ここほれワンワン再び(「狼だもん……いぬじゃないもん……」)
ここほれワンワン再び。
「(狼だもん……いぬじゃないもん……)」
地獄耳か。つきかげ。
「……天気。いい」
フードをかぶりなおしながら『かげゆり』が呟く。服装だけならば『つきかげ』と『かげゆり』は完全な不審者だ。
「おおかみ」
「はいはい」
まぁ見た目が見た目だからなぁ。
ぼくらは自転車から降り、眼下の町に心を寄せる。
「綺麗になったな」
「うん」
皇女様とソル爺さんプロデュースの『図書館』は総合美術館としても機能しており、同じような施設もいくつかちらほら。
「みんな生き生きしているよな」
料理の香りがここまで匂ってくると『つきかげ』が呟く。
精霊の喜びの声、人々の歓声が聞こえると『かげゆり』が訴えてくる。
「俺たち、もう要らないかな」
「……」
「……ばか」
このまま、何処か遠くに行くのも悪くは無い。
「……どこ。いくの」
多分。ずっと遠くだ『かげゆり』。『俺』たちがいなくても誰も困らないくらい。遠くだ。
ぼくはずっと考えていた。
異世界に行くとか言う小説はある。そこで素晴らしい異性に出会い、恋に落ちる。コレもある。
帰還を目的にするのはかまわない。だが相思相愛になった人に協力を願うのは残酷だ。
好きな人のためにあえて永遠の別離を選択させる。
本気でぼくのことを好きな人に。
そのような人たちにそんなことをさせるくらいなら。ぼくはやっぱり一人でいい。
「ばか」「ばか」
狼娘と魔族娘が呟く。
「ばかでいい。どうせぼくらは交わらない」
あの店は、この世界には本来あってはいけないものだ。影響力が強すぎる。
判っていたんだ。『はなみずき』。
いつかキミはぼくを殺すしかなくなる。そのことに。ぼくが頑張れば頑張るほど、この世界の歪みは大きくなっていくと。
「だからさ。滅びの街ってとこで、誰にも見られず余生を過ごそうかなと」
「おばけ」
むしろ、お化けになるなら本望とぼくが言ってのけてやるとお化けが嫌いな魔族の少女は呟いた。「勝手にすれば」と。
「あの街。いい匂いしないよ」
狼娘が告げた。
「女の駆け込みはよくあるが、野郎は初めてだよな」
保護を求めて訪れた『五色の魔竜』砦の主にして山賊団『五色の魔竜』の主、エースはそう呟くと「まぁ呑め」と泥のような酒を勧めてくれた。壮絶な臭いと味に閉口するが、何とか呑む。
その間彼奴は娘たちに媚を売っており。
「『つきかげ』ちゃんと『かげゆり』ちゃんはどんどん可愛く……綺麗になっていくな」
「えへへ!」
「……(ぼそ)ありがとう」
げぼげぼ言っているぼくの横でエースと仲良くしている娘たちに爽やかに靴を鳴らしてポーズを決める男。
「いっそ嫁に来るか」
「やだ」「……」
プイと横を向く魔族の少女としっぽをふりふりしつつも拒否を示す犬娘にエースはへこんでみせた。
そのような中、何故かガタガタと武器や攻城兵器まで持ち出し、魔導や盾を準備し、剣や槍まで用意しているエースの仲間たち。
「宴会にしては物々しくないか」
あちこちで溶けた青銅を型に入れ、剣や防具にしているが。
「三国の騎士共が合同して襲ってくると情報があってね」
「何だって?!」
てめぇの所為だと恨み言を垂れられたので首を捻る。
「三国の突然の平和条約、てめぇの差し金だろ。ネタは割れているんだ」
ああ。そんな提言もしたっけ? そう呟くとエースは肩を落とした。
「お前、この300年の戦乱の歴史を知っているのか」「うんにゃ。知らない」
そう呟くとぼく以外。『つきかげ』や『かげゆり』まで肩を落とした。
「こんな奴が戦乱を収めた影の功労者だなんて」
「こんな奴に俺たちころされるんですか。やってられねぇっすよ」
誰が殺すんだよ。そんなことしないぞ?
