂しそうに彼女は告げる。「理想は理想。我らは国を預かる身だ」と。現実を見ながら、人々を導くしか出来ない。と。

 それは各国の皆も肝に刻んでいるであろうと。

 夢の国。皆が自由で平等で、笑ってすごせる国。か。


「無理であろう? 誰かが笑うことは誰かが悲しむことだからな」



 カップに吐息をかけて湯気を飛ばし、空を見つめる彼女にぼくは告げた。


「あるぞ。『夢の国』」

「はぁ?!!」


 呆然とする彼女にぼくは告げる。


「この縄ほどいたら教えてやろう」



 縄はほどかれた。逃げないぞ。何故皆剣に手を伸ばすのだ。落ち着けって。

 全員の視線がぼくに集中する。

 心臓がなる。背筋が震える。ほのかに寒気がするかもしれない。


「発言を許可する」


『はなみずき』の硬質な声が響く。

 ぼくはいま知っている限りを再確認する。


「『五色の魔竜』は国として三国に認められていなかったが、旧魔導帝国皇帝の命により、魔導帝国が滅びた後もなお忠義を貫き、二百年間に渡ってあの街を管理し、邪神復活を防いできた」


「その通り。俺たちの誇りだ」



「『最初の剣士』の署名もここにあると言う。偽造との疑いもあるが」


 誰かが余計なチャチャを入れたのでエースたちが色めきだつ。そりゃ怒るわ。挑発するな。


 というか、書面に描かれたこの字の癖。……見たことあるぞ。

 ぼくはエースが掲げる約束事を書いたぼろぼろの紙を見ながら思った。この世界では大量生産技術が失われて久しい『紙』で出来た殴り書きのような書類。


 まぁ。いいや。今は重要じゃない。


「三国から『山賊』の汚名をかぶりつつ、街の秘密を守り、人知れず世界を守ってきた実績を無視するわけにはいかんだろ」

「しかし、山賊にアレだけの魔導力を管理させるわけには」「危険極まりない」「そもそもエース。キサマですら魔物が出ると吹聴して人を近づけないようにしていただけではないか」


 ああ。やかましい。


「で。『悠久の風』は領土的には自分のところと」

「そうだ」

「『立夏の嵐』は邪神封印維持のために自国騎士団を配備したい」



「『最初の剣士』のご意思にも叶っているであろう」


 立夏の嵐の代表はさも当然とした態度を崩さない。


「『艶月の雪』は自国の防衛的にもそのような動きは看過できないし、魔導技術に劣る『立夏の嵐』に邪神の力を渡すのは不安だ」

「魔導技術はわが国に利がある」


 もうさ、これしかないっしょ。

「じゃ、皆で管理、統治しよう」

 だが、彼らは紛糾を選ぶ。


「無理」「出来ないから争っているんだろうが」「ふざけるな。俺たちの街だぞ。皆出しゃばってきやがって、邪神が復活したらどうする」


「『最初の剣士』は歌う。自由と平和。平等と夢を」


 うろ覚えの歌詞を呟くと席にいる王侯貴族、山賊と呼ばれたエースまでもが背筋を伸ばして最敬礼。

 うん。この世界では絶大な名前なんだな。


「その理想を具現化する」


 ぼくが告げると意外なことに全員が反論してきた。「無理」「現実を見ろ」「ありえない」「あれは『夢の国』だ」と。流石国の中枢を担うだけのことはある。



 しかし、ぼくは『夢の国』を見てきた男だ。


「あるぞ。夢の国。誰もが笑ってすごせる幸せな国。それを具現化するのが『最初の剣士』のご意思なんだろ」


 この安い挑発に乗りまくるあたり、本当にこの世界では英雄なのだな。『最初の剣士』は。でもな。


「勿論! それはわが国が」「いやわが国だ」「わが国しかありえん」「いや、直接頼まれたのは俺たち」


 ……。


「最初の剣士最初の剣士やかましいわッ!!!!!!」


 ぼくの『暴言』に全員がいきり立った。


「二百年間もそいつの発言を基に人殺しや戦争を正当化していたクズ野郎どもッ 手前らは子供かっ!


