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【コラム】繋がれざる者

 参考動画http://digitalcast.jp/v/13681/

「司法の不公正について話さなければなりません」

 ブライアン・スティーブンソンは語る。

『正義の対極は貧困である』と。



「なろうファンタジーだと簡単に牢獄とかでてくるんだけど、本文で主人公が構想した先進的な刑務所が出来るのは随分あとでね。哲学者ベンサムがパノプティコンを考案したのも千七百九十一年でいわゆる『中世ヨーロッパ』というよりもはや近代といっていい」


 パノプティコンは功利主義者ベンサムが考案し、生涯を通じて実現に奔走した。彼は犯罪者や低所得者層の幸福を底上げすることによって社会の幸福をも高めることができるとした。その内容は管理者たちからは受刑者たちが丸見え、受刑者たちからは管理者が見えない刑務所の建設により少人数での刑務所運営と今の感覚でいう受刑者たちへの民主的な職業選択機会を与えるものだ。


 映画の話だがなぜかホームズが肉体派の『シャーロック・ホームズ』では近代であるのに雨晒しの牢屋だった。

 あれではレイプとかが起きてもまったく対応できないであろう。というか、普通に酷い待遇だ。


「そうなんですか」



「そりゃ仮想人格よ。腕とか切ったら勝手に淘汰されていくのになぜそんな手間暇お金をかけるのだってこの世界の人でなくても思うよ。どこぞの国では即日裁判即日死刑だぞ。そのほうが予算はかからない」

「なる」


 レ・ミゼラブルは十九世紀だが、ほとんど奴隷待遇だ。受刑者の人権を護る動きは真面目に昨今なのだ。


 そして鴉野と彼は激しくスクワットしていた。なぜにスクワット。


「あと百回」


 にこやかにガチムチの兄貴が笑っている。


「なんで某合衆国の刑務所にぼくらいるんですか」

「待遇良いだろ? なんせ三回刑務所に入ったら一生出られないのがアメリカ名物『三振法さんしんほう』さ。待遇も良くなる。北欧とかのいい刑務所はかなりいいらしいぜ」


 もっとも、刑務所によって差異がデカイらしい。


 男たちは受刑者たちと共にスクワットの後は腰を左右に振っている。コアリズムだ。


「で、いいもの食って暇つぶしに筋トレですか」



「図書館もある。粋な看守の計らいではロックも」


「どこの宍戸錠ししどじょうですか」

「元はエルビス・プレスリーだな。あと日本語訳のオリジナルは山下敬二郎かな? お前が聞いたのはNHKの歌謡番組だろ」


 にこやかに笑うガチムキ兄貴が『次は腕立てだっ! 運動したあとの飯は美味いぜッ』と叫ぶ。

 ひいひい悲鳴を上げながら運動をする二人。


「意外と慣れるといいすね。ここ」

「だなぁ。でも人種ごとの刑務所内ギャング組織とかあるんだぜ」


「マジすか……」

「刑務所の中から外の犯罪組織を操っているそうだ」


「どこぞのドラマみたい」


 いや、現実だよ。

 ヘイトクライムっていうのもある。

 黒人が白人を殺したり、刑務所内の白人組織が暴れたり。


「そ、そんなのあるんですか」

「日本でもあるよ。在特会の元メンバーが調子こいて逮捕されている」



「古くからアメリカは移民の国であり、彼らの血をもって服従の証としたけど」


 ひぃひぃと叫びながら男たちは背筋を鍛える。『ワンモアセッ』『ワンモアセッ』とイケメンの兄貴(仮称マックス兄貴)がうるさい。


「昨今は三振法により、富裕層は罪を犯したとしても軽微ですむのに、貧困層はどうでもいいような理由を三回繰り返し、一生刑務所ってのが」


 今度は懸垂けんすいかよ。いいかげんにしてくれ。そう思いながらも男たちは共に汗を流しにこやかに笑う兄貴とハイタッチ。

 もう筋トレなんか嫌だと叫ぶ彼に鴉野。冷酷に告げる。


「仕方ないだろ。オカマ掘られたくないなら我慢しろ」


 マックス兄貴(仮称)はプラトニックラブの信奉者らしい。マックス兄貴の性的嗜好はさておき、アメリカの受刑者は一人当たり年間四万ドル以上かかるらしい。一部の中流所得者では稼げない額だ。アメリカには国民全員加入の保険制度はない。

