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『謡う石』

 法を成文化する案は国王陛下以下揉めに揉めた。


 そりゃそうだ。無碍な話も『これが法律だ』『俺がガンダムだ』で押し通したほうが権力者にはやりやすい。

 それをいちいち文章にして公開しろなんて狂気の沙汰と言われても仕方ない。


 そもそもこの世界、識字率が低い。字が読めるというだけで一種の魔法のように思われている。


「しかし公爵殿の『店』は犯罪の発生そのものを押さえ、他国の脅威に怯える小国に過ぎない我らの国を別の形で守っているからな」


 この王様、めっちゃ賢いんだよな。案外同胞かもしれない。ぼくもそうだが、環境が激変してしまったら対応するだけで手一杯で、余裕が出るのはその後だ。喧々諤々(けんけんがくがく)の家臣をなだめる王様。国王の立場ではしがらみも多かろう。


 まぁここも臭い臭い。洗濯しろ。風呂に入れ。その香水はアンモニア臭がするんだ。


 あと食い物が腐っている。胡椒こしょうはないのか。腐敗防止の塩だけの味はどうかと思うぞ。


 酒も日本人のぼくからみて酷いものだ。泥水のほうがマシだね。



「勝手きわまる基準で不貞を犯したものを騎士団に突き出す義務を放棄し、不当にこき使って地面を掘らせるなどの私刑を繰り返し、王国通貨の換金率を勝手に設定しているだけではないか」


 なぜこんなことをしたかって? 簡単に言う。この国、否、この世界にはまだ刑務所はない。悪さをしたら手を切られて放逐されて野垂死に。

 よくて国有奴隷になって自分を買い戻せるまで一生を棒に振る。もしくは死刑だ。


 ぼくはあんまりにも多いこの世界の犯罪、およびモラルのなさには閉口していた。


 宿屋は握手の瞬間にぼくの帽子やバッジを取ろうとするし、宿泊する女子供を奴隷商に売ろうとする。それどころか女性はタダだ。つまり『宿屋で起きた強姦は双方合意であり無罪放免』。


 質の悪い酒はある程度まわってきたら泥水になるし、食い物は人肉だか猫の尻尾だか混じっている。

 レ・ミゼラブルの悪徳宿屋そのものじゃないか。これじゃどこにも安心して泊まれない。


 神殿や各ギルドに所属していないと死ぬ。つまりギルドカードに犯罪履歴があったらアウトだ。

 パンひとつを妹のために盗んでも犯罪者。つまり物乞い直行。なめているのか?



 仕事はない。柵を開放してわかったことは物乞いするか泥棒するかしか知らない人間がアホホドいる。そもそも泥棒自体が悪いことだと思われていない。

 兵士に捕まれば手足を切り落とされるが、基本はやりたい放題だ。暴力が人を支配し、法もまたより強い暴力でしかない。

 そんな世界でただの日本人に過ぎないぼくに何ができるんだよ?!


 店の外壁からなんから何でもかんでも盗もうとするんだから困る。マジで困る。

 で。とりあえず不貞を働いた馬鹿には店の前を掘って石を埋めさせ、そこらに捨ててある貝を焼いて漆喰を作って固めさせ、整形させて自転車が通れる道にして食い物を与えるようなことをしていたら。


「借りた金を右から左に貸し付ける悪魔の手口で次々と」「五年で都の道路が整備された」「犯罪者がいなくなった。いたのはいたのだが、そこの公爵がギルドカードの記録を改竄した」


