表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/128

『君だけの騎士(ヒーロー)』

「いい光景だ」


 ぼくが呟き、魔法瓶の中から珈琲を取り出す。


 さわやかな春の風に身を任せる。

 この世界では『春』と『夏』は貴重だ。

 春の訪れを感じる月の初日からは嘘をついても許される。


 そして夏の七日間を人々は命の喜びを感じながら情熱的にすごす。たった七日の夏を。

 日本にいるときは、そんな風に夏をありがたがることはなかったな。


 あっちでは橋の守護者のトロール君がひいこらひぃこらと村の建設に従事している。

 こいつ、地味に道路作る監督としても有能なんだよな。本当に最近世話になっている。


 かつて恐れられた彼は今や子供たちに慕われる存在。


 時々敵討ちの冒険者や戦士や遺族が来るが、ぼくが事情を話して帰っていただいている。

 罪は罪だが、人は人。この場合は巨人族の眷属なんだろうか。


 ふわり。

 魔法瓶の中から柔らかな湯気。



 我らが皇女『はなみずき』様は珈琲よりチタンで出来た魔法瓶の構造に関心を持ち、「ミスリルではないか? これは」とか申しており。


 ミスリル? 知らん。強化チタン製の魔法瓶は高いし軽いし性能がいい。ちょっとパッキンが緩んでいるけど、それでもまだまだの保温性能だ。


 『つきかげ』は珈琲の臭いに嫌そうに反応する。

 この子にとって珈琲は苦いだけの汁だからな。

 ただ、ふわふわの尻尾が小さく機嫌よさそうに動いているのを見るに悪い気がしないらしい。


「……」


 無言で魔法瓶に手を伸ばす『かげゆり』。

 先日の給与明細を間違えたのをいまだ根に持っているらしい。正直すまんかった。

 反抗期を迎えた二人は最近色々口答えするようになって来た。いい傾向だと思う。


 俺もこのころは色々やったなぁ。花の香りと珈琲の香り。春の草花を眺めながら、トロール橋のテラスのベンチから昔のことに心をめぐらせる。

 春川と一緒に教習所にいってバイクに乗せろと言って追い出されたり、トロトロ原付で走るムカつく高校生どもを親父の倉庫からパクッてきた二人乗りのリカンベントでぶっちぎってやったり。



 あ。リカンベントっていうのは世界最速の自転車な。風防つきの専用車両なら時速百三十キロ出る。

 タバコも吸ったし、酒も飲んだ。アンパンも試した。女は春川が嫌がるから駄目だったが。

 あいつ、変なところで潔癖だったけど、彼女できたのかなぁ。


「融資していただいたおかげでこの村も発展して。今年もお祭りが出来そうです」


 トロール君は相変わらずぼくにへこへこ。君は村長だろ。もっと堂々としていていいんだよ?


「いや、しかしこのテラスつきの橋、自分でつけろといって何だけど絶景だね」

「ドワーフの建築士たちを紹介していただいた上に、よく働く人々をつけていただき」


 元は犯罪者でもトロールに喧嘩は売れんわ。コイツ強いしな。


「ぼくは王国以外の商人や君たち以外には金や自転車は貸さないから」

「存じています」


 一部の自転車を貸与してみたところ、この村は爆発的に人口が増えた。そして計画的な都市設計で徐々に王国の守りと文化の要になっていこうとしている。



「『はなみずき』。踊ろうぜ」


 ぼくが手を出すと彼女は呆けたような顔を見せた。


「な、なんの冗談……わわっ?!」


 ぼくは彼女の手を取ると村人たちの範奏に合わせて踊りだす。


『橋の上で 踊るよ踊るよ♪』


 隣を見ると魔族の少女と半狼の少女も手を取り踊りだしている。

 この人々の幸せが続くことを。ぼくは異世界の来訪者ながら願っている。


 そんな幸せを願う同志でもある皇女さまはまれによくシビアな返事を下さる。普段は貸し自転車屋のアルバイトを名乗っているがちゃんとこっち方面での仕事もするのだ。さすが皇族。


「却下」

「そうですか」


『はなみずき』にお叱りを受けたぼくは頭を下げた。


「金が足りない」

「なら作れ。王国大金貨を鋳造すれば」



「その金は何処から持ってくるのだ」


 そして魔導強化を施さなければ王国大金貨とは言わない。大量に鋳造すると魔導士達がぶっ倒れるそうだ。


 王様と『はなみずき』に呼び出されたぼくはまた商売と違うことをたのまれた。早い話が国内の両替商や金貸しを取り込んで国立銀行を作る話である。


「メッチャクチャ暗殺者送られてまだ懲りてなかったのか」

「流石に貴様の店の状況を見たらな。税金も減らせる」


 ぼくと『はなみずき』は真剣に会話しているが、国王陛下はニコニコ。


「そろそろ孫が見たいなぁ」


 ……。何故だろう。寒気がする。


「ああ。最近老骨が堪えるわい」


 ……だいたい皇家と王家は別なのでは。


「私の母が彼の妻だ。つまり王は私の父上だ」

「理解しました」


 皇族は女系らしい。



 簡単に言うと女王や后ではなく『女帝』。


「姉ちゃん達は」


 そういえば第三皇女って聞いたことがある。


「とっくに他国や有力貴族に嫁いだッ?! お前のせいで私はいきおくれだああああッ」

「ぐ、ぐるしい。甲冑来たまま首絞めるな。痛い」


 じゃれる俺達を国王陛下はニコニコしながら見守っている。いや、助けてくださいよ。


「確か、異国の人間である自分は娘の婿になる資格はないと突っぱねているそうだが、いっそ娘を異国にやろうかの」

 えっと固まるぼくらに彼は茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべてこう告げる。

「『ニホン』とやらに」


 いやいや。戸籍もないし、苦労するだけです。俺日本ではワープアですよっ?!


