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『エロ本は男のロマン』と書いて『焚書は人類に対する犯罪』

 ソル爺さんは魔導士ギルドの偉い人らしい。


 魔導士といえば本来名実ともに古来より貴族なのだが、真正の魔導士という連中はその身分に反してどちらかというと権力志向は薄くまた身分を気にせず奴隷にも王にも等しく接し不興を買ってしまうらしい。


 おかげでこの爺さんはとても気さくで、よく遊びに来るしうちの子供たちも懐いている。


「おじいちゃん。おじいちゃん」


 ぱたぱた。ふわふわ。


 尻尾を揺らし、その三角の耳を嬉しそうに震わせながら『つきかげ』がほっぺたを擦り付けている。


「おうおう。『つきかげ』や。すっかり大きくなって。もう立派なレディだの」


「爺さん」


 ぼくは小声でつぶやいた。


「さりげなく事故を装って胸の大きさを確かめたりしたら追い出すぞ」


 マジでぶっ殺す。



 爺さん改めエロジジイは残念そうに『つきかげ』の背中から手を離してみせた。この世界の場合はズタ袋みたいな貫頭衣をずっと着るのが一般的でろくな衣類がない。横からまる見え。

 皇族である『はなみずき』の服より店にあるウエスのほうが圧倒的にいい布だったりする。


 閑話休題。


 魔導士の数が少ない。

 魔導士の数が少ないと王国大金貨が鋳造できない。

 王国大金貨と銀貨の鋳造数が少ないと中間貨幣である王国金貨の安定を基礎とするぼくのお店の儲けが危ぶまれる。

 そうだ。金を掘るより先に魔導士を増やそう(今ココッ!)



「無理じゃな」


 ぺったり背中に胸を押し付けて無愛想な顔のまま甘える『かげゆり』に鼻の下を伸ばしながら真面目ぶって応えるソル爺さん。ちょっと殴りたい。


「本が貴重なのだ。紙の製造技術は魔導帝国と共に滅びている。羊皮紙やパピルス、石版に木簡に粘土板ならばあるが」

「じゃどうしたら魔導士になれるのさ」



 想像力で立体魔導陣を展開できるエルフならざる人間ごときが神々のことのはの力である『魔法』を再現するためには額に特殊な水晶を埋め込み、立体魔導陣である『杖』を持つ必要があるらしい。