 手前らの責任で夢を実現しろッ 人様の人生や運命を弄ぶなッ」


「……殴り合いを許可する」


 議長を務める『はなみずき』は一方的に出席者たちにそう告げると、席から退場してしまった。



【サブタイトル】

 会議は醜い殴り合いで終わったが、『好きにしろ』との言質を手に入れたぼくはある場所に向かうことにした。ここにはこの世界に来てから知り合ったとある親子が住んでいる。


「おい。『鉄鉱石』。『磁鉄鉱』。いるか」


 相変わらずきったないところに住んでいるよな。この親子。『玩具屋』とドワーフらしい金釘文字で描かれたあばら家をくぐると、そこには別世界が。


 華やかな花の香りが何処からとも無く常時薫る仕掛け。

 鮮やかな色と甘さで子供心を惹きつけて離さない美しいお菓子。

 そして指先を少し触れれば紐にくくりつけられた玩具の鳥がクルクル回る仕掛けだらけの玩具。


「また新作ができたのか。『鉄鉱石』」


 ふわふわ。ふわふわ。


 ぼくのそばからいつの間にか離れた犬娘「おおかみ」……『つきかげ』は、魔族娘『かげゆり』と夢中になって玩具で遊んでいる。

 遊ぶだけならタダらしい。ドワーフの精密な技術で作られた玩具は恐ろしいほど高価なのに豪気な話だ。



 同じようにはしゃぐ貧民の子供と玩具を奪われて泣く貴族の子供。ここでは店主である『鉄鉱石』がルールだ。


 一言も喋らないこのドワーフは、これで結構子供たちに慕われていて……あ。またヒゲにリボンつけられている。リボンって地味に高価なんだけどな。

 あ。抱きつかれた。いたずらっ子に蹴られた。散々だな。


 まぁいいや。ぼくはわざとらしくせき払いをして店主の意識を引こうとするが。


「……」


 反応しているのか。このドワーフ?!


「おい。『鉄鉱石』。来ると木簡を送ったはずだが。……おい。なんか喋れ。……手紙を見ただろうが」


 ダメだ。こいつは相変わらず喋らん。


「あ、カシジテンシャの兄ちゃん、『かげゆり』に『つきかげ』! お久しぶりッ!」


 この愛想の良いドワーフ。実は子供らしい。


「キリサメの話また聞かせてよッ」



 子供に見えないドワーフだが言動は子供なので違和感がある。さて『磁鉄鉱』よ。その話は国家機密なんだがなぁ。適当にはぐらかして教えておこう。

 ああ。余談だが『磁鉄鉱』とか『鉄鉱石』ってのはドワーフの名前だ。連中は鉱石や宝石の名前を名乗るらしいが人間には発音できないらしく、人間相手には『磁鉄鉱』などと自称するらしい。


「なぁ。磁鉄鉱。この玩具ってデカくしても動くよな」


 ぼくはつんと乗り物の玩具を動かす。魚を思わせる乗り物はクルクルと輪を回っていく。その様子はぼくの知っているあるものに酷似している。


「動力が足りぬ。あと資金だな」

「資金はいくらでもある。さらにジテンシャの機能を組み込めばなんとかならないか」


 やっと『鉄鉱石』の奴が喋った。マジで困る。


「どうなの父ちゃん」


『磁鉄鉱』がいないと意思疎通すら困難だからな。この爺さん。『つきかげ』が勝手にお菓子のふたを開けた。地味にこの世界では宝石とされるガラス製の器を割られると困るのだが。ああ。夢中でしゃぶっている。甘いからなぁ。『かげゆり』まで耳をパタパタさせながらしゃぶってら。



「素材の強度もあるぞ」

「安全性はお前に全部任せた。ドワーフの技術は世界一なんだろ」


 ぼくらが真面目に話している横で、魔族娘と獣人娘は子供たちとお菓子と玩具に夢中。


「可能だ」


 爺さんの台詞を聞いてぼくと奥で控えていた『はなみずき』はニヤリと笑った。そしててのひらをハイタッチ。ドワーフ二人はぼくらの『計画』を聞いてヒゲだらけの目玉をひん剥いた。



