【コラム】身分証明は生存証明
「今日日は保険証すら信用なりませんね」
「ああ。西成のドヤ街では一畳に百人住んでいる住基ネットも酷いが」
鴉野は呟く。
「運転免許証を二枚持ってる先輩いたな。習得した県が違うんだ」
「鴉野さん。ギルドカード導入したほうがいいですよ」
「おい?! ……先輩の行為は点引き対策。らしい。やっちゃダメです」
「本編に登場する家名がいくつか出てきていますね」
アイアンハート家は普通の騎士や冒険者に戻っているし、オルデール家は本家と分家に別れて分家が力を持つようになったり。あと本編で出てくるキャラクターの一族や本人もだいぶ揃ってきたね。
「ワイズマンさんって先祖もあんなんなんですか」「代々あんな感じ。家督を継ぐと落ち着くけど……というか、オルデールがここまで出世するとは思わんかった。本編書き直すときは存在を抹消しようと思っていたのに」
「ミリアさんのお父さんの若いころってこんなんだったんですね」
三百年も生きればな。ってネタばれすな。
オルデール侯爵家は代々暗殺ギルドを仕切る『車輪の王国』暗部として『夢を追う者』の時代でも存続しており、本編では『ミリアのクッキー』創始者ミリアの実家。ミリアの代からは転向を果たし『食料生産を通して世界各国に侵略行為を行う恐ろしい民営企業』の創業者一族として恐れられることになる。
まぁオルデール家の復興物語はここまでにして今回は印章に関するよもやま話をしようと資料を持ってきたんだけど。
「身分保障といえば印鑑でしょ? 鴉野さん」
ガチで印章ひとつめぐって殺し合いなんてザラ。
「『印鑑』っていうのは印章でつけた模様だから印章屋さんは誤用とわかっていてやっているって話ですか」
詳しいね。我々は印章屋さんを『印鑑屋さん』って呼ぶ。
他にも象牙や水牛やサイの角などの問題、歴史や蝋の封、日本や中国での印章の文化とか話すネタは尽きないぞ。
「アクセサリが印章になっている品もあるんだよ」
「普通じゃないんですか」
「粘土板にコロコロ転がして使う」
「楽しそう」
「現代日本における雇用自由化は奴隷制の一種と見る考えもある」
「いみわかんないっす。なんでそこで話が飛ぶんですか」
「奴隷にもメリットはあるんだ。身分保障はしっかり雇用主がやってくれる」
「ああ。そういうわけですね」
しかし。彼は小首を傾げた。
「鴉野さん。先日派遣会社所属の子と保険証で契約して逃げられていたじゃないですか」
何処で拾ったか判らない身分証で審査の緩い派遣会社経由で作ったであろう保険証みたいな特殊例出すなよ。
ギリシア人の家庭教師みたいに持っていることがステイタスになる奴隷。給料を貰い将来は自分を買い取って自由になる奴隷。奴隷のほうが地位は良いからと自ら奴隷になって王妃を目指したムスリムの女とかもいる。アメリカの農園で背中の骨が見えるほど鞭で打たれるだけが奴隷ではない。
「おれたちゃ奴隷より夢がないな」
「だから就職活動頑張るんでしょうが……」
「雇用自由化とほぼ同時に導入された外国人の研修のあれも事実上奴隷労働で逃げまくりなんだよな」
「ああ。目立ちますから逃げられませんし」
とりあえず日本は日本語が通じることが前提の社会だからな。奴隷同然にこき使う雇用主が多すぎる。
「えっ? 異国から来ていただいた方々をサボれば鞭でビシバシ殴って、風邪を引いたら新品と買い換えて、最後は足かせをかけるんですか」
どこのなろうファンタジーだよ。それに奴隷の維持管理は主人負担だぞ。あとナニ聞いてた。
「『奴隷の首輪』なろう読者のロマンです!」
「やかましいわ! サボれば鞭で殴る。それじゃ本編の『かげゆり』じゃないか。そもそも仕事のやり方も教えていないのに殴って覚えろだのはありえん。却下」
新品と買い換える。そういう社会は常時戦争して奴隷の補給をしているのか、クローンでも作ってるのか? コレも却下だ。
「足かせについてだが……待遇をよくすればそんなもんしなくても逃げないと言うか」
今の日本の保険や社会保障はある種の社会主義を企業側レベルで負担しているという考えがある。
「待遇が悪くても、そこしか生きる路が無いなら逃げない。そもそも逃げると身分保障も生活の手段もなくなるなら耐える」
北朝鮮に拉致されたり、地上の楽園と吹聴されて渡った人々とか、日本で言えば『憧れのハワイ航路』とか枚挙に暇がない。
「逆に借金漬けにして苦界にぶち込むのは今でも奴隷行為として認識されているけど」
これは身分保障もクソもない。
「生活保護受けれないからバイトするな。出て行け。
バイトしているなら家にカネ入れろ。生活できないなら風俗で稼いでこい。
そんなスペシャルコンボを放つ親御さんもいらっしゃいますよね」
どんなんだよ。
「ああ。高級奴隷。日本のサラリーマンの悲哀を感じます。妻のため娘のために働いているのに、妻に娘にバカにされ、疲労困憊して帰宅すれば臭いだの一緒の洗濯機を使うなと罵られ」
やけにリアルな話していないか。お父さん大丈夫か。
「会社で虐げられ減給され、定年まで働いた挙句に家の証書と印鑑と財産持って女房に逃げられるんですね」
きみはどんだけ三次元の女に絶望しているのさ。