【作者解説コーナーは読み飛ばし推奨 基軸通貨を作ることは世界征服に等しい】
「と、いうわけで、主人公は王国金貨の価値を図らずしも保証してしまったわけだ」
「意味わからないのですが」
鴉野は勤め先のお店で差し入れとして頂いた缶珈琲を啜る。彼もパンをかじる。
差し入れで頂いた珈琲を近くのパン屋におすそ分けしたらパンを頂いた。有難い。
感謝すべきはご近所づきあい。
「この世界では金ならぬ銀の価値が一定になっているよね。逆に金はただの貴金属扱いだ。固定相場制と『銀』本位制そして変動相場な話をすると面倒だけどファンタジー世界の小説なら解ると思う」
「そうですね。なんとなくファルシでコクーン」
「主人公は知らなかったとはいえ『王国金貨』一枚を銀貨十枚と固定し、其の価値を保証しちゃったのさ」
「はぁ」
解らない彼に鴉野が苦笑する。
徐々に彼は青ざめだした。
「大事じゃないですか」
「そうなる」
飲み終わった缶珈琲をゴミ箱に放り込み話を続ける鴉野。
「この珈琲はよくお店に御客さんや社長一家が差し入れに持ってきてくれるものだ」
「ですね」
「勿論価値は百円」
「この辺の自販機の価格は良心的ですよね」
たった百円でチープながらいつでも暖かな珈琲の香りと味が楽しめる。素晴らしいことだ。
「これを、俺が近所に配ると、販売価格一二〇円から三〇〇円のパンになって返って来るな」
「鴉野さんワラシベ長者っすよね」
「さらにこれを元手に、周囲に配ってお前が今食っているたこ焼きになったりする」
「もうなんでもアリっすよね。この間は石鹸セットあざっす」
「今。君が使っている本漆の盆はそうやって手に入れたものだしな」
「手入れが大変で役立たずっすけど」
「おい。勝手に使っておいて何をいう」
「缶珈琲の相場は流動しているわけではないが、対象物の価格が一定としてみるなら珈琲の価値は動いている」
「経済の先生以前に御近所さんに聞かれたらぶん殴られますよ」
「主人公がやったことは基本となる珈琲の値段に『店主の機嫌』や『時勢の変化』などの要素を否定したようなものだな」
簡単に言うと、パン屋のパンは売れなければ速攻廃棄である。捨てるよりは近所づきあいを円滑にしておいたほうが物事はかどる。つまり、値段が変動しているといえる。
「本来なら鴉野さんは珈琲を二本持っていかないとパンがもらえませんよね。いつも膨大なお土産を持って帰ってきますけど」
「逆を言うと、パン屋のパンも値段を保障される」
「あっ」
「ちゃんと食えるし、美味いじゃん」
「確かに」
二人はアップルパイに舌鼓を打つ。
近所のパン屋はアップルパイ焼きの達人で通っている。
歯で一日放置されて少し柔らかくなったパイ生地をかみ締めると甘酸っぱいリンゴの香りと味が喉と鼻筋を直撃。ぽろぽろとこぼれるパイ生地の欠片をつまみ、男たちは会話を続ける。
「でも、価値を保障しちゃっても、王国内だけの話でしょ?」
「どっこい。もしだよ。『当店では王国金貨しか使えません』って主人公が言っちゃったらどうなる」
当たり前だが、この世界では他国の金貨や銅貨も両替商は扱うし、商店主たちも扱ってくれる。
「この国は弱小国で、当然ながら攻め滅ぼされたら王国金貨は消えてなくなる」
「いや、主人公を殺して自転車パクればいいじゃないですか」
「だれが修理するのさ。ドワーフか?」
資材面は、この際クリアしたことにする。不必要な思考実験はしないのが基本だ。
「そもそも、パクっても目立つぞ。統一規格で作られている自転車で、目立つ配色だし」
貸し自転車屋の車体は目立つ配色である。
防犯、宣伝、お客さんの安全のためであるが。
「厄介ですね」
「手元に置いておくのは論外な。自転車と言うのは乗ってはじめて価値が出る」
「まぁ美術品ではないっすよね」
パクっても邪魔なだけだ。用事が済んだら返せたほうがいい。
「用事が済んだら返すっていうと」
「其の話題は次回にする。長くなる」
『借りっぱなしにはさせない』
これがポイントである。主人公も十日以上借りると追加料金を取ると断言している。
「この辺の結果予測は感想欄にでも書いておいて」
「うは。鴉野さんあこぎッスね」
「ちなみにあこぎっていうのは古典文学。落窪物語の名脇役の名前からついた」
「マジか」
「な、わけないだろ。三重県津市の阿漕浦の禁漁地が語源だ」
「鴉野さんまさに外道」
一息ついてから鴉野は呟く。
「一番恐ろしいこと。解るよな」
「ええ。本来弱小国の国内通貨に過ぎなかった王国金貨は、一枚あれば確実に主人公の自転車を借りることができることになりました」