 さて、時間が前後するが会議の話に戻る。


「夢の国があるだと」


 ふざけるなと言う人々にぼくは告げる。


「あるぞ。

 夢と希望に包まれ、『最初の剣士』の理想である自由と平等を再現し、邪神を封印しつつ、あまつさえ膨大なカネを三国にもたらすアイデアが」


 まず、日本の事を知ってもらう必要がある。神道の事を説明するのは意外と難しい。



「邪神を祭る神殿がウチの国にあるんだが」

「邪教徒を殺さずに? 神殿を認めるだとっ?」


 ……特にいきり立つ三国の人々に説明するのはなぁ。



「あの。なんというか、うちの国の神殿は生き方をアレコレ言わないから」

「はぁ?!」


 この世界の宗教は教義あってのものである。


「まぁ、邪教の教えは認めなくていいし、実践は防いでもらうとして」


 というか、世界を滅ぼせとかありえん。儲からんし。


「要するに、邪神様には寝ていてもらうか、ご機嫌であってくれたらいいんだろ」

「そうだな。そのために一応供物も捧げているぞ」


 近くの魔物どもをと答えるエース。お前ら善意と儲けだけで人助けしているわけではないんだな。気に入った。


「なんというか、不幸な死に方をした人を神様として祀って、呪いやタタリを防ぐって考え方は判るかな」

「……理には叶っているが誰もやらんな」



 三国の貴族や神殿関係者が呟く。


「そもそも邪神を祭るなど」


 あ、正義神殿の人には許容できんわな。

 余談だが各神殿関係者は邪神封印に必要と言うことで席を認められている。


「まぁその、暴れられるくらいなら接待するのもアリだろ。お祭りを毎年行ったり、供物捧げたりは君らもするだろ」

「……確かに封印を維持するために行うが」


 嫌そうに戦神神殿の戦士長が愚痴りながらも認める。


「まさかなぁ」「前例が無いですからね」


 幸運神殿の司祭長と知識神殿の主がため息をつく。

 その教義から神殿を持たず、各国から治安を乱す邪教とされる自由神の使途がぼやく。


「確かに、われらも『最初の剣士』は我らの神の化身と」


 それがまずかったらしい。

「わが神の化身だッ」「わが神の化身だぞ」

 噛み付く正義神殿の高司祭。

 および戦神神殿の連中。



 邪神の化身にされたらたまらんらしいが、正義神殿の高司祭よ。お前の日ごろの言動と行動を問いたい。


「三国規模で維持管理する遊戯施設を年中で営業だと」「その維持費はどうするのだ」「というか、年中祭りは出来ない」「無理」


 否定意見にいちいち理を説くのは難しい。感情が伴うのだからなおさらだ。


「あの街なら、魔導力的に何でもできるだろ? エースも封印の管理がはかどる。三国も騎士団を派遣して正義と平等と自由を具現化できる。いいこと尽くめだろ……あとだな」


 ぼくは『かげゆり』が試算した収支予想の書類を彼らに渡した。


「やる」

「最初の剣士の理想を具現化するときだ」


 最後は。カネである。マジで。


 具体的に言うと、あの街に遊園地を作り、入場料を取りつつ年中単位でお祭り騒ぎを行って邪神を慰めるのである。三国の連中は『最初の剣士の理想に叶う』といわれるとだまり、神殿関係者も封印の構造上GOサインを出した。



「さぁ。儲けるぞ!」

「お前は邪神より邪神だ」


 ぼくの隣で『はなみずき』はため息をつくものの「だが、楽しそうだ」と呟きそっとぼくの横に立って微笑んで。「ところで」



「『じぇっどこーすたー』とか言う乗り物、私も乗れるのか」

「奴隷でも貴族でも全て平等に順番待ちだ」


 時々子供のような笑みを見せるのだよなぁ。この皇女さま。ほらほら膨れていらっしゃる。かわいい。


「なんだそれは」

「皆平等。貴族特権もないし、奴隷や貧農だからとさけずまれることも無いぞ」


 すっと前に出て両手の指をみずからの身体の前で組むと伸びをしてみせて彼女は振り向きざまに微笑む。


「詭弁なまでの平等性だな」

「しかも皆笑ってすごせる。『車輪の騎士団』はその維持管理に勤める。ちゃんとした活動になってるじゃないか」


 街を二人で見下ろす。笑い声が漏れる。



「……お前の発想力は王国の保護なくば本当に異端として火刑ものだぞ」


 ぼくらは連れ立ってあるく。そういえばあまりないことだな。


「もう一度言うが、最初の客は私にしてくれ」

「既に先約があるからダメ」


 ぼくらは無益な争いをしながら、街の下見に向かう。


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