「あ~の~なぁ?」
エースはキレ気味にぼくの首を引っつかんで振り回した。
「三国から見て『共通の敵』って言ったら俺たちだろうが~~!?!」
ずいばぜん。勢いで言ってしまった。今は反戦している。
娘たちのとりなしでなんとか解放されたぼくは喉元を押さえゲホゲホ。
「とはいえ、うちは女共もいるしなぁ。連中の名目は女共の奪還だが」
そこでエースは視線をずらす。
ぼくらもつられて『五色の魔竜』に駆け込んできた女の子たちを見た。そこには。
「オラッ! さっさと陣地構築しなおせッ! やり直しッ」「傷宛てのシューロ葉が足りませんわッ 担当者は今すぐ出頭しなさいっ」「腕が鳴りますわね」「ククク。十年こっそり鍛えた魔導の力を実戦で」「状況は不利ッ だがそれが面白いですわっ」「ぜ~ったい実家には帰りませんからッ」「あのガマガエル夫と一夜を過ごすくらいなら死んでみせますわッ」
「……これ。ストックホルム症候群か」
「なにそれ。むしろ、俺たちが振り回されている」
元気すぎる女の子たちにエースはため息をついた。
「それに、あの街を守るのは俺たちの使命だからな。逃げるわけには行かない」
「いや、逃げろよ」
「だ~れ~のせいだぁ?! え?! コラ」
ぼくはまたエースに羽交い絞めにされた。まぁ気持ちはわかる。
ノリノリで『手紙』を書くエース。『人質』と書かれた木製の赤札をつけられぐるぐる巻きのぼく。
「『お前の夫は預かった。返して欲しくば今回の襲撃を取りやめろ』っと」
エースの隣で人形をもってご機嫌の『かげゆり』と東方伝来の『ごはん』に夢中の『つきかげ』。
む? ちょっとまった!
「エース。『つきかげ』が食っているのは……コメか?」「よく知っているな。麦の十倍収穫量を持つが、寒さに弱くて普通育たない。魔導や妖精、精霊の助けが無いと……」
ごくり。
「何年ぶりのコメだろうか?!!!!!!! うめええぇええええええええっ?!!!」
コメエェェッ!最高おおぅぅっ?!!
「犬みたいだ」
「おおかみだもん」
ぼくがこちらの世界に来てはじめてのコメに感激している様子に呆れるエースに誤解した『つきかげ』が彼を睨んで見せた。
ちなみに、狼と犬の違いは『つきかげ』曰く『犬はニンゲンと同じ穀物を食べる』そうだが、彼女は穀物を可也好むことを付け加えておく。
それよりは米だ。このつやつやの輝き。ふかふかの炊き加減。爽やかな香り。口に広がる米の旨み。
ああっっ?! 生きていてよかったっ!!!
はぐはぐとごはんを炊いてがっつくぼく。ワザワザ『炊いて』食べている様子に不思議そうなエース。
「お前の国ってコメが主食なのか? 『最初の剣士』もコメを好んだと言うが」
ばくばく。もぐもぶ。
「しかしあんだけ縛ったのにコメを食うために自力で捕縛を解くとか」
ばくばく。もぐもぐ。ふはっ ふはっ。
「……聞け。人の話」
米うめえ! 米美味いッ 故郷の味がするっ おっかさん アンタは偉大だったッ!?
「聞けっつてんだろーー??!」
ぐりぐり眉間をやられても米を貪るぼくにエースは呆れて一言告げた。
「卵と塩……豆の一種を発酵させて作った黒いソースもいるかね」
サルネモラ菌対策をしていない『普通の卵』は有毒物質である。間違っても海外の卵を口にしてはいけない。『春川』の言葉を思い出したのは腹を抱えて糞壷に座り込みながらであった。
「……三国は精鋭騎士たちを合同し、通称『車輪の騎士団』を編成。最初の敵として俺たちを設定したらしい」
「腹が~!? 腹がッ??!」
「車輪の騎士団は『武装強行街道敷設隊』のゴーレム部隊が恐ろしい勢いで街道を作り、『魔導騎士団』の支援を受けた『戦車騎士団』が一気に蹂躙する戦術を取るようだ。『戦車騎士団』だけならこの辺は街道も整備されていなかったし、なんとかなったのだが……ってな」
あん? なに?
