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HOLDING OUT FOR A HERO

「我が神よ。我は汝に問う。この男は邪悪か」


 苦脳の表情を見せる聖騎士。

 彼の吐息は失礼ながら少々臭い。歯みがけ。

 これでも聖騎士共は禊を毎日やってミョウバンや重曹いりの水で口をすすぐだけマシなのだが。


「『この者は罪びとではあるが邪悪ではない』」


 神の言葉とやらを聖騎士は呟く。


「汝ら。正義を語れ」


『俺』に顔面をボコられた高司祭は苦々しげに呟いた。


「悪魔の技術で魂を抜き取って絵を描く者。邪悪な思想を語るもの。民を混乱に陥れるもの。下劣な歌を歌う者たちを神の名によって断罪する」

「罪だッ?! 手前ら、昨日食ったパンの中にいくつ麦が入っていたんだッ?!

 一つの命に一億死。生きるために他を殺す。生老病死四苦八苦。思い通りにならず悲しみと喜びに常に振り回される。生きて老い、病や死に怯え、愛増に苦しみ求めても何かはっきりしない。

 そんな世界を作ったのが神ならば神こそが罪びとだッ!!ちからなき命たちの慰みの芸すら邪悪と断ずる神ならば間違いなく剃奴は神ならぬ邪悪だ!」



 ぼくの反論に一斉に石が投げられた。


「神を冒涜するとは」「許さんッ」「異端を焼き殺せッ」「異端審問だッ」


 というか、異世界人ってだけで充分異端だと思うし、それを身内に取り込んで生かしている王国も問題がある。我が事ながら。


 まぁいいや。

 ぼくは額の血をぬぐい、にやりと笑う。

 怒りは勇気に。不理解から来る悲しみは気合に。勇気に愉悦を持って、楽しく未来を語ろうじゃないか。

 俺は。道化だ。


「ゆえにぼくは語る。罪があるからこそ人は前を向こうと思うのだと。罪に、悪意に髪を引かれ、泥水に落ち込むかも知れない。だがそれは神も同じだとぼくは思う」


「悪書があるのは。悪があるのは神の意思だ。

 悪があるから正義は心の中で輝く。自らを高める光としてだ」


 投石が止まった。


「俺は。ぼくは主張する。悪に目をそらすこと。それこそが真の悪だと」



 不思議なことがおきた。雲間から光が差す。

 信徒たちが急に祈りだす。この世界では太陽が顔を出すとその日は休みになり人々は神に感謝して日光浴をはじめ神官たちは祈りだすらしい。


「作品の中の俗悪ならば、それは最大限許容すべきだ。なぜならば俗悪の中に真の善が。悪意の中に優しさがあるからだ」


 ぼくの演説に『はなみずき』が首肯してくれた。


「傷つけられたくないならば、傷つけないことを考えるほうが実は楽なんだ。

 本は教えてくれる。悪人にならずして悪を。娼婦にならずにして夢と心を売って削る悲しさを。

 下品な言葉と低俗な冗談の裏に隠されたどうにもならない歯がゆさを。数百年。数千年前の人々の心を」


 それをきいていたらしい『かげゆり』の耳がぴょこんと立った。ちくしょう。かわいい。


「本を焼くというならば、それは本を書いた人の人生の爪あとを焼くということだ。本が残っていれば、その絵が残っていれば。その歌が残っていれば数千年後も伝わったはずのこころを焼くということだ。

 それは、人が許しても『神が許さぬ』暴挙だと思う」


 芸術家たちが手をたたき出した。



 しっぽをぱたぱたさせながらキラキラした瞳を向ける『つきかげ』にウインクすると彼女は飛び上がって喜んだ。


「故に私は正義神の名の基に。正義神殿の聖騎士全てに決闘を挑む。神よ照覧あれ。この戦いが正義ならば無限の加護をッ」


 決闘場に片腕を挙げながら進むぼく。ぷっ。


「あ。わりい。尻が笑った」


 色めき立つ聖騎士たちに。『俺』は親戚の『大地』の真似をして笑ってみせた。


 ~~図書館は、基本的人権のひとつとして知る自由をもつ国民に、資料と施設を提供することを、もっとも重要な任務とする。この任務を果たすため、図書館は次のことを確認し実践する。