「そうだ。そして他国の金貨は使えない。また、王国大金貨のほうがこの国では価値が高く、信用がある。そして、王国金貨と王国大金貨の交換レートは固定。さながら一万円と千円の関係だな」
愉快そうに仮想人格の彼は笑う。
これからの予感に二人はほほ笑み合う。
「と、なると、主人公のお店回りで両替しないといけませんよね。主人公のお店では大金貨は使えませんから」
「この世界だと、両替するより周囲のお店でお金を使ったほうが崩すのは速いだろうな」
「そうすると銀貨何枚かと、金貨九枚が生まれますね」「其の通り。そして金貨一枚分のお金が周囲にばら撒かれる」
「大金貨の価値は国際条約っすか」
「まぁ銀貨じゃ重いからな。慣例としてこの世界では金貨十枚が大金貨一枚と各国が保障している。この辺はテキトウだから」
高卒のバカに大した設定能力を期待するな。
「でもまぁ。規格としてはほぼいっしょと」
「そもそも金と言う奴は脆い。大きさも重さ……比重もだいたい揃う」
そろわんと通貨としてどうしようもない。
「大金貨は。ようするに金塊と理解すればいいのですね」
「だな」
と、なると。と彼は楽しそうに笑う。
「銀貨の価値が安定しますよね。主人公のおかげで」
「と、なると、この国の国内通貨である王国金貨の信用度が跳ね上がる」
「じゃ、他国でも流通しますよね。『銀貨十枚』の価値を持つお金として」
「もう世界征服に等しいぞ」
「ですね」
「本編で面倒くさいから省略したが、実は銀貨の下に王国銅貨がある」
「おお」
「これも、銀貨六枚から十枚程度で交換している」
主人公はコレのレートがわからんからと、王国大金貨一枚=王国金貨十枚=銀貨百枚=王国銅貨千枚の固定でいいというようになっていく。
「となると。となるとですよ」
「王国銅貨だけ他国の銅貨とは別格の扱いになる。まぁこの国が滅んだらベタ銭の価値になる程度で済むから現代の通貨とは比べるべくもないが」
「いや、それでも持っていた人涙目になりますよ」
古い世界なら、発行した国が滅んで銅貨金貨の価値保障を行うことがなくなっても、多少価値が減る程度で流通し続ける。鋳造は手間がかかるのだ。
それだけじゃないぞ。昔は人間の移動を制限することで支配が出来ていた。江戸時代だって柵が都市のあちこちにあったしね。
個人の行動半径が狭かったはずの古代世界に主人公は自転車というものを持ちこんだ。更にこの国の民だけ自転車を使う権利を得た。
この意味はとても大きい。
「じゃ、この国滅ぼしたら不味くなりますね」
「敵国が賢かったらそう思うだろうな」
信用度の高いカネが急に消えたら当然困る。
あと、主人公の機嫌を損ねると貸出停止。
「うまい棒三十円だったものが唐突に四五円から六十円。俺様の気分次第と言われたらぼくはキレます」
「それが本来あるべき姿……というかだねキミ。簡単にキレるんじゃない」
主人公が横暴なのはまあさておき、現代社会に住む日本人である彼の機嫌を損ねた人間と言うのは高確率で治安に問題をきたす人間になる。つまり、善良な人間は自転車を利用できるようになり、犯罪者の行動半径は極端に制限されるようになる。そうすると治安は恐ろしく改善されると予測できる。
本文では触れていないけど国境沿いにいる『公爵』と姫は婚姻関係を結ぶはずだったがコレを姫は討ちに行った。『昼間でなければ倒せない』敵だった。
公爵だって馬を失い徒歩のはずの皇女たちがやってきて自分を討てるなんて欠片も考えていなかったのでアッサリ皇女に討たれてしまう。主人公は知らない事実だが。
「それってきゅうけつ……」
「婚姻を解消しても、問題なくなるな。あと公爵家に空きが出来たので……まぁ顔がわからない公爵だから」
「いいことっすねぇ」
「次は『銀行』を皇女に作ってもらおうか。
更にこの国は発展するぞ。
他にも皇女には仕事がある。楽しみだな」
「ぼくも楽しみッス!」
「高卒のバカが語る政治経済の面白さ。はじまりはじまり~~」
自転車は人類史上、最もエネルギー効率が良く、環境への悪影響のない移動手段である。
この物語は滅亡を前にした小国に現れた一人の貸自転車屋と運命を切り開かんとする一人の皇女が成す奇跡の物語。
繋がりあう掌が輪となり運命となって巡る。
細い針金のような弱き人々は支え合い絡まり合う。
運命を切り開かんとする少女の掌に握られし剣は荒野を切り裂き新たな道を作る。
信じる心は奇跡を呼ぶ。
神々よ御照覧あれ。
車輪は未来への道をひた走る。