「逆を言えば学問化することで誰でも魔導という形で魔法が使えるってことか」

「そのとおりだが」


 口頭で魔導の全てを学ぶことは不可能らしい。情報量が多すぎるそうだ。


「才能があるものならば『杖』だけでよいが、素養がまるでないものは『水晶』も必要じゃな」

「そうか。無理なのか」


「いや……歴史上何人か現れた『黒髪』……魔神たちは根性で再現していたぞ。例えば……まぁ余談じゃ」


 話に夢中にさせておいて魔法のようなスリも行う。


 この爺、たまに冷やかしに来ては倉庫やぼくの蔵書をパクろう……もとい借りようとしやがる。


「基本的におぬしの呼ぶ『新聞』に近いものは吟遊詩人が役割を担っておる。歌なら覚えやすい。歌は人の足より早く広がる。隣の国の情報も三日とかからず歌になるぞ」



 意外とファンタジーの世界の情報伝達速度は速い。


「そもそも本が読める人間が少ない。本が読めれば魔導士と言ってよい。先日の『謳う石』の歌も他国に広がっている。流行歌になっているぞ」


 話に夢中になっていたせいで今更ながら店にある機械油の臭いを思い出す。匂いに混じって遠くから詩人たちの歌う声、子供たちの歓声に気づいた。


「図書館や貸本屋はないのか」

「なんだそれは」


 あ。余計なことをいった。爺さんは何事か考えていたが合点がいったらしい。

 急にぼくを射抜くような目でぼくを見る。


「王国大金貨一枚を預かり金に、一日あたり王国金貨一枚払ってよいから」

「ふみ?」


 上気した顔を俺に向けるジジイ。


「この美麗な挿絵のついた本を貸してくれ。十日延滞したら一日金貨二枚払う!」


 彼は以前お客さんがお店に忘れ物で置いていった壇蜜と篠崎愛の写真集を握り締めながら真剣に呟いた。



 死ねばいいのにと思ったのは内緒だ。


「きこえておるぞい」

「うっさい。壇蜜と篠崎愛はどうなった」


 ラノベから新聞から約款から文字が書いてあるものなら何でも持っていこうとするからな。この爺。結局持っていかれた。


 この爺さん、この世界に来る前のお客さんたちの貸し出し台帳や契約書まで貰っていこうとしやがる。いい加減にしろ。スリの技能も魔導感知にかからないから得たのだろう、正直『俺』でも目をむく名人芸だ。『山手線の哲』かよ。


 ぼくが返却を差し迫ると爺さんの瞳がうごきまくり。


「いや。すまん」

「どうした?」


 彼はすまなさそうにほほをかく。ヒゲがふわふわ所在無げに揺れている。


「聖騎士共に奪われた」

「なにぃ?!」


 正義神に仕える聖騎士共は王国の法ではなく『正義』の名の下に動く厄介な連中だ。



 その個人ごとの戦闘能力は恐ろしく強く、各国騎士団長並みかそれ以上の戦闘能力に加え、治癒の奇跡と悪意を見抜く能力を持ち、通常の人間では触れることも出来ないほど強い。


 篠崎愛はまあいい。ぼくはロリ趣味じゃない。

 あの顔と腹周りのギャップに世話になりまくったけど。あとまん丸の胸。


「しかし壇蜜とほしのあきは返せ。見た目は若くてもあのエロさは若い娘には出せない」

「奪われた。女の絵を宗教画以外で描くのは異端審問に引っかかるのだ。ましてや半裸など」


 危うく斬首されるところだったと情けないことを言う『真の意味での貴族』(※魔導士)にぼくは冷たい瞳を向けた。


「で。どうなるんだ」

「勿論邪悪は断じる彼らだ。燃やすだろうな」


 なんだと? ぼくは爺さんを放置し、正義神殿に襤褸ボロ自転車を走らせた。


 汗が噴出す。悪臭漂う町にペダルが傷んだ襤褸自転車が走る。時々整備不良という名前の資材不足で空転するがかまうもんか。この世界には整備不良の責任問題という概念はない。



 しかし自分が乗るとなるとなかなか面倒なことだ。油の調達だって大変なのに。


 結果的にぶちきれたチェーンの自転車を脚で蹴りつつ、早いのだか遅いのだかな速度でぼくは正義神殿に息せきながらたどり着いた。


 ごうごうと燃やされていく貴重な書籍たち。

 この世界では紙は貴重な筈なのに関係なし。

 その中に壇蜜のアレもあるはずだ。


「こらああぁッ?! 燃やすなボケェエエエッ?!」


 我ながら、色々残念だと思う。



 ~~革命は、客を招いてごちそうすることでもなければ、文章を練ったり、絵を描いたり、刺繍をしたりすることでもない。そんなにお上品で、おっとりした、みやびやかな、そんなにおだやかで、おとなしく、うやうやしく、つつましく、ひかえ目のものではない。革命は暴動であり、一つの階級が他の階級を打ち倒す激烈な行動である。

