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ヒーローは必ず朝日と共に帰ってくるんだ

「てやんでぇ。俺がそんなまどろっこしい台詞をいえるか」


 ぽかっ。騎士団の皆容赦しねぇな。


「姿勢が悪い」「脚を伸ばせ」「背中を伸ばせ」


 ぼくらがお店を見ている間、逃亡を図った『オルデール』は涙目で騎士団の猛特訓を受けていた。


「反抗癖はさておき物覚えがいい」


 これは副団長さんの弁。


「『つきかげ』や『かげゆり』とジテンシャで遊びたいからな」


 オルデールはにやり。

 やらんぞ。お前にかわいい娘は。


 名も無き少女。

 以前は『かみありづき』。現在『かんなづき』となった少女はくすくすと笑っている。

 本当。この子はかわいいな。


 実はポプラ以上の女傑だけどな。

 ガウルと『かんもりのみこ』言うところの脱出劇は見事だった。



 新婚初夜の寝室にて前もって用意しておき、迫る婚約者を待ち構えて罠にかけさらに銀の燭台でぶん殴り、シーツでロープを作って外に逃げたそうだ。

 あとはガウルたちの手も借りてリカンベントで街道をぶっちぎって帰ってきた。


 並みの女ではできない諸行である。


 はぁ。口の臭いと珈琲の香りが混じった自らの吐息に苦笑いする。最近、歯ブラシとか剃刀に苦労する。もうちょっと買い込んでおけばよかったな。


「ほら、動くな。ニキビ面じゃ格好がつかん」

「この剃刀、なんか質いいな。ドワーフが作ったのか」


 いんや。100円のやつだ。貸し自転車屋の忘れ物は多岐に渡る。籠に入れたまま連絡しても『捨てておいて』で済まされたり、連絡がつかなかったり、ついても取りにこなかったり。


 さすがに異世界に飛んでしまっているんだから処分するくらいなら使ったほうが有用だろ。


 ニキビ面を『かげゆり』が『浄水』で綺麗にして、『つきかげ』たちと『はなみずき』たち女性陣が嬉々として明礬みょうばん水で洗い、クリームで保湿してやっていく。

 そして完成したピシッと立つ彼。



「きゃ!」

「姉ちゃんいい尻だなっ! ちょっと小さいけどっ」


「見た目は貴公子なのに」


 中身が伴わない。


「養子とはいえ『姉上』だろ」

「いい加減にしろ。『世継ぎ様』」


 この二人、年齢はほとんど変わらない。


「くす。この歳の男の子のすることですから」

「隙あらば襲ってしまってもいいと」


 コロコロ笑う娘に舌なめずりするオルデール。


 ぶち。

 おい。マジで殺すぞ。

『俺』が呟くと彼はズボンを汚した。そのズボンは高いのだが。なんとかしろ。


 何かにつけて殴りあうぼくとワイズマン。はやし立て娘の尻を触る『ゴミ』改め『オルデール』。相変わらず騎士騎士と言語の怪しいポプラにニコニコ笑いながら布を差し出す『かんなづき』と騒がしくも愚かなやり取りを連日行うぼくらを見て長身の女性騎士がため息をついた。



