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「皇女様ッ こいつが人を泥棒呼ばわりしますっ」

「だからコレを売って欲しければ王国大金貨十枚寄越せと言っているんだ。これは俺のものだ」

「ふざけんな。これは俺の持ち物で、○の月の○の日、光曜日に貸し出して以降の消息は無い。盗まれたものをなんで貴様が持っているんだ」


「ああん? いちゃもんつけるきかッ」


 ぼくとその男は一斉に叫んだ。


「『はなみずき』ッ」

「皇女様ッ こいつが人を泥棒呼ばわりしますっ」


 ぼくらのやり取りを黙って聞いていた皇女(今は一応店員)は拳を握り、その美しい瞳を限りなく細めてつぶやいた。


「いいことをおしえてやろう。騎士団は無償で仕事をしているわけではない」

「はぁ?」


 男は不思議そうな顔をした。


「国民の税をもって、皆をまもるために国王陛下の御慈悲と『最初の剣士』のご意思、神々のご加護を受けて任務を遂行しているのだっ。……こんな阿呆なやり取りに税金を使わせるなぁぁあああっ!!!!!!!!!」



「すいません」

「もうしわけありません。皇女様」


 俺とワイズマン伯爵はDOGEZAをして皇女に謝る。土下座の概念はこの世界には無いはずなのだが。


「ワイズマン。貴君の領地にあったものは貴君のもの。その主張は正しい」

「はっ」

「公爵。正確には私のおっ……ごほん。公爵の持ち物である『ジテンシャ』だが」


 眉をひそめるその姿もまた美しい。

 最近その美貌、ことに神がかってきた皇女様は長身をぼくにむけてつぶやいた。


「盗人に追い銭はしたくないというきさまの心情は理解できるのだが」


 曰く、乗車できる状態で長期保管してくれた上、わざわざ教えてくれた伯爵にお礼はできないのか。


「できっかボケ! この金貸しの強欲一族ッ どうせパクッた自転車の構造解析が出来ずに、保管代だけでもケチろうって腹だろ!」

「な、な、なにをッ?! いくら皇女様の良人とはいえ、魔導帝国の時代より魔力も血脈も絶やさぬ『真の貴族』相手にその暴言は許せんぞ」



 ぼそ。だれかがつぶやいた。


「いいかげんにしろ。ふたりとも」


 怒気をはらみながら『はなみずき』はつぶやく。


「ワイズマン。貴様の一族は代々頭に血が上りやすいのは知っているが、異世界からきた非常識な男の妄言くらい流せないのか」

「公爵。もう貴様は三十路になろうとしているのだぞ。いい加減大人になってくれ」


 ぼくたちは『はなみずき』から見ればずっと年上だがいつのまにか彼女に頭が上がらない時があることを認めざるを得ない。少なくともぼくとワイズマンは表面上はおとなしくすることにした。今も反省しているふりをして彼女の説教が終わるのを待っている。


「ギルドカードを使わないからこうなる。いまだ割符とは」

「カードで犯罪者は一生犯罪者だろ。割符のほうが安全だ」

「とはいえ、子供たちだって常に目を光らせているわけではない。盗まれるのはわかっているだろう


 軽くもめる俺達の側では。


「もう。ポプラ様ったら」「騎士」



『記憶喪失で森を彷徨っていたところを俺が保護した』『店員』と言語の怪しい騎士がじゃれあっていた。もげていいぞ。ポプラ。

 ポプラたちの恋路はまぁ良いとする。


「だいたいなぜあんな口も悪い、女癖も悪い。

 安酒場で娼婦を抱きかかえてチンピラと殴り合っている男が『伯爵』なんだよ」


 ぼくがぶーたれながら珈琲を口に運ぶと『はなみずき』が苦笑い。


「魔導帝国時代からわれらの王家を支えてくれた一族で、さらにいえば当時からの魔力をいまだ持っている。

 そして王国一の金持ちだな。王家より金持ちだ」

「ふうん」


 あ、珈琲に葉っぱ入った。もったいない。


「家業は引退した筈の先代がやっているようだが」

「あっそ」


「悪い男ではないだろう? 私も昔はよく粉をかけられた」


 少しイラついているぼくに彼女はククとほほ笑む。


「小麦粉をな。どっぱりとかけられた」



 そっちかよ?!


「あの男は私の兄みたいなものだからな。不肖の兄ですまん」


 ぼくがイラついているのを見てさらに機嫌を良くした彼女はことばを続ける。


「補足しておくが王城にいるときはそれなりの態度をとるのだぞ。あれで。少々庶民に近しすぎて問題を起こすところは貴様と同じだが」

「いっしょじゃない」


 そんな会話に突如乱入してきた少年がいた。


「そうだそうだ。ワイズマンの兄ちゃんは悪い人じゃないよ。この間もぼくらを助けてくれたし」


 ワイズマンを弁護する泥とウンコと擦り傷だらけの浮浪少年を見た『かげゆり』は黙って彼に『浄水』の術をかけた。


「ワイズマンのお兄さん。私もすきっ」


 お前はぼくが一番だったのじゃなかったのか。『つきかげ』。心の中で娘の成長に対して滂沱の涙を流すぼくに「夜が寂しいなら……」とつぶやくもう一人の娘のこめかみをぐりぐり。



 晩生おくての『はなみずき』は不思議そうにぼくらのやり取りを見ている。魔族というやつは性欲とかなんとかがいろいろ大変らしいので今の『はなみずき』と『かげゆり』の間では少々意思の祖語が起きている。