(1927年 毛沢東『毛主席語録』 ウィキペディア日本語版より)~~



 次々と炎に放り込まれていく絵画や書籍。



 破壊されていく美麗な像。うす高く積まれた本の中の一冊を掲げ、高司祭が朗々と演説を行っていた。


 悪魔の技術を用いて細密画を描き、女の裸を描いた忌まわしき本を今から処分する云々。


 感動して(ひざまず)く信者共に、ポイポイと貴重な絵やタペストリを燃やし、彫像を破壊する聖騎士共。



「まてやゴラァッ!!」


 ぼくは半壊した自転車をブン投げた。商売道具は投げるものではない。絶対やってはいけない。職人や商売人失格と言っていい。


 しかし、自転車というものは力さえあれば実にいい感じで対複数の敵への飛び道具として機能するものだ。

 壇蜜の本を燃やそうと炎に近づいた高司祭に直撃し、更に複数の騎士共を巻き込む程度の威力はある。


 『俺』の声が神殿の前の広場に広がる。


「ソイツは俺の本でね。異世界の貴重な書籍を焼き払う権利は正義神にもない。

 もし焼き払いたいならうちの最高神である天照大神(あまてらすおおみかみ)様か芸能の神天鈿女命アマノウズメ様にたのみなッ!」



 アマノウズメ様はご自身が脱いでいらっしゃるけどな。

 鼻をこすりつけて勝ち誇るぼくに彼らは色めく。


「それとも生臭坊主どもには『かみちゃま。ぼくちゃんのすることはただしいでちゅか』と聞くことくらいしかできねぇのかな」


『俺』の声を聞いて一斉に抜刀する聖騎士共。ここぞと逃げようとする芸術家ども。その間に立つぼくに『つきかげ』と『かげゆり』が追いついてきた。


「ごしゅじんさまっ」

「……だめ。斬られる」


 かばいあうぼくたちに正義神殿の聖騎士団長は目を細める。彼曰く。


「魔族は存在自体が邪悪だ。混ざり物は混沌だ」

「……?!」


 彼はそう呟くと鏡面処理された銀の剣をぼくらに振り上げ。


 キレた『俺』に蹴られた。


「あんっ?! うちの可愛い娘どもを混ざり物だの存在自体が邪悪だの言う口はこの口かッ?!」



 鏡面処理された鎧の上から剣道の体当たりの要領で吹き飛ばしてやった聖騎士団長の口をぐいぐい引っ張り、本を確保するぼく。


「この口か?! ならばいらないな! もいでやる」


 後ろで尻尾をしぼませ、あるいは耳をパタンと垂らし、ガタガタ震えている二人。


「ああ。大丈夫大丈夫。お前達は『俺が』護るから」

「びええええええぇぇぇっっんッ?!」


 何故ふたりとも泣く。泣くぞ。

 そうこうしているうちに囲まれた。面倒な。


 そこに馬の蹄の音が轟く。


「何をしているのだっ?! 貴様ッ?!」


 ソル爺さんに知らせを聞いたらしい『はなみずき』が配下の騎士をつれて登場。バチバチと燃える炎の香り。輝く青銅の甲冑を身に纏った乙女は相変わらず美しい。


 ぼくはちょっと顔面が変形した高司祭を踏みつけながらつぶやく。


「なにって。こいつら本を燃やそうとするから」



 ぼくの言葉に『はなみずき』は頭を抱えてみせた。ちなみにこの世界、本といえばほとんど巻物だが、本一冊のお金があれば小さな家が買える。


「高司祭殿。その男は異世界人だ。異世界の貴重な書籍はたとえ邪本であろうと焼くこと相成らん」


 皇女はなんとか都合の良い理由をでっちあげてくれたが。


「この男は悪魔のごとき精密画を描く能力を持っている! 野放しにできぬ!」


 高司祭はぼくを指差し、何か叫んでいる。意味わかんない。なんで絵がうまければ迫害されるの。


「精密画をかけるということは、暗殺し放題ということだ」


 理解できていないぼくに補足する『はなみずき』。どうもありがとう。そうか。コピー機やスキャナやデジカメ隠していてよかった。


 まさか子供たちや『かんもりのみこ』、『はなみずき』のベストショットを持っているなんて言えないわ。


 対峙する『はなみずき』配下の王国騎士団と聖騎士団。一瞬即発の状況だ。



「お前のせいだろう」


 悪態をつきながら剣を抜く『はなみずき』率いる精鋭、『王国郵便騎士団』。


「神の法と王国の法が違うのは承知だが、その男は神の法も及ばぬ異世界から来た客人。我が王国、王家が親族として保護する者に危害を成すのは許さぬ」

「神の法は如何なる場所でも適用される。王国の法などに我らが従う道理などない」


 『はなみずき』配下の騎士と聖騎士共が罵りあう中。ぼくはこう呟いた。


「じゃ、正義神様に問いましょう。『ぼく』はもともと罪びとですが。邪悪ですか? 邪悪じゃないなら……拳で決めましょう」


 確か聖騎士共の法では、対立する正義は剣で決めていいはずだからな。

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