「チンコ出しながら人の話を聞くな」
「腹がいてえんだよ!」
「まさか伝説どおり本当に生卵を口にして腹を壊すとか」
呆れたり大笑いしたりするエースたち。
どんな奴だったんだ。『最初の剣士』って奴。案外『親戚』かも知れないが。
「それよりは紙……もとい『浄水』使える奴を連れてきてくれ」
「案外、お前って『最初の剣士』かもしれないよな」
剣も魔法も使えないがなとエースたちは笑った。
後日『はなみずき』からエースに向けて伝言が届いた。
「夫? なんのことだ。私は未婚だ。そこにいる男に伝えろ。『そのまま死ね』と。
あと、卵は生で食うなとも。前にも言ったが忘れていたらしいな」
「お前ら仲いいよなぁ~」
ぼくの喉元に刃物をつきつけながら彼はにこやかに笑った。俺たちの厄介する砦は落城寸前。
「砦を放棄するのはダメなのか」
街のほうに立てこもったほうが絶対いいと思うが、緑と光と水に囲まれた五色の魔竜砦は小さいながらも堅牢のようだ。
あちこちに砦に入りきれなかった山賊たちが築いた追加施設があって、人が凄い勢いで出入りしている。
男より女たちのほうが元気でハキハキしているのが印象的だ。
「ダメだ。あの街で過ごすと発狂するぞ」
そうだったんだ。
「知らずにあんな街で暮らすつもりだったのか」
あそこには水洗トイレがあるからな。あと風呂と上下水道。
「豪胆なのか馬鹿なのかわからん」
頭を抱えるエース。
そして「ばか」「……」正直な娘二人のこめかみを無言でぼくはグリグリした。
魚が焼いたり、燻製を作る女性。
あるものは歌を歌い、あるものは男に混じって力仕事をし、あるものは機を織り、あるものは楽器を鳴らして精霊と戯れる。
若い娘が妙に多い。若くない娘も多いがこちらも気勢が若々しい。
ふわふわのサンカクの耳をぱたぱたさせながら、『つきかげ』が呟いた。
「ここ、女の人たちが楽しそう」
「……」
彼女に無言で頷く『かげゆり』。
妖精が作ったと言う茶の香りを愉しむぼくら。
この香りはレモンティーに似ている。ほのかな酸味と爽やかな甘みと苦味に心が洗われるようだ。
まぁ、ぼくらの所為でこの人たちは戦時体制なのだが。
「どうも、あの街の守護神は女の神様らしくてな。その影響らしい」
へぇ。
ぼくらの乗ってきた三台の自転車で大いに遊ぶ女たちにハラハラしながらぼくは生返事。
「俺もあの町で夜をすごしたことがあったんだが」
エースが呟く。
「『殺して。殺して。壊して。コロシテ』って聞こえるんだぜ」
彼はそのように街を評した。
数日後、幸いにも『五色の魔竜』は三国騎士団の和平案件を受け入れ、平和的に解決する運びになった。女たちは元の家に戻らずに済む。そして。
「幸せにやれ」
「感謝する」
こんな奴、女たちの代わりにならないと悪態をつく『はなみずき』はぼくの尻を蹴りつつ呟いた。「帰るぞ」と。
今、彼女は『つきかげ』のふわふわの耳の手触りを愉しんでいる。
「くすぐったいです。皇女様」
「久しぶりだからな」
ホント、楽しそうだな。
その後ろでうらやましそうに無言で突っ立っている魔族娘に振り返ると、皇女である彼女は遠慮なく『かげゆり』を抱きしめた。
「どうだった? ピクニックは楽しかったか」
「……」
兎のような長い耳をパタパタさせながら仏頂面の魔族娘にうれしそうな『はなみずき』。
そしてぼくのほうをあえて向かず小さく明後日のほうに呟く。
「逃げられると思うな。お前を殺すのは私だ。他にはいない。他には殺させない」
そしてぼくはぐるぐるまきのままである。
結論を先に述べるとあの街は古の女神の一柱を封印し、その力を利用して構築してある牢獄らしい。
領地的には『悠久の風』に所属するが、三国の魔導技術や文献が交わり、自転車の所為もあって急速に研究が進んだ結果。
「あの街は魔導帝国が滅びた現代において、当時の無限の魔導力を得ることが出来るとんでもないものだと判明した」
で、領土問題が早速発生と。
「しかし、どうすれば操れるか判らん。肝心の記録が無いのだ」
それをエースたちが持っているということですか。なるほど。
「お勧めしないな。神の力を吸い上げるとか不遜にもほどがある」
「不遜だろうがなんだろうが、使えるものは使うものだ」
エースはとんでもないことを明かした。
「万一女神が覚醒したら世界が滅ぶぞ」
「なんじゃそりゃっ?!」
鼻白むぼくらにうんうんと頷く女たち。