 以前は夜中に遠吠えをする『つきかげ』にほとほと困っていたが、これはこれで非常に危険だ。ただ『つきかげ』の場合、性欲と食欲の区別がないらしい。時々危ないことになる。


 それはそうと。


「またおまえか。『ゴミ』」


 ぼくらのやり取りに乱入してきた薄汚かった少年に視線を向けるぼく。


 『ゴミ』と罵っているわけではない。彼の名前が『ゴミ』なのだ。


「そら、泥棒にパンをくれる馬鹿はお前しかいないジャン」


 彼は平然と店の中にある本を『読んでいた』。


 ぼくが文字を教えたとはいえ、異常に習得が早い。『かげゆり』より早いかもしれない。



 その浮浪者少年ははなくそのついた指で本をめくりつつのたまうに。


「俺さ。ワイズマンみたいに立派な貴族になるのが夢なんだもん」


「ぷっ」「ぶっ」「あはは」「……笑うの。かわいそう」

「騎士っ」「くすくす。……いえ、きっと夢を持っていればポプラ様みたいになれますよ。ゴミさん」


 一斉に笑い出すぼくたちに憤慨する彼。


「だってワイズマンは気取っていないし、やさしいし、強いぜっ?!」


 腹立ち紛れに建物の中で『火球爆裂ファイアボール』をぶっぱなそうとする配慮のなさだがな。

 酒場娘を助けるために酒場娘を大火傷させ神殿配送。幸い跡形もなく傷は治ったがもう少し考えろ。


 人の縁というのは不思議なもので、物心つく前から凶暴なストリートチルドレンだった『ゴミ』は『かげゆり』にやりこめられ、『つきかげ』に食われかけて、いつの間にか文字を読めるようになり、ワイズマンの後を『兄貴兄貴』とついて回っている。

「『ゴミ』さんは素敵な貴族様になれるとおもいますよ」表向きは『記憶喪失』で名前もない少女が微笑むと彼はあからさまに頬を染めた。あ、そういうことか。



 この娘、貴族の姫様なのに折りたたみリカンベントで街道をぶっちぎって戻ってきたからな。

 あちらでは『女の足では森を抜けられず死んだ』と思われ、ギルドカードも消失している。


 顔立ちをこちらの世界に来る前のお客さんが残した化粧で完璧に隠したぼくの腕前はほめられていい。化粧なら魔法は通用しない。山形にいた時『加賀美』って知り合いが教えてくれたのだが役に立っている。


「ゴミって前々から思ってたんだが」

「なんだよ? ジテンシャ屋の兄ちゃん」


 まぁそのキッタねえ顔もどうかと思うが、よく見ると容貌は驚くほど整っている。


「お前、ゴミって名前どうかと思うぞ。貴族になるなら変えろよ」

「はぁ? ゴミはゴミだろ」


 奇妙な沈黙。少し涙を見せたかもしれない少年にぼくは告げた。


「ゴミ。ぼくの国では美を護る、『護美』と字を当てる。泥にまみれても、糞便に塗れても。悪に染まって捨てられ消えても美を護るものだと」

 少年の戸惑いをぼくは見逃さず告げる。

「ナニいってるんだよ」



「お前。今日からオルデュール(※フランス語でゴミの意味)って名乗れよ。訛って『オルデール』なんてどうだ」


「おるでーる?」


 戸惑う彼にぼくは笑う。


「おう。貴族みたいでかっこいいだろ。まずは格好から入らないとな」


 ぼくと『はなみずき』、名前もない少女は微笑んだ。ほうっておくにはコイツ、容姿も頭も良いのだよな。キッタねえから今から洗って化粧するが。


 ぼくの計画はこうだ。


 以前に滅んだ貴族『オルデール侯爵家』はまだ存続していたんだ!

 な、なんだって~!?

 その養子として名もない少女が保護される。

 本家におびえることなくポプラと彼女は結婚できる。

 ポプラは『アイアンハート男爵家』を名乗る。一代限りの貴族だが二人の結婚が肝なので問題ない。

 男爵家の人間は当然ながら魔力がない。

 貴族の最低条件として魔力を持つ少女を娶らなければいけない。

 でも本人たちの意思で結婚する。これはご自由に。



 まだ計画はある。企みは盤石にせねばならない。


 実は記憶喪失の少女は魔法が使えるはぐれ魔導士だったんだっ!


 これが成功すれば晴れて子供が生まれればポプラは貴族の仲間入りで名実ともに彼女の夫になれる。


 な、なに~! その娘を嫁にくれっ! 今すぐだっ


 残念でした。公爵家と侯爵家、英雄の家系に文句つける気? おまえどこ中? どこ中よ~?


 ぼくの養子とかになったら、また魔導士に『変装』の魔導がかかっているかどうか調べられてしまうからな。友人がくれた化粧セットは隠しているんだ。あれがこの世界に出たらえらいことになる。


「……本当に、本当に貴様は悪党だ」


 頭をかかえる『はなみずき』の背をぽんぽんとたたいて慰める『つきかげ』と『かげゆり』。


「よーし! サウンドオブミュージックだっ!」


「さうんどおぶ?」


 不思議そうな皆にぼくは頬を赤らめて答えた。



「マイフェアレディだった……。男だけどな」


 その言葉にまた一同は首をかしげていた。この世界にミュージカルはないのだろうか。


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