そもそもぼく自身が元犯罪者だからな。厳密に言えば。暴行、恐喝、暴走、器物破損、騒音とかも入れていいのかな? メンドクセ。


 ちなみにぼくていどのバカに銀行の真似事ができるのは『かげゆり』の記憶を樹に保存する魔法が役に立っているからだ。



「トロール橋が世にも珍しいテラスつきの立派な橋になって新たな村ができ、いまや恋人たちが踊ると幸せになるという観光巡礼スポットに」


あの馬鹿も改心した。おかげで儲けさせていただいた。


「魔導王たちは『詠う石』に法を記録し、人々が何時でも確認できるようにしたといいます」


「それは昔の話だ!」

「魔導帝国は滅びたっ! 『最初の剣士』に栄光あれっ!」


『はなみずき』の言葉に臣下たちは反論するが。


「最初の剣士って。誰?」


 ぼくがといかけるとみなずっこけた。

 いや、誰よ。ソイツ。



ぼくの顔を見て『本当に知らんのか』と『はなみずき』はあきれつつもすっとその喉に息をのみ込み、綺麗なことばを歌にして謡いだした。


それにともない全員が歌いだす。曰く『最初の剣士』とは神と同一視される英雄である。



 魔導帝国なる世界統一時代、皇族の娘に惚れた魔力なき青年がいた。


 指先ひとつ動かしただけで人を殺せる魔導の世界において彼は剣の道を究めんとした。


 幾多の苦難を乗り越え、友を得た彼は彼女と寄り添い連れ合い、彼女を娶る。


 その頭脳さえ渡り、英知は神の如し。

 奴隷制を否定しつつも朗らかな笑みで全ての人々を癒す。

 その剣の冴えは天空をも切り裂くと呼ばれた。


 幸せな日々は続かず、『滅び』が世界に満ちるとき彼と彼女は戦いを挑む。

 死闘の結果、彼女は剣となりて彼を守り、彼の元を去った。

 その後も彼は剣を手に人々が平等に暮らせる、『王も奴隷もない世界』を目指して尽力したという。


「今では『最初の剣士』とは神の化身とされ、剣士ならば我こそは最初の剣士の再来と一度は名乗るものだ」


『はなみずき』は誇らしそうに胸を張って述べると、王族たちは一様に『最初の剣士の剣は我らと共にあり』と叫んだ。

 長い! みんな歌わなくていい! 三行で!



 要約すると今の『王族』『貴族』のほとんどは剣士が多く、魔道帝国の末裔である魔導士は『ほぼ』いない。彼らの祖とされる『最初の剣士』の威光と魔導帝国の妻を娶ったという事実から彼らは剣士の子孫である『王族』そして魔導士を意味する『貴族』を名乗っているそうだ。


 折角だから最初の剣士の理想とやらを聞いてみた。


「最悪で役に立たん。だが当時は無難な政策だったと聞く」


 概ねは口伝で残っているそうだが。……民主主義そのものだった。


「序文は神々や『最初の剣士』や歴代王に今世の王が誓う形で」


『はなみずき』がつぶやく。


「世界に慈悲と勇気と正義が満ちるように」


車輪を支え、寄り添う小さな針金のように。

 弱きものが支えあい、強い力を成す国にしたいと。


 ―― 私『悠久の風』国王は『最初の剣士』の理想を具現しつつ、現代の世情に合わしながら人々を導くことをこの石版に刻み、誓う。



 うたえ石よ。歴代魔導王の知と優が人々を導き、守るように。

『最初の剣士』の理想と夢、いまだ費えぬことを示すために ――


(本文略。苛烈な罰と弱者救済、各犯罪に対する刑罰の最大限を定め、裁判時を除く決闘の禁止。公平性と等価の概念などが根底にある法が続く)


 虐げられしものは声高らかに石の声を詠め。石は謳う。

 正義と勇気、人の愛と誠を。私、国王はその歌を止める権利を永久に放棄する。

 代わりに君たちには永遠の義務が生じた。


『最初の剣士の理想を守れ』


 いつかくる正義の日のため。

 悪に塗れた世でも前に進むことを。人を思いやることを ――


「我らの国。『悠久の翼』は後の世にこう呼ばれるであろう。民よ。貴族よ。剣士たちよ」


 石板に刻まれた法典を見上げながら王は誇らしげにつぶやく。

久しぶりに出た陽光のもと、朝霧のあとが葉を輝かせる。



 白い石畳の上に設置された石版の周囲を奴隷や貴族を乗せた自転車が駆け巡り集い、固唾を呑んで王を見守る中、彼らの王は高らかに宣言された。


「『車輪の王国』と」


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