正義の『重さ』は誰が為に
「ナンダコレ」
ガウルは不思議そうにその棒切れに手を伸ばした。
「隣国の精鋭部隊と戦闘になってまで手に入れた『最初の剣士』の秘宝がこんな棒切れだなんて」
肩を落とすオルデールだがお前ほとんど活躍していない。例によって活躍したのはガウルと『かんもりのみこ』だし。
「なんだよ。折角ガウルに頼んで先回りしてもらったってのに無駄足だったな。秘宝は『世界を血で染めるほどの魔剣』だと聞いたのに」
ガウルに匹敵する体格の男は悪態をつく。『俺』が春川に次いで遅れを取るとはね。
ぶっちゃけにこにこ笑いながら真剣をぶん回す『はなみずき』と共闘しつつも彼女にずいぶんヒいていたため実力の半分も出してくれなかったエースだったが、その武術は素晴らしかった。またやりたい。
彼は竜の力を持っているらしい。トロール橋のトロール君より強い人間がいるとは思わなかった。『五色の魔竜』だかなんだかの砦の主で、エースと呼ばれている。
呆れるぼくたちは『あ~疲れた。バカバカしい。帰ろう』と意見が一致しかけたのだが。
「……御先祖。様」
崩れ落ちて泣き出した『はなみずき』に一同振り返る。
「それは、その方は、私の先祖だ」
『……は??』
ぼくは思わず、地面に転がったそれを指さしてしまう。それを後に激しく後悔することになるが。
「こんな棒切れが」
伸ばした指先には『秘宝』とは名ばかりの棒きれ。
「棒きれと言うなッ 私のッ! 私の未来だっ?!」
「まさか……皇族の『剣化』の術か」
エースが何か合点がいったような顔をする。
あれ、それ以前何か……『はなみずき』が。
慌てて膝をついてうめく皇女に肩を貸そうとするも跳ね除けられた。
「こんな、こんな、剣でもない姿に」
恥も外聞もなく『剣』を抱きしめて泣き続ける皇女に遠慮してエースたち山賊団は席を外していく。
「お前ら、ホントに山賊か」
「国家に所属しないって意味ならそりゃ山賊だろうさ」
エースはウインクしておどけた。
「女には向こうから『抱いて』と言わせるのが俺のポリシーだからな」
その化け物みたいな身体でプラトニック嗜好か。勇者だな。しかもお前くさいぞ。
「今度から明礬温泉に入るようにする。妖精の知り合いがいるんだ」
「それがいい」
ぼくらの莫迦なやり取りを無視して『かんもりのみこ』が呻く。
「『剣化』。魔導帝国の末裔、皇族たちの最後の力。真の愛と口付けを生贄に発動する。その剣は強く、鋭く。しなやかで固有の魔力を持ち、永遠を生きる。
……『永遠』だ。『永遠』だぞ!
大切な人を護るために、そのひとが滅びても存在する剣とならねばならぬのだ」
それは、多分。単純に想い人を残して死ぬより辛く悲しいであろう。
「なんでも壊れても元通りになるってな」
ガウルも余計なことを言う。ぼくは『はなみずき』に釣られて思わず涙を……。
ぐいぐい。
なんだよ。『かげゆり』。
感傷にひたるぼくの制服のすそを子供たちがひっぱる。
「あれ、『あらびあすーじ』じゃないの? ごしゅじんさま」
え? ……『はなみずき』が抱きしめる棒切れに刻まれたアラビア数字を見て、ぼくは驚愕した。『壊れても元通りになる』……まさか。
『永遠』すなわち『変化しない』。『変化しない』……『変化しない』だって??!