 第1 図書館は資料収集の自由を有する。

 第2 図書館は資料提供の自由を有する。

 第3 図書館は利用者の秘密を守る。

 第4 図書館はすべての検閲に反対する。

 図書館の自由が侵されるとき、われわれは団結して、あくまで自由を守る。

(『図書館の自由に関する宣言』ウィキペディア日本語版より抜粋)~~



「……没収した書籍や詩集などは一度『図書館』にて保管、封印することが決まった」


『はなみずき』は頭を抱えながら呟いた。あの後乱闘になったからな。


 ソル爺さんの入れ知恵で『本』を共有する設備を作ることになった。


 本はそれまで焚書をしていた正義神殿から貰うことが決まった。というか、『俺』が高司祭の奥歯ガタガタ言わせて認めさせた。


 燃やすならクレ。当然の判断である。


 これで識字率があがる。魔導士たちも増える。王国大金貨が作れる。よいことだ。

 爺さん自身は『邪神復活』の書が護られたのを喜んでいる。物騒な代物をと思ったが。彼曰く『異界とのアクセスを研究したこの本が燃やされていたら貴君は元の世界に還る術を失っただろうな』だそうだ。

 ぼくはくれぐれも『はなみずき』に渡さないように首筋を持ち上げ……もとい厳重に封印するように懇願した。


「危険な思想でも。

 その思想を論破するためにもその思想を学ばなければならない。……か」



 彼女は晴れ晴れとした顔を浮かべて一冊の本を持つ。お客さんが昔置いていったラノベだ。


「低俗だが、読んでくれる人びとを楽しませようと書いている作者の心を感じる。異世界の人間が知りえないさらに異世界の風を想像のみで如何に描くか苦悩しながら、希望に満ちた物語を描いている」


 これを燃やそうと思っていたのか。私は。私たちはと彼女がそう呟き苦笑い。


「寄贈してくれるか」


 無理。異世界の書籍を読むことの影響は深いと思う。


 図書館。

 ソル爺さんの魔導書も、詩人の歌も。没収された絵画も。彫像も。神の基に人が生み出したものであるからこそ。『生きている』から。


「保存しなくてはいけない。もし王国に。神に逆らうものがいたとしても。『殺して』封殺するより、再度同じことがあったときに対処するために」


 千年前の人間も『いのち』を持っている。それは肉体が滅びても意思として我々の骨の髄のどこかに。

 あるいは一冊の書籍、一首の歌。小さな石ころや木切れに刻んでその思いを残す。



「数少なく貴重な本は善悪問わず一括管理。王国の名の基に皆で共有する。一切の焚書はたとえ神を。王国を狼藉する内容でも禁ずる。真なる正義を万人が確認することは万人にとって正当な権利だからだ。


 文字が読めぬもののためにその年流行った歌も粘土板に記す。……公爵殿の店と同じ理屈だ」


 『はなみずき』は図書館を設置することを決めた。


 どうもソル爺さんの『預かり金で自転車の代わりに本を借りる』行為がアイデアの補助になったらしい。

 その話を聞いて貸本屋を開きたいという酔狂な騎士まで現れた。これで官民ともに本が普及するであろう。


 そこまで述べると彼女は眉をしかめて呟いた。

 何故か子供たちが彼女の背後に回って舌を出している。


「異世界の書籍などは劇物に等しい。か。……貴君の意見は真に正当だ」


 あれ? なんか殺気だってないか。おまえ。


「こんなものは。封印する」


 嫉妬の炎で燃える『はなみずき』の手には、壇蜜の写真集があった。



【後書き】

「ヒーロー HOLDING OUT FOR A HERO」は、葛城ユキと麻倉未稀のシングル。葛城盤は1984年7月5日に、麻倉盤は1984年11月5日に発売された。 1984年に公開された映画『フットルース』の挿入歌ボニー・タイラーの「Holding Out for a Hero」の日本語カヴァー。 日本国内ではテレビドラマ『スクール☆ウォーズ~泣き虫先生の七年戦争~』主題歌として有名。フォットルースはダンスもロックも禁止されていた町で高校生たちが自由を勝ち取る物語。 スクール☆ウォーズは校内暴力吹き荒れる高校にて不良たちがラグビーを通して成長し全国制覇を為すまでの物語。


 作詩作曲:ジム・スタインマン、ディーン・ピッチフォード(英語版)

 日本語詞:売野雅勇

(参考資料Wikipedia日本語版)

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