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ファンタジー世界de『貸し自転車屋さん』始めました  作者: 鴉野 兄貴
第二十二章 天使と猫と『はなみずき』
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夢の人

「はじめて出逢った日の事。お前は覚えているか」


 彼女の言葉が虚ろに響く。ええ。覚えていますよ。

はじめてあった日、君はまだ小さな少女だった。剣を腰にさし、青銅の鎧を身につけていたけど。

まだ幼い顔立ちは自らの重圧にいつも脅えるようで。どこか子供っぽさも残っていて。


「私は覚えているぞ。マヌケな顔立ちととぼけた感じの失礼な年齢不詳の男が突如現れた『店』と共に現れた日のことを」


 そして、滅ぶはずだった小国を盛り上げ、争い合う筈だった三国が纏まり、神々の夢の世界を悪夢の絶望の世界から春の息吹が芽生える世界に変えていくそんな夢の物語を。「本当に、夢のような日々だった。最後の最後でお前とやっと結ばれて終わる」「終わりません。終わらせません」みんな見ていますよ。


 ぼくらは小さな石でできた家の中でたわいもないことを語りだした。

はじめての喧嘩は縛り首だ斬首だと煩かったとか、そんな未熟なときのことは言わないでくれとか。

はじめて胸がときめいたときの話とか、ぼくも同じ気持ちだったけど子供相手だと思ったとか。

はじめて一緒に橋の上で踊ったこと、徹夜で自転車を修理してフラフラの頭で二人で開店したら開店時間を間違えていて誰もまだいなかった日の事。国の未来を必死で語るまだ幼い彼女に帳簿をつけながら生返事していたぼくのこと、複式簿記と『数字』を見て導入を決めて騒動になった日の事、『かげゆり』や『つきかげ』が初めて来た日の事。幼かった彼女たちとの思い出、フレアの事、愉快な仲間や騎士団のみんなのこと、三国の王や貴族たちの事。


「私は、私は望んでいたのだ。圧倒的な暴力ですべてを打ち払い、我が国を平和に導く男の出現を。でも私の前に現れた男は剣士ですらなかった」なのに、『最初の剣士』の後継者に選ばれた。


「はじめて出逢った日の事。お前は覚えているか」ええ。何度も言いますよね。

「お前と過ごすうちに考えが変わっていった。私は剣になるか誰かを愛する定めの者だ」

彼女の掌からまた血が滴る。

「未熟で、役立たずでどうしようもないですよね。先代の国王陛下には申し訳ありません」「良いのだ。お前は成すべきことを成そうとしてくれた。何時でも。何処でも」


「私は最強の剣になりたいとは思わない。

時には引っ張り合うこともあるだろうが」

げほっ げほっ 咳の中にわずかに血が混じる。


「弱さをさらけだしあい支えあい、運命に向けて前に進む。

そんな一本の小さな針金になりたい。そんな針金たちの一本になりたい。

お前も、私も、小さな針金の一本なのだ」

彼女の吐息が漏れ、何処か血の香りがする。


「何処か折れていますか」「たぶん」


 あえぐ彼女はヒビの入った金のカードを投げ捨ててつぶやく。

「この世界は悪夢の世界だ。悪夢の世界だったのだ」ええ。

「三国の絶え間ない戦争も、邪竜の襲来も、本来の姿に戻ろうとしていただけに過ぎない」ええ。

「自らの破滅を願う女神の夢が、自滅を願う声が響く世界がこの世界だ」ですね。

「女神の夢に干渉し、我らのあり方を再規定して。我々人間は」国家や個人の情報管理にとどまらず、美容整形に延命、生まれ変わり(リインカーネーション)に能力改造、瞬間移動に無限のバック。世界のあり方すら変えるために異世界から異物ともいえる存在を呼び出し、世界そのものに干渉し、まったく別の姿に作り替えて行こうとして。


「でも、少し違います。悪夢の世界なんかじゃないです。

そりゃ、ずっと夢に囚われるなら、どんな幸せな夢でも悪夢です。

でも、生きるために、明日捨てるために、今を耐える夢ならば」

ぼくは再度拳を握りしめる。


「輝かしい、今を生きるぼく等の夢です。

誰かと共に見る夢は、どんなにひどくても悪夢じゃないです」

明日醒めるために進む昏い道は悪夢ではあり得ません。


「この国は、小さな針金たちが寄り添う。『車輪の王国』です」

希望の光に向けてペダルを漕ぎ、決して後ろに戻らない。『夢の国』です。

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