あれ? 男たちの中には一部『おかしら初耳です』とか抜かしている奴らいるぞ。哀れな。
「だから俺たちは封印のために、あの町を監視し、管理している」
たのむから、女神のためにもそっとしておいて欲しいとエースは告げる。
とりあえず判ったことは、五色の魔竜砦の女たちは三百年エースたちが守ってきた秘密をあっさり売り渡したということだ。
……『逃げられると思うな』か。
ニンゲンは自らの強欲さからは逃げられない。
そして、今日も楽しく暮らしていると言うことだ。
「なんか、俺、自分のしてきたことに疑問を感じるわ」
肩を落とすエースにぼくは同情せざるをえなかった。
だが。
「『はなみずき』。いい加減縄を解いてくれ」
「ダメ♪」
謳うように微笑む彼女はぼくの頬にひとさし指をつきたてて宣言した。
「お前は私のものだ。これは譲らん」
その言葉を聞いて娘たちは肩をすくめてみせた。
「わたしのなんだけど。皇女様」
「……あげない」
「ならば戦争だ」
爽やかに彼女たちは微笑むと、ぼくを縛る縄を引っ張りあった。
後日、三国とエースたちを交えた調査団は『滅びの町』に向かい、無尽蔵の魔力の利権を巡っての争いは剣ではなく会議で決めるようになったのだが。
「で。この状況は何だ」
ぼくは工具を片手に呆然としている。
「風が吹いた」
皇女は頬を膨らませて呟く。うん。それは判るんだ。三国とエースたちを交えた調査団は『滅びの町』に向かい、無尽蔵の魔力の利権を巡っての争いは剣ではなく会議で決めるようにはなった。
領土的に『悠久の風』に所属するはずだが、権利放棄していたというのが他二国の主張。
エースたちの山賊団を実質牛耳っている女共の意見は『三国が権利放棄している。管理はこちらでやっている』。彼らは魔導帝国末期の命令書まで持ってきやがったのだから恐れ入る。本物かは怪しいが。
三国はエースたちを山賊として扱っているので独自の領地を持つという主張は受け入れない構えをみせたが、三国貴族や豪農から逃げ出した女共は色々ややこしい話を暴露するだの、夜でこんな奇行を旦那がやろうとしただのゴチャゴチャゴチャゴチャ。
調整に回る実質責任者のエースはマジで不幸だ。
さて。会議が必要なのも判る。言論が剣の代わりとして機能するのもわかった。
軍事力で劣る『悠久の風』が不利なのもわかる。問題は会議に連日出席なされた皇女さまの御奇行で。
「何故ドレスを着たまま自転車に乗った」
「何時もの癖でやってしまった」
「以前、甲冑を着たまま自転車に乗ってサドルを破いたな」
「懐かしいな」
苦笑いする皇女にぼくはあきれ返る。完全に巻き込んでいる。
「なんとかならないか」
「ならん。ハサミを持ってきて切ろう」
その言葉を聞いて彼女は首を振る。
「糸ですらこの世界では高価なのだぞ。我々にとってのドレープや刺繍はお前たちの世界の宝石を縫い付ける行為にほぼ等しい」
「どうしろと」
ニヤニヤと彼女は笑う。
「ある程度なら魔法で補修が出来るから、なんとか外してくれ」
ムリッ?!
ぼくが彼女のドレスに触れようとすると彼女はボソッと呟いた。
「優しくしてね♪」
こいつはそんな冗談を言う娘ではなかったはずだが。ぼくが彼女を見ると彼女はツンとした表情を浮かべて大きく視線をそらす。ぼくの目には少し赤い舌を出している皇女さまがうつっていた。幻覚だろうか。
ああ。ドラムブレーキに巻き込んでいるな。
このブレーキは後輪と直接くっついているタイプで、ブレーキをかけるとドラム型の円盤を挟み込んで停まる構造だ。って、外しようがないッ?!
「何処をどう間違えばこんな巻き込み方をする」
「さぁ。風のイタズラという奴だな」
彼女は恐ろしいことを告げた。ドレスを破けば弁償させると。
「ああ。なにがいいかな。現金でもかまわないし、男が責任を取るといえば古来から」
ニヤニヤと笑う彼女。どうみても皇女様じゃない。なにか悪いものを食ったのか。
「機械油をつけるなよ。これ以上ドレスを破るなよ。嫁入り前の高貴な私の身体に触れるなよ」
ニコニコニコニコ笑いながら彼女は告げる。なんとややこしい。無理ゲーだろ。後ろでは女性騎士やエースのところの女どもがニヤニヤニヤニヤ。
あいつらの差し金か。まったく。
ぼくはワイヤーカッターを持ち出し、車輪を支える針金をブチブチと斬って自転車を完全に破壊し、ドレスを引き出すとにこりと笑って彼女に告げた。
「修理頼んだ」
皇女たちはなんとも微妙な顔をした。