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ここほれワンワン(「狼だもん……いぬじゃないもん……」)

 きっかけは放置自転車の回収に向かった『つきかげ』が帰りがけに露店からくそ怪しい地図を買ってきたことだった。


「たからのちずなのっ!」


 ……。

 ぼくら大人一堂は無言にて結論に達した。


「捨てて来い」

「なんでっ?!」


 尻尾をぴんと立て、毛を逆立てて抗議する犬娘「おおかみっ?!」。珈琲を煎れ、香りを楽しみつつ、苦味と旨みを堪能するぼくと『かげゆり』。呆れつつ、そのデタラメな地図だか図形だか判らない紙切れを眺める。


「……いぬ。むだ遣い」

「よりによって誰が書いたかも知れない地図を王国大金貨払って手に入れたなんて」


 この世界の価値感はちと判りにくいが、王国大金貨一枚は元の世界の一万円に相当する。筈だ。


 一万円を払うぐらいなら娘を売るだの、家を立ち退くだの、かなり頭の痛い世界だが。それもこれも貯金の概念がないのだ。手元に金を持っていたら盗まれ奪われるのだから致し方ない。



 そうなると金持ちは金持ちのまま。貧乏人は貧乏人のままだ。銀行がない世界というのはそういうことなのだ。加えてフェミズムが発達していない世界ではクズ旦那に家族のリソースをつぎ込むことも生存戦略としてあり得るため女性も男性もつらい世界になってしまうことになるが、この世界では女性と男性の身長はさほど変わらず、また魔力という謎パワーもあって現実世界の中世や古代社会とはまだ女性の扱いはいいほうである。


 まぁ、不本意ながら銀行の真似事をするようになって、この国の庶民の生活は向上したが、それだって一般的な貧民は借金漬けで一生ツケを支払ってタダ働きする運命には違いない。


