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ポプラ通りに夢は還る

「ごしゅじんさま。準備できている」


 珍しくモノをはっきり言う魔族の少女に苦笑い。察しが良い。


「いま、いぬ」「おおかみっ!」


 倉庫の奥から反論の声。ぼくと『かげゆり』はお互い目を合わせてため息。


「……『つきかげ』が『動かないじてんしゃ』を動かしているから、すぐ準備できる」


 そう呟くと彼女もまた義姉妹を助けるために倉庫の奥へ。


 ぼくは苦笑いすると倉庫に封印している『アレ』を用意するべく、『つきかげ』と『かげゆり』の二人に発電機の準備をさせる。

 あれは半電動式なのだ。リカンベントの坂道やカーブに弱い弱点を廃した親父の残した秘密兵器。


「『春川』。行くぞ」


 二人乗りの異形の三輪自転車を眺めながら『俺』は呟いた。


「そ、その不気味なモノは……自転車。なのか?」



『はなみずき』が不気味がるのも無理はない。

 それは彼女の知るいわゆるシティサイクルとはまったく異なる異形の姿だからだ。


「リカンベント。いつも使っているウチの襤褸自転車じゃないぞ。親父の最高傑作だ」


 ぼくは汚物で座席が汚れるのを厭わず、彼を後部座席に乗せる。

 両足をくくりつけ、両手も。


「お前は騎士だろ。使命を果たせ」

「あっ あうう……」


 滂沱の涙を流す青年。

 この青年はかつて自らが愛した少女の婚約の手紙を届ける使命の最中に魔物に襲われ、愛馬と共に半身と言語の自由を奪われた。

 偶然その場を通りかかった猟師ガウルとエルフがいなければ命はなかったであろう。


「かつて、郵便局員は手紙を、人々の物語を守るために銃で武装していた」


 ぼくは半身を奪われても彼が守り抜いた手紙を再び彼の動かない手にくくりつけた。セロテープで。

 これは本来、トロトロ走る山形の暴走族を名乗る原チャリを煽るために乗るものではない。



「お前の騎士物語は。『今日からだ』」


 彼は涙と涎と鼻水を流しながら首肯してくれた。


 ぼくは、そして彼は一気にペダルを漕ぐ。半身が動かずともペダルは漕げる。そういう設計だ。


「半身不随になった人間にこそ世界最速の走りを。生きる意義を」


 親父のはた迷惑な自信作。

 足漕ぎ車椅子と二人乗り電動リカンベントを組み合わせた車体は騎士の誇りを乗せて再び駆け出そうとしている。


「ごしゅじんさま」


 うん? ぼくが振り返るとふわふわの尻尾を不安そうに揺らす狼の少女と魔族の少女。


「ゴブ運を」


「武運だろ。いいけど。そういうのはコイツにいってやれよ。お前、なんて名前だ」

「騎士」


 その言葉を聞いて『俺』は口元が綻ぶのを止められなかった。



「上等!」


 『俺』は座席に『寝転がり』、ペダルを踏みしめる。

 前方に向かって伸びるチェーンは車体に内蔵され、外部に露出しない。

 ペダルにかかった俺の脚の力は直接前方に力強く伝わる。

 本来リカンベントは坂道やカーブに弱い。ソレを補助するのが電動装置と、二人乗りの相互補助システムだ。


「ゆっくりで良い。脚を回せ。手足を動かすと動かない反対側も動く。そうすることで脳機能の回復を見込める」

「あ……う……」


 弱弱しく彼がペダルを踏むのが伝わってくる。


「カーブは左右に体重を預けるか、そこのハンドルを使え」


 基本は俺の操作になるが。


「だ……」


 大丈夫なのか。それは『はなみずき』が言ってはいけない台詞。

 行くな。そう命令することは簡単だろうが。



 騎士達が真摯な瞳で『はなみずき』を見つめている。


 行くに決まっているじゃないですか。行きます。止めないでくださいと彼らの目は語っている。


「行って来い。騎士ポプラ」

「騎士ッ」


『はなみずき』の激励を受けた彼がペダルを踏む力。

 俺にも感じる。彼の勇気が伝わる。


