平和を生み出す商談
「……」
ごそごそ。
暗闇の中、ふわふわのしっぽがぼくの鼻をくすぐる。
「いぬ。いくよ」
「うん……っておおかみだって」
子ども達が何かする気だな。『つきかげ』の体臭が少しきつめになる。興奮している証拠だ。『かげゆり』の周囲から男を牽き付ける芳香が放たれる。彼女が本気になっている。
「仇討ちは厳禁」
ぼくは寝言を装って呟く。
『つきかげ』の光る瞳がぼくをみた。
「ゆり。ごしゅじんさま寝ているよね」
「眠りの精霊、いない」
タヌキ寝入りがばれた。
仕方なく起き上がり、ぼくは二人のいるであろう方向に目を向ける。
「慈愛神殿のお姉さんの仇討ちはだめ」
「なぜ」
「どうして?」
それはポプラと散々話し合った。そして結論が出た。
「彼女は帰ってこないから」
「だからこそ。する」「うん」
「俺たちは貸し自転車屋だぞ。人殺して利益が出るか」「……」「……ばか」
二人の非難の声にぼくは苦笑い。そんなことで解決するのなら、最初からそうしている。
そう呟くと二人は嫌々頷いてくれた。
「だから商売の話をしよう。我々皆の利益になるようにね」
「……」「……」
ここしばらくの調査で以前揉めた正義神殿の高司祭のやらかしの数々をぼくらはつかんでいた。
腐れ坊主の高司祭の『甥』が実は彼の息子だとか、布施を使い込んでいる話を騎士団にリークするとかすると面白そうじゃないか? 聞けば聖騎士どもは正義のためにはなんでもする反面、奇跡の使えない司祭共は彼らの奔放な行動に頭を抱えつつ、政治的な駆け引きを担当しているらしい。聖騎士派ではない今の高司祭は奇跡が使えない司祭だ。正義に反する行動を行えば聖騎士たち言うところの天罰が下るであろう。
「それ、聖騎士たちにばらすの」
残念だな。聖騎士とぼくは折り合いが悪い。
「じゃ、どうするの」
「慈愛神殿に仕事を持っていこうと思う」
「? おしごと?」
「病気や治安の問題も一気に解決して、ウチはさらに儲かるって寸法」
暗闇の中、ぼくらはクククと笑いあう。
「おもしろいのかな」
「すっごくな」
「敵討ちになるの」
「直接の復讐にはならないが、無念は晴れるさ」
それに、自分の死で更なる悲劇を呼ぶことを、彼女は望んでいないだろう。
さて。細かい経緯は省くがぼくらは沈黙したフルチンのおっさんを取り囲み、『ビジネス』の話を始めた。
「私を恐喝する気か」
「いんや。儲け話を持ってきた」
「詐欺師は常にそういう」
いや、普通に儲かる話ですよ。なんせ貴方が異教の精霊使いを多数抱えていることをぼくは知っているのですからね。そして彼らに払う報酬額把握済みです。
「精霊使い? いったいなんのことだ?」
「『浄水』」
『かげゆり』が小さく呟く。
「貴方たちは膨大な綺麗な水を毎日使い、口をゆすぎ、身体を清めます。
不思議ですね。いったいどうしてそんなに大量の綺麗な水を確保できるのでしょう」
「かっ」
彼は誤魔化そうとする。
「神の奇跡だ」
「ハイアウト」
姿隠しの術で隠れていたオルデールはニヤニヤしている。
「『貴族』にはウソを見抜く力があるんだぜ。正義神の司祭がウソついちゃいけねぇ」
勝ち誇る彼の背をパシパシと叩いて労をねぎらうと彼は冷たい瞳でぼくをにらんだ。
「マジで。今回はうらむぜ。兄ちゃん」
結局お姉さん方から助けてやったじゃないか。
「そういうのを恩着せという」
彼はツンとしてみせた。
「まぁ。ちょっとは良かったけどな。ちょっとは」
人生ではじめてモテたらしい。
こいつ相変わらずあちこちで苦労しているな。
「と、いうわけで、貴方を悩ます排泄物の処理を私達の代理人が請け負うことを認めていただいて宜しいでしょうか。あ、拒否権は実質ありませんが」
「排泄物ッ? 当神殿にそのようなものはないッ」
「はい。ウソ」
汚物の類は正義神殿では穢れとして排除され、便所も隅っこのすごく狭くて不潔な施設になっていることをぼくらは把握している。
「慈愛神殿の高司祭様には話をつけています。