「あのねっ! あのねっ! 『最初の剣士』の遺した宝物なのっ!」


 その言葉を聴いてたまたま遊びに来ていたオルデールも嘆息。


「そういう話は、何処にでもあるんだぜ。『つきかげ』」


 なんでも『最初の剣士』は剣の腕のみならず、思想家、発明家、政治家、芸術家としても活躍したらしい。

 おそらく複数人物の業績が伝説化していく過程で一柱の英雄神の業績となったのだろう。ピタゴラス学派とか八手三郎や矢立肇みたいなのかも。



「で。どんな宝物なの」


 簡単にでたらめを信じる娘に呆れつつ珈琲を口に含む。苦味とさわやかな香りが喉を通る。


「わかんないっ!」


 尻尾をふりながら無邪気に『つきかげ』は微笑む。当然ながらぼくはむせた。そりゃそうだ。どんなものか判らないものを探せるわけがない。


「ね、ね。騎士団の皆にお店任せて、皆で探しにいこうよっ」


 ……あのな。騎士団だって暇じゃないんだぞ。

 そりゃ、光曜日や闇曜日でも年中無休な店はウチしかないが。


 尻尾をぱたぱたさせながら、必死で訴える『つきかげ』。面倒くさそうに目を細めながらも、姉妹分を邪険にはできない『かげゆり』。


 ふたりのほほえましいやりとりに視線を左右させながらぼくは呟いた。


「今回だけだぞ」


「やったっ!」「わーい!」「……お人よし」



 なぜお前までついてくる。オルデール。

 そんなこんなでぼくたちは旅に出た。日帰りではない社員旅行である。


「よし。『つきかげ』」

「うんっ!」


 しっぽとサンカクでふわふわの耳を立て、右手を上げて元気に返事する娘に。


 オルデールは地図を見せて呟いた。


「匂いでほってくれ」


 真面目にぼくたち三人は首肯したのだが。

 はなさかじいさんの物語そのものはこの世界にはないが、だいたいにたような寓話はあるものだ。


「ちがうもん……おおかみだもん……いぬじゃないもん……」


 『つきかげ』は悲しみのあまり行動不能になってしまった。ぼくたちで探すしかない。

 花が咲く野原に一面の白詰草クローバー。『かげゆり』はそれを不気味な笑みを浮かべながら摘み、花輪を作り出しあまり宝探ししていない。


「……痛いでしょ。苦しいでしょ」



 聞かなかったことにしておこう。

 草をブチブチやりながらクククと笑うくらいはこの年頃にはよくあることだ。


「魔族って植物の言葉わかるらしいぜ」


 へぇ。マジか。すごいな。


「『かげゆり』」

「……?」


「花とか木の言葉わかるってマジか」


 疑ったことはないが。


 こくんと首を縦に振った少女はクククと笑うと呟いた。


「『シネ……シネ…… 酸素デシンデシマエ……

 シネ……シネ……酵素デ枯レロ モット光ヲ。

 枯レロ。枯レテシマエ。水ヲヨコセ。光ヲヨコセ。

 シネ。シネ。大地ヲフミシメル動物ドモ。養分ニナレ。

 犯ス。犯ス。我ガ花粉ヲ受ケロ。世界ヲ犯ス』……と言っている」


 うん。愛しい娘は立派な厨弐病患者に進化したらしい。



 ドン引きするオルデールの肩をたたき、「あの年頃にはよくあることだ」と慰めるぼく。

 オルデールは「いや、『かげゆり』は嘘つかないんだぜ」と言ったのが気になったが。


 年頃と言えば。


「おい。穴掘っていじけろとは誰も言っていないぞ。『つきかげ』」


 オルデールが呆れた声を出すも。


「いぬじゃないもん……おおかみだもん……」


 流石に直撃すぎたらしい。再起不能なまでに落ち込んでいる『つきかげ』。


 ため息をつくぼくは四台の自転車のスタンドを立て、戯れにくるくる回す。

 そういえば皇女も連れてきてやればよかったな。あとで祟りがあったら困る。なにか土産はないものだろうか。


 戯れに地図をとり、読むが。……「なんじゃこりゃ」地図と呼ぶより、クロスワードパズルに似ているんだが。

 いや、間違いない。これはクロスワードパズルを基本とするパズルだ。



「この世界ってアラビア数字は採用されていないよな」

「?」「?」


 不思議そうな二人を無視して、『地図』を眺めるぼく。

 あちこちにアラビア数字。つまりぼくの世界の数字が書いてあるんだが。


「……かして」


『かげゆり』が手を伸ばす。

 彼女の手先は流麗なアラビア数字を描いていく。


「まさか。この空きスペース」


 オルデールが呟く。


「重要なのは、言葉じゃない。この模様」


 頷く『かげゆり』。

 クロスワードパズルは、明らかに地図の様相を見せていた。


「これって。『滅びの街』ににてねぇか?


 オルデールの言葉を聞いた娘たちは一斉に震え上がった。長い耳を垂らしてがたがた震え、同じく尻尾を股間に挟んで総毛立たせて震える『つきかげ』の後ろに隠れる『かげゆり』。



「どうした? 『かげゆり』」


 なるべく優しく、落ち着くように声をかけてやる。

 小っちゃいころからそうだったしな。


 『かげゆり』は衝撃発言をした。


「……おばけ。怖い」

『お前魔族だろ』


 ぼくたちはずっこけた。


「おばけはさておき滅びの街ってなに」


 疑問を口にするぼくにオルデールが答える。


「古代の塔がアホホド建っている街だ。魔導帝国の都の一つでかつての帝都『堕ちた都』に一番近いな」


 元乞食少年の割に博学なオルデールに感心する。いわく「王立図書館の本はほとんど読み終わった」らしい。マジか。


「家名と魔力だけ復活しても領地なし、部下なしのはぐれ魔導士だからな。俺は」


 苦労しているんだな。

 そんな彼がニヤリとぼくに笑いかける。



「『ダンミツの禁書』も読んだぜ」

「その本が何処に封印されているか、詳細希望」


 マジで封印先を教えてくれなかったからな。あの皇女様は。


 ぼくの追求をあいまいに流した彼は続きを述べる。


「見た目は流麗な都なんだが、魔導帝国が滅ぶ前から邪神の都と言われていてね。今じゃ都市機能は生きているが、人っ子一人住んで……ああ」


 ここで彼は言葉を切る。


「『五竜なんとか』とか言う砦に魔導帝国が滅びた時期から山賊団『五色の魔竜』が居座っているらしいぜ」


 ぶっそうだな。

 そこにさらに言葉が加わる。


「二百年以上居座っているんだが、周辺を訪れた旅人を襲わず、むしろ護ってくれたり、宿を提供してくれたり、金次第で魔物退治をしてくれたり、婦女子は特に丁寧に扱ってくれると言うことで夫婦喧嘩の駆け込み宿になっているんだ」


「そうか。よいことを聞いた。私もそこに行ってみよう」



 その二人の姿を見て、『つきかげ』は喜びで跳ね上がったが、即座に先ほど以上に怯えだした少女を護るために四つんばいになって威嚇を始めた。


 ……股間にふわふわの尻尾が挟まっているのはどうかと思うが。


「『かんもりのみこ』ッ?! どうしてここに?!」

「いや、俺もいるぞ」


 ぼくは驚きと喜びの声を上げる。エルフの乙女『かんもりのみこ』は優雅にぼくに歩み寄ってきた。


「だから俺もいるんだって」

「うっさい。ガウル」


「その『地図』を渡してもらうと助かるの。店長さん」


 『かんもりのみこ』はぼくに銀の短剣を向けてそれだけ呟いた。


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