「手を離せ。『はなみずき』。その女の人は。君を待っていたんだ」
手にとって見る。職人の感覚を持って直感した。
長さ一メートル。重さ一キログラム。ジャスト。
もしくはそれ以上に正確。
『魔剣』の特性を持って周囲の環境に左右されず、常に同じ重さと長さを実現し、理想の強度を維持し、同等のものをつくる基礎になる。
震えが来る。この『剣』は剣以上のものだ。
確かに、これは……世界を滅ぼしかねない。世界を血に染めかねない『秘宝』だ。
「これは。……この女性はメートルキログラム原器に自分を」
震える手のひらの上で揺れる『彼女』に落ちた露はぼくが落とした涙だった。
「メートルキログラム原器? 説明しろ」
どうやらエースたちは精霊使いの風によって言葉を遠くまで伝えたり聞いたりする魔法で立ち聞きしていたらしい。
もう一戦やるのはやりにくい。
精鋭部隊が殴りこんできたから敵の敵は味方ということで共闘したが、急遽自転車と馬で追いかけてきた『はなみずき』配下も少ない。鎧も着ていない。
数が多いし、エースの強さはタイマンでも『俺』と僅差だ。……ち。稼ぐか。
「俺の『世界』……ああ。ごほん」
「かまわん。お前が皇女の夫という話は出鱈目だとガウルから聞いている」
異世界から来たなどにわかに信じがたいが。そう続けるエースに。
「出鱈目とはなんだ。出鱈目とは」
『魔剣』を抱きしめていた女性は涙を浮かべた瞳のままぎろりとエースたちをにらんだ。
頼む。『はなみずき』今は話させて!
「俺の国では数百年単位で起きた内乱を制した奴は、真っ先に庶民の武装を禁じて戦乱の種を摘むと、次に度量衡を統一、さらに国中の検地を行ったんだが」
「?」「???」「????」
異世界人には難しいか……。
「まぁその。折角内乱が終わったのにドンパチしちゃまずい。よって武器を取り上げた」
「どんぱち?」
ああ。この世界には銃がないのか。
「その……斬った張ったしてる暇があったら鍬持ってくれってことだ」
「なるほど」
山賊の癖に意外と理解があるエースに不思議そうな顔を浮かべる『はなみずき』。
「流石に依頼だけで食っていけねぇ。森の恵みにも頼るが畑も持っている」
「なに……」
どうも騎士団ですら把握していなかった情報らしい。
「そう。畑の大きさとか、どんなものが収穫しやすいかとかを調べて、戸籍を把握するのは重要な行為で……」
ふたりのやり取りを無視して話を続けたぼくに『はなみずき』とエースは仲良くツッコんできやがった。
「せめて魔導帝国語で話せ」
「共通語でもかまわんが」
すみません。君たち仲良しですね。嫉妬します。
「それほどでもにぃ」
ブロント語など異世界人が知らない……そう思っていたことがぼくにもありました。バキ。
「ようするに人が生きているか死んでいるか判らんのに『税を納めろ』とか無茶だろ」
「ああ。俺たちの人数を王国が把握していないようなものか」
「うるさい」
エースはかなりのやり手らしい。
『はなみずき』いわく、何度も討伐しようとしては撃退された上、多少の怪我はすれども死なず犯されず討伐隊が帰ってくるので黙認せざるを得ないらしい。
「次こそ討伐してやる」
「再来月までに来てくれ。収穫しないとダメなんだ」
余裕あるな。エース。
「結構平和にやってるんだぜ? そうじゃなきゃ女どもが駆け込んでこねぇ」
意外とリア充なのかもしれん。コイツ。
「ああ。犯す奴は金玉切り刻んで追い出すが」
本当に山賊かよ。この世界にしては紳士的すぎる。
というよりこいつフェミストか?