今後慈愛神殿であなたの神殿にて発生した汚物処理を担当する。その出入りを認めてほしいという提案を私たちは持ってきました」
理解できないとする彼に丁寧に説明するぼく。
「王国としましては、貴族女性が次々と慈愛神殿に駆け込む状況を芳しく思っておりません。その抑止としての措置だと国王殿には説明しております」
ちなみに、汚物処理を舐めてはいけない。
本来禁制である貴族の妾たちが住まう館や神殿、王族の住まいまで慈愛神殿は人をよこすことが可能になる。慈愛神殿の人間は美女揃いだ。そして人間というものは美女には口が緩くなる。
この話を聞いた慈愛神殿の高司祭は司祭たちを説得することを約束してくれた。同様に戦神神殿、商業神殿にも話を持っていった。
ぼくは水を綺麗にする自転車『シク○クリーン』を持っている。電気の代わりに人力で水を浄化する珍しい自転車でこれを格安で貸し出す。
他にも風呂やサウナの作り方のノウハウなどだ。なんせ何年も『かげゆり』と研究してきたからな。
この世界、風呂の問題はマジで深刻だ。日本人的に。
一番苦労したのは影の薄い知識神殿との折衝だが、慈愛神殿の高司祭である老婆が出向き、あっさり解決に向かった。
最後まで反対していたのはこの男だけだ。
ぼくは朗々と彼が今まで支払っている予算。
彼が裏金で雇っていた精霊使いたちを慈愛神殿が代わりに雇うメリットを説明していく。慈愛神殿は異教の存在を完全に認めている珍しい宗派だ。精霊使いがいたところで問題がない。
「しかし、汚物など処理することが儲かるのかね?」
「う~ん。長期的に見ると儲かるんですが、その話は割愛しましょう」
汚物処理をやっていないと疫病がはやるとか説明するのが面倒だ。
そ、れ、に。
「慈愛神殿の女性は美女揃いです。貴方の居住空間に美女がいても不思議じゃない。危険を冒して下級神官の娘たちを閨に連れ込む必要性がありません」
慈愛神殿の信者にはそっち系統の女性も少なからず。
あの太った娘は元締めさんだった。勿論若くて綺麗な子を用意できると保証してくれた。
その先は交渉のテーブルの上で。
ぼくはそれだけ呟くと、その神殿を後にした。
「生臭坊主は何処にいっても生臭坊主だな」
ぼくは今後美女たちに『別の意味で』キンタマを握られるであろう男の不幸にクククと笑って見せた。
「混沌だ」「魔族……」
二人の娘が酷いことを言うので肩をすくめてやった。
後日、『はなみずき』を加えた各神殿の長たちは終始和やかな会話を行い、彼は後にこう述べたという。
「不思議だ。我々は何度も会話を行ったことはあるが、金儲けの話はしたことがなかった」
「むしろ、金儲け以外の話をする気は私にはなかったのだがね」
商業神殿の長は呟いた。
「あのサウナというものはなかなか良いですよ。傷に効きます」
「その建築で儲けさせていただきますからな」
今後無償で各神殿にサウナや風呂を作る代わりに利権を手に入れた商業神殿の長はホクホク顔だったそうだ。存在感のない知識神殿の長は終始不気味な笑みを慈愛神殿の長と交し合っていたそうだが。
「しかし、恐ろしいのはあの老婆だったな」
『はなみずき』は苦笑いして述べた。
今後各神殿の秘部を握りかねない契約を交わしながら彼女はニコニコと笑って述べた。
慈愛神殿の長は『彼女』に限らず、幾多の仲間を斬られ、殺されながら長は神の教えを貫いてみせた。
「土に根を下ろし、風とともに生き。
種とともに冬を越え、鳥とともに春を歌いましょう」
彼女は杯を手に微笑み、乾杯をして見せたという。「我らの『平和』に幸あれ」と。
慈愛神はその使途に戦意を奪う奇跡を与えるという。
しかし、一過性の魔法より恒久の平和を実現するためには、『敵』である異教徒の仲介が必要なこともある。
「うちの神様は、最高神が機織しているからなぁ」
ぼくはにこりと笑って見せた。
「真面目に皆が働く。これこそ平和への第一歩」
そう呟いて久しぶりに出た陽光に歓喜の声を上げる。
「さぁ。今日も働くぞッ」
貸し自転車屋さん。今日も開店ですッ!