「それに外国人、それも異世界人に参政権になりうる皇族との血縁関係を与えるのは危険です。俺の世界でも民が選んだ指導者が外国人で、世界最強の国に喧嘩を売って世界中から攻撃された例が何回も」

「貴君は生真面目だな」



 なんせ、根っこが違うと有能でもうまくいかない。


 話変わって。


「まだ終わっていないぞ。大事な話が」結婚の話は後日ッ?!


 前にも述べたがぼくのお店の商売構造は銀行と同じだ。


『儲かってはいないがお金(自転車)はある』


 自転車を貸すたびに銀貨一枚が手に入るが、預かり金を一時的に十枚得る。

 また、自転車は必ずぼくの手元に戻ってくる約款になっている。

 町中の皆で自転車をシェアしているのだ。


 銀行の場合、子供の小遣いから社長の隠し金まで皆銀行に一度集約する。

 そして儲かるかどうかなどの銀行査定を隔てて、さまざまな事業に貸し出される。

 箪笥に貯金したカネは世間に流布しない。当たり前だ。だが銀行に貯金すれば。

 まず金を保管してくれる。そしてその金が誰かの役に立ち続けるのである。


 そのためには『信用』も必要なのだが。



「あれだ。郵便局を作るとか。王国に従わない両替商共の処分は一度切り上げて」


 通信が発展して、国民限定のミニ銀行を作ってもらえば、ぼくも助かるし。



 となると通信手段、しいては交通網の整備がこの世界では必要になるのだが……ここでリカンベントという自転車がある。

 寝転がるようなポジションで乗車し、前方にペダルがある異形の姿。

 モノによってはチェーンがフレーム内に完全に収まった形になっており、三輪もしくは二輪である。


 そして。世界で一番早く走る。その最高時速は風防つきで時速132キロとも呼ばれる。


 自転車の最高時速の要素の半分以上は空気抵抗である。あまりの性能の高さゆえ、またその異形により第二次世界大戦前のヨーロッパにおいて自転車競技団体の公式競技会より締め出されたこともある。

 その後、一部愛好家のみに伝わる特殊自転車としてその血脈を保ってきたのだが。


「騎士! 騎士!」


 ぼくは頭を抱えていた。



「障害者雇用制度はこの世界にはないはずだけど」


『はなみずき』達が担架たんかに乗せて連れてきた青年は股間にオムツをつけ、ワケの解らない言葉を連呼し、泣くわ喚くわ。


「貴様なら何とかしてくれるだろうと」

針金スポークを掴むつもりで来たってか?」


 ぼくは青年を見ながら呟いた。


「神殿で面倒を見てもらうしかない」


 頭も身体もおかしいように見える。


「何故か治癒しないのだ」


 悔しそうに呟く『はなみずき』。

 なんでも前に倒れてから半身が動かず、何を喋ろうとしても『騎士』と言ってしまうらしい。


「半身不随かなぁ。言語が……」


 ぼくは口をつぐんだ。この世界で『脳に損傷がある』とぼくが発言した場合、この青年は即座に殺される。


 この世界ではまだ狂気は伝染すると信じられているし、脳に傷があるという意味は別の意味となる。



 しかし、今回この皇女様はかなり好意的な反応をしてくれた。


「貴君は医者でもあるのか」


 なんでもこの青年は倒れる前は剣の腕、人望ともども騎士団の将来を担って立つと嘱望された屈指の人材だったとのこと。治癒を祈る『はなみずき』の期待に燃える瞳にぼくは首を左右に振った。


 ぼくはこの世界の人間ではない。彼女を幸せに出来る男がいるならば、そいつに任せなければならない。余計な期待や評価は避けたい。彼女のためにも。


「いんや。知り合いに同じ症状のヤツがいる」


 恐らく神殿では手足の治癒を祈っている。それでは回復しない。脳の機能損傷。


 ぼくは彼とやり取りを繰り返し、彼の知性がいまだ健在である事実を確認した。アイツと同じだ。


「辛かっただろうな。いっそ狂ってしまいたいって何度も思っただろう」

「騎士ッ 騎士ッ」


 涙を流す彼とぼく。騎士団の連中は何故か彼と意思疎通を行えるぼくを見ながら唖然呆然。



 『アイツ』は身内もロクにいない。ぼくが日本に帰りたいと思う理由のひとつだ。


「この世界じゃ介護……生かしておくだけでも大変だろう」


 この世界には介護という概念がない。

 障害者は路上に棄てられるか、良くて見世物小屋。少し使えるならば奴隷が相場だ。

 身内でも、いや身内ですら金貨数枚で簡単に売ってしまう。クソッタレだ。


「騎士か」

「騎士ッ 騎士ッ」


 涙を流し、汚物をぶちまけ、喉から涎、鼻から鼻水を流し、それでも意思疎通できた喜びを表現する青年に。

 ぼく。そして『はなみずき』たち騎士団の皆は涙を流していた。


「『騎士の誇りいまだ費えぬ』だとさ」


 ぼくの言葉を聴いて騎士団の皆の涙腺は決壊した。あ~あ。店でナニやってるんだ。邪魔だろ。もう。

 あ、目にゴミ入った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