「いや、女を不当に扱うと結果的に男社会が狭く生きづらいものになるだけだ。てかうちは女所帯でね。どちらかというと俺たちより女たちのほうが元気なのさ」
勝ち誇るエースの言葉を子供たち二人が楽しそうに聞いているのが気になる。それよりこいつ、微妙に俺たちの世界の考え方を持っていないか。何者だろ。
えーと。こほん。
とりあえずエースの正体を知るより時間を稼ぐほうが大事だ。
「度量衡ってのは、長さや重さや大きさの物差しを統一したってことだな」
元の世界の地球の技術力を総結集しても完璧なメートルキログラム原器は作れない。
「??」
エルフは物差しを使わないらしい。理解できないと呟く『かんもりのみこ』。
「私は……『怖い』。最近の私は自らの恐怖の精霊を、愛情の精霊の力を制御できない時がある」
どうしてそのような愚かなことに自らを捧げたと呟く『かんもりのみこ』。さりげなく『かんもりのみこ』の肩を抱くガウルだが、エルフにはボディランゲージの習慣がない。
やっぱりもげろガウル。
「? またサケを呑んで立てなくなったのか? いい加減にしろ。お前の寿命は儚いのだぞ」
「『かんもりのみこ』、お前俺のオカンか……」
「『コイビト』というのではないのか。確か鯉の獣人と理解しているが」
「違う」
「全然違う」
「ねーちゃんそれちがうよ」
「神族、愚か」
「……『かんもりのみこ』おねえちゃん違うよ」
全員が混ぜ返してしまった。
そんなことはどうでもいい。
問題はこの『魔剣』、いや物差しになった女性だ。
愛する人を残し。己が物差しを振り回して相争う人々のためにこの女性は『剣化』の特性を生かし、世界一正確な物差しになったのだ。
「この女性を正しく使えば、確かに世界は正義と公正の元に統一されるな」
「マジか」
「逆に骨肉の争いになる可能性もあるじゃないか」ガウルが身震いする。
実際、地球でもそうだったしな。今でも公正取引委員会が調べている。
「油の小さな目盛りの上か下かだけで殺し合いが起きることがあるんだぞ」
その点もこの女性は配慮しているようだ。
持つものの目盛りの上か下か真ん中かの意図を正しく理解し、常に『正確な』長さ、重さを記すのだから。
「そのために、そのためだけにかガウル」
「そうなるな。『かんもりのみこ』」
「愚かだ。人間は愚かだ」
涙を流さないはずのエルフの瞳から暖かいものがこぼれる。
「『最初の剣士』の加護あれ」
ぼくらは膝をつき、小さく祈った。
その身を愛と誠に捧げた一人の少女のために。
祈りの詞は歌となり、『はなみずき』の喉から草木を揺らす。涙は心に感動は力になり再定義されていく。
歌が世界に広がっていく。
全てが終わり店の路地裏に皇女様を呼び出したぼく。
「ところで『はなみずき』」
後ろのほうでは女性騎士たちがいい加減襤褸になってきた『皇女さまふぁいと♪』のタペストリをもってニヤニヤ。
「な、な。なんだ」
戸惑う彼女。
先ほどまで上機嫌でスポーク調整を行っていたとは思えないほどの狼狽っぷりだ。
「メジャー返せ」
「……」
嘆息する彼女に冷たい視線を向けるぼく。
「気付いていたのか」
「そりゃそうだ」
店のモノをこまめに色々王城に持ち帰りやがって。
「あんなに正確で、しかも携帯性に優れており、柔軟な悪魔の金属を利用していると思しき品は」
「あれはアタリ部分が広がっていて精度落ちているぞ」
「それでも途中から計れば良い」
「あれはボロで精度に問題があるが、『俺』の大事な人がまだ文字が書けたころの形見でね」
彼が元気な時に、何気なく自筆で刻んだ彼の名前がいまだ残る品だ。
そりゃ粗末に使っているのは認めるが、勝手に持っていかれたり捨てられるわけにはいかない。そう告げると渋々とメジャーを取り出す『はなみずき』。
しかし。それはぼくの知る機械油と傷であちこち真っ黒なものではない。
「? あれ? 綺麗になっているぞ」
「御先祖様の力だ。精度も戻っている」
余計なことを。
だが『彼』が最後に描いた『彼の名前』は綺麗に残っている。……よかった。
「お前のものさしはこの世界では合わない」
「だな」
かつての薄汚い路地は、子供たちが清掃し清浄な空気を保っている。その中でぼくらはおもいおもいの『ものさし』をぶつけあう。
「私のものさしにあわせろ」
「やだ」
皇女様である女性騎士はニヤリ。
「まぁそのものさしが、必要なときもあるのだがな」「ありがとう」
「お前のものさしがこの世界と決定的に合わないと判断したら、私は私情を捨ててお前を斬らなければいけない。王国のために。人々のためにだ」
悲しそうに、しかし毅然と呟く彼女にぼくは答えた。
「お気に召すまま。皇女さま」
ぼくは彼女の手に指先を伸ばし、小さなメジャーを受け取った。