 彼の喜びが伝わる。


 俺が、俺達がペダルを踏みしめるとその力はチェーンを伝わり前方の異形の車輪を回し、ふらつく力は魔族と狼族の少女達が充電した電力の補助を受けて大きな力になる。


 俺達の顔面、身体に強い逆風が吹く。


「うおおおおおおおおおおおおおおっっ」


 逆風を貫き、俺達はハンドルを握り締め、脚も壊れろとペダルを踏む。

 俺達は青い弾丸となる。


 太ももは破裂するように強く強くふくれあがる。風切る俺達にさまざまな町の香りが伝わってくる。



 風の味を噛み締め、耳を切るのは心臓と臓腑のときめき。瞳に映る町は輝き、そして醜い。


「見えるかッ コレが! 俺達が、お前が護る街だッ」「騎士ッ」


 彼の弱弱しいペダルを踏む力が伝わってくる。


 市場に突っ込み、鶏は必死で避ける。子供たちが手を振り大人たちが呆然とする脇をすり抜け、衛視たちが止めることすら意に介さず、俺達は一陣の風となる。


「行くぞッ」

「うんっ こ」


「ウンでいいわっ?!」


 俺達はペダルを強く踏みしめ、新設した石の街道を駆け抜ける。このままこの道を往けば目的の領内にたどり着く。


 その前に魔物がいる。ヤツを振り切るか、討たねば領内にはたどり着かない。

 一度野営を行い、夜が明けるのを待って出発した俺達は後ろから迫る『ヤツ』の気配に気がついた。


 首のない騎士の魔物。火を吐く黒馬に乗った化け物は俺達のリカンベントに迫る。



「アイツか」


 震えるのは怯えているわけでも逆風が寒いわけでもない。俺は鉄木の木刀を握り、追いついてきた騎士の魔物に一撃をくれてやろうと振る。


 寝転がった姿勢で剣を振るのは極めて不利だ。ましてや上はヤツがとっている。

 ぎゅん。俺は必死でペダルを漕ぐも、ヤツを振り切るにはパワーが足りない。


「くそっ」


 鉄木の木刀は鉄より重い青銅の剣の一撃になんとか耐えているが、折られるのは時間の問題だ。一方的に攻めたてられ、ハンドル操作が鈍る。


「っ?!」


 転倒する。そう思ったとき力強いペダルを漕ぐ力とハンドルが勝手に動くのを感じた。


「ポ……ぷら?」

「騎士」


 ……ふふ。ありがとうよ。

 俺達の乗ったリカンベントは今までの重さから解放されたかのように。大地を貫くように走る。



「これは。なんだ」


 急に逆風が止まった。


 さわやかな香りが後ろから迫ってくる。昇る陽光の中を俺達は進んでいる。

 まるで吸い込むように前方に向けて風が吹く。さざなみのように優しい力が俺達の背を押す。


「コレが魔法ってヤツか。『かげゆり』、ありがとう」


 速い。


 親父の組んだリカンベントは逆風を無くす『かげゆり』の魔法の力を受けて風より早く走る。

 それは既に『飛んでいる』かのようだ。俺は後ろを振り返る。首ナシ騎士が驚いたようにしているのを見て笑った。


 俺と彼のペダルを踏む力が轟音となって車体を揺らし、雷鳴のようにとどろく車輪の力となる。

 ぐぐぐ。ハンドルが動こうとしている。彼の意思だ。


「そうだよな。男なら、まして騎士ならばこんなアブねえヤツを放置しないできないわな」


 俺は後方座席に眼をやった。剣を抜けないはずの彼は今、鞘を投げ捨て白刃を世界に示す。



 俺と彼の足の力は、力強く動くハンドルの動きは、一筋の光となって首無し騎士に。


 首無し騎士に俺は、俺たちはうそぶく。


「愛は無敵なんだよ」


「決めろよッ ポプラッ」

「騎士ッッ!」



 半身不随では剣は握れない。握れても振るえない。

 だからあの青年が最後の最後で振るった一太刀は紛れもなく『奇跡』だったのだろう。


「くす。ポプラ様ったら」

「あ。う~」


 まだちょっと言語野が怪しい。頭のほうの見えない傷だと秘密裏に担当の神官に伝えることが出来たら良いのに。電動補助装置つき足漕ぎリカンベントで最後の逢瀬おうせを楽しむ二人を細い目で見つめる。