 にもかかわらず病院が充実しているという。


「じゃ、犯罪者はいいもの食って暇にあかせてパワーアップしてまた出てくるわけですね」



 教育も受けられるらしいな。


「疑問に思うのだが」


 鴉野は案じる。


「なんですか」

「日本でも奴婢制度はあった。刺青とか入れたりね。

 ……でも、所謂不可触民は世界的に見て、ある種の特権を持っている。ゆえに『そういうのはなくなった』ことになっている」


「ふに?」


 スクワットをしながら男たちは会話をする。おかげで鴉野の疑問は流れてしまった。


 マックス兄貴も会話に入ってきた。


「ああ。そりゃ特定の職をもってりゃ不況に強いよな」「ですねぇ」

「だよね。兄貴。自分で兄貴名乗っているから面倒だ」


 おまけに横のつながりも深い。男たちは激しく運動。


「最近は音楽もやれるんだぜ。

 俺も『らき☆○た』のダンスを覚えた」

『(うげぇ。ガチムキ兄貴がダンスしても可愛くない)』



 男たち二人は引きつった笑みを浮かべた。ビバ・ジャパニーズスマイル。


 マックス兄貴と共に二人は運動を続ける。


「中国にはかつて『租界』ってのがあった」


 蘇州夜曲とか今でも時々ラジオで流れるね。


「ああ。日本やら諸外国が中国を搾取していた」

「ちがうわい」


 本来、中華思想では中国しか国はない。そこに現れた異物どもを閉じ込めたのが租界の始まりである。


「日本だから書けるけど、所謂ゲットーもドイツだけの話じゃない。異民族や異教徒の隔離地区みたいなのは昔から諸国にあったんだ」


「あ。聞いたことあります。『金貸しは天国にいけない』からキリスト教徒と関係ないユダヤ教徒がお互いのわずかなお金を融通しあっていく延長で銀行業務が産まれたんだって」


 わが国なら長崎の『出島』が該当するな。この出島が当時の最先端大学の役目を果たしていたことは歴史の授業で読者様も学んだと思う。そして、その『銀行』は世界を支配していくのだが。



「刑務所に限らず、不可触民を作ったり、ましてや内部の治安を彼らに委ねるのは極めてよくない」


 人間はどんなところでも社会を築き上げるからね。その中で銀行が生まれたことを忘れてはいけない。


 ハンセン病は長らく伝染するとされていた。科学的に否定されてもだ。かつての日本政府は患者の断種政策を行っていたのだが、内部は施設の作成すら患者たちの自助努力で成していた。


 そんな中で……こういう話は若い読者には良くないな。


 これもヘイトクライムなので、興味がある人は自分でググって欲しい。



 ゆえに、犯罪者は更正させなければいけない。

 貧困が犯罪者を生むのなら、その貧困を無くさなければならない。

 それは千年以上前の吉田兼好ですら提言しているのだ。



「案外、この刑務所の中で高度な教育と政治力、暴力を駆使して塀の外を支配する男が生まれるかもしれないぞ」



 乾いた笑みが二人の口元から漏れた。


 この儲けるために生まれ、誰かが儲けるために誰かが死ぬ世界。その端に追い詰められたものたち。

 あるものは犯罪者として塀の中で一生を終え、またあるものたちはわけも分からず与えられた銃を手に殺し合い憎みあって生涯を終えるが。


「そのまさかかも知れないぞ」


 嫌な予想に身震いをする二人にマックス兄貴はニコリと笑ってみせた。


「ここなら戦争に行かなくて済むからな」


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