「お前たちは本当に本当に残念な連中だな」


 皇女様だが。彼女はお店の折り畳み椅子を引き出して座り、『かげゆり』が入れた珈琲を優雅に口に含む。

 さわやかな香りが醜い争いを続けるぼくらののどを鳴らし、結果的に手を止めさせた。


 ぼくらの目の前で耳を伏せて尻尾をぱたぱたさせている娘がいる。


「犬みたいだ」

「おおかみっ」


 そうして『つきかげ』はぶーたれた。



「公爵がこの世界に来る前の話だが。私たちは面識があるのだぞ。オルデール」

「はぁ」


 格好だけは貴公子の少年は嫌そうに口を歪める。


「じゃ、一発やらせてくれ」

「なんだそれは」


『はなみずき』にはそういう冗談は通じない。ぼくが手を下すまでも無く、最近影が薄い猟師がにこやかに笑いながらオルデールのこめかみをぐりぐり。



 苦笑する『はなみずき』は続ける。


「あれはまだ私が十二になったばかりで、騎士団の皆も見習いでな」

 その言葉を聴いた瞬間、騎士団の若い者たちは一斉に泣き出した。


「津波が」「その後火災が」


「知っているか? 猛火は水を渡るのだ。火から逃れようとした人々が川の上で生きながら炭になっていく断末魔の絶叫と舌を絡める臭いが想像できるか」


『はなみずき』は虚ろな瞳で呟くと、空になったカップを足元にたらす。


「ここぞとばかりに隣国に攻められてな。男は生きながら串刺しに、女は……」


 思い出すものがあったらしく、気丈な彼女が肩を抱いて震える。


「なんとか撃退はしたが、『悠久の風』が滅ぶのは時間の問題だと思っていた」

「俺も思い出した。皇女と違ってチッコかったからあんまり覚えていないが」「私も覚えています。この世の地獄かと」「ポプラは当時泣き虫でな。まぁ致し方ないのだが」



「騎士……」


 おい。この会話でも言語怪しいのか。


「泣きながら私たちは川に溢れる焼死体を処分していた。弔うことすらできずにだ」


『泣くなっ ポプラっ 貴様それでも男かっ!』


 叱咤というにはあまりにも酷い殴打をしたと皇女は自らの拳を見つめて鼻をぐずらせかけた。


「今だから言えるが、ポプラ。私は泣き出したかったのだ。お前を叱咤していなければ、周囲に怒りを見せていなければ立つことすらできなかったのだ……弱いな。私は」


『はなみずき』の言葉に涙を流す騎士団の皆。お前らいつもふざけてばかりに見えて壮絶な経験してたんだな。


「死体を黙々と処理していると、それがヒトであったことすら忘れる。自分がヒトであることも忘れる」


 流暢な台詞に驚く。ポプラだった。「ただの作業に思えてくるのです」そのまま彼は悲しい笑みを浮かべた。

「そこに、小さな子供が駆け込んできたのだ」『はなみずき』が視線をオルデールに向ける。



 オルデールは不思議そうに自らを指差す。


「俺?」

「ほかに誰がいる」


 皇女は力なく微笑んだ。


「『離しちゃだめだっ』と。炎からわが子を護ろうと抱きかかえたまま水の中で焼かれた娘を指してだ」


 剥がさず、運んでやってくれと。


「私は貴様にこう言ったのだ。オルデール。『五月蝿い』と」



 ~~ヒーローは絶対に死にはしないんだ

 ヒーローは風のように現れて

 嵐のように戦って

 そして必ず朝日と共に帰ってくるんだ

(小田克己&村枝健一 平山亨氏の言葉として)~~


 あの時は何の力も無かった。


 当たり前だな。子供だったからな。

 当たり前だな。自然に人間は勝てない。


 戦争に人間は抗えない。



 我々人類は常に軍靴を履いて歴史の血道を歩いている。軍靴の足音がすると間抜けな台詞を吐く者は自分が履いている軍靴にすら気づかない、気づこうともしない残忍な人間だと公言して回っているようなものだ。


 それでも知っていた。『最初の剣士』の伝説など嘘だと。

 判っていたのに信じたかった。信じることしかできなかった。


 ミンナを救ってくれる人がいると。

 それを信じて、謳って、裏切られて。


 その人は瓦礫の上に、ふと風のように現れて。


 嵐のように戦って、絶望に包まれた世界をひっくり返して。そして必ず。朝日と共に微笑みながらかえってくるのだと。


「で、来たのがコイツか『はなみずき』」


 ワイズマンがぼくを指差して悪態をつく。


「幼き日の私は単純な暴力で隣国を追い返し『公爵』を滅ぼしてくれる英雄を求めていたのだが」


『はなみずき』は嫌そうにつぶやき。カップを垂らしてうなだれる。



「よくわからない謎の店が瓦礫のど真ん中に」「通貨を安定させて隣国が攻めるに攻められなくなって」「悪徳金貸しや両替商をボコッて」「ついでに宿屋を悪徳だと断じて片っ端から再教育」「道を掘り返して石を敷き詰めたり漆喰をぬったりして頭が狂ったのかと思っていたら」「変な乗り物が町中や国中をすごい勢いで動き回って」「よくわからない内に道路だの橋だのができまくり」「金を借りたかと思うと右から左にそのまま他人に貸して」「焚書される本や美術品や危険な薬物を集めて図書館を作らせて」


 言いたい放題だな。みんなして。


「でも、私たちに生きる希望をくれた」

「……そう。『つきかげ』の言う通り」


 え。その。まて。『つきかげ』。『かげゆり』。


 小遣いは増やさないぞ。マジで。……ホントだからな。


「はっきり言う。これなら魔王でも降臨したほうがマシだった」


 影響力が強すぎる。


 お前を殺すか夫として王家に取り込むしかないと頭を抱える皇女に申し訳ない気持ちになるぼく。



「ギルドカードもない。元の世界では犯罪者だった男がここまでやったのだ」


 皇女様は視線を少年に向けた。


「お前は確かにこそ泥だが。泥の中でも宝石は光るのだぞ。オルデール。

 歴史が権威を作る。魔力や能力が地位を作る。家柄が血筋を作る」


 しかし。ワイズマンは笑う。


「お前は。誰よりも誇るべき力を持っている」


 皆の視線が少年に集約する。


「俺に? 力?」


 不思議そうに自らを指差す少年にポプラは微笑む。

「『明日』を『今』にする黄金の心を君は持っているのだよ。オルデール君」


 希望を持つこと。

 明日を光り輝くものにするために今を生きる強い意志。今を生きる貴族は『末裔』に過ぎないが彼には『始祖』となる能力がある。


「杖を持て。オルデール侯爵」



 ソル爺さんが微笑む。

 ぼくは金でできた印を彼に手渡す。彼が持つべき正当な印だ。


 ぼくは『家柄』をでっち上げようとしたが、無駄な努力だった。自転車屋詰めの『はなみずき』配下の騎士団の情報収集能力をなめてはいけない。

 この店を中心に人の流れは集約するのだからな。


 彼は、本物の『貴族』の末裔だったのだ。

 彼の手に握られた杖は立体魔導陣を描き、黄金の輝きを放ちだした。



 時が流れ。

 華やかな結婚式を挙げる二人の男女を遠目に見つめる高貴な少年がいた。

 自転車回収のついでに式に立ち寄ったぼくを見て彼は苦笑い。


「泣いてなんかいないからな」


 ぼくは微笑んだ。

「わかっているさ」


 さわやかな風を受けながら、

 花嫁が投げたブーケを奪い合う女性たちを見て力なく笑う彼。



「『姉ちゃん』の。人々の幸せが、私の幸せなのだ」

 意地をはる少年の尻をぼくは思いっきりひっぱたたいた。


護美ごみ


 その言葉が後のオルデール侯爵家の家訓となることをぼくは知らない。

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