 あのリカンベントはお互いがペダルを漕ぎ、左右に動いて支えあうことで真の速度を発揮することが出来る。


「まぁ。野暮はナシだわな」


 足漕ぎ車椅子は半身不随の患者に劇的な効果を齎す。



 恋人との逢引は魔物との戦いより難しい事業だ。その補助になってくれるならば親父も喜ぶはず。


 ぼくはトロール橋の上に組み立て式リカンベント(特別賃貸料一日王国大金貨一枚預かり金大金貨一〇枚也)を止めて思いを日本の空へ想いを向ける。

 テラスでは店の襤褸自転車に乗った騎士団の連中がトロールと一緒にはしゃいでいる。


 彼の勇気と活躍を祝い、王国は王都からトロール橋までの街道に風除けのポプラの樹を植えることを決めた。


 騎士団連中は国王陛下の粋な計らいに沸き、詩人は奇跡の一太刀の物語を謳う。


 ポプラ君は英雄になったのだ。まだウンコ垂れ流しているけどな。


「ポプラ様。カーブしますよ」

「うんっ こッ」


「ウンで良いでしょう」


 さわやかな風に吹かれながら『治療』という名前の逢引を楽しむ二人に目を細めるぼく。『春川』のヤツに恋人が出来たら、ああいう娘なのかなあ。ぼくは柄にでもないことを思った。



 恋する男に身分差があろうが、彼が半身を失おうが愛を貫こうと望む少女も所詮は翼をもがれた駕籠かごの中の小鳥。彼女は明日婚約者の元に向かわなくばならない。それが身分尊きものの使命。


「翼か」


 『蝋の翼』ならば貸せるかも知れないが。口の端を持ち上げたぼくは愉快な想像をしてしまう。

 カチャカチャと手元を動かし、リカンベントを折りたたんで賃貸契約書とともに『荷物』に入れたぼくは最後の逢瀬を楽しむ恋人たちに背を向け、『はなみずき』たちのほうに向かった。


「ところで、良い知らせと悪い知らせがあるのだ」


 『はなみずき』はニコニコと笑いながら呟く。


 嫌な予感がしたのであろう騎士団の皆は恐る恐る彼女に尋ねる。


「ポプラは今までの功績を認められ、一代限りの貴族。『男爵』を名乗ることになった」


 その言葉を聞き、皆は一気に歓声を上げた。それは貴族まどうしでも王族や皇族の血を引いているわけでもない人々が実力で貴族になれる可能性を意味する。『はなみずき』は自分のことのように嬉しそうだ。



 歓声を上げて喜びあう騎士団の中、おずおずと若い娘の騎士が場の空気を読まずに手を挙げて問う。


「その……。『はなみずき』様。"悪いお知らせ"とは」


 『はなみずき』はにこやかな笑みを浮かべたまま恐ろしい言葉を放った。


「騎士団の給与を一割カットする。私含めた幹部は二割カットだ」

「何でですかあああっ?!!」


 阿鼻叫喚。そりゃそうだぜ。提案したの『俺』だけどな。


「そして、その分を国庫に貯蓄、貴君らが怪我をしたときの治療費として共有する」


 この世界、『保険』って概念なかったんだよな。

 郵政の三大業務は『郵便』『簡易保険』『国民銀行』だから教えたのはまずかったかもしれない。


 勝ち誇る『はなみずき』。給与を減らしてなおかつ納得させる。鬼だ。この娘。

 ケタケタ笑う『はなみずき』と轟々の非難を行う騎士団の皆を眺めながらぼくはため息。

 でもいいじゃん。自己負担よりずっと。ポプラ君はこの世界に保険の概念を生み出したのだ。



 ぼくはテラスの上からさわさわと風を受けてゆれるポプラの若木たちを眺める。

 若木が育ち、花が咲くようになればこの街道は白い綿毛の花で染まる。

 その綿毛は知り合いのエルフの手によって温かい服になる。

 ぼくの口元から自然と笑みがこぼれる。ガウルのヤツはポプラの綿毛でクシャミをするだろうしな。


 ……おっと。

 ぼく、いや『俺』は口付けを交し合う一組の『英雄たち』に敬意を表し、瞳をそらした。


 ああ。そうそう。

『ポプラ』って言うのは。『勇気』って花言葉を持つらしいぜ。



 本エピソード イメージソング


『ポプラ通りの家』

 歌手:ピーカブー

 作詞:山川啓介

 作曲:大野雄二


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