森の守護者『フレア』
これは。どういうことだ。
『はなみずき』は呟く。邪龍の落ちたクレーターの中央にその死骸はなく、細身の全裸に近い姿の少女が倒れているのみだったからだが。
「何処となく公爵に似ているな」なんすかその瞳は。知りませんよ。
と言うか、君にも似ているよ。『はなみずき』。
「知らない間に子供を作っていたのか? 二人とも」ワイズマンのぼやきに。
「違う」「違う」全力で否定するぼくら。
エースたちも捜索を続けているが、周囲を沸騰させて落ちた筈の邪龍の死骸は見つかることはなかった。
ただ、その沸騰するクレーターの中央には、火傷一つ負わない不思議な少女がひとり。
「そういえばアンジェラさんは? 」「……現在治療中だ」あの場所で倒れりゃそりゃ命に関わるよなぁ。ならこの子はなんだ?
ぐつぐつと大地が沸騰し、有害な蒸気をまき散らす悪臭の中、その娘は心安らかといった表情で眠り続けている。
「おそらく。赤竜だろうな」「はぁ? 人間に見えますが」
『かんもりのみこ』は慎重にその娘を見ている。
「おそらく、この姿は。店主さん。そして『はなみずき』。二人の『命の樹』を模倣し、滅びを防ぐために暫定的に生み出した姿なのだろう」
周囲を覆う悪臭は舌すら麻痺する。その中でもこのエルフは表情を変えない。
「この。この無垢そうな少女が」「あの赤竜だと?! 」
驚愕と怒りに燃えるぼくらに「肯定だ」と続ける『かんもりのみこ』。
「竜は厳密には死なない。『消える』ことはあっても『死なない』のだ。
寿命で滅ぶことはないが、先代が消えると同時に何処より現れた『卵から生まれる』ことならある。
この場合、自らの肉体を滅ぼした者達。すなわち店主さんや『はなみずき』殿、アンジェラやオルデール。国王、……あとガウル」「おい。俺の扱いひどくね? 」
の、姿を模倣し、一時的に人の姿となって存在している。そうだ。
「今は無垢な少女です。善も悪もわからないでしょう」
エルフの言葉に皆は黙る。少女は瞳を閉じ、小さく甘えた声を出してまた眠りに落ちた。
「人なら。今なら。……殺せるな」
『はなみずき』は迷わず『ゆうたまぐさ』を振るいあげる。その剣先は少し揺れている。
ぼくはそっと彼女の手を握った。激戦で彼方此方傷のある細い腕を。
「やめましょう。『ゆうたまぐさ』はそんな剣じゃありません」「なら。どうしろと」
手を押さえるぼくと振り払おうとする彼女。
彼女の抵抗は思いのほか強い。相争う僕らの耳朶に凛とした声が響く。
「その娘をこの森の守護者とするのはどうだろうか」
ふぉふぉふぉと笑いながら歩み寄る男を見てぼくらは驚愕した。
「父上ッ?! 」「いやー。死ぬかと思った。いや。死んで一回異世界救ってきた。大変だった」
死んだと思った国王が悠然と立っている。
その姿にぼくらはへなへなと腰を抜かしてしまう。
背中に誰かの背が当たった。肩が震えているのが解る。
「ちち……うえ……」「泣くな。『はなみずき』。……と言いたいところだが、うれし涙は大歓迎とも教えたな」
国王はぼく等を優しく抱きしめてくれた。
「竜の娘の処遇だが」
手をあげて提案するエース。
「一応、ここ妖精の森だぜ? 汚すとタタリがあってもおかしくない。封印の一族として俺は国王様の意見に賛成するね」
「竜族なら適任だろうな」「悪くはないな」「罪を自覚するには時が必要だが、それでも」
相談し合う俺たち。
ぼくらは炎の中、抱き合い、涙を流しながら散っていった人へ哀悼を。生きている喜びをかみしめる。
少女の瞳がゆっくりと開き、ぼくを射る。
「あなた……だれ? 」「君こそ、名前を教えてくれないか」
彼女は不思議そうに瞳を揺らし、ぼくに返す。
「なまえ……ない……わたし。だれ……なにをするの? こわすの? ころすの? まもるの? うみだすの? 」
ぼくはゆっくりと自分の名前を告げ、彼女に新たな名前を与えた。
「君の名は『フレア』だよ」「ふれあ? 」
「この森の。この街の。この国の守護者だ」
真っ赤に燃える森の中、ぼくは彼女に告げた。
彼女は太陽よりまぶしい笑みを浮かべ、ぼくに応える。
「わかった。私は『フレア』ッ! 守るひとっ! 」と。




